大切な物
「靖子、あたしの事が嫌い」
座敷わらしから殺気を感じる。
「リリン」
剣になってくれとアイコンタクトをする。
「今の我らの力では操られた座敷わらしを敵に回して勝ち目はない。
いったんここはひくぞ」
リリンはそう言って、私の手と靖子さんの手を取り、ワープした。
ワープした先は名古屋駅のホームであった。
丁度電車がベルを鳴らして走ろうとしている。
私は動けない靖子さんを両手で持ち、発車寸前の電車に乗り込んだ。
これで安心と思いきや、座敷わらしは電車の中まで入ってきた。
「靖子、リリン、雅人、許さない」
「リリン。もう戦うしかないんじゃ」
「今の我らには呪われし座敷わらしを相手にすることは出来ない」
そこで靖子さんは私の手元から降りて、座敷わらしに手を差し伸べた。
「嫌いに何てなっていないよ」
電車は走り出す。
「嘘だーーーー」
座敷わらしは叫びだし、その勢いで電車の窓ガラスが次々と激しい音を立てて、割れだした。
私達が乗っている列車には何人かの乗客がいる。
でも私達は他の乗客を助ける余裕などない。
「リリーン」
武器になってくれと叫ぶ。
「仕方あるまい」
リリンは武器になってくれた。
武器を両手で構え、呪われし座敷わらしに立ち向かっていくと、「待って」私の体にしがみつき「ごめんなさい」と言って、エナジードレインを発動させた。
靖子さんにパワーを吸い取られて、意識が・・・。
何なんだよあの座敷わらしは?
力は凄いが靖子さんに叱られただけで、サタンの操られてしまうなんて。
リリンは言っていたが、今の私達は座敷わらしに立ち向かう事すら出来ない。
でも敵に回してしまっては戦うしかない。
でも靖子さんにエナジードレインをかけられて、私の意識が戻らない。
そうしている間にも座敷わらしは靖子さんや他の乗客までにも危害が及んでしまう。
だから戦うしか無かった。
それしか方法は見つからない。
こうして意識がなくなっている間にも呪われし座敷わらしの餌食となってしまう。
私達は何て非力なんだろう。
私達に使命がある。
リリンには詳しくは聞いていないが、私達の小説を世に送り、一人でも良いから読んで貰って、希望がもてるような物語を作ることに私はあると思っている。
私達は使命を果たさなければ、いや私は果たしたい。
その為にはサタンの野望に立ち向かっていくしかない。
「こんな所で終わる訳には行かないんだ!」
と私は叫びながら意識を取り戻したみたいだ。
朦朧とした意識の中、靖子さんが座敷わらしにエナジードレインを使っている。
靖子さんは切実に座敷わらしに向かって語りかけている。
「わらしちゃん。お願い。みんなに危害を加えるのはやめよう」
「うわあああああああああ」
座敷わらしは吠えるように叫ぶ。
バチバチッと激しくエナジードレインとサタンにかけられた呪いを吸収している。
靖子さんは戦うのではなく、心に訴えている感じだ。
「わらしちゃんなら私の事をわかってくれるわ」
そこでリリンが「靖子よ、それ以上のエナジードレインを使えば身が破滅してしまうぞ!」
「黙っていて!これは私とわらしちゃんの問題だから!」
「靖子さん!」
ただ何も出来ずに見守っているだけって言うのもつらい感じがする。
先ほど靖子さんのエナジードレインがきいていて、私は身動きがとれない。
ここは靖子さんを信じるしかない。
「わらしちゃん、いい子だから、こんな事はやめて」
「みんなあたしの事が嫌いなんだ」
「嫌いに何てなるはずないじゃない。私はわらしちゃんの事が好きよ」
「嘘だ!」
呪われし座敷わらしが憤った勢いで、ドアが次々と破壊されていく。
「うわっ」
電車のドアから放り出される程の風の勢いだ。
普通なら電車は止まるはずなのに、運転手を見てみると、何者かに操られている感じでいっちゃってる。
リリンが「ここは危険だ。場所を変えるぞ」
すると僕と靖子さんと座敷わらしがリリンの瞬間移動で、場所を変えた。
辺りを見渡すと、そこは誰もいない砂浜だった。
「リリン!どうして座敷わらしまでつれてくるの?」
「靖子には何か秘策があると思ってな。それに座敷わらしからは逃げることは出来ぬ」
靖子さんはエナジードレインを放出させ、呪われし座敷わらしに訴えかけている。
「わらしちゃん。もしわらしちゃんの大事な物を壊されたらどんな気分になる?」
「大切な物?」
「そう、わらしちゃんにも大切な物があると私は思うんだ」
「あたしの大切な物は地震ですべて壊されてしまった」
「その時、どんな気持ちだった」
「悲しかった!!!」
座敷わらしに靖子さんの思いが伝わった。
「でしょ。私も大切な物を壊されたら悲しい」
靖子さんは優しく聖女のような感じで座敷わらしを説得している。
座敷わらしの話によると、座敷わらしは数年前に起こった東北の地震で住みかを無くして、漂っていたそうだ。
そうして放浪していた座敷わらしは偶然、いや必然的に私達と出会った。
座敷わらしは子供だったんだ。
靖子さんに叱られて、サタンに呪われし存在に変えられてしまった。
「わらしちゃん。良い子だから、サタンの呪いなんかに惑わされないで」
「靖子」
そういって座敷わらしの呪いが解放されていく。
「わ・らし・ちゃん」
靖子さんは気を失ってしまった。
「靖子さん」
体を引きずるように靖子さんの元へと近づいていく。
靖子さんの体は真っ白で、力を使い果たして、今にも死にそうな感じだった。
脈も薄く、心臓の音がまるで感じられない。
すると座敷わらしが「退いていろ」と言って、「これ以上靖子さんに何かするなら私が許さないぞ」
そこでリリンが「座敷わらしの言うとおりにするのじゃ」
リリンにそういわれ、私は靖子さんから離れた。
座敷わらしが両手を開いて、波風が鳴り響き、座敷わらしの手から光っている。
その手で靖子さんに触れると靖子さんは光に包まれて、顔の血色が良くなっていく。
座敷わらしが靖子さんを助けたそうだ。
靖子さんが気がつくと座敷わらしは「ごめんなさい。あたしのせいで、靖子の大切な物を壊そうとしてしまった」
靖子さんが目覚めると、座敷わらしに親指を突きつけ「メッ」と叱った。
すると座敷わらしは大きな声で泣いてしまった。
「これってやばいんじゃないかな?またサタンに心を売るような事になったら」
そこでリリンが「それは無かろう、座敷わらしも反省している」
泣いている座敷わらしを靖子さんは抱きしめた。
「もうこんな事をしてはダメよ」
「ごめんなさいごめんなさい」
と座敷わらしも反省している。
「ところでここはどこなんだ?」
私が言うとリリンは、
「我にも分からぬ、無我夢中で瞬間移動をしたものじゃからのう」
そこで靖子さんは、「ここは和歌山県南紀白浜みたいよ」スマホのアプリで調べたみたいだ。
「へーここが南紀白浜かすごい海が澄んでいるね。私が来たのは初めてだよ」
「さて、用も済んだことだし行くとするか」
リリンがそういって私達三人は南紀白浜を後にしようとしたところ、座敷わらしがついてくる。
「何をついてくる。お主が来る場所はここではない。あっちへ行け」
リリンが冷たくあしらうと座敷わらしは半べそをかいている。
そこで靖子さんは「わらしちゃんも来る?」
すると座敷わらしはパァーと明るい顔になり、靖子さんに懐いてしまった。
「大丈夫かなリリン、また同じような事に巻き込まれないかな?」
「分からぬ」そこでリリンは靖子さんに「靖子よ、その者は危険じゃ。お主がちゃんと世話をするのじゃぞ」
「分かっています」
テンションを上げて敬礼の仕草をする靖子さん。
「これからどうするのじゃ?」
「とりあえず和歌山から大阪まで行こうと思う」
「じゃあ、タクシーかなんかに乗っていくのか?」
そこで靖子さんが「タクシーなんてそんな高い物には乗りません、バスが出来ていると思うから、バスで和歌山駅まで行きましょう」そういって座敷わらしを肩車をする靖子さん。
座敷わらしは「キャッキャッ」と喜んでいる。
「何か和むな」
「まあ、我はまた創作活動の妨害が心配じゃ。その時は容赦なくおっぱらおう」
「わらしちゃんはそんな事はしないもんね」
「靖子の大切な物、あたしは壊さない」
実を言うと私も心配だった。またサタンの呪いにかけられて、また攻撃を加えようとする事が。
でもここはもう靖子さんを信じることしか出来ないな。
南紀白浜から和歌山駅のバスを待っている間。
私達は創作活動に打ち込んだ。
ベンチに座って私は小説、靖子さんはイラスト、座敷わらしの方を見てみると、目を閉じて何か祈っている仕草をしている。
それよりもさっきからやる気が増長されて来た。
そこでリリンが「これは座敷わらしのパワーじゃ。でも座敷わらしは気まぐれだから、いつまでその調子が続くか分からぬぞ」
「まあとにかく座敷わらしは私達に危害を加えることは無くなったことだからな」
「わらしちゃん。ありがとね」
と座敷わらしの頭をなでた。
すると座敷わらしの後光はさらに増して私達はやる気に満ちていく。
とりあえずリリンは快く思っていないが、座敷わらしの後光はありがたく受け取っておこう。
そして和歌山行きのバスが来て私達は乗り込みそこでも創作活動をしている。
本当に座敷わらしの後光はありがたい。とにかく気まぐれなのかはさておき、今はその後光にあやかるしかないな。
座敷わらしもつらい目にあってきたんだもんな。
東北のあの大地震で多くの人が亡くなった。
座敷わらしもその被害者だ。
大方座敷わらしは東北の住みかを転々として暮らしていたんだろうな。
それで居場所も友達を亡くしてきたのではないかと、思える。
ずっと一人ぼっちだったんだな。
いくら力があったって独りぼっちは辛いよな。
私にも経験がある。
もしあの時青木が原樹海でリリンと出会っていなければ今の私は存在していなかっただろう。
リリンは私には使命があると聞いた。
何度も思うことだが私の小説を書いて、リリンに力を献上してこのまま放浪の旅をしながら進んでいくしかないだろう。
バスで和歌山駅に到着して、もう夕日が沈みかけていた。
そこでリリンが「ふむ、座敷わらしが仲間についたことだから、サタンもさすがに手は出せぬと見た」
「このまま座敷わらしと一緒にってことは出来ないかな?」
「ふむ、それは彼女自身が決めることじゃ」
そこで靖子さんは「わらしちゃん、よかったらお姉ちゃん達と一緒に旅しない?」
「うん」
とかわいらしいスマイルで喜んでと言った感じだ。
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いっぽうその頃、
「サタン様、座敷わらしが奴らの手に渡りました。いかがなさいましょう」
どこかの廃墟の中、玉座に鏡が置かれて、何者かが鏡の前で語りかけている。
「我はまだ完全体ではない。だが、面白くなってきたな」
「余裕ですね」
「お前はわしがおろおろとうろたえる姿が見たいか?」
「いえ、だがやっかいな事になったと思えるのですが、このまま奴らが死神のリリンにパワーを与えれば・・・」
「案ずる事はない。もう手は打ってある」
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大阪に到着したのは、もう七時を回っていた。
「ここが道頓堀か」
そこで靖子さんが「大阪の町は眠らないわ、大阪と言ったら、たこ焼きやお好み焼きでしょ」
靖子さんも今日はお好み焼きやもんじゃ焼きやたこ焼きがある店へと入っていった。
「靖子さんに続こう」
私が座敷わらしとリリンに呼びかけ促す。
「私、お好み焼き大好きなんだ」
と靖子さんは店に入り、私達が続くと、店にはパラパラと人がいるだけで私達四人が座れるスペースは確保できた。
「ここのお好み焼きは中学の修学旅行で来たことがあるの安くてとてもおいしいのよ」
メニュー表を見るとすべてが四百円以下だ。
早速定員が「お客様、四名様ですか?」
「はい。そうです」
「メニューが決まったらお声をおかけくださいな」
「本当に大阪弁だ。いつ聞いてもシュールだわ」
私が言うと、靖子さんは、
「ほな、トイレに行きまっせ」
靖子さんがトイレに行くと座敷わらしもついていく。
「わらしちゃんもおトイレですかいな」
にこっと笑って頷く。
「ほな、一緒にいきましょか?」
靖子さんは大阪人気取りで、おトイレに座敷わらしと一緒についていった。
すぐに出てきて、「ほな、メニュー決めましょか」
「そんな中途半端な大阪弁は良いよ」
はあ、本当に幸せだな。




