【黒の章:1】目覚め
目が覚めると、病院のベッドの上で寝ているのだとすぐに気付いた。
とりあえず体を起こそうと試みるが、向こうの世界にだいぶ慣れてしまったせいか、妙に体が重く感じてなかなかうまく動かせない。
そもそもこちらの体は一体どのくらいの間寝たきりになっていたのだろう。
そう考えると動かしづらいのは筋肉の衰えなども原因としてはありえるのか。
現状を整理しつつ何とか上体だけを起こすことに成功した。
「…普通に動けるようになるにはまたしばらくかかりそう」
まわりを見渡すと、どうやらこの病室は個室らしかった。
部屋に自分しかいないことを確認すると、気持ちがひと段落した。
すこし落ち着いてみると、こちらへ戻ってくる前の瞬間が思い出される。
魔王城での戦い。私、黒瀬 零は、向こうでの最後となったその戦いで敗北を喫した。
力ではこちらの方が勝っていたはずだったが、敗北の要因は戦闘経験の差だっただろう。
最初こそ互角に戦えていたと思っていたが、途中から想定外の動きに翻弄され、そこからはあっという間にやられてしまった。
元々こちらにいた頃から、喧嘩など一切したこともなかった。
あの時、いつものように人気のない静かな場所で読書でもと思っていた矢先。そこで出くわした不良同士の諍いに割って入ろうとした結果、巻き込まれて意識不明の重体。気が付けば見知らぬ土地で、見知らぬ誰かの体を使い魔王を倒す旅に出た。
向こうの世界で初めて戦いを知り、初めて敗北し、初めて殺された。
痛みや苦しみよりも、くやしさが強く残っていた。
そして、それ以上にあの勇者との戦闘中の高揚感が忘れられなかった。
前魔王を倒したときはあっけなかった。その直後、王国から派遣された魔王討伐部隊とやらに勘違いされ攻撃を受けたときは思わず反撃してしまい全滅させてしまったが、それも手ごたえを感じる事は無かった。
復讐を果たし目的を見失った私は、魔王城での生活が楽だったので、そのまま居座ることにした。
いつしか私が魔王と呼ばれるようになり、特に何をするわけでもなく、私の生活を邪魔してくる人間を追い返すばかりの日々を送っていた頃、再びあいつと遭遇することになった。
勇者と呼ばれるようになっていたあいつは、マントで顔を隠し、魔王と呼ばれる私の正体に気付いていないようだったが、だからこそ全力で戦えた。
もう一度、あいつと戦いたいという思いが心の中に燃え続ける。
今の私では向こうの世界にいる時と違い、戦闘などできるわけもなくあいつとも喧嘩したいとまでは思わない。
だが、もしこちらでまたあいつと会えるのであれば、今度はこちらのやり方で、私の領分で、必ずあいつを敗北させてみせよう。
あいつもまた同じこちら側の人間であることは分かっている。
そして私が向こうで死んだ以上、あいつも目的を失いこちらへ近いうちにどうにか帰って来るはずだ。
覚悟していろ、勇者・白崎 一。
魔王との戦いはまだこれで終わりにはしない。
私が思いにふけっていると、病室のドアが開き、少年が入ってきた。
少年はベッドに寝ていたはずの少女が体を起こしていることに気付き、一瞬驚きの表情をみせるが、落ち着いて声をかけてくる。
「姉さん!!よかった。目が覚めたんだね」
「ええ、心配かけたようね。もうしばらくはリハビリがてら入院する必要はありそうだけど、問題なさそうよ」
「そういうことはお医者さんに診て貰って判断されるものだよ。なんでもかんでも自力で解決しようとするのは姉さんの悪い癖なんだから」
呆れながらそう言う弟は、手際よく病院側へ報告を進めていた。
容量のいい弟なので、その辺は任せておけば間違いはないだろう。
私は、先の事を考えながら体を休ませる為にベッドへと体を預けるように上体をまた倒した。
ちょっと奇を衒うような書き方してみたけど、わかりずらくなってないだろうか…
なにがともあれここまでが前説、異世界転生はこれにて終了ですヽ(´▽`)/