小説家としての魂
マスターの家に一日だけお世話になることになった。
部屋はお店の二階にあり狭い寝室だか、私達が三人で眠るにはギリギリだった。
布団は長い間使っていなかったが、ちょっと異臭がした。
「雅人、この布団臭うぞ」
不服を漏らすリリンに「そう言うのは『めっ』」
と叱っておいた。
とりあえずリリンの発言はマスターに聞かれることはなかった。
マスターが部屋に入って来て「ごめんね。布団長い間ほしてなかったからね、臭うでしょう」
「そうじゃ・・・」と不服をを言おうとしたところリリンの口元にそれ以上は言うなとばかりに手でおおった。
そこで気が付かなかったが部屋の隅に仏壇が飾られていた。
写真を見ると美しい女性と利発そうな女の子の写真が映ってある。
マスターは仏壇の前で急にかしこまったように仏壇の前に正座して「菜々子さん。京子。今日も幸せだったよ」
そんなマスターを見てこの人も悲しい事を背負っているみたいだ。
だからここは黙っていた方がいいだろう。
鈍感なリリンもそればかりは察して黙っていた。
仏壇のお祈りをして「じゃあ僕達も寝ましょう」とマスターは言う。
「おやすみ」と僕達は言い合って電気を消して狭い寝室と妙に臭う布団の中で目を閉じた。
何か違和感を感じて、すんなりと眠れるはずがなかった。
仏壇に飾られていたマスターの家族。
関係無いことなの気になってしまう。
すると僕の手にリリンの小さな手がそっと握ってきた。
「どうやらマスターは少しでも寂しさを紛らわせる為に我らを受け入れたみたいじゃ」
私の隣で眠っているマスターを見る。
「確かにそうかも知れないけれど、それだけじゃない見たいだよ」
「じゃな。我らの危機も救ってくれたしな」
眠れない夜、時間が時々刻々と過ぎていく。
そして夜明けが近づいてくる。
「雅人」
「どうしたのリリン」
「ここで悠長な事もしていられなくなってきた」
「どうしたの?」
「連中がここを嗅ぎ付けて来るのも時間の問題じゃ」
リリンに言われてそれは大いに感じられた。
「雅人よそろそろ行くぞ」
「行くってどこに?」
「それは雅人が魂を燃え上がらせて自由に小説が書けるどころじゃ。気付いていたと思うが我は雅人の魂を直に感じて力を発する事ができる」
確かにそれは感じられた。
「じゃあそろそろ行くか?」
「まあ待て」
そう言って眠っているマスターのところに行く。
「マスターよ。お主は一人じゃないぞ」
そう言ってパンッと手を叩いた。
すると部屋全体に違和感を感じた。
「お主達はこの者の家族だな」
と一人事を言っているように見えるが、どうやらリリンは何かしらの特殊能力を使って、マスターの亡くなった家族を呼び戻した見たいだ。
それは僕には見えないけれど。
「さあ、せっかく我が呼び戻したのじゃから、せめて夢の中に会ってあげられないか?」
・・・。
「礼などには及ばぬ」
するとリリンは僕に「行くぞ雅人」
「うん」
リリンは言葉には出さないが、夢の中だけでも亡くなった家族に会わせたのだろう。
それがリリンの感謝の意なのかも知れない。
僕とリリンが外に出た時には夜が開けていた。
僕とリリンはしばらくマスターが経営する喫茶店を見ていた。
「マスターの魂には悲しさには染まっていなかった」
「そうなの?」
「そうじゃ雅人も見習うべきだ」
「見習うって言ってもね」
「とにかく命あるかぎり、魂を放出させるべきじゃ」
リリンに何が分かるんだよ。と僕は心の中で呟いた。
するとリリンは私の魂にかつをいれるように背中を思い切り叩いた。
「雅人よ気をしっかりと持て」
そう言われて私の魂が燃え上がった感じがした。
「そうじゃその調子で魂を燃え上がらせるのじゃ」
そこでリリンはそのつぶらな瞳を私に向けて「雅人よ我の事が好きか」
いきなり何を言い出すのかと思うと気持ちがあたふたとして、とりあえず「まあ、普通かな?」と言っておいた。
「なんじゃその曖昧な発言は」
「とにかくもうここは危険なんでしょ。それは僕も感じられたけど」
下らない話題を反らして言う。
感じる。僕を狙う奴の不穏な気配が。
僕とリリンは手を繋いで駅にたどり着いた。
誰もいないが気のせいかどうか分からないが連中の気配が感じられる。
『あなたには居場所何てない。あなたには居場所何てない』
私の頭の中で幻聴がリフレインする。
僕はどうにかなりそうだった。
そんな時にリリンが私の手を取り、リリンの方を見るとにっこりとした穏やかな笑顔で僕を見つめていた。
「雅人よ、我がついているから大丈夫じゃ」
そんなリリンを見てこれが魂が燃え上がる瞬間だと思って、幻聴に打ちのめされそうな僕に一筋の希望が浮かび上がり、幻聴が消えた。
「そうじゃ雅人よ。お主は一人じゃない」
ここでわかったが私はリリンが好き何だと気がついた。
「さあ雅人よ。我についてこい」
そんな真正面から行くのは危険なんじゃ。
でもここはリリンを信じるしかない。
「雅人よ。連中を欺くために十分間気配を消すことができる」
「そうなの」
「だから我の手を決して離すでないぞ」
気配が消えたからか?連中の気配が嘘のように消えた。
そのままリリンの手を引かれたまま強行突破で駅のホームへと向かい、改札もすり抜けて丁度電車が来ていたので、どこ行きの電車なのか分からないが乗り込んで発車した。
「これでひとまずは安心じゃ」
リリンは力を使い果たした感じで適当に座席に座ってお疲れモード言った感じだった。
「リリン」
そっと声をかける。
「感じるぞ。雅人がネットとやらに掲載した小説を読んで生きる活力を感じて、これから希望を感じて生きようとする人の姿が手に取るようにな」
「リリン。それって?」
「まだ分からぬのか?我は雅人に魂に火をつけて。それで雅人の魂を我が共有して力にしておるのじゃ。さらに雅人がネットとやらに投稿した小説を読んで生きる糧となるものもおるじゃ。それが我の力の源になるのじゃ」
「すごいじゃん」
するとリリンは改まって私に視線を向け「お主には使命がある」
「その使命って?」
「さあ分からぬが、雅人は我が魂に火をつけて小説を書いていればよい。それで我と雅人の互いの魂を向上しあえる仲なのじゃ」
僕達が乗っている電車には連中の気配は感じられなかった。
「へっへっへっ。私の思いを踏みにじったあの女を自殺に追い込んでやる」
彼女に加担する奴はあのフリースクールの塾長のみ。
でもこいつは厄介だ。
でも私はあきらめない。私の気持ちを踏みにじったからな、そんな女には追い詰めて、殺してやる。
だが彼女は消えた。
それから数年が経過して、彼女を憎む気持ちから、彼女の気持ちになって考えるようになった。
それで彼女が私に報復しに来たのだった。
せっかく夢を持てたと言うのに、これからは人に迷惑をかけないようにしようと思ったのに。
『何度でも言うよ。あなたには居場所何てない』
「あっ」
と大声発した瞬間に私は目覚めた。
私の声に驚いて心配そうに私を見つめてリリンは「お主、大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
リリンは私の顔をじーと見つめて、「雅人よ魂がわだかまった色をしている」
わだかまりか。そう思って「仕方がないことだよな」
「何が仕方がないのじゃ?」
「私は生きてはいけない人間何だ」
するとリリンは私の胸元をつかみ「何を今さら言っておるのじゃ。とにかくそんな事、死んでも口にするな」
死んでも口にするなって何か矛盾しているが、リリンの言う通り何だよな。
リリンに救ってもらった命を大切にしないとな。
それはそうと私はどれくらい寝ていたのか?電車は走っている。
何て考えているとアナウンスが流れて次の駅か終点だ。
「リリン支度をして」
「・・・」
「リリン?」
「ああ、そうか」
「どうしたの?さっきから元気が・・・」
私は気がついた、さっき私が落ち込んでリリンも気持ち的に元気がないのだと。
とりあえず電車から降りる。
降りた駅はのどかな田園風景で、清々しい風が私とリリンを包み込む。
ちなみにこの列車に乗って終電まで行ったのは私とリリンだけであった。
リリンは相変わらずに元気がない。
だから私は空元気でも良いから明るく演じて見た。
「リリンこの辺で小説がかけるところはないか探してみよう」
と、私は心では泣きたいぐらいに落ち込んでいたが嘘でも明るく演じてみる。
するとリリンは次第に表情が明るくなり、ようやく笑顔を取り戻してくれた。
そんなリリンを見ていると、空元気だった私の心が燃え上がるようにテンションがあがってきた。
しばらく田園地帯を歩いていて、ようやく公園にたどり着いてベンチに座った。
リリンと目があって、リリンが微笑み小説を書く意欲が高まった。
「そうじゃ雅人よ。もっと魂を燃やし尽くすのだ」
「分かっているよ」
パソコンを取り出して書く。
リリンはいつもと同じようにそっと私の肩に寄り添って目を閉じていた。
きっとリリンは私が小説を書こうとする燃え上がる魂を感じて、それをエネルギー源として寄り添っているのだろう。
それなら好都合だ。
私がこうして魂を燃やし尽くして小説を書き、リリンがそれをエネルギー源として連中から私を守ってもらえる。
でも私はリリンに守ってもらうだけの存在でいいのだろうか?
そう思ってキーボードをうつ手を止めてリリンを見る。
するとリリンは気持ち良さそうに私に寄り添って目を閉じて黙っている。
そんなリリンを見ていると良いのかも知れないと思った。
この田園では連中はおろか人の気配も感じられない。
またさらにリリンを見つめる。
リリンは私に宿命があると言っていた。
そう思うと私は無性に怖くなったりする。
そして小説をある程度、書き終えてちょっと一息入れようとした時、リリンが私の目を見て言った。「お腹が空いた」と。
そういえば連中に追われて、小説を書く事に没頭して空腹を忘れていた。
鞄の中を見ると丁度一箱分のカロリーメイトがあって二人で半分子する。
「雅人よ。我はそれが好物となった」
「カロリーメイトが好物か」
「なんじゃ、おかしいか?」
「昨日はマスターの喫茶店でおいしい物を食べたと言うのに?」
「あれはあれでおいしかったが、我はこのカロリーなんたらが一番おいしく感じるぞ」
カロリーメイトが好物かあ、リリンはまともに食事を取った事がないんじゃないかと不憫に思えてきた。
でも昨日スーパーのモールで美味しそうに食べていたが、リリンは死神だと聞いた。だからいままでまともに食事を取った事がないのか?
まあとにかく今は食事よりも小説を書いて書いて書きまくって、一人でも多くの人に幸せになってもらいたい。
でも私が投稿すると連中が嗅ぎ付けてくるが私が魂を込めて書いた小説を読んで救われ、それは私とリリンの力になる。
だからリスクを犯しても私の小説を投稿する。
それは私達のためでもあるし、読者のためにでもある。
私は危険と隣り合わせだが私には私の魂に火を灯してくれる人がいる。それは紛れもないリリンだ。
いつまでも私の側にいてほしいと思うのだかリリンと時間を過ごせるのは僅か一年だ。
出来れば私の娘としていつまでもいてはくれないか?
何て考えているとリリンが「どうかしたのか?」と聞かれ「別に」と言っておいた。
多分私が妙な事を考えていたので私の魂に異常が見えたのかもしれない。
いや魂がうんたらかんたらじゃなく普通人に見られても精神的に芳しくないと感じるのかもしれない。
とにかく私はしっかりしなくてはいけない。
「リリン、そろそろこの田園から出よう。小説も一段落したし」
「そうじゃな。連中はその機械を探知して来るのじゃろう。全く油断も隙もない連中じゃな」
「ああ」
「でも雅人の魂を直に感じたから。連中に襲われても多少は守ってやれるぞ」
「連中は私を狙って来るが争いは良くないよ」
「確かにそうじゃが連中は我らに容赦しないだろう」
確かにリリンの言う通りだ。
連中は私に容赦はしない。
でもリリンはどうして私を助けて、私の小説をサポートするのか?
魂を感じてエネルギーにするなら、誰でもいいんじゃないか?
とりあえず時計を見ると午後3時を示している。
さっき食べたカロリーメイトだけでは、すぐに空腹になってしまう。
この田園地帯でどこかお店を調べようと思ったが連中に逆探知されてしまいそうなのでやめておいた。
それと逆探知されずに小説を投稿すると方々は無いのだろうか?
とりあえず私とリリンは田園を見渡し「あそこに民家があるぞ」とリリンが指差す方向には私の肉眼では見ることが出来なかった。
リリンは死神だから、何かしらの特殊能力があるからリリンの目には見えるのだろう。
それで私達はリリンが見える民家へと向かった。