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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第四節 「慢心 先立つ思い 力の拠り所」
96/426

~心身の支度~

――――

――




 正直、怖くない訳じゃなかった。


 今まで勝てたのは雑魚だったり、瀕死の奴だったり……。


 自分の実力でまともに強い奴と戦えた事なんて一度も無かったんだ。


 今回だって、弱小だなんて剣聖さんは言ってたけど、きっとそいつは俺より強いんだろうな。




――

――――






 朝……というにはまだ早く、空一面が藍を帯び。

 土鳩がどこからか「ホーホーホッホゥ」という鳴き声を上げる。

 そんな初めての栃木の早朝は未だ静けさが包み込んでいた。


 そんな時間帯に、勇の目が「スゥ」っと開かれる。


 眠気眼のままに顔を寝かせた先に有るのは、ベッドに備えられたデジタル時計。

 覗き込むようにして意識を向けると……『5:12』という数字が映り込んでいて。


「まだこんな時間……」


 掛け布団を「ファサリ」と持ち上げ、その身を起こす。


 まだ少し眠いのだろう、だらけた髪を掻き上げて目を擦り。

 「ふわぁ」と一欠伸をかくと、両腕を一杯に上げて体を伸ばした。


 さすがの高級ホテルといった所か、布団も枕も驚く程に寝心地よくて。

 このまま寝る事が許されるのであれば、再び布団に潜りたくなる程に。

 おかげで先日の疲れもすっかり抜けきった様だ。


 しかし勇にはそう悠長にしているつもりは無い。 

 もうすぐ戦いが始まる。

 その為にも万全で挑まねばならない。


 そんな意思が、既に彼の意識を覚醒へと導いていた。 


 とはいえ今ここは見知らぬ土地で、しかもホテル泊まり。

 さすがに朝のランニングという選択肢を選ぶ訳にもいかず。

 その結果彼が選んだのは、普通の筋力トレーニングである。


 勇が普段行っているのはランニングだけではない。

 元から無趣味という事もあり、家事の手伝いも無い時はこうして筋力トレーニングに励む事も多い。

 どうすれば効率よく鍛えられるのかと悩んだ挙句にトレーニング専門書を買う程にのめり込んだ事もある。


 ある意味で言えば、これが彼にとっての精神統一法。

 無心で体を動かす事により、落ち着きを取り戻す事が出来るのだろう。

 いざという時に体が動かせるように。


 とはいえ、そう意識して行っている訳では無いが。


 いくら命力で身体能力が向上していると言えど、基礎体力無しでそんな都合のいい力が持続する訳も無い。

 少しでも力を付けて強敵に勝つ為に、一心不乱に体を動かす。


 幸い、勇に割り当てられた部屋はここまでかと思う程に広い。

 福留がチェックインの際に「ロイヤルクラスで」と言っていたが、残念ながら彼にその意味はわからず。


 筋トレどころか多少動き回る事も出来る空間をふんだんに使い、思いつく限りに体を動かすのであった。






◇◇◇






 朝の七時頃。

 勇達が泊まる部屋へ続くフロアに、スーツ姿の老人が一人歩く。


 それは勇達を迎えに来た福留。


 もう間も無く出発予定時刻。

 僅かに早くはあるが、彼等が未だ眠り耽っている可能性も否定出来ない訳で。

 勇が泊まる部屋の前へとやってくると、何一つ遠慮する事なく呼び鈴を押し鳴らす。


 ……そして、予想に準じて反応は無く。


「おや、まだ寝ていますかねぇ?」


 そう思える程に物音一つ感じない。

 最高級ルームを仕立てたとあって防音もしっかりしているのだろうか。

 全く音沙汰も無い状況に首を傾げ。

 何を思ったのか、そのまま部屋の前を離れていった。


 福留が次に訪れたのは、隣にあるちゃなの部屋。

 またしても遠慮無く呼び鈴を押し鳴らすと―――


 今度は打って変わり、空かさずちゃなが扉を開いてその姿を現した。


「お、おはようございます……」


 その姿や、既に戦闘準備万端と言わんばかりの様相。

 気合いが入った様なぷくりとした強張りの表情を見せ。

 服装は先日と変わらないが、袖を捲り上げた様は彼女なりのやる気の見せ方か。

 右手に【アメロプテ】を握り締め、左手には持って来た手提げ鞄が。

 背中に紐で括った【ドゥルムエーヴェ】を背負っており、若干のやり過ぎ感は否めない。


 しかも部屋の外へと足を踏み出したと思えば、背負った魔剣の先が扉枠に(つか)え。

 たちまち後ろ髪を引っ張られたかの様にその体を仰け反らせていた。


「あはは……」


 どうやらそんな事にすら気付けない程に緊張しているのだろう。

 恥ずかしさの余りに漏れた笑いもどこかぎこちなくて。


 福留もそんな彼女の姿に堪らず苦笑が浮かんでならない。


「ちゃなさん、武装は現地に着いてからでも平気ですから、まずはその手の魔剣を仕舞いましょうか」


 そうも言われてしまうと、籠っていた気合も穴の開いた風船の様に萎んでいき。

 ちゃなのぷくりとしていた頬も、唇を窄めさせてしまう程に縮こまっていた。


 渋々魔剣を仕舞い込むちゃな。

 一体このホテルで何をしようと思っていたのだろうか。


 彼女の思惑を他所に、福留が勇の部屋へと視線を移す。

 福留の苦笑が未だ音沙汰も無い状況に尾を引いてならない。


 だがその時、その扉がゆっくりゆっくりと僅かに開かれた。

 隙間を見せる程度にちょっとだけ。


「す、すいません、ちょっと準備だけさせてください……」


 シャワーを浴びていたのだろう、たちまち通路に石鹸の甘い香りが漂い始め。

 福留もちゃなもそれに気付いて思わず「ハハハ」と小さな笑みを零す。


「あぁ、はい、大丈夫ですよ。 ゆっくり行きましょう」


 いくら時間が切迫しているとはいえ、準備をする時間が無い訳ではない。

 そもそもが予定よりもまだ十五分程早いのだ、むしろちゃなが早過ぎる程だろう。

 福留もそれをわかっていたからこそ、笑顔のままに頷きを返していた。






 それからおおよそ五分程が過ぎた頃……。

 ちゃなが退屈そうに髪を弄り、福留も姿勢を崩して時を待つ姿が。


 すると、とうとう勇が扉を勢いよく開いてその姿を現した。


「す、すいません、お待たせしました!!」

「まだ七時ですから静かにねぇ」

「あ……」


 ここはホテルの中で、泊まっている客は他にも居るであろう。

 防音が整っているとはいえ、配慮に欠ける所は否めない。

 釘を刺された勇も思わずその口を閉じ、「すいません」と言いたげに両手を合わせた仕草を見せていて。


 そんな彼の格好は先日と同じ学生服のまま。

 半袖で着崩したワイシャツと、深緑のアンダーはどこか窮屈さを感じさせる。

 【エブレ】と鞄は仕方の無い所ではあるが、服装だけは余りにも不自然に見えて。


 思わぬ様相に福留も思わず唸りを上げてならない。


「その格好で戦うんですかねぇ?」


「あ、えっと、服装まで考えてなくて。 はは……」


「おやまぁ」


 しかしさすがに新しい服を用意している余裕は無い。

 戦いやすい服装を選んでいる間にも、見えない〝猶予〟は刻々と迫りつつあるのだから。




 福留は準備完了を見計らい、二人を連れてエレベーターへと足を運ぶ。

 向かおうとしているのは一階ロビー……ではなく当ホテルの屋上であった。




 福留がこのホテルを選んだのは他でもない。

 ここの屋上にはとある施設が存在しているからだ。


 栃木から長野まで車で向かおうものなら片道四、五時間はくだらない。

 おまけに、目的地は言わずと知れた山と森に囲まれた場所。

 普通の足では辿り着く事すら困難を極めるだろう。


 だからこそ、福留は普通()()()()手段を選んだのである。




 屋上へと到達した時、勇とちゃなはただただ驚愕する事となる。

 目前に見た事も無い青い外装を纏ったヘリコプターが佇んでいたのだから。


 ホテルの屋上に設置されていたのはヘリポート。

 資格の所持と設備維持が叶う高級ホテルだからこそ成し得られる上級設備である。


「へ、ヘリ……!?」


「ええ、これが一番目的地に辿り着くのに手っ取り早いですから」


 頂点に構えるローターは未だ回転し続けており、到着間もない事を悟らせる。

 昨日福留は勇達をここのホテルに泊めさせて、そのままどこかへ去っていた。

 今日は恐らくこのヘリコプターに乗ってここまで戻ってきたのだろう。

 実にせわしないと言えばその通りかもしれない。


 しかしそのおかげでこうして勇達にも余裕が出来たと思えば願ったりな事だ。


 当然勇達はヘリコプターに乗る事など初めてな訳で。

 驚きの余りにその歩みが思わず留まる。


 その時ふと、福留が勇達に―――もとい、勇へと視線を向けていて。

 やはり彼の服装はどこか不安を感じさせた様だ。


「制服、せめてアンダーくらいは変えますか?」


 ヘリコプターを目前にして、再燃した話題が福留とちゃなの足をも揃って止めさせる。

 そんな彼等を前に、機内で「まだか」と言わんばかりに腕を組んで待つ操縦士の姿があった……。




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