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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第四節 「慢心 先立つ思い 力の拠り所」
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~二界を評す~

 勇とちゃなの二人が遂に変容山林へと足を踏み入れる。

 和泉を殺して魔剣【大地の楔】を奪った【ウィガテ族】を討伐する為に。


 今なお遠くからローターの音が響き渡り続け、勇達が茂みを掻き分けて生んだ雑音を消しさる。

 まるで勇達の気配をわざと消すかの様に、その音は進み始めた頃よりもどこか高く。

 これもきっと福留の妙案なのだろうと考えると心強くて堪らない。


 それでも茂みは二人の姿を覆い隠してしまう程に深々と繁茂(はんも)している。

 迂闊にマイペースで進み過ぎればちゃなとはぐれる可能性すらありえるだろう。

 今度はそう考えた勇がちゃなの手を取り、前を立って歩く。


 離れるのが心配なら手を繋いで一つになるだけでいいのだから。






 勇達が踏み入れた青の森は見れば見るほど不思議に思える様相を見せていた。


 所々に根を浮かせた木が頭上に浮かび、未だ「パラパラ」と土を落とす物も多い。

 根っこ一本一本余す事無く転移してきたのだろう、空中にぶらさがった樹からはいずれも無数の細かい根が下がっていて。

 いざ手に取れば簡単に千切れる程に柔らかい部分もあり、生木である事が十分伺える。

 しかしそんな樹もよく見れば勇達『こちら側』の物と造りに大差は無く。


 【ウィガテ族】を探して周囲を見回してみれば、次には野生動物らしき姿が目に留まる。

 鹿……だろうか、まるで小さいキリンにも見える長めの首と足と持つ哺乳類らしき動物だ。

 角はそれほど大きくなく、耳を裏から包む様に広がる様な扇状の形を有している。

 体の紋様は斑点ではなく波掛かった濃い茶色か黒。

 四本足ながら後ろ足で器用に立ち、ぶら下がった樹の根を「モシャリモシャリ」と咥え込んでいた。

 それも二匹ほど……家族(つがい)なのだろう。


 勇達の事に気付いているのか、ピクピクと耳を動かして瞳だけを向ける。

 しっかりと警戒心はある様で。

 聴いていた【ウィガテ族】の姿とは大きく異なるという事もあり、彼等を横目にその場を通り過ぎた。


 茂み自体は恐らく『こちら側』の生態なのだろう。

 よく見れば見た事のある植物だったから。

 あと一つ証拠に出来る物が一つ……虫である。

 ちゃなが傍に居る手前捕まえたりなどは出来ないが、目を凝らして見れば枝に擬態したナナフシが目に留まる。

 これは勇が昔キャンプで山に泊まった時に散々見つけたもので、見慣れていたからこそ気付けた点だ。

 何故変容が起きてもこの場に居るのかどうかまでは不明だが。


 そうも考えればふとした仮説が勇の脳裏に浮かぶ。


 もしかしたら転移領域は高低差も加味されているのかもしれない。

 『あちら側』の樹が浮いているのは詰まる所、『こちら側』よりも僅かに土面標高が高いからという事なのだろう。

 だから樹だけが転移し、標高が下の『こちら側』の生態系は残り続けているという訳だ。


 見下ろせば『こちら側』。

 見上げれば『あちら側』。

 ここはまるで二つの世界を見比べられる品評会場のよう。

 惜しむらくは、今がそんな事の出来る余裕が無い所か。


 しかしここまで眺めてみると、今まで見えていなかった事が浮き彫りとなる様だった。 


 それは二つの世界の共通性だ。

 偶然か必然か……例え別の世界であっても、織り成す生態系はそっくりなのだろう。

 『こちら側』と同じ姿、似た文化を持つ人間が居るのだ、植物や動物、大気や水、鉱物など、あらゆる環境において大差は無いのかもしれない。

 魔者という存在だけは明らかに異なるが……それが数少ない『こちら側』と『あちら側』の違い。


 この森は共通性の多さを気付かせる程に、勇達の知る物と似通った様相だったのだ。






 どれだけ森の中を進んだだろうか。

 既にローターの回転音は彼方の音、微かに聴こえるが音だけだ。

 緑と青、樹の茶色だけで象られた周囲は森独特の静寂が覆い包む。


 そう、余りにも静か過ぎるのだ。


 福留が危惧した【ウィガテ族】の急襲すら全く無く。

 敵意どころか気配そのものを感じないのである。

 精々先程の様な野生動物が見られる程度。

 道を間違えているのではないかとすら思えてしまう。


 それが逆に異様さを感じさせ、勇達の警戒心を煽る。


「田中さん、念の為に後ろの方に気を配って貰っていいかい? 俺が前を見るからさ」


「はい、わかりました」


 相手はこの森に住む生物だ。

 森で生きる事に馴れている、それはつまり勇達が気付かなくとも相手は気付けるという事。

 もし気付かれているのであれば、知らず内に背後から回り込まれる事も有りうるだろう。


 相手は魔者でどの様な手練れかも知れない。

 剣聖は弱小と言っていたが、勇達にとっては初めての相手で一からの戦いだ。


 油断は出来ない。

 出来るはずもない。


 そう言い合わせると、互いに背中を向けてゆっくりと進み始めた。




 それから何事も無いまま更に歩は進み。

 勇達はスマートフォンで拠点の場所を探りながら着実に目的地へと向かっていた。


 スマートフォンには福留から教えてもらった【ウィガテ族】の拠点らしき場所の位置が記録されている。

 和泉がここに訪れる以前に自衛隊が見つけた情報である。

 移動時に福留に見せてもらった空撮写真には、日の下に晒す集落の姿が映っていて。

 森に中に住んでいても日の光は大事なのだろう。


 つまり、近づけばすぐにでも見つかる場所という訳だ。




 そして案の定―――それは遂に見つかった。




「勇さん、勇さんっ」




 先に見つけたのはちゃなだった。

 掴んでいた手を引き、小声で囁いて勇を呼ぶ。

 勇がそれに気付いて振り向くと、合わせた様にちゃながそっと細い指を茂みの向こうへと指し示した。


「い、いた……!!」


 指し示した先にあったのは間違いなく【ウィガテ族】の集落。

 三つ程の小屋が覗く、日の光に包まれた小さな広場だ。


 とはいえ小屋もそう言うに及ばない程の、木の枝を乱雑に積み上げただけの物。

 まるでついさっき造りましたと言わんばかりの粗雑な様相が彼等の文化力の低さを物語る。


 それだけではない。

 その小屋を囲う光景に、勇とちゃなはただただ拍子抜けするばかりだ。


 そこに居たのは【ウィガテ族】の魔者達に間違いは無い。

 だが余りにも……いや、一切の戦意を感じられないのだ。


 木の枝で造った椅子に座って「ボケーッ」としている者。

 地べたに座り、空を見上げて鼻水を垂らす者。

 鼻をほじり間抜け顔を晒す者。

 地面に寝転がり寝息を立てる者。

 中にはよくわからない踊りを披露する者まで居る始末だ。


 三者三葉ではあるが、余りの緊張感の無い姿に呆れすら呼び込む。


「なんだあれ、全く警戒してないじゃないか……」


 緊張に次ぐ緊張に包まれながら警戒してここまで進んできた自分達が間抜けに思える程、目の前の光景は別の意味でただただ異様だったのだ……。




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