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無課金ゆえ、弱小(ポンコツ)ネクロマンサーになりまして。  作者: あけちさん
第二章、剣と魔法の迷宮都市(ラヴィンヒルト)
17/22

#10


 それにしても……

 疾走する馬車の窓から顔を出している貴族、フレディオールさん。

 同じく風を顔面で感じている真っ最中の俺が言えた義理じゃないが、フレディオールさんは時々、子供のような言動をするときがある。

 今が良い例だ。

 俺と雁首(がんくび)そろえて、すっかりお子さまモードだ。

 貴族らしからぬ行動。

 それを制するのは、子供のような見た目の……というか中身もガキんちょに近い従者レティ公の勤めだ。


「若さま、いい加減お顔を引っ込めて下さいまし。はしたないですわ」


 レティ公の声を、当の若さまは振り返りもせずにはぐらかす。


「良いではないか。僕だって、こうやってラヴィンヒルトを眺めるのは久しぶりなんだ。誰も困りはしないよ」


「良くありませんわ。若さまのお肌が汚れてしまいます」


 フレディオールさんは外界をぐるりと眺めた。


「はて。別に顔が汚れるほど街の空気は淀んでいないと思うが? かつては工業排煙で毒霧の都なんて揶揄(やゆ)されていたが、ほら、今はこの通り……」


 言い終わる前に、レティ公は言葉を被せた。


「わたくしは、そういう意味で汚れると言ったのではございません。庶民のゴミ虫どもが若さまを見れば、若さまのご尊顔が穢れてしまいます……ほら、見てください、あのワービーストの醜男(ぶおとこ)。若さまを見てニヤつきました。あの野郎、おそらく下衆な事を妄想しておりますわよ、きっと。あんな恥知らずで無知蒙昧の徒に、刹那の間でも見られたのでは頭がお馬鹿になってしまいます。ですから至急、窓を閉めて、大人しくお座りになってくださいませ」


 俺は馬車内に顔を戻して、口の悪い従者に突っ込んだ。

「なんちゅう理論だよ」


 すると、レティ公はおでこに塗られた眉墨を寄せた。


「あなたもあなたですわ。馬車から子供のように頭を出したりなんかして。まるで『お上り』です。道路脇の標識か何かに頭をぶつけて景気良く血塗れになりやがれ、ですの」


 ひどい良いようである。

 しかも、そんな刺々しさに慣れつつある自分がいるのが、どうにもやるせない。


「へいへい。承知しましたよ」


 俺は肩を竦めながら、俺は座席に腰を下ろした。

 ……まあ、確かに少々テンションが上がって礼儀を弁えずにいたのは、紳士を目指す者として反省すべき点だ。いくら異世界の情景を目の前にしているとはいえ、流石に浮かれすぎである。それに、血塗れになるのは、もうこりごりだ。

 しかし、フレディオールさんは尚も街の景色を眺めていた。

 レティ公の言葉なんて、まったく聞いていない。景色を見ながら、何やらぼそぼそと独り言を呟いている。


「昔と随分かわったなぁ。街全体の建築様式が統一されているし、道だって石畳が綺麗に敷かれている。本当に美しい街並みになったものだ……うわぁぁぁっ!」


 唐突に叫んだフレディオールさん。俺は何事かと注視する。レティ公が心配そうな声を出した。


「ど、どうしましたの、若さま!」


「観たまえ! あの鋭角な寄棟(よせむね)の屋根、あれが噂に聞く近代建築家の巨匠コントラヌスの設計したヴィエット礼拝堂じゃないだろうか!」


 フレディオールさんは更に窓から身を乗り出し、大通り沿いにある鐘楼(しょうろう)付きの建物をガン見していた。確かに大きく立派な佇まいだが、たがらと言って奇声を上げるような建物とは思えない。

 レティ公が気力を失ったように肩を下ろした。


「……はあ、そうですの」


「すごいなぁ! 竣工(しゅんこう)していたとは聞いていたけども、まさかこれ程までとは!」


 さらに、画家のように両手の人差し指と親指で四角を作り、過ぎ行く礼拝堂が綺麗に見える良いショットを探している。支える腕をそんな風に浮かせたものだから、勢い余って窓から落ちそうになる。

 レティ公が急いで主の腰にしがみついた。


「わーかーさーまー。落ちますってば」


 フレディオールさんを馬車内へ強引に引っ張り込んだレティ公は、窓ガラスをピシャリと閉め、封印とばかりにカーテンも引いた。

 薄暗い馬車の中に引き戻されたフレディオールさんは、座席の上で引っくり返りながら、大きく笑った。


「素晴らしい! さっそくヴィエット礼拝堂へお祈りに行こう。中をくまなく観てみたい! さあ、進路変更だ!」


「ダメです」

 レティ公が両手でバツ印を作る。

「今日はやるべき事が沢山あります」


 するとフレディオールさんはおもちゃを取り上げられたように、しゅんとした。


「……ああ、そうだったね。これからラヴィンヒルト公爵との謁見が待っていたね。やれやれ、無視して観光できたら、どんなに良い事か」


「いけませんからね、若さま」


 レティ公が釘をさす。それに主はうんざりとばかりに手を振ってみせた。


「分かっているさ、レティーシャ。趣味は仕事の後で楽しむ事にするよ……」


 ため息混じりに渋々納得するフレディオールさんに、俺は首を傾げた。


「建物が好きなんですか?」


 何の気なしに尋ねたら、好奇心旺盛な貴族様はぐっと俺に顔を近付けてきた。


「ああ、建物はいいぞ!」


 中性的な顔を赤らめ、狂喜にも似た輝きを放つ瞳で俺を見つめてくる。


「は、はあ……」


 鼻と鼻がぶつかりそうなほど接近するフレディオールさんの顔。急にどうしたんだ、この人は? 俺は体を反らせながら、助け船を出してもらうべくレティ公を見た。視線の先ではレティ公が、またか……というように頭を抑えていた。


 ――押してはならないスイッチをオンにしてしまったかもしれない。


 そう気付いた頃には、フレディオールさんは既に鼻息を荒くして、口を開いていた。


「建築というのはね、人類の進歩が目に見えて分かる素晴らしい技術なんだ。優雅で、豪気で、そして神秘的。聖堂ならば神との交信を実感できるし、城ならばその当主の威厳と風格を、民や敵へと知らしめる事が出来る。世間では絵画や石像が芸術の最たるものと思われがちだが、僕はそうは思わない。大きくて美しくて、なにより格好いい。ファザードは建築家のセンスが如実に現れているし、力学と美観を併せ持つ飛梁はもはや芸術の粋と言わざるを得ない。僕は建築物こそが人々産み出した最大の芸術だと結論付けているが、君はどう思うかね?」


「え? ええ、まあ……」


 早口で語るフレディオールさんに面食らっていた俺は、ぶっちゃけ彼が何を述べているのか、よく理解できなかった。しかし、今さらもう一回言ってくれとは注文できない雰囲気だったために、俺は空気を読んでこう返答せざるを得なかった。


「……はい。お、俺も同意見です」


 途端に、建築物マニアの表情が明るくなった。


「そうか、分かってくれるか! いやはや、さすがは〝覚者殿〟だ!」


「は、はあ。恐縮です」


 俺はぎこちない笑顔を湛えながら、ロボットのようにかくかくと頷いた。それがいけなかったのだろう。建造物マニアの貴族様が、俺の手をとって御心のままに振り回した。


「まったく、運命の出会いとは素晴らしいな。僕の周りには話の合う人がなかなかいなくてね。こうして〝同志〟と出会えるなんて、思っても見なかったよ。いつか、世界の遺跡と現代様式の類似性について語り明かそうじゃないか!」


「そ、そうですね。い、いずれまた。それより、その、そろそろ手を……」


「ん? あっ、ああ、すまない! つい熱くなってしまったよ」


 趣味に全力の貴族は、俺の手を素早く離す。

 俺は力強く握られて青くなった手の甲を擦る。温度が上昇しているフレディオールさんに対して、俺は冷や汗を流していた。

 どうやら、触れてはいけない部分をつついてしまったようだ。

 レティ公にいま一度視線を向ければ、「すぴーすぴー」と彼女はそっぽを向いて狸寝入りしていた。主が愚民の手を触れたというのに、やけに大人しくしていると思ったら、関わり合いになりたくないから静かにしていたのだ。

 フレディオールさんがこほんと咳払いする。話を切り替えるのかと思いきや、


「さて、せっかくだから、〝覚者殿〟にラヴィンヒルトの著名な教会や聖堂を伝えておこう。時間があったら巡ってみるといい」

 えっ。その話、まだ続くの?

 俺が迂闊に話を掘り下げた過去の自分を恨んでいると、馬車内に小綺麗なベルの音が響いた。

 俺にとっては天からの福音だった。連絡管の蓋を開け、話を中断されて少し不機嫌そうなフレディオールさんは、管へ口を近付けた。


「どうした?」


「まもなく探索者ギルドに到着します。ご降車の準備をお願いします」


 探索者ギルド?

 神官がいる――なんて言っていたから、俺はてっきり教会とか聖堂に向かっていると思っていたのだが。


「……そうか、分かった」

 返事をしたフレディオールさんは、寂しげに連絡管の蓋を閉める。

「どうやら、お別れの時間が迫っているようだね」


「お別れ、とは?」


「前にも話したとおり、君を探索者ギルドに下ろした後、僕はラヴィンヒルト公爵の下に向かわなくてはならない。これ以上彼を待たせる訳には行かないのでね」


 フレディオールさんは、溜め息混じりにそう言った。


「そうですか……」


 俺としては、実に困った展開である。

 ここ夢幻界に来て初めて出会った……いや、初めて出会った人間はレティ公か……いやいや、レティ公は死神だから人間にはカウントされないと考えれば、やっぱり最初に顔合わせしたのはフレディオールさんか。

 まあ、とにかくだ。

 今まで良くして頂いた貴族の方との別れは寂しいものがあるし、何よりも彼ら以外にこの世界の知り合いはいないわけで。今まで案内役も兼ねてくれたフレディオールさんと離れ離れになったら、この先、どう進んでいけばいいのか全く分からない。

 ……いっそ、俺もフレディオールさんに着いて行くと言うのはどうだろうか。

 いやいや、それはダメだ。着いて来てほしくないからフレディオールさんは探索者ギルドに俺を下ろそうとしているのだ、その選択は彼の迷惑になるというものだろう。


 てか、探索者ギルドって何ぞ? さっきからちょくちょく会話に出て来ていたが。


 俺が悩んでいると、いつの間にか目を覚ましていたレティ公が唐突にしゃしゃり出て、こう言った。


「若さまはお暇ではないのですよ、貴方のように。貴方は大人しく、〝覚者〟の使命を果たすべきですわ」


「……ところで、探索者ギルドというのはなんですか?」


 レティ公の辛辣な発言を無視して、俺はフレディオールさんに質問した。無視される形となってご機嫌斜めに口を尖らせるレティ公を、フレディオールさんは片手で宥めながら、俺の問いにしっかり答えてくれた。


「探索者ギルドは、探索者たちを管理する組織、及びその組織が運営する施設の事さ。迷宮に最も近い場所――迷宮に入るための云わば関所みたいな所だ」


「そこに神官がいるんですか?」


「探索者とは、怪我の多い職業。だから、ギルドには教会が併設されているんだ。迷宮から連れ出されてきた怪我人を素早く治療するためにね。そこに名の知れた神官がいる。伝承にも詳しいはずだ。彼に会えば、君の歩むべき道は開かれるだろう」


「はあ、なるほど」


 説得力があるような、無いような。

 とにかく、探索者ギルドに行けば俺の役割ロールが分かるらしい。


「ギルドまでは君を送ってあげられるが、そこから先は生憎、案内ができない身なんだ。すまない」


 フレディオールさんが頭を下げる。


「いや、そんなっ。ここまでして頂いて、こっちも本当に助かりましたし。後はまあ、少し不安ではありますが、一人で頑張ってみますよ」


 俺はそんな大口を叩いた。内心は不安でいっぱいだった。

 重苦しい心情で馬車に揺られること数分、とうとう馬車は探索者ギルドと銘打たれた建物へ到着した。

 

 

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