ACT.166 波紋(Ⅳ)
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柔らかな風が吹き抜けるシャウラの午後。
大きな窓枠に腰をかけたベルタは、眼下に見下ろす交易都市の賑やかな喧騒がその風に乗って異国の様な香りと共に客室へと運ばれてくるのを感じた。
格式ばって面白みに欠ける王都や、作り物めいた印象を受けるベネトナシュとも違うその光景を彼は存外に好ましく受け取っていた。
王位継承権を返上した身の上であっても、元という冠詞がついたとしても彼は王族である。
「王族の持ち得る特権は民草の為に振るうべし、ね」
不意に口をついて出た亡き先王の言葉に、自然と柔らかな笑顔が溢れる。
その志を持つ彼が活気溢れる民草を見て、悪い感情を持つ筈がなかった。
手元で黄金の硬貨を弄びながら街を見下ろす彼の元へ、たった今まで惰眠を貪っていた同僚が現れたのはそんなタイミングであった。
「よう」
朝の挨拶を交わそうとして太陽の位置に気がついたアルフォンソは、バツが悪そうに寝癖まみれのくしゃくしゃの頭を掻いて適当な挨拶でお茶を濁す。
「よく眠れたようで何より」
「あっそ」
含みなく率直な感想を述べたベルタだが、アルフォンソにはそうは取られなかったらしい。
「お前が明日は午後から動くっていってたんだから、悪くはないだろ」
「惰眠を貪れとも言ってないけどね」
あくまでシャウラに滞在しているのは仕事の為であり、今は休暇中ではない。
彼の台詞に、あまり気を抜くのもよろしくないとアルフォンソは自省する。
「それで、なんで午後からなんだ?」
昨夜の激闘からしばしの間を空けた今、客室の豪華な装飾のある椅子へ身を投げ出すように座りながらアルフォンソは問う。
上質な座り心地に反射的に聖教会本部円卓の固い椅子を連想してしまい、椅子くらい金をかけろよという感想を彼が抱いた時にベルタが口を開く。
「情報がちゃんと伝わるまで、十分に時間を空けたかったのだよ」
つまるところ、昨夜の出来事が然るべき人物の耳にしっかりと届くまでの時間。
それを半日と則したのだ。
「伝わるって、誰に?」
「第三勢力」
そう口にするや否や、窓枠から腰を下ろしてスタスタと淀みない足取りで部屋を出ようと歩き出すベルタ。
──ベルタ・ディ・ゼギュールは、元王族である。
その本質的な価値観は、権利権力に見合うだけの奉仕を民草へ捧げるというモノであった。
だからこそ、本質的に相容れない人物も少なからず居る。
「──まったく、現王は本当にコチラの神経を逆撫でしてくれる」
椅子から転げ落ちるように立ち上がった彼は、ベルタの独白を聴き逃した。
「待て、いやちゃんと説明!?」
いつも何か言葉足らずな同僚の後ろ姿を慌ててアルフォンソは追いかけた。




