エピローグー世闇に紛れて爪を砥ぐー
「この世界って、人の命が案外軽いよね」
フードを目深に被った怪しげな少年がそう呟く。
何処かの地下にある暗く陰気で窓のない部屋で、揺れる蝋燭の灯りだけが静かに彼らの姿を照らしている。
「もといた世界だと一人殺すだけですぐにバレるし大惨事になっちゃうけど、この世界だと全然だし」
「──それは単に、大将や俺らが上手くやってるってだけなんでは?」
「そうかもね」
少年の問いに答えるのは金髪で大柄の男。
大男は適当な返事をする少年の姿を見て少し呆れたようにぽりぽりと頭を掻く。
「けども限度がありますからね。現にこれらの調達、割と大変でしたから」
そう言って男──転生者アサミネ・シギは顎で部屋の中を指す。
この地下室には、彼らの他にも無数の人影が存在していた。
──人影であって、人ではなかったが。
天井から縄で吊るされたそれらは、人間の死体であった。
老人がいた、少女がいた、青年がいた、妙齢の女性もいた。
まるで一家族ぶんであった。
「これからに備えて、シギには今のうちに沢山蓄えて貰わないと」
笑顔を浮かべて悪気なくそんな言葉を吐く少年に──竜王に、シギは少しの嫌悪感を抱いた。
彼に悪意は微塵もないし、更に自分の為を思ってくれての行動であるしとシギはそのわずかな嫌悪感を呑み込む。
実際、肉体の貯蓄はあるだけ欲しい。
シギは上着の袖を捲り、右腕の肘から先を露出させる。
「まぁ、ありがたく食べさせてもらいますよ」
次の瞬間、彼の右腕が異様な脈動を見せ──変化する。
その腕自体が巨大な鰐の頭に変わり、吊るされた死体たちに齧りついた。
「随分ワイルドに食べるね」
「量が量なんで」
異様なその食事風景をマジマジと興味深げに竜王が覗きこむ。
「ちなみに美味しい?」
「んなわけないじゃないですか」
シギにとって、人間を捕食するのは呼吸に等しい。
必要だから、食べるのだ。
そこに彼の感情は関係ない。
この行為に、本当は彼が何を思っていようとも。
「あ、そうそう」
手をポンと叩き、何かを思い出した様子の竜王は軽い感じでシギに話しかける。
「僕がイジった豚さんたちの出番が例の街であるみたいだから行ってみない?」
「あぁ、エルトール領から仕入れてた奴ですね」
ニコリと笑って楽しそうに首をふる竜王。
そんな無邪気な彼の様子をチラリと見て、空いた左手を顎に当てて少し考えこむシギ。
「いや、俺は俺の仕事があるんで遠慮します」
補給が終わり、右腕を元に戻した彼はその手をそのまま自身の顔にかざす。
撫でるようにその手を振り下ろすと、シギの顔は壮年の老紳士風に変わっていた。
「じゃ、頑張ってね領主代理」
「うっす」
合わせて体型も顔に合わせて変えながら、シギは地下室を後にした。
──アサミネ・シギ、竜王をはじめとした熟練の転生者たち。
彼らが粛清騎士たちと殺し合う日は、もう近い。




