#3
☆
「降参。覚える事が多い。無理」
そんな敗北を認める言葉が、俺の部屋で宣言された。
発言したのは、もちろん俺。
俺をこんな目に追いやったヤツが誰なのか、説明するまでもないだろう。突如として俺の無科学な人生に攻め込んできたハイテク技術代表──そう、スマホである。
婆ちゃん達から欲しくもないプレゼントを渡された日の夜。
スマホを受け取った時点で分かっていた事だが、やはり俺はスマホの操作に四苦八苦していた。堪えきれず画面から目を反らし、思わず叫んだのが冒頭の台詞だ。機械に負けるのは、これで何回目だろうか。もっとも、慣れたもんで別に落胆はしなかった。
期せずして手に入れてしまった科学技術は押入にしまうなり、それを欲する人々に譲渡するなりして、とにかく一秒でも早く肌身から離すのが俺の流儀であった。いつもならばそれでチャンチャン、思い残す事もなく科学のない平和的な生活に戻るのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「ダメ。兄ちゃん、もう少しだから」
背後に立つ妹が、俺のギブアップを許さなかったのだ。
Tシャツにホットパンツというラフな格好に着替えた妹は、俺の頭をガシッと押さえ付けると、無理矢理スマホの画面へと近付けた。抗おうとしてみたが、まるで鳥系の怪獣にでも鷲掴みされたように首から上が言う事を聞かない。むしろ、あんまり意地になって頭を動かせば頚椎がやられてしまいそうな力の差だったので、俺は屈辱を忍びながらスマホの表面を眺めた。こりゃ、拷問だ。やはり科学は拷問に直結する。
機械と妹に拘束される理由。それは今から一時間前に遡る必要がある。
妹からスマホの猛特訓を課せられた俺は、電話のかけ方のレクチャーが一段落を迎えると、息つく暇もなくメールの送信方法について学ばされたのであった。これが実にめんどくさい。それはもう、ええ、全くもって度しがたい。
妹がお手本とばかりに画面を触ったときは、まるで魔法のように画面に文字がぱっぱっと表れていった。このシステムに、最初のうちこそ現代科学の真骨頂を味わう事が出来た。妹にその素晴らしさを伝えてみたところ、タッチパネルの技術はかなり昔から存在している事実を知らされた。俺の知らないうちに、科学は進歩していたようだ。
「じゃあ、最新のスマホなら、脳波を読み取って文字を打ち込む事が出来るんじゃね?」
俺が質問すると、妹は間髪いれずに否定した。
「んなわけないでしょ」
俺の部屋のベッドに移動し、これまた俺の部屋の本棚から勝手に取り出してきた漫画を寝転びながら読んでいた妹は、持参した煎餅の欠片をバリボリかじりながら言った。
「タッチパネルは現役だって、もぐ。てか、むぐむぐ、兄ちゃんの持ってるスマホが、そもそも最新型だし、ごっくん」
そう言えば、婆ちゃんもそんな事言っていたっけ。オレからしてみたら、スマホなんて新旧どれも同じに見えるのだが。
「考えただけで文が書けたら、すっげぇ便利だと思うんだけどなあ。あと食べながら喋るな。俺のベッドに煎餅こぼすな」
「それ、兄ちゃんがラクしたいだけでしょ」
全くもってその通りであった。妹に本心を悟られたのは癪だが、機械音痴ゆえ、こんな惰弱な発想をしてしまうのは致し方ない事なのである。
そもそもタップだのフリップだのスワイプだの、どうしてこうも科学技術というものは横文字を主流にしたがるのだろうか。触るとか払うとか日本語で説明してくれれば、俺を含めた機械を疎ましく思う生粋の日本男児が、僅かながらも混乱せずに済むと良いのに。いちいち英語に切り替えるから余計にややこしくなるのだ。
──さて、と。
愚痴もこれくらいにしておこう。
俺が文字を打つ番になり、鬼畜な入力方法に奮闘する事、約一時間。スマホとの嬉しくもない〝触れ合い〟の末、ようやく「てすと」と画面へ書き出すことに成功した。
たった一言だが、その三文字には尋常ならざる労力が詰まっている。なんたって文字を送信するには、郵便で手紙を送るのと同じように必ず相手のアドレスが必要なのだ。妹のアドレスをスマホにインプットするのも俺の仕事だった。ただ「てすと」と打ち込んだのではない。その作業へ行き着くまでに、長く苦しい準備段階を踏んでいるのだ。こんな一連の流れを日常的に行っているなんて、昨今の若者はどうやら天才らしい。
俺は妹から教わった通り、送信を意味する矢印のアイコンをタッチした。
「どうだ、そっちに送られたか?」
俺の書いた記念すべき「てすと」が妹のスマホに届けられたか、嬉々として当の本人に確かめてみた。妹は震えだしたスマホを手に取ると、やにわに上体を起こして、慣れた手付きで画面を操作する。そして、こくりと頷いた後、画面を印籠のように俺へと見せ付けてきた。
「うん、届いたよ。兄ちゃんの『てすと』が」
妹のスマホには、たしかに努力の結晶の三文字が綴られていた。近年稀にみる感動に、俺の心はうち震えた。
「マジで! 俺すごくね」
自画自賛せずにはいられない俺の潜在能力に、しかし妹は冷ややかであった。
「テンション上がってるとこ申し訳ないけど、別にスゴくも何ともないから。チンパンジーでも教育次第で出来るようになるよ」
歯に衣どころか、テッシュ一枚着せぬ物言い。
「そもそも、ひらがなだし。変換くらいしろよ」
「変換してくれって言っても、してくれないんだからしょうがないだろ」
努力をたった一言で破壊してくる妹にカチンときた。兄の努力を蔑ろにしやがって。
確かに、ひらがなである事に関しては俺も若干の疑問は持っていた。ただ、俺がタッチパネルに向かって、「変換」と何度も何度も唱えてみても、画面内の文字は一向にカタカナへ変貌を遂げてくれる事はなく、呟いた分だけ虚しさが心に積もっていった。
機械が俺を無視したのだ。つまり、俺は悪くない。悪くないと自分では思っていたいのだが、どうやら実際は俺の不手際が原因らしい。
妹がそれを教えてくれた。
「口で命令したって変換してくれるワケねぇだろが。携帯触ったばかりの爺さん婆さんかよ」
「何だよ。音声認識機能も搭載してないのかよ、この時代のスマホは」
「そりゃあ、まあ、無いわけじゃないけどさ」
「何だよ、あるのかよ」
「そこまで万能じゃないってだけ。漫画やアニメの観すぎ」
「その言葉、そっくりお前に返してやる」
「とにかく。文字を変換したいなら、画面の『変換』って文字のところを押せば、いくつか候補が出るから、あとは適当に選べばいいのよ」
「そうなの?」
「そうなの! さっき教えたじゃん!」
俺のベッドの上で胡座をかく妹は、げはーっとオッサンくさい溜め息を吐きながら頭を掻いた。
「しっかし、ここまでズブのトーシロだとは思っても見なかったわ。現代にタイムスリップしてきたお侍さんにスマホの使い方教えてるみたい」
「侍よりは理解力あると思うぞ?」
「ものの例えだってば。そうやってすぐ張り合おうとするところが、兄ちゃんのポンコツ性を高めてんだって。あたしを観てみなよ。あたしみたいに素直になったら、もう人生ハッピーの連続よ。さあ、あたしを見習いたまへ」
「やだ」俺は率直に言った。それを妹は無視した。
「まっ、とにかく。すぐに馴れるって。今までの兄ちゃんは、機械に触れなさ過ぎたんだよ」
「俺的に、一生触れなくてもいいんだがなぁ」
「すぐに考えを改めるよ。使い勝手のよさが分かれば、逆にスマホの無い人生を想像できなくなるから」
俺は疑いの目を妹に向けた。「そんなバカなー」
「いや、マジマジ。経験談だから。ま、このアタシが付きっきりで使い方を教えてあげたんだから、結局使いこなせませんでしたーなんて言ったら承知しないんだからねっ!」
「そんな思い出したようにツンデレキャラになられても」
呆れる俺だったが、まあ、妹のお陰でそれなりにスマホを動かす事が出来るようになったのだ。一応、礼を言っておくのが筋というものだろう。
妹の教育のために──もう遅いかもしれないが──凡人の見本となるべく、紳士的な対応を心がけよう。
「でもまあ、助かったよ。一応礼は言っておく」
「んなっ!」妹が気色の悪い声を発した。「べ、別にあんたに感謝されたくて使い方を教えて上げたわけじゃないんだからねっ」
「はいはい」
俺は適当な返事をしながら部屋の隅に視線を向けた。目の焦点が遅れて合い、景色は少しだけ霞んでいた。スマホというのは、どうにも目が疲れる。こんなものを長い間見続けられる若者の目は一体どんな構造に進化しているのだろうか。そして俺自身、その進化を無事に遂げられるのだろうか。
とにかく、今の段階で言える事はただ一つ。
「若者ってクソめんどくせーな」
「若者のくせに何言ってんだか」
☆
お風呂に入ってくると言って妹が退室し、俺は急に手持ち無沙汰となってしまった。
やる事もないので、電気の消えたスマホの暗い画面を、俺は茫然と見つめ続けていた。
……疲れきった俺の顔が映っている。
今日の一件で、十歳くらい歳を取ったんじゃなかろうか。たった数時間でこのように老けるのだから、二日後には爺ちゃんと同じシワだらけの顔になってしまうかもしれない。科学の進歩にさながら浦島太郎状態であったが、まさか玉手箱のくだりまで一緒になろうとは。スマホ、恐るべし。
とは言え、そこはかとなく達成感はあった。
初めてスマホという近代兵器(俺主観)に触れてみたが、とくに不具合が発生する事もなく、おしなべて順調に若者道に合流できる予感がしていた。顔は刻一刻と若者から遠ざかっているが、それはそれだ。もしもの時は整形に身を委ねよう。それも科学の進歩とやらで、ちょちょいとやってくれるだろう。
勝敗の決まらない睨めっこを続けていたってしょうがない。俺は、妹に言われた動作でスマホの電源を入れた。
真っ暗だった画面が鮮やかに輝きだし、その光に俺は、「ぐわーっ」と声を上げた。
科学の光は俺の弱点属性だ。
一分間当てられたら、寿命が一年減る……というのは言葉の喩えだけど。もし事実だったら今ごろ三回は死んでいる計算になるが、まあ、それくらい辛いものが人工の光にはあった。
ぎこちない手つきでタッチパネルをいじくり、どうにかトップ画面なる場所に行き着いた。一センチメートル四方のアイコンが犇めく中から、俺は三日月と五稜星があしらわれたデザインの〝あぷり〟をタッチする。
これこそ俺がスマホの中で唯一、興味をそそられたモノである。
その名も、『悠久のシャングリラ』。
略して、ゆうシャン。帰宅中の電車に乗り合わせた女子高生コンビが話していたゲームである。
ゲームの内容はこうだ。
迷宮都市ラヴィンヒルトを舞台に、プレイヤーは冒険者となって魔物が巣食うダンジョンを仲間たちと探索し、誰も知らぬ謎を発見、追求する本格派ロールプレイングゲーム。
なぜ俺のスマホに、このゲームが入っているのか。
それは数十分前の出来事である。俺の部屋で、妹が牙城のごとく寛いでいた時の事──
「兄ちゃんもスマホゲーとか、やってみれば? ケッコー面白いよ」
持参した煎餅を食い終わり、次に『ざっくりとコーン』の箱を開放し始めた妹が、何の気なしにそう言った。ベッドの上であぐらをかきながら、リスのように頬へ菓子をどんどん詰め込む行儀の悪い妹へ俺は蔑みの視線を向けつつ、彼女にこう尋ねた。
「スマホゲー? なんだそれ。スマホって電話やメール以外にゲームも出来るのか?」
「あふぁりふぁふぇふぁろ」
「食ってから喋れ。あと俺の布団に菓子を溢すな」
俺の言いつけ通り、妹は口の中の物を全て飲み込んでからポツリと話しだした。怒られた当て付けなのか、ざっくりコーンの油と塩気が付いた指をしっかり俺の枕カバーで拭いながら、認識可能な日本語で応えた。
「当たり前だろ。兄ちゃんの頭は二十世紀か」
「こちとら、お前と同じく二十一世紀生まれだ、ばかやろう。あと枕を汚すな。ちゃんと見てるんだからな」
俺は叱るが、案の定、妹は無視した。
「テレビのCMでもやってるじゃん。モンガタとかクロドラとか」
「マジで?」
確かに、その名前は民放テレビのコマーシャルでよく耳にしていた。
萌え萌えな女の子のイラストがテレビ画面上に展開され、キャピキャピの声優のボイスがスピーカーから発生し、そんなダブルパンチでお茶の間の空気が瞬間的に凍りつく、あの十五秒程度の時間がどうも嫌いだった。だからこそ、妹が口にした二つの名前は、記憶に『羞恥心』として刻み込まれていた。この世は案外、俺の知らない事で溢れているようだ。
「へえ。あれ、スマホのゲームの宣伝だったんだな。はじめて知ったわ」
俺が呟くと、妹は「マジかよ、引くわー」と、感性の理解できない現代アートを観るような目をしながら、実の兄から本当に体を反らした。お兄ちゃん、傷付きましたよ、その言動で。
「まあ、いいや。たぶん分かんないだろうから教えとくけど、スマホゲーは基本的に無料でプレイできるから。楽しそうなのがあったら好きなだけ遊んでみなよ」
とんがりコーンを右手の指先に取り付け始める妹。さながら悪魔の爪のようになった手を俺に向けながら、「がおー」と恐ろしくも痒くもない脅しをしてきた。突っ込めば話が脱線しそうだったので、謎の行動を無視して質問する。
「無料でゲームできるんなら、ゲーム会社は売上取れずに倒産するんじゃね?」
俺が至極当然の疑問を投げ掛けると妹は得意気に、チッチッチッとお菓子付きの人差し指を振った。
「“基本的に”無料ってところがミソなのだよ」
妹の話をかいつまんで説明すると、どうやらスマホのゲームはダウンロードして、一通り遊ぶ分には料金が掛からないのだそうだ。しかし、例えばキャラクターを強化したり、より強い武器や防具が欲しい場合は、幾らかお金を投じなければならないのだとか。
「タダという甘言で人を釣り、向上心を煽ってお金を貢がせる。これを課金と言うのですぞ。理解したかね?」
「はい、理解しました」
何故か敬語になりながら話す俺と妹。先生役の妹は満面のしたり顔でこう締め括った。
「やる分にはタダ。だけど、もっとゲームを楽しみたきゃあ、ゼニっこ払えって事だよ」
「なんか占い師の手口みてぇだな。最初はタダで占って、んで二回目から有料みたいな」
俺の比喩表現に、妹は難しい顔をする。「うーん、ちょっと違うような、でもひょっとしたら合っているのかも?」
「どっちだよ」
「まあ、んなこたぁどうだっていいんだよ。課金しなくてもある程度プレイは出来るから。下手な占いよりかは信頼できると思う」
「ふーん。課金って聞いたことはあったけど、そういう意味だったんだな」
「ほう、課金という言葉は知ってたんだね」
少し意外というような表情の妹に、俺はその理由を述べた。
「今日の帰りの電車で、女子高生が言ってたんだよ。課金がどうとか、こうとか」
途端に、妹は怪訝な顔をした。妹は自分の気持ちをすぐ表面に現す。逆を言えば、気持ちが相手に筒抜けなのである。そこんところは、やはり母さんそっくりだ。そんで、今は機嫌が悪い時の顔だった。
「ジョシコーセーの会話を盗み聞きするなよ。そういうとこ同じ女子として感心しませんなぁ」
「あれだけギャーギャー騒いでたら、嫌でも聞こえるわ。高校生になったんなら社会のルールくらい守れっての」
俺の反論に、妹はオッサン臭い溜め息を漏らす。
「いやはや、相変わらず思考が団塊世代のソレだね~、兄ちゃんは……まあ、んなこたぁどうだっていいんだよ。重要なのはスマホゲーだよ、スマホゲー。兄ちゃんは何かやりたいゲームとかある?」
「ない!」俺はきっぱりと言ってのけた。
もうこれ以上脳みそを酷使したくない。
ただでさえスマホの使い方を今日のうちに詰めに詰め込み過ぎたというのに、ここで更に知識を詰め込んだら、頭が容量オーバーで爆発してしまう。
「そう、それは残念」
妹はやけに素直だった。そして出し抜けに、こう続けた。
「じゃあ、『悠久のシャングリラ』ってゲームがオススメなんだけど、どう?」
「人の話、聞いとります?」
「あのね、『ゆうシャン』はね。なかなかセンセーショナルなゲームなの」
「勝手に話を進めるな……今なんて?」
聞き覚えのあるワードを耳にして、俺は思わず妹に聞き返した。
「センセーショナルって言ったの。人の感情や興味をくすぐるって意味」
そこじゃない、妹よ。「違う、その前」
「ゆうシャンのこと?」
「それ、ゆうシャンって略称になるのか? さっきのゲームのタイトルは……ええっと」
「悠久のシャングリラね。へぇ、兄ちゃんがゲームの名前を知ってるなんて珍しいね」
「まあ、風の噂でな」とお茶を濁す。
本当は電車内の女子高生から聞いた話だったりするのだが、それを言うとまた面倒くさい事になりそうなので伏せておく。しかし、まさか巡り巡って、この場で再びその名前を聞くことになるとは思ってもみなかった。
俺は再び妹に尋ねた。
「で、面白いのか? ゆうシャンは」
「ぶっちゃけ、あんまり面白くない」
「ならオススメすんなや」
──という経緯があって、俺のスマホには妹が勝手にどこぞからダウンロードした『悠久のシャングリラ』が入っていたのである。
先程までは要らないものと認識していたゲームだが、こうも手持ち無沙汰になると幾ばくか興味が湧いてきた。妹に素っ気なくしていた手前、プレイするには少し敷居が高くなってしまったが、まあ、やってみる価値はあるだろう。
起動させたゆうシャンは、現在ロード画面で停止している。読み込みの状況を表すパーセントは三十で止まっていた。
なっげぇ。
俺はロードというのが許せない質の人間だ。
僅か十秒ほどのロードでも、塵も積もれば山となるように、待機した分だけ人生は無駄に過ぎていくのだ。十秒程度では漫画だって読むに読めない。前回まで読んでいたページを開く間に、ロードは終わってしまう。それを「ロードが早い」と捉えるべきか、「中途半端」と捉えるべきか。人によって認識の仕方は様々だろう。同様にテレビのコマーシャルも苦手だが、あちらは時おり面白いものが混じっているので一概に悪とは認定できていなかったりする。新商品や期間限定のお菓子が宣伝されれば、翌日にはスーパーやコンビニでつい買ってしまう。俺はつくづく消費者である。だが、アニメや声優のボイスが流れるCMだけは、やっぱりどうしても慣れない。
まっ、俺の価値観なんてどうでも良いことである。
どうせだ。この時間を利用して、一度トイレに行っておこうと思い、俺は立ち上がった。夕食を済ませてからぶっ続けでスマホを弄らされていたものだから、膀胱が限界に近付いていた。俺はスマホを自室に置いて、部屋から退出した。
ああ、手枷がなくなって、なんと体が軽やかな事か。
フィクションの世界では、「シャバの空気はうまいぜ」と刑務所から出た人間が青空に向かって囁くシーンがある。その気持ち、今の俺には分かる。自分が辛いと感じるモノに囲まれていると、息が苦しくなってくるのだ。
そうだ。
用を足した後、ついでにアイスでも食べよう。火照った脳を冷まし、普段より倍近く消費した糖分を補充しなくては。
いやはや、スマホのない生活は自由に溢れている。
いやー、シャバの空気はウマいぜ。