【序章:3】魔法とは
転生世界での一幕。
さすがに異世界の話あれだけじゃ、異世界転生物を名乗る資格はないのではと危惧して合間にちょっとずつ挟んでみようかなぁと思います。
魔法とは知識だ。そして、知識とは記憶であり、その記憶は魂に結びつく。
記憶が無いということは魔法についても一から勉強してもらわなくてはならない。
この世界において戦う術をもたないことは危険だ。
現にここの村においても、魔物の巣食う森のすぐそばにあり、定期的に村に近づく魔物を討伐しておかなければいつ襲われるかわかったものではない。
仲間を3人と記憶を失うような事件の直後で申し訳ないが、生き残った2人には、すぐにでも勉強をしてもらわなくてはならない。
そのために、村一番の有識者でもある私が魔法の教育係にと任命された次第である。
「――で、あるからして。つまり、魔法と言うのは、空気中の魔素を……って貴様はいい加減に話をきけ!!!」
しかし、私が、忙しい研究の合間を縫ってわざわざ初歩中の初歩から教えてやっているというのに、毎回毎回この男はというと惰眠をむさぼるのである。
「痛ってぇな!こんな分厚い本投げてくんじゃねえよ!!」
「投げたくもなるわ!人がわかりやすく説明してやっているというのに無視しやがってからに!」
「は?これのどこがわかりやすいってんだよ?わけわかんねえ単語ばっか並べやがって、そもそもこんな分厚い教科書渡されても、俺は文字の羅列みるだけで眠くなるんだよ」
「なっ!私がどれだけ丁寧にその教本を仕上げたと思っているんだ!それをわかりにくいとは聞き捨てならんぞ!!」
「はっ!漫画にでもして持ってきたら読むくらいはしてやんよ」
その言葉を最後にもう聞く気はないとばかりに、ハジメは席を立つとその場を去ろうと背中を向けた。
その瞬間、ハジメの隣で、同じく私の作った教本を静かに読んでいたもう1人の彼女が開いていた分厚い本を閉じてつぶやく。
「…《ウォーターフォール》」
その言葉と同時に立ち去ろうとしていたハジメの頭上に水の塊が突如としてあらわれ、水はそのまま真下へと落下。当然その下にいたハジメはずぶ濡れにされ、その足を止めることとなった。
私は驚きを隠せずに唖然とした。
彼女が、ハジメに向かって魔法を放ったことにではない。その放たれた魔法が紛れもなく、まだ教えてもいない上級魔法に類するものであったからだ。
「空気中の魔素に自分の体内で練った魔力をこめて水属性のエレメントを呼び出し、空中に大量の水を生成。それを一気に落とすことによってその水圧で敵を押しつぶす水魔法。上級とはいっても威力はそれほど高くないし消費魔力もそこまでは必要ないみたいね」
記憶を失う前から魔法使いをジョブとしてパーティーで火力を担当していたとはいえ、その知識を本で読んだだけで、できて当然かのように簡単にやってのけたという。
威力も低く、消費魔力も少ないこの魔法が上級に類しているのは、空中の座標固定、水量の調整、落下の勢いなど、術式のコントロール項目が多く難易度が高いためだ。
それなのに、レイは、水量と勢いは減らして威力を抑えるなどといった精密な魔力コントロールも当然のごとくしていたとも言うではないか。
「てめえ、なんのつもりだ!!」
ずぶ濡れのハジメが怒りに肩を震わせながら魔法を放ったレイに怒鳴りかかる。
そんなハジメを無視するように、レイもまた席を立つと私の前へと歩いてきて、手に持っていた教本をこちらに差し出してくる。
「これ、とてもわかりやすかったので、一気に読み切って全部覚えちゃいました。魔法に関してはあとは独学でどうにかなりそうなので、貴重なお時間ありがとうございました」
笑顔で、それだけ言い切ると、怒鳴り続けるハジメには目もくれずレイはその場を立ち去って行った。
私は目の前で見せられた実力に、黙ってその言葉を受け入れることしかできなかった。
これが天才というものだと思わざる負えない。
しかし、魔法とは知識だ。そして、知識とは記憶だ。記憶には才能によって速度に違いは出ても、容量にはさほど違いはないはずだ。つまり魔法とは努力で際限なく伸ばすことが可能であるはずなのだ。
まだまだ努力の余地はあるということだな。
私は、レイを追う形でその場から逃げようとしていたハジメの肩を掴みとびっきりの笑顔を向ける。
さあ、才能無き者に努力してもらえるよう私も精一杯頑張るとしよう。