ACT.182 星に焼かれて(Ⅰ)
明日11月22日、コミカライズ第二巻が発売になります。原作における第一章完結までが描かれています。ライと師匠の悲しく切ない戦いを是非ご覧下さい。
竜という存在の危険性について。
その体躯は元となった生物に比例して巨大化する。
魚の竜より象から成った竜の方が強大で頑強であるのはいうに及ばす。
しかしながら、聖教会は竜を体躯の大小でランク分けをしていない。
数メートルの体長しかない魚の竜より、頑強で屈強な十数メートルの体躯を有する象の竜の方が強敵ではなかろうか?
この二つを、竜というだけで同程度の脅威として認定していいのだろうか?
だが、聖教会はそこに基準を置いていなかった。
それは何故か。
竜という存在の真価──否、真禍は体躯にあらず。
その最大の脅威は、竜息にある。
△▼△
竜の目覚め。
目が合った瞬間にリゼの内心で湧き上がる恐怖。
だが、彼女の反応は迅速であった。
恐怖心や緊張で咄嗟に反応できない、あるいは動きが止まる。
その程度の事、リゼはとっくに克服している。
単にそれは、毎日地道に飽きるほど積み上げて来た鍛錬と模擬戦の成果である。
例えどれほど怯えていても、焦りや緊張を抱いていたとしても。
彼女の身体は、やるべき事を即座に成すことが出来る。
「──シッ!」
短い息と共に槍が竜へと放たれる。
まず狙うは向かって右側、一本角の方。
その眼球を潰しにかかった穂先は、竜が僅かに後ろに下がったが故に僅かに狙いな外れて、竜の頬を掠る。
「ちっ」
自身の未熟を恥じるが、瞬時に思考を切り替えて、槍を引き戻しながらリゼは回り込むように駆け出す。
双頭の竜の体躯では、この地下室には狭い。
身体能力を十全に活かすことが叶わない状況での戦闘であるならば、未知のイレギュラー個体相手にも充分に勝ち目がある。
そう考えて、小回りをきかせての立ち回りを始める。
竜を相手にする場合の手順書、形式は聖教会で広く知られている。
とある理由で半端に弱らせることと、分かりやすい致命傷を負わせる事は禁忌とされていて、脳を直接損傷させる事による即死を推奨されている。
だが今回は頭が二つと状況が異なる。
流石に一度に二つも頭を破壊することは個人では不可能。
故にリゼが取る選択は──。
「本当は良くないかもだけど!」
素早く懐に入り込み股下を潜り抜けながら、大腿部を切り付ける。
一瞬だけ噴き出した血を交わしながら背後に抜けて、リゼはまた駆け出した。
「浅かったか!?」
大腿部の太い血管を切っての失血を狙ったが、厚い肉に阻まれて深く切り裂くにはいたらなかった。
「いや、それでも!」
まずは細かい損傷を何度も与えて、弱らせて隙を作る。
その二つの頭蓋を同時または即座に砕く為に必要な状況を作る為だ。
だがソレを容易に許す程、異形の竜は甘くない。
すかさず飛んでくるのは鞭のようにしなる尾。
腹を強かに打ち据えようとするソレをリゼは膝を折って上体を逸らしてとん平になりながら真下に滑り込んで避ける。
鼻先を金鑢みたいな鱗を持つ尾が過ぎ去っていくのに血の気が引くのを感じつつ姿勢を戻した瞬間に襲いかかってくるのは鋭利な爪。
「ちょっと!」
反射的に槍の柄で爪を受ける。
その重さでズンと姿勢が下がると同時に爪が柄にジリジリと食い込む。
下手をするとこのまま槍が破壊されるという可能性を考えて、瞬時に力を抜いて爪が振るわれるのと同じ下方向に槍を下げて外す。
爪が振りきられるより早くその腕を躱し、身を翻した矢先。
六本角の竜の顎が、リゼへ迫る。
この瞬間に、彼女は理解する。
なるべく死角へと回り込むように位置どりをしてきたつもりであったが、そもそも奴は頭が二つある。
つまりは視覚聴覚嗅覚全ての範囲が単純に二倍になっているのだと。
浅慮を恥じる暇は無い。
竜の咬合力で噛まれば、胴体ならば致命傷だし手足ならば容易に喰い千切られる。
刹那の思考。
走馬灯に等しいその瞬間に彼女が出した解答は、いつぞやの先輩の姿であった。
短く持った柄頭を開いた下顎へ向けて振り抜く。
渾身の一撃で頭が傾く、脳が激しく揺さぶられる。
脳震盪を起こした竜に、続けて放たれた膝蹴りが上方向へと頭をかち上げる。
拓けた顎先と自身の距離は、槍を突き入れるには充分。
「シッ!!」
かつて、粛清騎士になる前に見たライ・コーンウェルの竜殺しをなぞるように。
顎下から脳へと渾身の一撃が刺し込まれた。
──だが彼女は、その姿を完全になぞればしなかった。
あの時のライは相手の頭の重さも利用して刃を深く刺し入れて即死させた。
性差で筋力がリゼより優れていたライですらそうしたのに、彼女はそう出来なかった。
故に刃は脳へと到達はしたものの──深さは足りない。
致命傷ではあるが、即死とはいかない。
手答えでそれが理解できてしまったリゼの眼前で、貫いた竜頭に瞬く間に異様な熱エネルギーが収束する。
──そして、最悪の一撃が放たれた。




