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無課金ゆえ、弱小(ポンコツ)ネクロマンサーになりまして。  作者: あけちさん
第一章、水と油、俺と機械(スマートフォン)
5/22

#4


 用を足し終わり、台所の冷凍庫から取り出した棒アイスで至福を味わっていた時。

 リビングの前を通った際に何気なく中を覗いてみると、爺ちゃんが齧りつくようにテレビを視聴していた。

 御歳六十六の老人をそこまで集中させる番組とはいったい何なのか気になったので、俺はリビングの中をこっそり伺う事にした。もしも、おピンクな内容がテレビに映っていたら紳士的な対応を以て、見て見ぬふりをしよう。俺も男だ。お色気シーンに釘つけとなる爺ちゃんの姿を決して白い目で見る事はしない。いや、むしろ一緒になってテレビを観る所存である。早々にアイスを貪り食い、意を決してリビングへと入場した。


「爺ちゃん、なに観てるんだ?」


 俺が尋ねると、爺ちゃんはテレビに視線を止めたまま言った。


「なーに、ビスマルクだよ、ビスマルク」


 はて、ビスマルクとは何だろうか。洋モノのAV女優だろうか。期待に胸を膨らませて液晶テレビを見ると、生え際の後退したオッサンの白黒写真が堂々と画面を占領していた。血の気が引くとはこの事か。予想外の画像に、金髪巨乳のお姉さんを求めていた俺は全身から活力が抜けた。


「……誰?」


 落胆しながら呟くと、爺ちゃんは不思議そうな顔を俺に向けた。


「誰って、ビスマルクだと言っとるだろうが。百年以上昔の、ドイツの政治家じゃよ」


「女優じゃないの?」


「この時代には、まだ女性の政治家はおらんだろな」食い違う会話に、爺ちゃんは白くなった眉を潜めた。「それがどうかしたか?」


「オッサンじゃん」


「そりゃそうじゃろ。政治家なんて若者が簡単に慣れるようなものではないからな」


「何をした人なの?」


「ドイツが帝国だった頃の宰相じゃな。別名、『鉄血宰相』。宿敵のフランスと張り合って、ヨーロッパの平和を守ろうとした人物だよ」


「ふーん」


 すでに好奇心を失っていた俺は、爺ちゃんが年寄り特有の長話をし出す前に、適当に相づちを打ちつつ、回れ右をした。

 ビスマルクだろうがビスケットだろうが、今の俺には関係ない。

 ドイツもフランスも今の俺には興味のない国だ。俺が心待ちにしている国はただ一つ。

 俺は背後にいる爺ちゃんに向けてサムズアップをした。


「その話は後で聞くわ。俺もこれから迷宮都市ラヴィンヒルトを救ってこなきゃならんのでね」


「はあ? 迷宮……ラヴィン? なにを言っとんのだ、お前は」


 爺ちゃんの混乱する声を背中に受けながら、俺はリビングの戸をピシャリと後ろ手で閉めた。



  ☆



 ダウンロードも残り一パーセントとなり、年甲斐もなく心を踊らせてしまう俺。さっきから自室をうろうろ歩き回り、今か今かとスマホの画面を覗くこと数回。この高揚感があるからゲームは憎めない。地球とは違う、別の世界が広がる。冒険の舞台が待っているのだ。それを聞いてワクワクしない男の子なんて、この世にいないはずだ。


 そして、とうとう読み込みが百パーセントになる。


 黒い靄だけの風景が一変、いかにも幻想的なイラストが俺をお出迎えした。

 赤瓦の屋根の建物が身を寄せ会う巨大な街、それを鳥瞰する緻密な画像が、俺の興味を一気に駆り立てた。画面の端には、ポップな文字でゲームの題名が記されている。


 悠久のシャングリラ。


 俺はドキドキしながら、タイトルを見続けた。しかし、一向に変化がない。試しに画面をタッチしてみると、オシャレな喫茶店の扉に付いていそうな心地よいベルの効果音と共に、画面が暗くなった。一瞬、もうバグったのかと心配したが、数秒後にはきちんと新たな場面へと移ってくれたのでひとまず安心した。

 オルゴールの静かなBGMが流れ始める。

 画面に映るのは、古い木造の建物だった。

 軒下にぶら下がった鶏型の看板には、見知らぬ言語の文字が描かれている。両開きの玄関扉が軋みを上げながら開かれ、カメラが建物の中へと進んでいく。

 玄関を抜けた先はエントランスになっているらしく、横長の木の板を重ねた壁に額付きの絵画が飾られ、フローリングの床にはまっすぐ奥へと伸びる赤色のカーペットが敷かれていた。

 絨毯の先にはカウンターが置かれ、その後ろでエプロン姿の可愛らしい女の子がこちらに一礼した。思わず画面越しに礼をし返す俺。

 カメラが店番と思わしき娘さんに近付く。

 流れるようなストレートの金髪に、綺麗な青い瞳。中世ヨーロッパの平民じみた格好をしているが、女性らしさが如実に現れた体つきは、その地味な服では隠しきれないようだ。早い話が、めちゃくちゃ好みの女の子だった。


『悠久のシャングリラの世界へようこそ、冒険者さま』


 澄んだ綺麗な声だ。声優事情に詳しくない俺だが、どこかのアニメで聴いたことのある声色だった。女の子はカウンターに乗せられていたアルバムくらいの大きさの本をこちらに向けてきた。


『こちらにあなたの名前を書き込んで下さい。その名前が、冒険者さまの真の名となります』


 女の子が本を撫でると、まるで生き物のように勝手に表紙がゆっくり開いた。色褪せ、所々が破れてしまっているページがパラパラと自動的に捲られ、やがて緩やかに停止した。開かれたページには、『ユーザーネームを登録してください』という、実に現代日本人に配慮された文章が綴られている。

 なかなか凝った演出だ。俺は帳簿と思わしき本の、黄ばんだページをタッチする。

 すると、突如としてスマホのキーボードが出しゃばってきた。何事かと不安がる俺であったが、文字を入力するのであれば当然このシステムが出現するわけで、スワイプだのフリップだのを使わなければゲームを進められない事に俺はぶつぶつと文句を呟きながら、何とか数分かけて名前の入力を終わらせた。


 ユーザーネームは、『ビスマルク』


 これが俺のキャラクター名である。特に意味はない。強いて言えば、先ほど爺ちゃんが観ていたテレビ番組から採った名前だ。純粋にかっこいいから採用に至った次第である。


 冒険者のビスマルク。

 英雄王のビスマルク。

 大勇者のビスマルク。


 ……うーむ、二つ名の次にきても全く違和感がない。何とも強そうなネーミングじゃないか。今回はしっかりとカタカナに変換することができた。自分の成長に、思わずガッツポーズしながらエンターをタッチした。

 さあ、このヨーロッパ的な偽名で幻想世界を楽しんでやるぜ!

 ――と息巻く俺であったが、しかし残念ながら早速、出鼻を挫かれた。

 

 『ビスマル』

 この名前でよろしいですか?

 

 ゲームの画面では、そのような合否が問われていた。

 ん~? おかしい。なんか文字が足りない。

 最後のカタカナの〝ク〟は一体どこへ消えた?

 俺はこのシーンをもう一度確認した。やはり肝心の〝ク〟の字は見当たらない。スマホの裏面も、俺の足元も、ベッドの周辺もくまなく探したがどこにも転がっていない。電子の世界から文字がポロッと現実世界に溢れ落ちたわけではないらしい。

 ビスマルという名前は大変よろしくないので、俺は『いいえ』の選択肢を選んでユーザーネームの設定場面に戻った。そこで気が付いた。画面の端には、注意書きと称してこんな珍妙な文が記されていた。

 

『五文字以上のユーザーネームを入力する場合には、課金が必要になります』

 

 誰でもこう思うに違いない。


 はぁ? ――と。


 俺も思った。理解が追い付かない。

 昔の粗っぽい絵のゲームなら未だしも、昨今の、あまつさえスマホのゲームにおいて文字数の規制が入ろうとは考えても見なかった。しかも、言うに事欠いて課金が必要とは。想像の斜め上すぎて駆け出しから不安になってくる。

 ……まあ、頭を抱えていたって、何も始まらない。

 せっかくファンタジーワールドに入り込もうとしているのに、ビスマルなんて滑稽な名前でゲームをプレイしては面白味に欠ける。ここはゲーム制作者側のやり方に乗っ取り、課金とやらをしてみようではないか。課金をして得たビスマルクという名の冒険者の旅が今、始まるのだ。おとなしく旅の前の船賃として支払おう。


 ……ここで俺はふと気付く。

 お金は、どうやって払えばいいのだろう。


 現実の店なら、財布から貨幣を取り出してレジカウンターに置けば、店員が自ずと精算してくれる。しかし、いま俺の目の前には店員なんていなければレジもない。

 自動販売機のようにコインの投入口が次世代の携帯電話には付いていて、そこにお金を通せば課金になるのかと思い、スマホのボディをくまなく確認してみるが、そんな安全性もへったくれもない取引があってたまるか。

 ここでようやく、課金には特殊な支払いが必要であることを悟った。きっとクレジットカードなり何なりで金銭取引を行うのだろう。もちろんカードという近代の便利ツールを、俺みたいな旧世代愛好家が持っているわけもなく、成す術がなくなった俺は、「なんてこったい」と自室で一人ごちた。


 ――課金が出来なければ、このゲームは難しい。


 今日の学校帰りの電車内で、女子高生二人組はそんな会話をしていた。ゲーム開始早々にそれに気付かされるとは思ってもみなかった。

 なんと間抜けな事か。

 ……まあ、仕方がない。

 仕方がないという一言で腹を括りたくはないものだが、いつまでもねちねちとケチを付けていては、一向にゲームが始まらない。不本意ではあるが、アホらしくなった俺は主人公名を「ビスマル」にして、ゲームを開始する事にした。


 よろしいですか? の確認に、遺憾ながらも『はい』をタッチする。すると帳簿が一枚捲られた。

 次ページには、


『事前に課金をすることで、強力な仲間や武器防具を得られます。課金をしますか?』


 と尋ねられた。直球な質問だ。

 どストレートに金を要求してくるゲーム性にイラッときた俺は、「やらんわっ!」と叫びながら『いいえ』を連打した。さっきからどうにも予想をぶち壊されている。俺は冒険がしたいんだ、冒険を。やれ課金だ何だと、夢と雰囲気を壊すような発言は是非とも控えてもらいたい。

 ようやく、帳簿が魔法の煌めきを伴ってパタンと閉じられた。画面は再び女の子を映し出す。可愛らしいイラストの少女がこちらに微笑みかけてくれているが、もはや俺の目には営業スマイルにしか映らない。


『署名していただき、ありがとう御座いました。では、悠久のシャングリラを心行くまでお楽しみ下さい』


 うーむ、楽しめるか心配になってきた。

 深々とお辞儀をする女の子。画面は次第に暗転していく。女の子は勿論、謎めいた建物を含めた全てが黒色に飲まれ、少女の声だけがスピーカーから出力された。


『あなたの冒険に、神の加護がありますように』


 たぶん、ないと思う。



  ☆



 これは、あなたにとっては異世界、〝夢幻界〟という名前の世界の物語。

 ――百年前。

 世界を征服しようとした魔王がいました。

 しかし、彼の野望は、勇者とその三人の仲間の活躍によって制止されてしまいます。

 魔王は死の間際、自らの魂がいつの日か復活できるように迷宮を築き、その最奥で深い眠りに付きました。魔王の右腕であり、旧友の仲であったヴァンパイアロードは彼の迷宮が人々に暴かれるのを防ぐため、周囲にいくつものダミーの迷宮を創り上げました。

 迷宮が生じたその地に、恐れを知らない冒険者が次々と現れ、冒険者を目当てに多くの商人や技術者がやって来ました。

 いつしかそこは迷宮都市ラヴィンヒルトと呼ばれるようになり、以降百年もの間、冒険者たちの喧騒で賑わいを見せる事となります。

 そして貴方も、導かれるようにこの地へと足を踏み入れるのでした。

 その先に、数奇な運命が待ち受けているとも知らずに――――まる。

 



 三分間のプロローグをまとめると、大体このようなようなお話になる。

 長ったるい前置きの後半は、耳の穴を小指でほじりながら流し読みしたので、正しいかは分からない。

 夢幻界という世界の説明がなされた時は、まだ期待はしていた。ルネサンス期の絵画を彷彿させるタッチの紙芝居ムービーが展開され、「おっ、金かかっとるな」程度に思っていたが、観ているうちにだんだん飽きてしまった。先の課金押しのせいで、どうにもワクワク感が半減している。

 欠伸をしていると、ようやくプロローグが終わった。序章が終了すると、唐突にシーンが切り替わった。

 薄暗い部屋の中。肌色の石を積み上げた壁に、磨き上げられた大理石の床。ギリシャの神殿を思わせる造りの空間だ。

 その中心に、純白のローブを纏った老人が立っている。髪は無いが、サンタクロースのように白く長い髭を蓄えている。ひょっとしら、プレイヤーを導く神様的なポジションの登場人物なのかもしれない。

 老人の頭上に、漫画とかで良く見かける「吹き出し」が現れた。横長の四角で囲まれたスペースに、文字が踊る。


『汝、英雄の素質を持つ者ならば、その証を示せ。さすれば、汝に見合いし強者が集まらん』


 何だか豪勢な事をぬかす爺さんの左右に、「はい」と「いいえ」の選択肢が現れた。


 俺は意味が分からず、とりあえず「はい」を選んでみる事にした。ゲーム的に、こういう訳がわからん時はイエスマンになるのが正解だったりする。

 画面いっぱいに、強力そうな武器や防具の名前と画像がずらりと並んだ。さしずめ、強い武具を陳列している伝説の鍛冶屋と言ったところか。

 ページをスライドさせると、今度は人間が立ち並ぶ。筋肉ムキムキの大男から、細身で皮肉屋めいた顔付きの少年、にこやかな顔してデカい斧を背負った勝ち気な少女……なかなかキャラの濃いメンツが勢揃いしていた。

 その中で、実に俺好みのキャラクターがいた。金髪ロング、しかも巨乳のおっとりしたお姉さん系エルフで、裸体に布を一枚だけ巻いたようなハシタナイ格好をしている。弓を片手に持っている故か、俺の心をまんまと射止めてきた。もう男の子なら眺めるだけで妄想がヒートアップしかねんレベルの美しさ、有り体に言えば、「ドえらくエロい」この女性エルフを、俺は下心全開でタッチした。

 

 名前――エレオノーラ。

 種族、ハイエルフ。二○三歳。

 強力な光術を操る、回復のスペシャリスト。アンデッドや闇の眷属に対して大ダメージを与える神の御業を扱える。

 

 そんな頼もしい説明文の隣で、エレオノーラという名前のエルフの女性は、


『エレオノーラといいます。回復なら、わたくしに任せてください、マスター』


 と綺麗な声で言っていた。どうやら声優のボイスがしっかり付いているらしい。マスターだなんて、そんな。照れちゃうなぁ。ぐへへ。

 と鼻の下を伸ばしていた自分をぶちのめしたくなる真実が、説明欄の最後に書かれていた。



【価格、一,○○○円】



「なんでや!」


 俺は叫んだ。物言わぬスマホに向かって、恨みの込もった叫びを俺はぶつけた。千円ってなんだよ、タダで仲間になるキャラクターじゃないのかよ!


 途端にげんなりする俺。

 巨乳で母性的。甘えたら、よしよしと頭を撫でてくれそうな優しい女性――そんな滅茶苦茶、俺好みの女の子が、何とお金を払って手に入れられる。しかもその価格は千円。子供のおこづかいでも買えちゃう値段だ。千円の女。千円でよしよしの権利を買えちゃう女。


 これではドラマティックも、ロマンティックもありゃしない。夢も希望も、金で解決できてしまうのだから。


 虚しくなって俺は、『どの証を、わしに示してくれるのだ?』と言ってくる画面右端のジジイを強く何回も叩いた。くたばれ、クソジジイと念を込めて何度も何度も指先でつついた。

 制作側も想像していたのか、三十回ほどタッチすると爺さんは、


『こ、これ! わ、ワシをそんなに叩くでない!』


 と叫びだした。このやろう、開発陣め。いらんシステムだけは一丁前に作りやがって。

 ハゲの爺さんを無慈悲に懲らしめ続け、数分してようやく飽きた俺は、証(有料)の掲示画面を消した。


『本当に証を示さなくても良いのか? 後悔せんかの?』


 ジジイに止められる。


「しねぇよ!」


 俺は部屋で叫んだ。

 なんなんだよ……なんなんだってんだ、このゲームは!

 さっきからストレスだけが蓄積されていくだけではないか!

 あっ……そう言えば妹が言っていたっけ。


「ぶっちゃけ、あんま面白くない」と。


 あいつの言う通りだった。このゲームは全く以て、つまらない。プレイヤーに喧嘩を売っているレベルのクソゲーだ。


『汝の旅に、神の加護があらん事を』


 爺さんがそう言うと、画面が再び暗転した。

 さっきの宿屋の受付嬢も同じような事を言っていたが、それがこの『迷宮のシャングリラ』という世界の、別れの挨拶なのかもしれない。言ってて恥ずかしくないのだろうか。日本語の「さよなら」が、簡素でありながら非常に使い勝手の良い挨拶である事を俺は再認識した。やっぱり挨拶って大事なんだな。

 ……神の加護って、何なんだろうな。



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