ACT.28 暗い夜霧は人を喰らう(Ⅴ)
「リゼ、気張っていけ。一筋縄ではいかなそうだ」
「――はい!」
リゼはそう威勢よく返し、再度盾を構えなおす。
視界は不明瞭、敵の力は未知数。
状況は悪いが、この程度は粛清騎士にとっては日常茶飯事だ。
そして、今度はリゼの盾に強烈な当たりが来る。
しかし、それをリゼは完全に予期した動きで防ぎきる。
何故、この最悪の視界の中でそんな芸当ができたのか。
理由は、以前ライが課した訓練にある。
それは、完全に閉め切られ光が差さない地下室での戦闘訓練。
過酷なその訓練でリゼは、視覚を封じられた際の戦い方を学んだ。
目には見えない存在でも、確かにそこに生き物がいるなら、必ずそこにサインはある。
たとえば、僅かな息遣いや、動いた時に伝わる気配・空気の揺れ、微かな足音。
それらを組み合わせて、頭の中に明確なビジョンを浮かべ、計算し対応する。
「先輩、今!」
「――早い」
相手のダメージからの復帰、そして再アタックまでのスパンが短すぎる。
つまり相手は異様にタフなのか――いや、違う。
瞬間、夜霧の中で複数の気配が動く。
「奴等、群れだ」
暗い霧の中で、複数の視線がライたちを射抜く。
流石に二度の攻撃を防がれ、撃退されたことで奴等は警戒の色を強める。
「先輩」
「――ここは、こちらから打って出るぞ」
このまま奴等に主導権を握られたままでは後がない。
だからこそ、こちらから攻勢に出ることをライは選択する。
「良いか、僕は今から盾を投げて走り出す。そのタイミングで、追随してくれ」
「了解です」
「――行くぞ」
瞬間、ライは敵がいるであろう場所に向って、全力で盾を投擲した。
だが、狙いは散漫。
命中はしなかったが――投擲した目的は当てることではない。
その目的は、位置情報の再確認・あぶり出しだ。
生き物であるなら、例え命中しなくても自身の方に向ってくる物体を感知したら、回避行動をせざるを得ない。
意図して相手に行動させることによって、より正確な位置を特定するというのが、この行動の理由であった。
現に、敵は盾の投擲に合わせてその場を飛び退く。
その僅かな音を頼りに、ライは疾駆する。
瞬間、特定した場所を一閃。
だが、その攻撃は空を切る。
――しかし、その攻撃を躱す為にまた見えざる気配も動く。
「――そこ!」
ライの剣戟を躱した敵の位置、それをライに追随したリゼが予測し槍を突き入れる。
『――ッ!』
噛み殺した悲鳴が漏れ、肉を削った手ごたえが穂先から伝わる。
すかさず追撃を放とうとした瞬間――。
「仕留めるな!」
ライがリゼを静止する。
それと同時に今攻撃を当てた個体を含めた、周囲の気配が急速に遠ざかる。
気配が完全に消え、同時に視界を遮り続けて居た夜霧も霧散する。
「先輩、何故止めたんですか! もう少しで少なくとも一匹は仕留められたのに!」
思わず声を荒げるリゼだが、対するライは冷静だった。
「リゼ、勘違いするな。僕たちの目的はあんな末端を仕留めることじゃない」
そう言って、ライは地面を指し示す。
そこには、赤い血の跡が点々と続いていた。
「――案内してもらおうじゃないか、親玉のところまで」




