【黒の章:2】魔王の宿命
少し病室を覗いたときの彼はひどい怪我の状態だった。
それに比べると私は、大怪我と言えるのは頭の傷くらいなもので、あとは擦り傷程度のものでしかなかった。
心配していたほど、年月もたっていなかったようで、筋肉の衰えなどもほとんどなく、直ぐに自由に動き回れるようになった。
それからというもの、私は、この人気のない裏庭の噴水で、誰にも内緒の実験を行う事にした。
この実験は誰にも知られるわけにはいかない、ひとたび誰かに魔法を使えるか検証しているとでもこぼしてみろ。その瞬間から痛い目でみられること間違いなしだ。
さらに言うならば、あんな事があったばかりなのだから、頭を打ったせいでおかしくなったのではといらない心配をされるに決まっている。
想像しただけでも身悶えるような恥ずかしさを感じる。そんなことには死んでもなりたくはないが、これだけはどうしても試しておきたかった。
私の魂に結びついた魔法の記憶は、こちらの世界でも私の中で力をもって渦巻いているのを感じる。
空気中に魔素を感じないので、向こうと同じようにとはいかないだろうが、こちらの世界にも精神力などの言葉がある以上、魔力を練ること自体はできるのではないかと。
精神力などといっても向こうの世界の様に数値化されるようなものでもなく、向こうで付いていたステータスの補正も無い以上、大規模なことはできないだろう。
しかし、わずかながらに自分の中で魔力を感じることには前の実験で成功している。今回の実験はその第二段階だ。
静かに目を閉じ、自分の中で魔力を丁寧に練っていく。
そこに術式を組み込んで、空気中の魔素に込めることで、魔法を構築することはできるはずだが、こちらではその魔素がない。
だが、術式を改ざんし、例えば水魔法の水を生成する部分を飛ばすことが出来れば。そして、その水を実在するこの噴水の水でまかなうことが出来れば。
ゆっくりと手を噴水の水につけて、慎重に既存の術式を改ざんしたものを練った魔力とともに手に触れている水へとこめる。
すると、わずかだが水が手のひらで渦を巻くのを感じた。
それを受けて感動するのもつかの間、ステータス補正の聞かない現実の私の精神力はそれ以上持たずに術式は崩れてしまった。
できる。今の感覚で確信した。
まだ、とてもじゃないが使えるとは言い難いレベルではあるが、少なくとも可能であることだけは証明された。
この手ごたえならば、これからどんどん練習していけば使えるレベルにもなるだろう。
そう思い、もう一度挑戦しようと目を閉じた瞬間。
「あーこんなところにいたよ。相変わらず姉さんは人気のないところが好きなんだもんなぁ」
弟の参が私のことを探していたようで、こちらを見つけて声をかけてきた。
「ジン、そんなに心配しなくても状態は安定しているし、激しい運動をするわけでもなく大人しくはしているつもり」
「うん。お医者さんからも聞いたよ。もうすぐ退院もできるだろうってさ。でもそれとこれとは別問題だよ、こんなところで何かあったら気付くのが遅れちゃうでしょ?ダメだよー、ちゃんと目につくところにいないとー」
「そうは言っても病院というのはどうにも落ち着けないもんだからつい」
「はいはい、大体こんなところで何をするってのさ。とりあえずそろそろご飯の時間にもなるし部屋に戻るよ」
結局、そのまま弟に連れられて、それ以上魔法の練習を積むことはできなかった。
まあ、続きはまた退院してからでもいいだろう。むしろ、その方が練習場所には困らなくて都合がいいまである。
とりあえずは、目下扱いやすそうな水魔法でひたすら練習かな。
そういえば、向こうの世界でも最初に使ったのは水魔法だった。
真面目にやる気もないのに、否定ばかりして他人のせいにするあいつの姿勢が、思えばあのころから私は気に入らなかったのかもしれない。
あの時、なぜあんなやつを助けに向かってしまったのだろうと後悔をしたくもなるが、別にあいつのせいで巻き込まれたわけでもなく、おかげでこうして貴重な経験もすることができたのだ。
一方的に嫌うのもおかしな話だが、なぜだか理屈ではなくあいつが気に食わないのである。
ふとした瞬間に思い出すたびに私の復讐心は募るばかりだ。
なんか思っていたよりもダークサイド行きすぎる気がしてレイの先行きが不安な作者である。