【白の章:2】転生勇者のなれの果て
何とも言えない移動した感覚の後、俺はゆっくりと目を開けた。
「……っ!」
体を動かそうとしたが、想像以上に怪我の具合はひどいらしい。
頭に包帯、腕にはギプスと点滴の針。何年も昔の出来事のようだが、こちらではまだあの時の怪我は新しいもののように感じる。
わずかに動いた俺の気配を感じてか、ベッドの脇に座っていた少女がこちらを向いた。
「お兄!ほんとに生きてたのね!」
たまたま見舞いに来ていたのか、読書していたであろう妹の二奈が顔を上げて驚いていた。
ニナは母親譲りの整った人形のような容姿に、父親譲りの真面目な性格と両親のいいとこ取りをした完璧少女だ。
見た目も性格も本当に俺の正反対といったところで、歳は一個下ではあるが、その容姿から来る人生経験の豊富さもあってか、俺より数段落ち着いており大人びた性格をしてやがる。
「お前、ちょっとでも俺のこと死んでるものと思っていたんだな」
「ほんの冗談よ。お兄なら殺しても死ななそうだし」
「俺だって普通の人間だぞ」
「普通の人間はバットであそこまでボコられたら死んでるんじゃない?」
ニナは俺との会話もそこそこに、親に連絡してくると言って部屋を出て行った。
どうでもいいけど、思ったよりも心配はされていなかったみたいだな。
なんとか首だけ動かして、ニナが出て行ったドアの方へ視線を向けると、ふと見覚えのある女の人と目があった。
「あれ?あの時助けてくれた人だよね?」
少し声を張って話しかけてはみるが、相手は逃げるように去って行った。
まあ、なにがともあれ彼女の方は出歩けているようだし、俺ほど大怪我にはなっていないようだったので一安心だ。
というか、あの状況からよくよく考えてみると、見た目こそ違うものの、向こうで出会ったレイこそが彼女なのでは?
しまったな。その辺りの話は向こうでもあまり…というかレイとはそもそも会話自体そんなにしてなかったか。
まあ十中八九というか間違いなくそうだろう。雰囲気とかでなんとなくそんな気がする。
俺は、魔王討伐後、願いをかなえる類のアイテムを探し出し、どうにか帰って来ることができたのだが、彼女も方法はわからないが無事に戻ってこれていたようだ。
でも、気のせいかあの目は敵対者に向けるような殺意があったんだが、なぜだろう。
まあ、お互い知らない仲でもないんだ。同じ学校のようだし、機会があればまた話もできるだろう。
正直、今はそんなことよりも俺は、今日まで経験してきたあの大冒険を誰かに話したくてしょうがないんだ。
当時はがむしゃらにいろんな人を助けるために手いっぱいだったが、今になって思い返せば、あの漫画やゲームのような世界で、俺は完全に主人公だった。何なら小説くらい一本書けるのではないだろうかというほどだ。
「お兄、父さんと母さんまた夜来るって」
そこにタイミングよく連絡を終えたニナが戻ってきた。
「そうか、そしたら特別にお前から聞かせてやろう。気を失っていた間に起った俺の大冒険を!」
ニナは何を言っているんだこいつという顔をしていたが、まあこんな話いきなり信じて貰えるはずもない。
「信じてもらえなくても構わない。夢の話だとでも思ってとにかく聞いてくれ。俺は勇者になって魔王を倒したんだ」
「でも、お兄は夢だなんて思ってないんでしょ?」
ニナはなんだかんだいってできた妹だ、ため息をつきながらも俺のことをちゃんと理解してくれているようだ。
「ああ、あれは間違いなく現実だったな!忘れもしないあの研ぎ澄まされた感覚!」
「わかったから、落ち着いて。ちょっと待ってね」
興奮を隠しきれない俺をさとしながらニナはベッド横にあったボタンを押した。
「今ナースコールかけたから一回ちゃんと見て貰ってからにしよ?特に頭強く打ってたから精密に検査してもらわないと」
「ん?いや、別に頭がおかしくなったとかじゃないぞ!え?理解してくれたんじゃないの?!」
「わかった、わかったから。あ、私またちょっとお母さんに連絡してくる」
「待ってくれニナ!頼むからその深刻そうな顔をやめろ!母さんになんていうつもりだ!」
首から上しか動かせない俺の必至の制止もむなしくニナは再び部屋の外へと出て行った。
くそっ!出ていく直後、中二病ってつぶやきが聞こえたぞ!まずい、完全に失敗した。ここまで精神的に堪えるなんて。いや、普通に考えればこうなることは予想できたはずだ。
戻ってきたばかりで変な高揚感が俺を煽って取り返しのつかない事に!
夜には親が来ることが決まっている。親からもあんな目で見られるなんて勘弁してほしい。
何とかしなくては………逃げるか。
傷んだ体を根性で無理やり起こそうとする俺に、無常にもナースコールを聞きつけた病院の人が気付きひと悶着あったことは言うまでもない。
それから受けた精密検査の結果はもちろん異状なしで、それどころか、逃げ出そうとしたことも含め、これだけ元気ならば近いうちに普通に動けるようにはなるでしょうとのお墨付きをもらった。
そして、そんなことよりもとひたすら頭の心配ばかりする両親が医者に食ってかかるのはほんとに勘弁して欲しかった。