雅人の魂に火を灯すリリン
樹海を通る国道に偶然車が通り、私とリリンはヒッチハイクをして乗せて貰った。
運転手に「自殺をしようとして考えを改めたんだろ」
と言われたが「別にそんな事はありません」とごまかしたが、運転手は黙っていた。
多分僕が嘘をついている事がわかり、悪いことは言わないでおいてくれたのだろう。
でも親切な方だったのでお礼としてお金を渡したが、受け取らず、「とにかく。もうバカな事は考えるなよ。特にそんなかわいい子を道ずれにするなんてな」と言われて運転手は去っていった。
運転手との会話にリリンは黙っていた。
男はリリンと僕を見て親子と思っていたのだろう。
でもそういうことにしておいた方がいいだろう。
運転手に車で送ってくれた先は、駅が隣接する、とある町だった。
夏の日差しが容赦なく照りつける。
リリンはその厚手の外套で熱くないのか心配になったが、「問題ない」と言った。
でも道行く人はそんなリリンを見てちょっと変な目で見られて、僕はちょっとその目が気になってしまい、リリンに服を買ってあげる事にした。
田舎町だが、小さなスーパーがある。
きっとそこにリリンに似合うこの真夏にふさわしい幼女の服があるに違いない。
時計を見ると十時を回ったところで、すでにスーパーは開いている。
「リリン。その服は目立つから、とりあえず、君にふさわしい服を買ってあげるから、それに着替えてよ」
「良いのか雅人。お金がかかるんじゃないか?」
「大丈夫、お金には余裕を持って持ってきたからさ」
「そうか。ならお言葉に甘えるとしよう」
一階は食料品売場で二階が洋服売場で、リリンが似合うような服を探して、子供服売場にたどり着いた。
こうして子供服売場に足を赴いたのはきっと幼い時以来だろうな。
リリンに似合いそうな服がたくさんある。
「リリンはどんな服が着たい」
「この服でいいのだがな」
「それは目立つよ。私が気にしちゃうよ」
「ふむ。分かった。我はこれらの様な服を着たことが無いからな。どれを着ればいいのか我には分からぬ」
リリンは死神と聞いたが、いったい今までどのような育ちをしてきたのか?ちょっと気になった。
「とりあえず、こんな服はどうかな?」
ひらひらの赤いリボンの付いた白いワンピースだった。
こうしてリリンの洋服を選んでいて娘を持った気持ちで、選んでいる僕は無性にテンションが上がってしまう。
「ふむ。雅人がそれで良いならそれで良い。貸せ」
そう言って、外套を脱いで、リリンは素っ裸だった。
「雅人、どうやって着るのだ」
「リリン。試着室試着室」
「試着室?」
裸のリリンを抱いて試着室に運んで、「とにかく女の子が人前で裸をさらしちゃダメ。着替える時はこの試着室で着替えてね」
「ふむ」
試着室のカーテンを閉めて、それと下着も必要だと思って、適当に小さな女の子が着るような白いパンツとシャツを渡し、これも着て、「ふむ。これはシャツとパンツと言う奴だな」「そうそう」「分かった」
やれやれとため息をもらすと、従業員が僕とリリンのやりとりを見ていたみたいでチラチラと不審な目で見ていた。
きっと育ちの悪い子と頭の悪い親と間違われたに違いない。
頭痛い。
リリンは死神だから人間とは違う生き方をしてきたのだろう。
この一年一緒にいてくれるって言っていたけれども前途多難だな。
とりあえず、赤いリボンが付いた白いワンピースに小さな女の子のパンツとシャツをリリンに着せたまま、会計に向かった。
ワンピースを試着したまま買うのは常識にかなっているが、パンツとシャツを着たまま買うのは常識的に疑われる視線を店員に向けられた。
お会計は全部で三千五百円。
大した買い物じゃないと思ってカードを出してそれで支払おうと思ったが、これで連中がかぎつけて来るかもしれないので、私は、現金で渡した。
現金は五万ある。カードを使うのは私の名義になっているので、連中が私が使ったことをかぎつけて来るかもしれないのでやめておいたのだ。
店員に変な目で見られてしまったけれども、何か娘と買い物をしているみたいで至福の時を迎えられて嬉しかった。
気が付けばリリンは草鞋を履いていたので、靴も買ってあげようと思って靴売場に行き、白いスニーカーと子供用の靴下を買ってあげた。
おめかししたリリンの姿を見ると、本当にかわいらしい。
でも私の娘じゃないんだよね。
私にもこんなかわいい娘がいたらと思ってちょっと落ち込んでしまった。
「どうした雅人。さっきまで元気だったのに、何か魂の火が薄らいで見えるぞ」
「そう」
「安心しろ。リリンが雅人の魂に火を灯してやる」
そういって僕の手を握って、本当に心が高揚している。魂に火がついているんだ。
「リリン。お腹空かないか?」
「確かに空いたな」
「何が食べたい?」
「昨日のビスケットのような物が食べたい。あれは美味じゃった」
非常食の乾パンがそんなにおいしく感じられたか?だから私は「もっとおいしい物を食べさせてあげるよ」
僕とリリンは屋上のレストランモールに向かう。
レストランに入って、メニューを見ると、お子さまランチが目に入り、私は店員を呼んでお子さまランチと、僕は適当にトンカツ定食を頼んだ。
「雅人、何をごちそうしてくれるのだ」
リリンはワクワクしている。
そんなリリンを見て、本当に愛娘を見ているようで気持ちが良くなり、「とってもおいしいものだよ」
「雅人良いのか?我にこんなご馳走をしてくれて、それに服まで買ってくれて」
「良いよ。私は何だろう。リリンが娘みたいに感じて」
やばいつい本音を言ってしまった。
リリンは私の言葉を聞いて、何を思ったのか、きょとんとして私をじっと見つめる。
気まずい緊迫した空気が一瞬漂った。
そしてリリンはその緊迫した空気を払拭するように満面な笑顔で「娘か、雅人の魂が向上するなら、我をどうと思うが良い」
それを聞いて胸が一杯になった。
そしてリリンに頼んだお子さまランチと私のトンカツ定食が運ばれてきた。
「何だ。これは?」
お子さまランチを目にして目を丸くして驚いているリリン。
「リリンに頼んだ。お子さまランチだよ。さあ召し上がって」
「ならば雅人。いただきます」
リリンは食前の礼儀を知っていることに何かほっこりとした。
スプーンを握りしめ、象の形をかたどったチャーハンをすくって口に入れる。
「んん。うまい。何ておいしさだ。これは昨日のビスケットよりも勝るおいしさだ」
とリリンはがつがつとお子さまランチを食べる。
私は自分が食べるよりも、こうして私の娘と思ってもいいと言ったリリンの食べる姿を見て、心がほっこりとする。
まさか私に家族が出来るなんて思っても見なかったことだ。
昔から女性には縁がなく、いつも嫌われて蔑ろにされていた。
初恋の相手に思いを寄せたが、私の思いを聞いたとたん、侮蔑の顔を向けられ、私は正直死んでしまいたいと思った。
それでその初恋の女性を見返してやる気持ちで勉強に励み、そこで出会いがあり、二度目の恋いに落ちて・・・・。
やめよう。あの事を思い出すのは。
私が悪いのは分かっている。
でもあの女は私の幸せを妨害する・・・。
私は幸せになりたいだけなのに。どうして・・・。
「どうした。雅人、また落ち込んだような魂だ」
「多分リリンには嘘はつけないよな」
でも落ち込んだ気持ち、魂は見せられないので、リリンのかわいらしい顔を見て、改めて気持ちを切り替えて「リリン。お子さまランチおいしいか?」
「ふむ。おいしかったぞ」
「もっと食べたかったら、また頼むけど」
「もう良い。我は腹はいっぱいじゃ。それよりも雅人、お主もしっかりと食べたらどうだ。空腹では魂に火は灯らぬぞ」
「うん」
そういって私は頼んだトンカツ定食を食べ始めた。
リリンは私が食べる姿をかわいらしく頬杖をつきながら、見ている。
トンカツは好物だが、リリンと一緒に食事が出来てそれ以上のおいしさを感じた。
食事もすんで、私は小説を書く意欲が沸いてきたが、リリンは私が一人で小説を書いていると退屈しないか気になったが、私が小説を書きたいと言う意欲が沸いてくると、リリンは穏やかに笑った。
「雅人よ。小説を書くと良い。雅人が小説を書いている時の魂を感じている時は我は心地が良いのだから」
そういえばさっきも同じ事を言っていたっけ。
とりあえず小説を書くと言ってもどこか喫茶店でも立ち寄って、リリンには何か甘い物を食べて退屈をしのいで貰いたいと思って町を歩いて喫茶店を探した。
歩いていると喫茶店はすぐに見つかり、外観がすごくぼろくて入るのにちょっと抵抗があったがリリンの手を引いてちょっと勇気を振り絞って中に入った。
ドアを開けるとベルが鳴り「いらっしゃい」と品の良さそうな老人が灰色のエプロンを着てカウンターでたばこを吸っていた。
客席を見ると中は外観と違って綺麗だが、お客は一人もいなかった。
「あの」
私が品のいい老定員に話しかけると、「適当に座ってくださいな」
そう言われてリリンをつれて、奥の窓際の向かい座席に座る。
「リリン、何かパフェでも頼むか?」
「パフェとは何だ?」
「アイスクリームやプリンなど乗っかったデザートみたいな物だ」
「先ほど食べたばかりだがな」
「とにかくデザートは別腹だよ」
「そうなのか?」
「マスター」
老定員を呼ぶ。
「はいよ」
メモとペンを構えて、注文を承ろうとしている。
「このスペシャルサンデーパフェとアイスコーヒーを一つずつ」
「かしこまりました」
すると老定員はリリンにニコリと笑ってウインクをした。
老人が奥のカウンターで注文された物を準備しに行くと、リリンは「あの老人も良い魂をしている」
「そうなの?」
確かに感じの良い老店員だが、そういった感じってリリンは魂で見るのかな。
とにかく私は小説を書きたいのだ。
パソコンを広げて、起動させ、今朝書いた小説の続きを見てみると、驚くほどに書く意欲が沸いてくる。
僕がキーボードに手をかけて書こうとすると向かい側の席にいるリリンは僕の隣に身を寄せて来た。
さっきと同じように僕の魂を感じていたいのだろう。
だったら魂か何だか分からないけれども、それを感じていたいならいくらでも感じさせてやるさ。
本当に魂が燃えると言うくらいに、ひらめきが沸いてきて、キーボードを叩く手が止まらないほど打ち続けた。
私はこうして物語を書いている時が一番幸せな時だ。
それにリリンが側にいる事により、僕の書く意欲が増長する。
僕が今書いている小説はファンタジー小説で、次から次へとひらめきが頭の中に降ってくるように描き続けられる。
書いている時、忘れていたが注文した、リリンに頼んだパフェと僕が頼んだアイスコーヒーが運ばれてきた。
私の魂を感じているのか?リリンは気持ちよさそうに僕に身を寄せている。
「リリン。パフェが運ばれてきたよ」
「パフェ?」
おもむろに目を開けて、パフェを目の前にしても、僕の魂をまだ感じていたいのか僕に身を寄せている。
「リリン。ちょっと休憩しようか?」
「そうだのう」
運ばれてきたアイスコーヒーは見て分かるのもだ。
一息とってからまた始めるかと思って、アイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れて、ストローでかき回して一口飲む。
ほんのり苦くてガムシロップの甘さがかみ合い、さらに冷たく、体の神経に響きわたるおいしさで、一息入れるにはもってこいのアイスコーヒーだと思った。
「おいしいよマスター」
思わず言ってしまった。
「でしょう」
リリンも長いスプーンを手に取り、パフェのアイスクリームをすくって口に入れる。
「おいしいぞ雅人、これ」
表情をほころばせて言うリリン。
「おいしいでしょう」
カウンターでニコリと笑ってたばこを吹かしながら私達に言い掛けるマスター。
「雅人も食べて見ろ」
アイスクリームをすくって僕の口元に運ぶリリン。
言われた通り、口にすると本当においしいアイスクリームであり、ちなみにバニラだ。
上品な甘さに私までパフェを注文して食べたいと思ったが、別に私はアイスコーヒーで充分かなと、心に止めておいた。
リリンがパフェを食べる事に夢中になっている時に私は、小説を進めた。
本当に捗るな。
小説を進めていると、リリンはいつの間にパフェを間食して、私の魂を感じていたいのか、僕の肩に寄り添って気持ちよさそうに、目を閉じていた。
こんな風に気持ちよく小説が書ける事は生まれて初めてのことだった。
小説を進めて、一息入れようと延びをすると、マスターが向かい座席に座って自分のコーヒーとその灰皿をおいて「少しお話をよろしいでしょうかな?」と言われて、私は悪い気分はしないで「是非」と言って、マスターの目を見た。