第七話 フィールドストリッピング
穴に吸い込まれてから三日目。昨夜の監視役は萌々子と凛音だった。初めて明るい夜を過ごした二人は、眠い眠いと愚痴を言いながらも、春山と一緒に拠点班としての仕事をきちんとこなしている。そうするように指示した私も、今は拠点の中にいた。
「……ふむ」
机の上に置いた自分のアサルトライフルを前に、私は考えていた。
……本来なら昨日にでもしたかったが……今するべきか、どうするか。必要性は感じている。というか、しなければならないと思っている。だが、これは一度始めると、しばらくは身動きが取れなくなる。今は安全な建物の中だが、外はゾンビが徘徊する危険な場所。もしこれをしている最中に、何か不測の事態が発生し、ここから逃げなければならなくなったら。そう考えると、決断ができなくなる。だが、いつまでもグズグズしていては、時間の無駄だ。
……よし、やろう。どうせやらなければならないのだ。今ここで迷うくらいなら、しておいたほうがいい。銃を安全に使うためにも。
そう決断した時、背後で扉が開いた。
「久美ちゃん、ただいま。行ってきたよ」
「……ああ。おかえり」
外の探索に出ていた詩澄達三人だ。今日はまた班編成を改め、詩澄と平岩、泉が外の探索に出ていた。
時刻は午前十一時半。そうか。もうそんな時間か。
「……何か、異変はあったか」
「ううん、特には。その、何回かゾンビを見かけたりしたけど、襲ってきたりはしなかったし。静か、だったよ」
「そうか」
続けて平岩が、地形をメモしたノートを広げて、
「地図も書いてきた。今日はちょっと奥にも入ってみたが、案外大丈夫だった。この調子だと、すぐに完成しそうだな」
「そうか」
最後に、泉が鞄から一本のロープを取り出し、机の上に置いた。それから、赤色の筒を五本ほどバラバラと並べる。
「ロープ、あったよ。大工仕事をしている家があって、そこからもらってきた。発煙筒も集めてきたよ。車の鍵を開けるのに苦労したけどね」
「ああ。車はまだバッテリが生きてるみたいだったからな。警報鳴らさないように線を切ってからじゃないといけなかった」
「そうか。ありがとう」
「これからも引き続き集めたほうがいいか?」
「……そうだな。余裕があるときに集めておこう」
頷きながら、発煙筒を一つ手に取る。片手に収まる大きさで、例えるなら拳銃のマガジンほどか。側面に使い方が書いてある。交通事故が圧倒的に少なくなった今でも、万が一のときのため、自動車には必ず装備されていた。
なぜ発煙筒を集めるように指示したのかというと、救援を求めるためだ。発煙筒を焚いて、どこかにいる誰かに私達の存在を教える。学校や警察などに見つけてもらうのが一番なのだが、正直なところを言うと、ゾンビ意外に見つけてもらえるのであれば、もうなんでもよかった。私達の他に生存者がいるのか、という疑問もある。だが、可能性はゼロではない。できる手はすべて打っておくべきだ。
それに、もしこれをゾンビ相手に使えば、煙幕の代わりになるかもしれない。夜は来ないが、夜間照明にも使えるだろう。工夫すれば何にでも使える。
発煙筒を机に戻し、次にロープを手に取る。
「こいつは早速カーテンと入れ替えよう。やはり、登りにくかったんじゃないのか」
結び目を増やして多少の改良はしたが、あの柔らかい布では掴みにくい。小学校にあった遊具『登り棒』よりも難易度が高かった。
「う、うん……ごめんね、私が考えたことなのに」
詩澄が申し訳なさそうに謝る。けれどそれを挽回するように、泉が別の報告をした。
「まあ、そうだね。でも剛典が、同じところで脚立を見つけたんだよ。二つ折りで長くできるから、伸ばせば二階まで届きそうなんだ。使えない、かな?」
「……脚立、か」
確かに、カーテンからロープに替えるだけでは、あまり意味がないかもしれない。縄で梯子を作るという手もあるが、それをするくらいなら、脚立を使ったほうが効率的だ。労力も少ない。
「……いいかもしれない。また皆で話し合おう。今はその前に、食事だ」
「おう、それを待ってたぜ。早く飯にしよう。俺、腹減っちまった」
そう言って腹をさする平岩。やはり、体が大きいと燃費も悪いのだな。そこでちょうど彼の腹の虫が鳴き、そのタイミングの良さに詩澄が噴き出す。
「ちょ、おい。笑うなよ……」
「ご、ごめん、つい……」
そんな二人の様子を見ていた泉が、話を明るい方向に持っていこうとする。
「お腹が空くのはいいことじゃん。じゃあ、みんなを呼んできたほうがいいかな?」
「そうだね。あ、そういえば凛音ちゃんはどこにいるの? 下にはいなかったけど……」
「凛音なら屋上にいる。遭難信号の発信を任せておいた」
これは、今朝三人が出発した後に思い付いたことだ。私達が持っていた無線機を利用して、様々な周波数に『SOS』と送り続けてもらっている。電源は心許ないが、今使わなければ意味がない。
もう一つ頼んであるのは、屋上に大きく『V』の文字を描くこと。これは『救助が必要』という意味の記号で、飛行機やヘリコプターなどの航空機に対して救助を求めるときに使う。こうしておけば、いつか何かが上を通りかかったとき、誰かが助けてくれるかもしれない。
「そっか。じゃ、私呼びに行ってくるね」
「頼んだ。またいくつか話し合いしてから、午後の探索だな」
平岩のその言葉を聞いて、私は先ほど考えていたことを思い出した。そうだ。今日はもう、外の探索をしている場合ではない。
「……いや、午後の探索はなしだ」
「え? どうして急に?」
部屋を出ようとしていた詩澄が、驚いた様子で振り返った。他の二人も首を傾げる。
「今日は銃を分解整備する。ついでにお前らもやっておけ」
私の言葉に、詩澄達三人は顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇ ◇
その後、昼食を済ませた私達は、机の上を片付け、昼の話し合いをしていた。
昨日と今日の探索の結果、泉が欲しがっていた物はほとんど手に入った。二階にあった家具のほとんどはバリケードの材料となり、拠点の守りがより強固になった。
最終的に、制作したバリケードは三つ。パスワードロックされていたビルの正面入り口、階段下、階段上の三重の壁で、ゾンビの侵入を防ぐ。これが、彼が求めた完璧な防御態勢だ。これだけすれば、いくら大量に湧いて出るゾンビでも、容易には突破できないだろう。
カーテンで代用していた出入り方法の問題も、今日の探索で脚立とロープが手に入ったので解決した。私が脚立を使って昇り降りする案を出すと、全員が賛成した。
だが、ただ単に脚立を立てておくだけでは不十分だと感じた春山が、ひと工夫加えた。
脚立にロープを繋いで、二階に固定。非常時には脚立を倒してビルに逃げ込み、敵がいなくなったら、ロープを引っ張って脚立を立て直す。これならロープが切れなければ、何かの拍子に脚立が倒れても大丈夫だ。
地図の制作状況も順調だ。清書は絵を書くことが好きな詩澄に任せているのだが、想像以上にいい出来だった。昨日一日で大通りを西に向かったところまでの地図が完成し、今日は少し裏道に入った場所も埋めることができた。後はこれを繰り返していけば、町の状況は把握できる。
白紙の地図に新しい部分を付け加えることは、どこかゲームのようでもあり、仲間達の探索意識を保つのにも一役買っている。今後、この地図は最初の予定よりも速いペースで埋まっていくだろう。
集めてきた発煙筒は、早速屋上で焚いている。煙を三本同時に上げれば、それだけで『SOS』の意味になる。これが誰かの目に触れれば、ここに生存者がいるとひと目でわかるはずだ。後は、これを目にする他の誰かがいることを祈るばかりだ。
「今日の議題はこれですべてだ。昨日萌々子が出した話が残っているが……まあ、今後余裕があったら制作するということでいいな」
萌々子の出した、木の柵、火炎瓶、弓を作るという話は、どれも実現が難しいということで、結局保留にしたままだった。
「まあ、正直無理かもって思ってたから、そんな本気にしなくてもいいよ」
発案者である萌々子はそう謙遜するが、できるだけ活かしていきたい。
質問するように一つ手が上がった。平岩だ。
「あ、それなんだが、ちょっと納得いかないことがあるんだ。火炎瓶ってのは、なんで無理なんだ? ビールとかの酒にはアルコール入ってるし、普通に燃えそうな気がするんだが……」
印象で物を言う平岩に、それができない理由を詳しく説明する。
「いや、それだけでは駄目だ。酒に火をつけても、一瞬で消える。テレビで見たことないか。口から火を噴いたり、鉄板の上で酒を燃やしたりする演出。アルコール度数の高い酒ですらあれだ。火炎瓶を作るには、ガソリンとか灯油とかの、もっと燃えやすい液体が必要になる。二十年くらい前までなら、車の燃料として使われていたガソリンが最適だったが、今ある車は全部電気自動車だ。灯油を使うストーブもないし、実現は不可能だな」
去年までなら、この辺りにガソリンスタンドが残っていたのだが、それももう潰れてしまった。火炎瓶の燃料になりそうなものはほとんどない。
「へぇー、そうなのか。知らなかった」
私が火炎瓶についての知識を披露すると、六人はへえーと感嘆の声を漏らした。
……まあ、一般人は普通、こんなこと知らないだろうな。専門科目の教科書に載っていた内容なのだから。というか、
「……お前らは授業で聞いたはずだが」
私と一緒に同じ授業を受けていたはずの女子高校生三人を見やる。すると彼女らは揃って首を傾げ、私の視線から逃げるように目を逸らした。
「えっ? そ、そうだっけ?」
「あ、えっと、そうかも、しれませんね。よく覚えていませんが……」
「多分寝てた。だから知らない」
……まったく。いつまで経ってもこんな調子だ、こいつらは。
三人の白々しい態度に溜息を吐き、しかしそれ以上は何も言わず、私は話を進めた。
「……まあ、いい。とりあえず、午後の話だ。さっきも言ったが、午後は武器のメンテナンスをする。通常分解だ。お前らは、できるな」
あれだけ教えたのだから、こちらは大丈夫なはずだ。確認すると、三人は自信なさげに答えた。
「できる……と思うよ。久美ちゃんに教えてもらったし」
「自身はないですけど……班長に教えてもらいましたし」
「うんうん。あの時鬼くーちゃんには散々しごかれたし」
三人そろって、嫌なことを思い出したような表情になる。確かにあの時は、とにかく覚えるまでやらせたからな。少々きつかったかもしれない。だが、悪いのは私ではなく、テスト前日に教えを乞うてきた彼女達のほうだ。
そうして私達が昔の話をしていたところに、話についていけなかった平岩が割って入った。
「えっと、整備って言っても、何すりゃいいんだ? 俺達はその、銃についてはさっぱり素人で……」
「心配するな。私が教える」
自分のショットガンを触りながらの問いに、私はこともなげに言った。しかしそこに、春山の疑わしげな言葉が入る。
「……随分と余裕だが、お前にこのショットガンの整備ができるのか? お前らが使えるのは、ハンドガンとアサルトだけじゃないのか」
……すべてを疑ってかからないと気が済まないのか、こいつ。
「関係ない。銃器ライセンスなら全種類持っている。私に扱えない銃はない」
その言葉に、三人は椅子を倒して驚き、呆れ、そして確認するように尋ねてきた。
「稲塚、お前……銃の資格取ったのいつだよ」
「三年前だ。中学一年の秋。ライセンス制度が施行されて最初の試験で、すぐに拳銃とアサルトライフルのライセンスを取った。その後、一年に二、三種類ずつ取って、去年の夏、全種類揃えた」
「まじかよ……」
私が銃器ライセンスを取得した経緯を軽く説明すると、平岩は言葉を失って頭を抱えた。今までもこういうことがあったが、その中でも今回が一番引いている。
……その頃の私には、どうしても銃が必要だったんだ。エアガンや電動ガンなどのおもちゃなどではなく、実弾を撃てる、敵を殺せる本物の銃が。
「……話は終わりだ。早速取り掛かるぞ」
それ以上話すことはないと判断し、私は半ば強引に話し合いを終わらせた。銃の分解にはそれなりに時間がかかるし、準備も必要だった。
銃を分解すると、とにかく周囲が汚れる。それを防ぐため、まずは机の上にビニールシートを広げた。当然手も油でベトベトになるので、手を洗うための水と洗剤を用意。中身を拭く布と、新しい油も準備する。今回の整備で必要なものはこれくらいだろう。
一度に全員が分解しては、使える武器がなくなってしまう。なので、女子三人には周辺警戒と脚立にロープを繋げる作業を任せ、まずは男達への手本も兼ねて、私が整備することにした。
「ねえ、稲塚さん。銃を分解するのに、工具とかは必要じゃないの?」
フィールドストリップに関する最初の質問は、泉の素朴な言葉だった。それだけで、彼が銃に関してどのくらいの知識を持っているのか把握できる。
「銃の通常分解に工具は必要としない。何もない戦場でも、ある程度の整備ができるようにできている」
「あ、そうなんだ。知らなかった」
「もちろん、パーツ単位で細かく分解するなら専用の工具がいる。だが、定期的な掃除程度ならこれで十分だ」
そう言いながら、私は銃から弾倉を取り外し、薬室内に弾丸が残っていないことを確認した。
「これまで何度も言ったと思うが、臨戦態勢でないときは銃弾を込めたままにするな。整備を始める前にも必ず確認しろ。弾を込めたまま持ち歩いていいのは、周囲に敵がいる時だけだ」
「あ、ああ。わかってる」
三人を代表して平岩が言った。これまで散々言い聞かせてきたし、これからも言い続けるだろう。ちゃんと理解していると判断して、本格的に作業を始める。
「……とりあえず、今は見ているだけでいい。定期的にこれをする必要があることを理解してくれ」
「わかった」
「部品を置く場所も決まっている。マガジンはここだ。こうしたら、次は銃の本体を、こう――」
そうしてアサルトライフルの分解整備を進め、内部を軽く掃除した。汚れを拭き取り、適度に油をさし、再び組み立てる。それだけ。ここまで十五分とかかっていない。説明しながらだったので、少し時間がかかってしまった。
「最後に、弾を込めずに引き金を引き、異常がないことを確認する。これで終了だ」
組み立てた後、完璧に元に戻った銃を机の上に置く。ビニールシートと手は油で汚れ、最初は真っ白だったハンドタオルも黒く汚れている。それさえなければ、この銃を一度分解して元に戻したとは、誰も気付かないだろう。
「どうだ。簡単だろう」
「……」
椅子を回して振り返る。後ろから見ていた三人は、なんだか凄い物を見た後のような顔をしていた。
「いや、なんていうか。俺にはちょっと理解できん」
「……そうか」
……まあ、初めてだとこんなものか。あの三人も、こんな感じだったな。
彼らの反応には特に突っ込まず、私は続けて、三人の銃を分解整備してやった。ついでに残弾も確認する。
一丁目。平岩の得物。ポンプアクション式の散弾銃。装弾数二発。残弾七発。弾は、12番の鹿撃ち用、散弾銃専用の装弾を使う。ポンプアクション式とは、一度弾を撃った後、銃身下のハンドガードを動かして、次の弾を送り込む方式のことだ。弾は一発ずつ込める。
二丁目。泉の得物。上下二連式の散弾銃。こちらも装弾数二発。残弾は九発。口径が平岩の銃と同じなので、弾薬の共有が可能だ。銃身が縦に二つ並んでいるタイプの銃で、それぞれの銃身後部の薬室に一発ずつ弾を込める。銃本体を半分に折って弾薬を込めるという、少々特殊な銃だ。その構造上、二発しか弾を込めることができない。その代わり連射速度は速く、整備も簡単に済んだ。
この二つの銃を見た時から気付いていたが、どちらも相当古い頃に使われていた狩猟用散弾銃だった。強盗なんかするくらいだ。彼らが自分で金を出して買ったわけではないのだろう。この情報だけで、この銃がどこから持ち出されたものなのかある程度わかる。
三丁目。春山の得物。半自動式の拳銃。装弾数十五発。残弾は二十発。使用する弾丸は9ミリ弾だ。こちらもかなり年季の入った銃だ。
整備した三丁の状態は、あまり良くなかった。今日整備して正解だ。このまま使い続けると弾詰まりが起こる可能性があった。こいつらにはやはり、整備の方法を教えなければならないだろう。
それぞれの分解整備を終えた私は、完璧な状態になった銃を持ち主に返した。……まあ、本物の持ち主は別にいるのだろうが。
「終わったぞ。……それで、この銃はどこから盗ってきた。狩猟組合か。まあ、そいつの線条痕を調べれば一発でわかるが」
最後に整備した拳銃を春山に返しながら、私は言った。すると、三人は揃って私の顔から目を逸らした。その反応から、自分の予想が正しかったことを知る。
線条とは、銃身内部に掘られた斜めの溝のこと。銃から弾丸が発射されて銃身を通ると、ライフリングによって回転が与えられる。その回転のおかげで弾はまっすぐ飛び、命中精度が劇的に向上する。
そして、銃身を通った弾丸には必ずライフリング・マークが付く。マークは銃ごとに異なるため、事件現場に弾丸が残っていれば、それがどの銃から放たれた弾丸なのかがわかる。どの場所から盗まれた銃なのかも、すぐに判明するのだ。
ちなみに、小さな粒状の弾を何十発も撃ち出すショットガンには、基本的にライフリングはない。通常の散弾を使わないショットガンには、ライフリングがあることもある。
「……ああ。うちの実家が、猟師やってるんだ」
手に持った銃を見ながらそう言ったのは、あまり自分のことを話したがらなかった春山だった。
「……なるほど。じゃあそのハンドガンは護身用か。ショットガンは、だいぶ古い銃だな。狩猟用だったのか」
「ああ、そうだよ。よくわかったな。昔、祖父の時代に使ってたらしいんだ。家に置いてあった。弾も、そこからもってきた」
「……そうか」
ということは、この三丁は春山の父親のものだということになる。家に銃があったから使ったとは、なんとも安直な判断だ。これでは警察にヒントを与えているようなものではないか。
仮に、宝石店で強盗があったあの時、こいつらがあの状況から逃げられたとしても、銃の情報から三人の身元は突き止められていた可能性が高い。そして、たとえ彼ら自身が捕まらなかったとしても、銃を使われてしまった春山の父親には、何らかの処分が下されていただろう。世論は再び銃規制方面へ流れ、私や、私達の学校がまた非難を受ける。……まあ、今そんな心配をしても無意味なのだが。
話題が逸れてきたので、ここで一度話を戻す。銃の整備に関してだ。
「……とにかく、私が整備してやるのは今日だけだ。次からは自分でしろ」
「そんなこと言われても……無理だ、覚えられるわけがねえ」
これらの銃を持ち出した春山が、いやいやと頭を振る。だが、私はそれを許す気はない。銃を撃つからには、きちんと銃を整備できなければ駄目なのだ。その順序が逆になっていても、それは変わらない。
「私が教える。できるようになるまで教えてやる」
「そりゃあ心強いけど……だが、そんな分解を繰り返して大丈夫なのか?」
「問題ない。本来銃とはそういうものだ。一度でも弾を撃てば、内部は汚れ、命中精度が落ちる。その都度このように内部を掃除しなければならない」
「えぇっ!? そ、そうなんだ……」
私の言葉に、泉が驚いて声を上げた。知らなかったようだ。まあ確かに、映画やドラマなんかには、銃の分解整備シーンはあまり出てこないな。
「そういうことだ。ここ数日、敵に出くわすことが少なかったのが救いだったな」
「うん……本当に、そうだね」
泉がピカピカになった自分の銃を見ながら、頷いた。
そうして私は、これから毎日、彼らに銃の整備を教えることになった。面倒だが、これも生き残るため。銃の弾がなくならない限り、続けることになるだろう。
それから私は、自分の拳銃も整備し、外で作業をしているはずの凛音達と交代するため、下の階に降りた。
男三人を引き連れて、ほとんど家具のなくなった二階の事務所に入る。すると、私の存在にいち早く気付いた詩澄が、慌てて手招きをしてきた。よく見ると凛音と萌々子の二人も事務所内にいて、銃を握り締めている。その表情は、どこか硬い。
「……どうした。何があった」
ただならぬ雰囲気を感じつつ、静かに尋ねる。
「く、久美ちゃん、あれ……」
「……ん?」
詩澄が示したのは、道路に面した窓の外。見ると、フラフラと歩く影が三つ、私達のいるビルの前を横切るところだった。奴らだ。最初の三体に続いて、いくつもの影が列を作っている。
チッ……今来るか。タイミングが悪い。まだ三人の整備が終わっていないというのに……。
「おい、何があったんだよ」
「シッ。外に奴らがいる」
私の後ろから部屋に入り、不審そうに尋ねてきた平岩。私は素早く振り返り、唇に指をあてて注意を促した。ここまで近いと、物音を聞かれる可能性が高い。
整備したばかりの銃に弾丸を込める。窓下の壁に背をつけ、外を警戒する。
「……見られてないな、三人とも」
「う、うん。多分、大丈夫だと思う。凛音ちゃんが見つけてから、すぐに中に入ったから」
緊張する空気。バリケードを作ったとはいえ、それが有効かどうかはわからない。最大限の警戒が必要だ。
そのまましばらく様子を伺っていると、ゾンビの隊列は道の向こうに消えた。私達の存在には気付かなかったのだろう。ひとまず、安心だ。
「……とりあえず、お前らは整備してこい」
立ち上がり、詩澄達の銃を見ながら言う。チャンスがあるとき済ませておいたほうがいいという判断だ。
「え、でも……」
「いいからやれ。できるときにやっておけ」
警戒を解くわけにはいかないが、整備しないわけにもいかない。詩澄達三人を強引に部屋から出し、整備に向かわせる。部屋には、私と男達の四人だけだ。
……脚立を繋げるのも、これでは無理だな。
作業の途中で足元に投げ出されたままのロープを見やり、私は言った。
「……今日はもう、外に出るのはよそう」
「……ああ。そうだな」
一も二もなく三人は同意した。私達は翌日になるまで、ビルの中に閉じ籠っていた。