レッスン4「差し入れをしよう」
週末に観劇デートを控えている私は、全く会う予定もしてないのに、ルーシーと共に街へ来ていた。
そう。愛するダーク様へ差し入れをするためである。
今回は、おにぎりと玉子焼きやソーセージ、魚の照り焼き、肉じゃがなど和テイストで攻めてみた。
この国、どう見てもヨーロッパ的な佇まいなのに、ご飯は勿論、醤油も普通にあるし、和風と言っていいか分からないが、煮物などの惣菜も街の商店で売っていたりする。肉や魚も日本とほぼ同じ。
日本人の転生先としては申し分ないともいえる。
醤油最高。日本食最高。
私はトロピカルな色彩の洋風料理より、白黒茶色のアースカラーの日本料理を愛している。
後は願わくば海鮮を生で食べられたらもっといい。
イカとかアジとかを海で自分で釣り上げたい。
しかし海沿いの街は馬車で片道2日はかかるので、なかなか実現には時間がかかりそうだ。
「ねえルーシー。本当に大丈夫かしら?私ダーク様に恋人気取りの図々しい女だと思われたくないのよ」
「恋人気取りというかなる気満々で囲い込んでると思いますが、それはともかく、喜んでくれると思いますよ。お金出しても食べられない美しいリーシャお嬢様の手作り弁当ですよ?喜ばない男性はまずおりません。居るとしたらそんな男は×××付いてなーー」
「なっ!ルーシー街中で何てこと言い出すのよ!うら若き乙女の使っていい単語じゃないでしょうが」
「失礼しました。このところバイブルとしている本の影響でしょうか、どうも使っていい単語とそうでないものの境界が曖昧でございまして」
「やっぱり今夜じっくり話し合いましょうルーシー」
話しているうちに、私達は騎士団の詰め所までやってきた。
詰め所に入ると、二人の若い隊員が茫然とした顔でこちらを見ていた。
「あの、私リーシャ・ルーベンブルグと申します。用事があり参りましたが、ダーク・シャインベック様はおられますでしょうか?」
悪意を持たれないようニコリと微笑むと、あ、とか、う、とかよく分からない言葉を言いながらも、少々お待ちくださいっ、とお辞儀をして慌てて出ていった。
取り残された私達は、ぼんやりと待っていた。
「お嬢様、見知らぬ男性への笑顔は破壊力がすごいからお止め下さいとあれほど申し上げましたよね?」
ルーシーが小声で私をたしなめた。
「いや、そうは言うけどダーク様の職場の方なのよ?仏頂面でいるのもまずいじゃないの」
「仏頂面でようやく人並みの美人になるので良いのです。笑顔見せたら女神降臨です」
「だから人外扱いはやめてとあれほどっわーわーわー聞こえない聞こえない」
私は誉め言葉が過ぎると、恥ずかしさで挙動不審になるので、急いで耳を塞いだ。
やがて、バタバタ走ってくる音が聞こえて先程の隊員の一人が戻ってきた。
「ごっ、ご案内致します!」
余程急いでくれたのか顔を赤くした隊員さんは、ダーク様の執務室へ私達を案内してくれた。
「隊長、リーシャ・ルーベンブルグ嬢をお連れ致しました!」
「入って頂いてくれ」
扉を開けると、私達を中へ促し、彼は敬礼をしつつ詰め所の方へ戻っていった。
「ダーク様、ごきげんよう」
初めて訪れたダーク様の執務室は、落ち着いた茶系統の家具で統一され、大きなデスクを挟んでダーク様が座っていた椅子から立ち上がった。
「リーシャじょ………リーシャ、今日は急にどうした?」
ダーク様は驚いた様子でソファを私とルーシーに勧めると、自分も向かいに腰を下ろした。
「お仕事中に申し訳ありません。
週末にお会い出来るのは分かっておりましたが、どうしてもその前に一目でもお会いしたくて待ちきれず来てしまいました。
ダーク様にクッキーも頼まれておりましたので、これ幸いと沢山焼いて持って参りました。
それで………もしご迷惑でなければ、良ろしければでいいのですが、お弁当も作りましたので召し上がって頂ければ嬉しいです」
ルーシーに言われた事を思い出し、上目遣いでうるうると見つめた。
「………わざわざ、俺に?」
「ダーク様以外に知り合いはいませんし、他に差し上げたい方もおりませんわ」
向かい合ったソファの間のテーブルの上に、クッキーの入った袋とは別に、おかずが詰め込まれた大きめの弁当箱と、別の竹のような素材で編まれている細長い小さな箱もバスケットから取り出した。
「おにぎりと玉子焼きなんかを入れたおかずは別にしております。
ダーク様、何か嫌いな食べ物はございましたでしょうか?」
「いや。………旨そうだ。頂いて良いだろうか?」
ナプキンに包まれたフォークを出すと、ダーク様は少し頬を染めて私に尋ねた。
「勿論です!」
「………お嬢様、わたくし失礼して少々化粧室へ」
すっ、とルーシーが立ち上がり、ダーク様と私へ頭を下げ退室した。
「ダーク様?」
「………なんだ?」
「もしお弁当気に入って下さったらご褒美、頂けますか?」
「ご褒美、………とは?」
「頭を撫でて下さいませ。次も頑張ろうと気合いが入りますわ」
にっこりと笑いかけた私に少し固まったが、大分私の行動パターンに慣れてきたようで、フォークを掴み直した。
「………旨かったら、な」
苦笑したダーク様はそれはもう素敵で眩しくて、ずっと食事をする姿を眺めていた。
そして私は無事、撫で撫でをゲットしたのだった。
◇ ◇ ◇
「………どうしたダーク」
のんびりと午後のティータイム休憩を楽しんでいた俺の執務室の扉がノックされ、そっとダークが入ってきた。
「………今いいかヒューイ」
「良くないといっても居座るんだろ。まあ座れよ。こないだのお返しにコーヒー淹れてやる」
ホッとしたような顔で入ってきたダークは、ソファに座り、手渡したカップのコーヒーを一口飲んで顔をしかめた。
「………不味いな」
「同じコーヒーだろ。気にすんな。
………で、来てたんだろリーシャ嬢?なんか騒がしかったから」
「………もう、色々と無理なんだ。どうすればいいのか解らん」
俺は顔を覆ったダークから、上手いこと宥めつつ話を引き出した。
「弁当………撫で撫で………」
ここにきてリーシャ嬢の本気がようやく俺にも実感できた瞬間だった。
あの、月の女神かと思うほどの極上の美人がどうしてダークに、と友人ながらもずっと半信半疑だったが、これは間違えようがなくぶっちぎりの本気モードだ。
「ダークお前、なんて羨まけしからん事を。前世でどんな徳を積んでた」
「そんなもん知るか。俺の前世の人に聞いてくれ」
不味いと文句を言いながらもコーヒーを飲むダークは、やはり男前には見えなかった。
「気の迷いなんじゃないだろうか。だって、俺だぞ?」
「いや、顔は気にしない中身重視の女性なんだろ。お前中身はすげぇいいヤツだし」
「少なくとも俺は今までそんな女性に会った事ない」
俺もだ、と喉元まででかかったが、何とか飲み込んだ。
「居るところにはいるんだよ。少なくともリーシャ嬢は違うって事だろ?」
「信じられないんだ」
「…まあ、……だろうなあ」
ヤツの昔話を聞いてて、どんなに傷ついたか知っているだけに、下手な慰めは無意味だった。
「………信じられない、のに、リーシャに会えると嬉しいし、胸が痛くなるし、弁当は死ぬほど旨かったし、髪の毛もさらさらで気持ちよかったんだ。クッキーのお礼も言ったら、俺の目を見て本当に嬉しそうに笑ったんだぞ。可愛くて可愛くてどうしてくれようかと思うほどだ。このままでは俺は彼女に不埒な真似をしでかしそうで、自分が恐ろしい。しかしだからと言ってもう会わないとか自粛も出来ない。したくない。
いい年して本当に情けない。死ねばいいのに俺」
独白を聞きながら、いや不埒な真似を最初にしてんの彼女だし、むしろ喜ぶんじゃねーかなー、と思ったが黙っていた。
三十路過ぎて拗らせ過ぎた男はたちが悪い。
「まあどう思おうといいけどよ。そろそろちゃんと本気で返事も考えとけよ?うだうだしてる間に取り返しつかなくなる事もあんだからな。リーシャ嬢はライバル多いぞ」
「………分かってる」
肩を落として仕事に戻るダークの背中を見ながら、俺はもどかしい思いの矛先を、苦いコーヒーにぶつけてあおったのだった。
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