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無課金ゆえ、弱小(ポンコツ)ネクロマンサーになりまして。  作者: あけちさん
第二章、剣と魔法の迷宮都市(ラヴィンヒルト)
13/22

#6


 覚者なる存在であるらしい俺と会えて、フレディオール氏はお喜びになられているが、その従者は懐疑的だった。

 フレディオール氏が従者の頭を撫でる。


「〝覚者殿〟をあまり困らせるな、レティーシャ」


「しかし、わたくしにはまだ信じられないのです。このようなパッとしない顔の、平民代表と言わんばかりの平々凡々な面構えの人間が、事もあろうに〝覚者〟などと」


 酷い言われようだが、自覚はしている。しかし言われっぱなしも腹が立つので、俺は適当に口答えした。


「平々凡々な面構えは遺伝だ。俺のせいじゃねぇよ」


 俺が喋り終わるやいなや、クラスメイトの悪戯を教師へ告げ口する女子小学生のように、レティ公は俺を指差しながら、フレディオール氏を見上げた。


「ほら、いまの。聞きましたか、若さま、若さま。この方、自分の不出来さを親のせいに致しましたわ。このような責任転嫁してばかりで一向に自分で解決しようとしない輩が、〝覚者〟であるはずがありません」


 ずっと細い人差し指を俺に向けるレティ公。てか、いい加減、膝枕状態から復帰しろよ。むしろ礼儀がなってないと俺は思う。フレディオール氏はフレディオール氏で従者が脚の上に頭を乗せてくるのは嫌と感じないらしく、猫をあやすようにレティ公の髪をずっと、もふもふしている。


 レティ公の三つ編みの髪をいじくりながら、フレディオール氏は俺の腕に目を向けた。


「ならば彼の、手の甲に現れた紋様はどう説明する気だい? レティーシャ」


「それは……」


 言い淀むレティ公に、俺は小首を傾げた。


「は? 紋様?」


 手の甲とはどういう事だろうか。

 フレディオール氏の視線の先、俺は先ほどレティ公に鞭打ちされた手とは反対、つまりは左手の甲を確かめた。

 そして、悲鳴に近い声を上げてしまった。


「なんじゃあ、こりゃあ!」


 俺の左手の甲には、氏の言った通り、奇妙な模様が浮かび上がっていた。それは地肌よりも倍近く黒ずみ、刺青というよりは痣に近い色をしていた。端と端がくっ付きそうなほど弓なりに歪曲した三日月の中に、五芒星を浮かばせたエンブレム。


「な、何だよ、これ! いつの間にっ!」


 俺が自室でスマホをいじっていた時、こんな痣はなかった。

 ということは、あの幻覚を見た後から付けられたのだろうか。俺は焼き印めいた手の痕を、もう片方の手で擦った。しかし引っ掻けど引っ掻けど模様が消える事はなく、ただただ皮膚が少し破けるだけだった。


「な、なんで消せないんだよ!」


 これも、ゲームだからなのか?

 ゲームだから、こんな模様が現れたのか?

 やっぱり、ここはゲームの世界なのか?

 自分の身体の一部に戦慄する俺を、レティ公は哀れむように見つめてきた。


「気付いておられなかったのですか? 自分の体に変な模様が顕れている事に?」


「気付くわけないだろ、あんな暗がりにいたんだから」


 森をさまよっていた時は人探しに必死で、自分の掌なんか気にしてもいなかった。


「手を洗えばすぐに判りますわ」


「あの山ン中にお手洗いなんてあるわけねェだろ!」


 俺はムキーっと怒り狂う猿のように声を上げた。レティが、俺を拒絶するかのように体を反らした。


「やだ、不潔。貴方、ろくに手も洗っていないのですか? やはり、若さまとの握手を阻止したのは正解でしたわ」


「ああもう、子供のくせに面倒くさいやつだな、お前」


「子供でもお前でもなく、レティーシャですわ。今度そのような減らず口を叩いたら、唇を縫い合わせむぐぐぐぐ!」


 なにやら恐ろしい文句を謳おうとしたレティ公の口を、フレディオール氏は手で防いだ。


「君はしばらく口を閉ざしたまえ」


「もごもご!」


 不満そうに主人を見上げる少女従者。俺は心の中で、ナイスとガッツポーズをとった。うるさい奴が横槍を入れない今、この紋章の謎を知識人に訊いてみよう。


「こ、このマークはいったい何ですか?」


 声を震わせる俺に、知識人ことフレディオール氏は解説してくれた。


「それが、世間では〝覚者〟の証とされている紋様だ。月は監視者、つまり神を顕し、星は人々の魂を顕している……ふむ」


 ここでフレディオール氏は言葉を切った。


「どうしたんですか?」


「いや、なに。伝承によると〝覚者〟は、己が神の御使いであるという自覚を持って〝夢幻界〟に顕現するらしいのだが」


 どうやら俺を〝覚者〟とやらのパチもん何じゃないかと訝しんでいるようだ。


「何度も言いますが、俺は〝覚者〟なんて言葉は初めて聞きました。それに、この……世界? にも偶然やってきてしまったみたいですし」


「……偶然、か」


 フレディオール氏は一瞬、悲しそうな顔をしたが、すぐに元の凛とした姿勢に戻った。


「それは神の御使いに浮かび上がる、選ばれし者の証明だ。まあ、ようするに外の国から来た者の通行手形のようなものと捉えてくれ」


「通行手形、ですか」


 彼の顔色の変化に疑問を抱きながら、俺はオウム返しに言った。しかし、また随分と古めかしい四文字が現れたものだ。


「とは言え、これは僕の家庭教師からの受け売りでね。神話学に明るかった先生は僕に世界の救い手の事を良く話してくれたんだ。僕も幼い頃は……恥ずかしい話だが……英雄や勇者というのに憧れていてね。数式学や論法学そっちのけで、先生に伝説やおとぎ話を好奇心のままにねだったものだよ」


 昔を振り替えるように、フレディオール氏は遠い目をしていた。

 神話学というのが、この世にはあるようだ。多宗教でありつつ、無宗教という側面も併せ持つ日本とは、少し教育の勝手が違うらしい。


「もごもご」


 レティ公が踠く。

 息苦しそうだという感想こそ持ったが、こいつが会話に参加しても利益を生みそうになかったので俺は無視した。

 フレディオール氏も同じ考えなのだろう。レティ公の口から手を退ける事はしなかった。

 少々、虐待っぽくもあったが、貴族には貴族なりの躾け方があるのだろうし、第一に平民代表の俺が口出しするべき事柄ではない。

 そんな事よりも、訊かねばならない大切な事がある。


「でも、なんで俺なんですか? なんで俺が、その神様とやらに選ばれなきゃならなかったんですか?」


 そこが一番の理解不能ポイントだった。

 一介の大学生の俺が──年に一度の初詣くらいしか神様に手を合わせない俺が、なぜ異世界の救世主に任命されねばならないのか。

 残念ながら、フレディオール氏は首を横に振った。


「それは僕にも分からない。神のみぞ知る……世界に住まう魂の一つでしかない僕には、そうとしか言えない。それとも不満かい、〝覚者〟になったのが」


「なりたくはなかったですね、実直な話」


 そもそも、神の使いという話自身、俺は信じていなかった。

 俺が選ばれた人間だというのなら、なぜ先に襲われた巨大ダンゴムシや典型的悪魔を倒すだけの力がないのか。虫に囲まれて、悪魔に身体を痺れさせられて、おまけに現在は包帯ぐるぐる巻きの怪我人だ。

 それに、ある日突然、「君は今日から救世主だ!」と言われても、俺は簡単に了承するようなカモじゃない。手の模様だって、俺が気を失っている間に、誰かに付けられたと疑っている。犯人の第一候補が、何を隠そう目の前の貴族様だというのは、しかし本人には伏せておく事にする。『良く解ったな、死ね』と豹変されるのも怖いし。

 けれど俺の疑惑とは裏腹に、フレディオール氏は俺の腕の紋様を、うっとりとした美顔で欲しそうに見つめていた。もし彼が自ら付けたとして、こんな顔をするだろうか。自分が殺そうとした人間に独自のマークを刻み付けるサイコパスだとしたら、話は別だが。


「僕としては羨ましい限りなんだがね」


「これが? レティこ……そちらの従者さんが言ってたように、本物かどうかも怪しいですよ?」


「いや、それは紛れもなく本物さ」


 フレディオール氏が断言する。その自信は一体どこから来るのか。


「にわかには、信用し難いですね」


「逆に、なぜ信じようとしないんだい? 存在しているだけで誰からも認められる、伝説の通りの勇者になれるんだよ?」


「なら、是非とも代わっていただきたいものですね。俺は勇者じゃなくて学生ですし」


「もごもご」


「ああ、代われるなら是非とも、その手をちぎってでも、証を貰いたいものさ」


 フレディオール氏は物騒な事を平然と言ってのけた。やっぱりサイコパスかもしれん。蛙の子は蛙か。この従者があらば、主人もまた同類だ。


「でもね……」

 フレディオール氏は、目を伏せた。

「僕に君の身体を承けとる資格はないよ。この世に産まれ出でし者は、すべからく、この世の理に従うべきだからね」


「はあ。難しい事はよく分かりませんが」


 先ほどフレディオール氏が悲しそうな顔をした理由は、何となく掴めた。きっと彼は、本当に、この〝覚者〟とか言うブランドがほしいのだろう。

 貴族の生まれでも手に入れられない代物。

 ……まあ、そんなの俺には関係ないし、必要ない。


「だったら俺はこれを持って、元の場所に帰るだけです」


 夢幻界とかいう異世界の行く末なんて興味はない。ここがゲームの世界だと言うのなら、ゲームを終了させて、元の現実に戻るだけだ。俺みたいな機械音痴にその荷は重すぎる。

 さてと、ゲームの電源ボタンはどこにあるのだろう?


「ああ、そうだ」

 と、フレディオール氏が思い出したように発言した。

「〝覚者〟は使命を果たすまでは外の国に戻れないと、先生は仰っていたよ」


「えっ?」


 さらっと重要な事を言ってのけた。

 ……帰れない。外の国、つまりは元の世界に帰れない? 使命を果たすまでは?


「えっ、なにソレ聞いてない」


 あまりに出し抜けな言葉だったので、つい俺は敬語さえ忘れてしまった。元より先の騒動で血液が薄くなっているというのに、更に体から血の気が引いていった。

 フレディオール氏は、きょとんとしながら言った。


「初めて言うのだから当然だろ?」


 確かにその通りだが、そんなので納得のいく俺じゃない。座席から腰を浮かして、フレディオール氏に叫びをぶつけた。


「どーしてそんな重要な事を、早く言ってくれなかったんですか!」


「す、すまない。語るべきタイミングがなかったものだから」


「もごもご! グフー! グフー!」


 レティ公が猫の威嚇みたいな音を発しているが、こいつにかまけている場合じゃない。もう少しだけ、口を慎んでいて頂こう。

 まあまあ、と着席を促す貴族様に、俺はいらいらしながら従った。てっきり、ゲームだから電源をオフにすれば元の世界へ帰れるものと思っていたが、事はそんな単純なものではないらしい。


「……マジかよ」俺は頭を抱えた。

 いや、ほんとにマジか。棒で殴られたかのような頭痛がしてきた。


「帰れない辛さは僕にも分かる。けど、何も全く打つ手がないわけではない。課せられた使命を果たせば、元の世界に戻れるのだから」


 俺はぶっきらぼうに聞き返す。「その、使命ってはどんなのなんです?」


「先生も詳しくは知らないと仰っていたが……何でも〝覚者〟と呼ばれる人々は大抵、ある日、突然この世界に現れると言う。君の事だ」


「神様も、はた迷惑な事をしますね」


 荒れに荒れながら、ぶつくさと俺は全知全能の超越者に文句を溢した。いや、ここでは神というより、『悠久のシャングリラ』というクソゲーの製作者か。ぬぁーにが『他世界接続システム』だ。余計なモン発明しやがって。やっぱり科学はダメだな。平気な顔して人を不幸にする。

 舌打ちする俺をフレディオール氏は困り顔で見つめながら、話を続けた。


「……〝覚者〟となった者は、『神託の儀』を受け、自らの運命を承るのだそうだ」


「しんたくのぎ?」


「ああ、先にも述べたように〝覚者〟とは神の使い。ゆえに、神殿にて神より啓示を受ける事が出来るらしい」


「らしい、って」


「伝説やおとぎ話の類なのは、僕も承知している。でも、君には、すがるべき藁なのではないかい?」


 ごもっともな話だった。

 今の俺は、まさに持たざる者だ。金だって一銭もない、いわゆるオケラ状態だ。持っているとすれば、この左手に刻まれた〝覚者〟とやらの証だけ。水戸黄門の印籠のように、この印だけで大衆がひれ伏すほどの効果があると便利なのだが、レティ公の反応を見るにそのような万能性はないだろう。

 つまるところ、その神殿に参拝をしなければならない展開らしい。ゲームらしい流れと言えば聞こえはいいが、実際に行動を強制させられると、何とも憂鬱である。しかし、それしか満足な道がない。不自由なもんだ、ゲームの世界ってのは。


「それで。その神殿とやらは、何処にあるんです?」


「どの町にもあるさ。神の教えは、人の歩むべき指標。人がいる所に、教えの学舎である神殿は必ずある。そこに神官もいるはずだ」


「はあ、そうですか」


 海外のファンタジー小説みたいな言い回しに、投げ槍な返事しかできない。日本の無宗教という価値観は、あらゆる世界からしてみても、異常なのかもしれない。


「この馬車が向かっている街にも、神殿はあるからね。そこで君は〝神託の儀〟を受けると良い。君が〝夢幻界〟をどう進むべきか、きっと教えてくれるはずだ」


「俺が進みたいのは、帰路なんですがね」


「なに、ここ〝夢幻界〟の危機を救ってくれれば、自ずと元の世界へ帰れるはずさ。それが果たして帰路にもなろう、〝覚者殿〟」


 簡単に言ってくれる……。

 悪魔を容易くぶちのめす従者をお連れの貴族に肩を叩かれても、説得力がまるでない。俺はその悪魔に殺されかけたのだ。あんなのがゴロゴロと現れたのでは、この先、命が幾らあっても足りない。


 帰り道は、いばらの道だ。

 俺は魂さえ抜け出そうな溜め息を吐いた。


 ……仕方がない。

 嘆いていたって始まらない。

 ならば今できる範囲の事だけをするべきだ。今やるべきなのは、情報収集だ。右も左も解らぬならば、せめて右側くらいは把握しておきたい。俺はフレディオール氏に質問した。


「……ところで、さっきから気になってたんですけど、この馬車は何処に向かっているんですか?」


 尋ねておいてなんだが、実を言うと目的地は何となく察していた。

 ここがゲームの世界──『悠久のシャングリラ』という物語の作中だとしたら、舞台は自ずと限られてくる。

 答え合わせの要領で、俺はフレディオール氏に訊いたのだ。


「向かっている場所かい?」


 彼は、俺に再びウインクをしてみせた。

 俺の予想は見事に的中する。


「迷宮都市、ラヴィンヒルト。この馬車はそこへ向かっている。神秘と人知が交差する都市なら、君の求める情報がきっとあるはずさ」


「もごもご」



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