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無課金ゆえ、弱小(ポンコツ)ネクロマンサーになりまして。  作者: あけちさん
第二章、剣と魔法の迷宮都市(ラヴィンヒルト)
19/22

#12



  ☆

 

 探索者ギルドの建物内は、外よりも快適だった。


 ギルドの玄関に踏み入れると、心地の良い風が俺にぶつかってきた。内部は吹き抜けで、見上げれば屋根に取り付けられた明かり取りから光が射し込み、タイル床に付いた汚れと足跡を照らし出していた。

 入り口と向い合わせの壁面には大きな開口部があり、そこから中庭を伺う事が出来た。中庭の中心には十メートル程の広葉樹が伸び、枝を翼のように広げ、青々と繁らせた葉で気持ち良さそうに日光浴をしている。


 そんなランドマーク的な木を取り囲むようにして、ギルドは口の字状に建っているようだ。


 一周回ればなかなか疲れそうというのが、建築学に詳しくない俺の感想である。その手の知識に明るいフレディオールさんなら、もっと気の聞いた表現をするに違いない。

 間仕切りの類いがない広々とした空間なのだが、そこをひっきりなしに人々が歩くせいで、多少の圧迫感を覚える。ファンタジー作品で見られる、戦士や魔法使いといった見た目の人々が、建物内に大勢集まっていた。カウンターの係員と話す者、書類を大量に貼られた掲示板の前で腕組をする者、こんな時間から酒を飲む者、探索者ギルドは喧騒(けんそう)で満ちていた。


「へー」と俺がファンタジックな光景に感嘆の声を上げていると、レティは臆せずにずんずんと進んでいった。左側の棟へ向かう気らしい。


「そんな間抜けな顔をしてないで、早くついてきなさい」


 小さいナリでぐいぐい肩を揺らしながら歩く死神少女へ、俺は訊いた。


「どこへ行くんだ?」


 するとレティ公は振り向いて、


「はあ? 貴方は三歩あるけば忘れる鶏ですか? 神官様のもとに決まってるでしょうが」


 これだから庶民は、とでも言いたげに、肩を(すく)めてみせる。

 俺はレティ公が向かおうとしていた方角とは反対を指差しながら、こう返した。


「いや、神官はそっちじゃなくてあっちだろ。看板にそう書いてあるし」


 俺は昇降口の向かいにあった標識を(あご)で示す。そこにはご丁寧に礼拝堂への案内が記されていた。


『リオン礼拝堂(れいはいどう)、この(さき)


 そんな英語を直訳したような文章の後に、右を向いた矢印と五芒星のマークが描かれていた。この五芒星は信仰の図案なのだろうか。漢字にもルビが振ってある。レティ公は懐から眼鏡を取り出すと、顔をくっつけんばかりに標識へ近付け、まじまじとその文字を読んだ。


「……チッ、こんな小さい字の案内板をつくってんじゃねぇ、ですの」


 わりと読みやすい最適な大きさの文字にぼやくと、レティ公は懐に眼鏡をしまった。標識に描かれた矢印の方向へ苛立たしげに歩み始める。


「目が悪いのか?」


 質問すると、レティ公はぶっきらぼうに返答した。


「昼の間だけ。夜になれば、一キロ離れた野良犬についた(のみ)だって目視できますわ」


 どういう視覚なのかは知らないが、お天道様が上ってるうちは近眼になるらしい。つくづく死神みたいな奴だ。ってか、蚤が見えちゃう程の超視力は、かえって扱い難そうなものだが。

 俺も歩き出した時、今度はレティ公が尋ねてきた。


「そういう貴方は、どうして文字が読めましたの?」


「えっ?」


「さっきの看板ですの。異世界から来たのに、なぜ貴方は文字を読めましたの」


 俺は先ほどの標識を振り返った。

 確かに、そこには俺の見慣れた文字――日本語が描かれていた。蛇が這った跡のような汚くぶっとい文字であったが、読めるという事は、すなわち俺の母国語という事だ。


「なぜって、あそこに書かれているのは日本語だろう?」


「いいえ、あれはドレアム文字。基本となる五十音の文字と、カタンというそれぞれ意味を持つ字を組み合わせて作る文章の事ですの」


 その説明で俺はなんとなく納得した。


「なるほど。こちらで言うところの、ひらがなと漢字ってわけか」


「そのヒラガナとかカンジとかはよく分かりませんが、まあ、字を読めるのは何気に利点ですわ。この世界の識字率はせいぜい二十パーセントほどですから」


「二十パーセント?」

 俺の声は驚きで裏返った。

「それしか字を読み書き出来ないのかよ」


 レティ公は、ふんと鼻を鳴らした。


「基本五十音はまあ、ある程度読める者は多いですけど、カタン文字も充分に読めるという方は、多くいらっしゃいませんの。字なんて書けなくても、力さえあれば生きていけますし」


 リオン礼拝堂なる建物へ向かう回廊を歩きながら、淡白にレティは言ってのけた。実力主義を主張する少女へ、俺は恐る恐る訊いてみた。


「じゃあ、力のない人は?」


 レティ公は少しだけ間をおいた後、吐き捨てるように言った。


「学があれば、何とか生きてはいけるでしょうが。文字も読み書きも出来なくて、挙げ句の果てに計算も出来ない、しかも体が弱いとなれば、もうそいつが生きている価値なんて全くありませんの」


 俺は何も言い返せなかった。黙って生唾を飲み込む。レティ公が冷淡に続ける。


「貴方も留意する事ですわね。ここでは力ある者が何よりも(とうと)ばれ、力なき者は路上で唾を吐かれ、やがては誰の目に止まる事なく死に腐る。文字が読めようとも、突風の前では、蝋燭(ろうそく)灯火(ともしび)は容易く消えてしまうものですの。さて……風か灯火か、貴方はどちら側なのでしょうねぇ。覚者様」


 冷ややかな横目をこちらに向けながら、皮肉めいて謳うレティ公。俺よりもはるかに背が小さい彼女の姿が、おぞましい生き物に見えた。

 俺は高校時代の世界史の教師、灰澤(はいざわ)の言葉を思い出した。

『産業革命が起こった十八世紀より以前、ヨーロッパや北アメリカの民衆のほとんどは字を読む事ができなかったと言われている。その理由は、一言で済ませるならば「必要がなかった」から、である。

 格差の激しかった当時は、労働者には労働する力だけが求められたため、それ以外の学習は成されなかった。学校なんてものは中流階級と、それより上の人種のために開かれていた。

 町から離れた農民などは特に顕著で、教育する親も字を読み書き出来ないのだから、その子供だって識字能力は欠ける。

 お前達も、学べる権利というものについて今一度考え直した方が良いぞ、とくにお前!』


『いてっ!』


 俺の額に固いものがぶつかった。机に転がり落ちたのは白い棒、黒板に筆記を行うための道具、すなわちチョークであった。灰澤が、眠りかけていた俺にチョークを投げてきたのだ。


『私の授業中に眠るとは何事だ! そういう敬意のない態度でいるから成績が落ちるのだ!』


 と怒りを露にしていたが、授業中にうとうと船を漕いでいる方が俺としては良い学習になっていた。なんたって今の識字率の件を丸々覚えているのだから。


 ――話を戻そう。


 ここラヴィンヒルトでも、どうやらその了見が(まか)り通っているらしい。しかも、俺の知っている世界史よりも、ここでの人生観念はドライのようだ。

 風か、灯火か。

 俺は左手の紋様を見た。これは果たして、どちら側を示すアイコンなのだろう。


「つきましたの」


 俺が回想に明け暮れているうちに、目的地へ到着したようだ。レティ公が回廊の突き当たりにあった両開きの扉の前で待っている金属製の扉には、翼の生えた男性と女性の彫刻が施されており、その先が、神の領域であるという事をデザインであらわしていた。


「まったく、相変わらず教会は装飾が悪趣味ですわ」


 レリーフに描かれた天使と思わしき男女を観て、レティ公は気取った事を言った。天使が悪趣味とか、やはり死神は凡人と仰られる事が違う。

 俺は死神少女に確認する。


「この先に、神官とやらがいるんだよな」


「ええ。向こうに御座(おわ)すはずですわ。それが仕事なのですから」


 腕組をしながら、刺々しい言葉を呟く。

 なんだろう、教会の人間に親を殺されたのだろうか。だから、復讐のために、対極に位置する死神へ身を落としたのやもしれん。

 そんな妄想をしていると、重厚な過去を持っていそうなチビッ子は、さっさと行けとばかりに顎で扉を示した。

 俺は唾を飲み込むと、両開きの扉を押し開けた。扉は軋みながら開放され、中からお香の匂いが漂ってくる。甘ったるい、記憶にいつまでも残りそうな匂いだ。


 俺を出迎えたのは、思わず息を飲むほど色鮮やかなステンドグラスだった。


 礼拝堂の奥の壁には縦長の窓が六枚並んでいて、それぞれに着色されたガラスで美しく絵が作られていた。カトリックの礼拝堂にあるイエスのごとく、そのステンドグラスにはこの世界の神話が描かれているのだろう。

 そんな神々しい芸術の下で、(すそ)の長い法衣を身に纏い、体を祭壇へ向けて膝立ちしている人物がいた。後ろ姿しか見えないため表情は伺えないが、どうやらお祈りをしているらしい。


 俺はゆっくりと堂内に足を踏み入れた。


 礼拝堂と言うから祈祷する者が大勢いるものだとばかり考えていたが、ここは迷宮都市、俺の想像していた礼拝堂とは勝手が違うようだ。

 確かにお祈り用の長椅子が祭壇の手前に設けられている。しかし、そちらに人の姿はなく、人だかりがあるとすれば、堂の左右の隅に並べられた簡易ベッドの周辺であった。ベッドの上で横になる人々は体に包帯を巻いていて、神父のような衣服に身を包んだ人々から看病されていた。看病する側が怪我人に手をかざすと、掌に光が灯った。フレディオールさんが俺にしてくれたように彼らもまた、治療術なる不思議な力を用いて、怪我人に医療を施しているようだ。

 不躾(ぶしつけ)ながら、俺はそんな医療の現場を物珍しげにじっと見つめていた。見られる本人たちは嬉しくないだろうが、しかし俺は目を釘付けにされた。

 何しろ血が流れる肩の深い傷が、手をかざすだけで、ものの数秒で消えたのだから。跡形もなく。

 看護士がガーゼを当て、その上から包帯を巻く。その必要が無いくらい治癒したにも関わらず。

 更に一歩、祭壇へ近づく。すると、


「後は自力でお願いしますわ」


 レティ公の声が背後で聞こえたのと同時に、扉が閉められた。

 呆気にとられていた俺は、すぐにハッとして扉へ駆け寄った。慌てて閉鎖された扉の引き手を握るが、反対側から抑えられているのか、押しても引いても扉は頑なに口を噤んだままであった。


「ちょ、おまっ! レティ公、お前っ。護衛してくれんじゃないのかよ!」


 ドアを叩くと、向こうでレティ公が言い返した。


「私は神官様もとへ案内するように言われただけですわ。そこから先の面倒な事は、すべて貴方にお任せします」


 この役立たず死神め……

 俺がレティ公への憎しみを増幅させていると、礼拝堂の奥から男の声が上がった。


「待っていたぞ、覚者よ!」


 礼拝堂に響き渡る、低い声。振り返ると、ステンドグラスの下で祈りを捧げていた人物が、俺を背中にむけたままゆっくりと立ち上がっていた。患者も、医務を行っていた人々も、皆が何事かと、俺と老人を交互に見る。

 壇上の男が杖をつきながら、ゆっくりと俺の方に体を向けた。純白のフードを被り、白く長い髭を顎から垂らす老人のようだった。


「ようこそ夢幻界へ……というべきか、異界の地より参られし者よ! さあ、神の元へ寄りなさい」


 俺は言われた通り祭壇へ歩き出した。

 どうにも周囲の人々の目が痛い。頭に包帯を巻いた人間が偉そうなオッサンに呼ばれているのだ。普通なら、何事かと注視してしまう光景だろう。

 堂内を映し込む大理石の床を進み、老人に近寄ると、彼はフードを取った。彼の素顔がより鮮明に見えてくる。シワだらけの顔、サンタクロースみたいな髭、髪一本たりとも毛の生えていない光り輝く頭頂部……


 そこまで視認して、俺は「ああっ!」と悲鳴に近い声を上げた。


 祭壇の手前に立つ老人……それは『悠久のシャングリラ』のオープニングが終わった後に登場した、あの課金をやたら迫ってきたハゲ親父であった。


「あんた、あんときの!」


 俺は課金爺に人差し指を向けた。

 俺は覚えている。エレオノーラという俺の趣向にどストライクした金髪エルフ美女を、千円という端金(はしたがね)で売ろうとした、人の風上にも置けない悪意ある者の顔を。

 課金爺は小首を傾げる。


「はて、ワシとどこかでお会いした事があったか、覚者よ」


 お会いしたも何も、苛立たしさに任せて画面越しにお前を何度もぶっ叩き、『こ、これ! わ、ワシをそんなに叩くでない!』と言わしめた仲である。『悠久のシャングリラ』をクソゲーと俺に認知させた、諸悪の源である。まさかこんな所で再開するとは思ってもみなかった。二度と会いたくはなかったのに。


「いや、あんた、あんだけ俺に課金を迫ってきただろうが」


「課金? なんじゃ、それは」


 話がどうにも噛み合わない。反応から察するに、相手側は俺の事を覚えていないようだ。いや、覚えていないというよりも、最初から俺の事を知らないのか?

 俺が記憶と現実の食い違いに困惑していると、話を切り替えるように課金おじさんは咳払いした。


「私の名はクロニカス。汝がこの地に来ることは予言書に(つづ)られていた。神に愛されし者よ、さあ、こちらへ!」


 などと演技めいて口にするクロニカス翁を胡散臭く思いながら、俺は警戒姿勢で祭壇に歩み寄る。近付いて分かったが、彼はまるでおとぎ話の魔女のようなかぎ鼻をしていた。鼻の穴を膨らませて彼は言い放つ。


「汝に問う。汝の名は〝ビスマル〟で相違ないな」


「は? ビスマル?」


 相違は大ありだったが、そんな呼ばれ方をされねばならない理由に、思い当たる節があった。

 俺は確かに、『悠久のシャングリラ』でのプレイヤーネームに〝ビスマル〟と登録した。ドイツの英傑(えいけつ)ビスマルクからとった(ほま)れ高き、けれどもシステムの都合上くそダサな感じになってしまった、何とも恥ずかしい名前だ。


「いや、それは俺の本名じゃなくて……」


 何だか昔の日本人みたいな名前で、正直すきじゃない。蘭丸や牛若丸なら格好はつくが、ビスマルという中途半端に和洋が足されていて、ダサいのなんの。なので、俺は改めて本名を名乗ろうとした。だがしかし、クロニカス翁は人の話を聞かないタイプの老人だった。


「汝の名前は、かの予言の書に記されていた。世界を救う英雄となる人物として」


「ええ……」


 自分の事ばかり喋る老神官は、俺の言葉なぞ知ったこっちゃないとばかりに話を進める。

 ってか、ビスマルなんてダサい名前がよく予言書に乗っていたな。予言の書なる仰々しい代物を、たちまちウソ本に変えてしまいかねないネーミングセンスのなさ。名付けたのは俺だが。誰か、『こんなアホらしい名前は高貴な書物には不似合いだ』とか何とか言って改変しようとは思わなかったのだろうか。


「そして今、予言の通り、〝覚者〟ビスマルはこの地に現れた!」


 クロニカス翁の発言に、周りの人々がどよめく。


「〝覚者〟だって?」

「あの伝説の?」

「ビスマルとか言ってたな」

「うっは、だっせぇ名前」

「でも〝覚者〟なんだろ?」

「って事は、また〝覚者〟が現れたというのか?」

「でも……何ていうか、前の奴らと比べて普通な見た目だな」

「普通というか、怪我人?」

「怪我人というか、病人? 顔色悪くね?」

「あいつはここに治療を受けにきた一般人で、それをクロニカス様が〝覚者〟と間違えておられるのでは?」

「「それだ!」」


 もう止めろっての!

 あんたら、内緒話は本人の耳に届かないように喋れよ。ばっちり聞こえてんだよ、バカ。もっとひそひそ喋れよ、アホ。

 俺が顔をひきつらせていると、クロニカス翁は、「静粛に!」と遅い掛け声を上げた。


「ビスマルよ。これより〝神託の儀〟を行い、汝に神々からの恩恵である〝クラス〟を授けよう!」


「クラス?」


 俺は首を傾げた。クラスというと、一組とかB組とか、学校の組分けの事だろうか?

 俺が疑問に思っているとクロニカス翁がきちんと説明してくれた。妙なところで律儀なオッサンだ。


「クラスとは、神によって人々に与えられし役割の事である。肉体的に強き者へは〝ファイター〟のクラスが与えられ、精神的に強き者へは〝ウィザード〟や〝プリースト〟のクラスが与えられる。クラスによって能力は千差万別。逆を言えば、そのクラスでしか操れぬ力もあるのだ。ビスマルよ、汝にもまた、汝に似合うクラスが贈与されるであろう」


 なるほど。

 クラスというのは、ゲーム的に言えば職業のようなもののようだ。話を聞くに、戦士とか魔法使いとか、色々なクラスがあるらしい。

 自分の職業ですら神任せな所に、この世界の住人の熱心な信仰具合が伺えるが、なりたいクラスになれるとは限らなそうだ。そんな人生を賭けたギャンブル、俺はしたくないのだが。

 そこんところを詳しく訊いてみた。


「そのクラスとやらは、必ずならなきゃならんのですか」

「ならん!」


 即答だった。

 

 

 

 

 

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