約束
朝起きて、朝ご飯の用意が始まる。
靖子さんは昨日と同じくベーコンエッグを作ってくれている。
「朝ご飯にしますから、顔と手を洗ってきてください」
私とリリンは言われた通り、公園の蛇口で顔と手を洗う。
昨日と同じように朝ご飯は靖子さんが作ってくれる。
とにかく気を取り戻して食べようと思う。
パンにベーコンエッグを載せて食べる。靖子さんの作ってくれた物は本当においしい。お腹を満たすだけでなく、今日を生きようとする意欲がわいてくる。
今日も創作活動頑張ろう。
食事も食べ終わり、テントを片づけて、いざ出発。
駅に行くと丁度朝方のラッシュは収まっており、北へ行く電車は空いていた。
これから私達は宇都宮から黒磯まで行くつもりだ。
時間的には一時間ジャストで黒磯に到着する。
電車に乗ると、いつものように私は小説で靖子さんがスマホのアプリで絵を描こうとしたときだった。
突然に靖子さんは私に言った。
「今後の参考として、雅人さんの小説を見せてくれませんか?」
「はい」
軽い感じで渡したつもりだったが、私は渡した瞬間に後悔の念に刈られる。
私の小説をどう思われているのかが心配になってきた。
だけれども私の小説を読んでいる靖子さんは麗しく感じさせ、それは見た者すべてを恋に落としそうな可憐な姿だった。
そんな靖子さんに見とれてあっと言う間に黒磯の駅に到着してしまっていた。
「あら、もう終点?まだもう少し見ていたかったのに」
「いつでも見せてあげますよ私の小説で良ければ」
私が言うとリリンが「靖子の魂が何かときめいたような感じがした」
終点に到着して私達は黒磯の街で野宿と言うことになった。
「さてと、ここには奉仕ストアーはあるかしらね」
スマホを片手に調べる靖子さん。
黒磯の景観を見渡すと厳かな富士山のような山が見える。
「凄いぞ雅人あの山は何て言う山だ?」
荘厳な山を指して言う。
「あれは那須岳だよ。確かに実際に見てみると凄いね」
「ここは農業が盛んな街ね。奉仕ストアーよりも自営でやっている農家の野菜が安いって」
靖子さんがスマホを片手に見る。
「とりあえずそこに行ってみましょうよ」
「そうだね」
「靖子が作る料理はおいしいからな」
スマホのGPS機能を駆使してその農家が自営で販売している店へと行く。
するとそこは自営は自営でも店員がいない、無人の売場だった。さらに防犯カメラも設置されていない。
食材は鶏肉に野菜があるそれに卵も。それに値段もお手頃だ。
「丁度良いここで買っていきましょう」
靖子さんは鶏肉を二パックとトマト三つにキャベツを買って、私も半分出すと言ったのだが遠慮されてしまい、何か恐縮してしまう。
「さてお昼にはまだ早いね」
靖子さんは腕時計を見つめて言う。
時計は午前十時半を示している。
「ここは良いところですね」
辺りを見て私は言う。
自然が盛んで小鳥のさえずりが胸をときめかせてくれる。
私の創作意欲をかき立てる場所でもありそうだ。
「この近くに公園があるし、そこにキャンプ場があるから今日はそこへ行きましょう」
スマホを操作しながら言う靖子さん。
季節は夏だ。
太陽の光を浴びて、パワーがみなぎってくる。
そこで問題が一つ舞い込んだ。
「スマホのバッテリーも切れてきたわ、予備の電池も切れてきたから、どこかにコンビニでも・・・あった!
二人ともコンビニで電池を買ってくるからちょっと待っていて」
私とリリンはそんな靖子さんを待つことに。
「雅人よ。靖子の事をどう思っている?」
「何、突然!」
「靖子もお主の事をまんざらでもなさそうだぞ」
そういわれて靖子さんに告白された事を思い出す。
あれはライクなのかラブなのかは分からないが。
「お待たせ。コンビニだと高いわね。でもスマホが使えなかったらお手上げだからね」
靖子さんは言った。
スマホがなければお手上げだって、私は以前アケミの連中にスマホとパソコンを取り上げられた。
もし連中が私達にかぎつけて来てスマホを通信機器を取られたらどうなるのだろう?
「どうしたのですか雅人さん。暗い顔して」
「いや別に」
「んんー」と両手を広げて伸びをする靖子さん。「本当にここは良いところね」
公園に行くと色とりどりの花が咲いている
「綺麗な花だな」
リリンは興奮して言っている。
「それはアガパンサスと言う花だよ」
私がリリンに教えてあげる。
「じゃあこれは?」
「アイビーにゼラニウム」
そこで靖子さんが「お花に詳しいんですね」
「はあ、まあ」
子供の頃良くお庭で育てた記憶が蘇る。
「お花が好きな人って純粋な人が多いって母が言っていました」
「そうかな?」
自問自答してしまう。本当にお花が好きなだけで純粋扱いなんて。
でもこの公園お花に埋め尽くされて綺麗だ。
秋になるとイチョウも紅葉がみれるんだろうな。
私はこのような所に住んでみたい。
「さあ行きましょう二人とも」
私とリリンは靖子さんの後に付いていく。
その先には靖子さんのスマホが示した通りのキャンプ場があった。
入場料は安くここは割り勘と言うところで話し合って決めた。
「そういえばいよいよ明日ね。私たちの小説の賞の発表日が」
「そういえばそうでしたね」
「どうしたんですか雅人さん。あまり楽しそうじゃないみたいじゃないですか?」
「実を言うと私はあまり期待はしていないんですよ」
私がそういうと靖子さんはキッと威圧的な視線を見つめて私は狼狽えてしまった。
「何をそんなに弱気になっているんですか?雅人さんは素敵な小説家です!」
「そうかな?」
「そうですよ」
「う~ん」
そこで靖子さんが鞄からスケッチブックを取り出して、「本当にここは良いところです。創作意欲がかき立てられる」そういって靖子さんは草の地面にあぐらをかいて景色を描く。
私も負けていられないと思って、ノートで手書きで小説を書く作業に移った。
太陽サンサン未知のエネルギーがみなぎってくる。
リリンは両手で頬杖をつきながら私達の魂を感じ取っている。
しばらくして『ぐう~』とお腹の音がした。
私とリリンは靖子さんを見て、「お腹好いちゃいましたねペロペロ」何ておどけていた。
早速靖子さんが調理をする。
ここはキャンプ場で、水や火をおこす場所が設けられている。
「私も手伝いますよ」
「じゃあ、飯ごうにお米をといで火で炊いてください。私は今日は親子丼です」
「靖子よ我もやる事はないか?」
「じゃあ、リリンちゃんには野菜を盛りつけてもらいましょう」
「分かった」
心配になって見てみると、案外上手にトマトを三つ四等分にする事が出来ている。
飯ごうが蒸れだしている。
赤子泣いてもふた取るなと聞いたことがある。
他にも観光客らしき人がいる。
どの人もみんな年輩の方だ。
「お兄ちゃん。飯ごう炊くのうまいね」
年輩のおじさんに言われた。
「そうですか」
「君たちは何を作っているのかね」
「親子丼です」
そういってフライパンで鶏肉と卵を合わせて煮詰めている靖子さんの方に目をやった。
「ほう、これはこれはかなりのべっぴんさんだな」
靖子さんは親父さんに人なつっこいウインクをした。
「ほほう。良い奥さんだな」
誤解されてしまったが僕は気にしていないが彼女はどうなのだろうかと思った直後に「さあ、できあがったわよ。後は飯ごうでご飯が出来たら出来上がりね」
親父さんは奥さんとキャンプに来ているみたいだ。
それにこのキャンプ場は今日は平日だからか年輩の方達が専らだ。さらに孫を連れたおじいさんおばあさんが来ている。
そんな人たちに誘われて、私はためらったが、リリンと靖子さんは良いみたいで共に食を囲んだ。
「良いんですか。こんなにごちそうになっちゃって」
靖子さんが遠慮がちに言う。
「良いんだよ良いんだよ」
バーベキューに誘われてしまった。
お酒も勧められたが私達はそれは遠慮させてもらった。
本当に自然が豊かで良い人ばかりで嬉しくなってしまう。
そんな人たちに囲まれていると創作意欲が高まってくる。
キャンプ場に来ている人たちはみんな農家の人だと聞く。
私も出来ればそのような場所で身をおいて過ごしたい。
でも奴らはアケミ達は私の幸せを壊しにやってくる。
だからこうして旅をしながら小説を描いて日本中を回っている。
でもそれもいささか疲れてきた。
靖子さんがその気なら、私はこの人と結婚してリリンを子供として過ごすのが理想だ。
でもそんな夢物語私の現状にはとうていない。
そう思うとどうして私はアケミにあんな事をしてしまったのか後悔の念でいっぱいで悔しくなってくる。
因果応報。
自分が犯した罪はそのままそっくり返ってくる。
それは何倍にも何十倍にも。
色々とネガティブな事を考えていると、背中を思い切り叩かれた。
「何をそんなに落ち込んでいるのじゃ」
リリンだった。
「リリン」
「そのような魂では良い物は描けまい。お主は一人じゃない。靖子も、今日ここで出会った人たちがついておる」
「そうだよね。私は一人じゃない」
「そうじゃ。一人になってはいけない」
旅は本当に疲れる。でも私は一人じゃない。
靖子さんもリリンも今日であった年輩の方達がついている。
でも私は呪われし存在。
「雅人!」そういって私の背中を再び思い切り叩いた。
「ゴメン」
リリンに隠し事は無用だ。
とにかくこう胸張って私も良いのかと思えるようになる。
「ほれ、お兄さん。お肉が焼けたよ」
紙皿に肉を持って私に差し出すキャンプに来ているお婆さん。
「ありがとうございます」
「野菜もちゃんと食べなきゃダメよ」
肉の他にピーマンやタマネギなとを乗せてくれる。
私は幸せ者だ。
アケミに対しての禁忌などくそくらえと思えてきた。
「さてお腹もいっぱいになった事だし、始めましょうか?」
靖子さんが私に言う。
「そうだね」
「何をするというのかね、君達夫婦は?」
「まあ、私達は創作しながら旅に出ているものでありまして」
靖子さんはペラペラと入らぬ事を言う。
別に知られても差し支えはないので気にすることもないか。
「ワシはもしかしたら、肉で精を付けてテントの中でいやらしいことでもするのかと思ったよ」
冗談混じりに言うおじいさん。
「もう、おじさんったら」
笑ってやり過ごす靖子さん。
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イチョウの木を挟んで隣り合わせで私と靖子さんは創作活動に打ち込んだ。
本当に創作活動にはもってこいの場所だ。
老父人達に何をしているのと聞かれたが、空気を読んで私達の邪魔をしてはいけないと思って私達から距離を置いてくれた。
リリンはイチョウの木の隣り合わせの私と靖子さんの間に私たちの魂を感じている様子だ。
「ねえ、雅人さん」
靖子さんが突然私に声をかけてきた。
「はい」
いったん作業を中断して、私は靖子さんに耳を向ける。
「明日発表の作品が当選したら結婚しない?」
「へ?」
今何て言ったのか私には理解不能だった。
「だから同じ事を言わせないで、明日発表の作品が当選したら結婚しようと言ったの」
そこでリリンが「それは名案じゃ。我の父は雅人で母が靖子か」
「それは願ってもないことだけど、当選するとは限らないし、私と一緒にいると連中に巻き込まれるかもしれないよ」
「そんなの覚悟している。私は雅人さんでなくてはダメなの」
「とにかくその話は本当に当選したらの話でしょ。あり得ないよ」
「そうかな?私は結構自信があるのよ」
「選考委員も人だし、小説の質が良いからって、そう簡単に当選するとは思えないよ」
「そうかしら。じゃあ賭をしましょうよ。もし、当選したら私と結婚する。でなければ・・・」
「でなければ?」
「今まで通りの仲にしておきましょう」
すると靖子さんはよつんばになって私に近づいてきて、私に小さなキスをした。
心臓が張り裂けそうな程の衝撃に見回れた。
「これは約束の前渡し、それにこれが私の最初のファーストキスだからね。責任とってもらうから」
「はい」
心臓が潰れそうな感じがした。
もちろん私も今のがファーストキスだ。
私は必要とされている人間だと言うことに胸一杯になり涙がこぼれ落ちてきた。
そうだ。私は小説家として生きられるかどうかはわからないけれども、少なくとも靖子さんとリリンに必要とされている。
その調子で小説を意欲的に進める事が出来た。
気がつけば日は暮れて、夜の買い出しを靖子さんとリリンと私で行くことになった。




