表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第四節 「慢心 先立つ思い 力の拠り所」
93/426

~無念の再来~

 変容事件後初の登校日は最初こそものものしかったが、授業は平凡そのもので。

 いつもよりもスピード感に溢れていたという事もあり、生徒達が考える間も無く放課後が訪れていた。


『現在、部活動は全面休止となっています。 生徒の皆さんは速やかに帰宅しましょう―――』


 全員の帰宅を促す放送が幾度と無く校内に鳴り響く。

 生徒達もそれに甘んじる様に颯爽と廊下を歩いて帰宅していく姿が。


 勇と心輝と瀬玲の三人は同じクラスという事もあり、揃って授業を終えている。

 部活も無いとあって、久しぶりに揃っての帰宅だ。

 とはいえ、学校を離れればすぐにでも別れる訳だが。


 靴を履き替え、玄関口から外へと出ていく。

 すると、彼等の視界に一人の少女の壁際に立つ姿が映り込んだ。


 ちゃなである。

 授業が一足早く終わっていたのだろうか、退屈そうに壁へともたれかかっていて。


「あれ、田中さん?」


 彼女もその一言で気付き、微笑みを浮かべながら勇達の下へと駆け寄ってきた。


「もしかして待ってたの?」


「はい、今日一年生は一つ授業項目少なくて」


「一時間も待ってたの!? 先に帰ってればよかったのに」


 帰り道を忘れたのだろうか、それともただ勇を待ちたかったのか。

 その真偽はともかく、待っていてくれたという事実が勇の心にふわりと浮く様な感覚をもたらす。


 隣で心輝と瀬玲が座った目を向ける中、勇は鼻を伸ばして「ポケー」っとした表情を浮かばせるのであった。






 ちゃなとも合流を果たし、四人が揃って再び歩み出す。


 昼間の事件を知る勇や心輝は、あの後「大丈夫かな?」と心配をしたものだ。

 事情を知らない瀬玲が何かあったのかと感付く程に。


 しかしこうして、ぷくりとした微笑みを浮かべた彼女が隣に居るから。


 朝のたどたどしい様子とは打って変わった様な変化ぶりに、三人が揃って「お?」っとした関心の目を向ける。

 勇の脅しが効いたのだろうか、きっと昼休みの後も少女達からは何も無かったのだろう。

 そうも察すれば、事情を知る勇と心輝に安堵の笑みが零れてならない。


 そんな勇達であったが、ふと視界に妙な違和感が映り込む。

 校門から出ようとする生徒が揃って一方的な視線を向けていたのだ。

 しかも妙に避ける様にして迂回しながら歩く様にすら見えて。

 勇達は揃ってその事に気付き、思わず「んっ?」と首を傾げさせる。


 次第に校門が近づくと―――その違和感の原因が徐々に姿を現し始めた。


 校門の傍に車が停められていたのだ。

 しかもただの車ではない。

 新車同様の艶やかな輝きを誇る銀色のボディと、金の装飾が高級感を引き立たせ。

 車体正面にそそり立つエンブレムは明らかに国産メーカーのそれではない。

 外装はズシリとした重厚さを感じさせつつも、セダンタイプらしい風を受ける為に計算された流線状の形状は軽快さすら纏う。


 その姿やまさに高級車。

 生徒達が距離を取ってしまうのも不思議ではないと思える程の。


 だが、勇とちゃなはその車を知っていた。

 二日前に一度乗せてもらった事があったから。


 そして傍に立つ人物を目前とした時、二人はその目を見開かせる。




 その車の傍に立っていた者こそ福留だったのだ。




「田中さんっ!」

「は、はい!」


 その事に気付いた二人が声を合わせ、途端に駆けていく。

 ポカンとする心輝と瀬玲を残したままで。


「な、なんだぁ?」


 この二人が福留の事など知る訳も無く。

 離れていく勇とちゃなを前にただただ立ち尽くすばかりだ。


 福留も勇達の存在に気付いていた様で、駆け寄る二人に手を振ってみせ。

 勇とちゃなも行き着くや否や会釈を以って返す。


「勇君、ちゃなさん、申し訳ないのですが……少しお付き合い願えませんか?」


 そう語る福留の顔は神妙な面持ちで。

 先日の笑顔の面影など微塵も見られない。

 口調もどこか低い声色を帯び、勇達の心に不安を纏わせる。


 それがただならぬ事態を感じ取らせ、二人に肯定の頷きを誘っていた。


「ごめん、俺達急用が出来たから二人は別で帰ってくれ!!」

「ちょ、お前どこ行くんだよ!? お、おい―――」


 心輝や瀬玲が戸惑いを見せるも、勇とちゃなは有無を言わさず車へと乗り込んでいき。

 空かさず残された二人が発進する車を追う様に校門前に躍り出るが―――


 間も無くその車影は道の先へと消え、再び唖然と立ち尽くすのだった。






◇◇◇






 勇達を乗せた車両が大通りを走る。

 向かう先は勇の家の方角。

 運転するのは当然福留だ。


 しかし運転がどこか荒々しささえ感じさせていて。

 車体が切り返す度に後部座席の勇とちゃなが頭を左右に振らせる程。

 先日勇達を送り届けた時はそれ程ではなかったのだが。

 

「急に申し訳ありません。 実は大変な事になってしまいましてねぇ」


 荒々しい運転とは対照的に、語りはゆるりとしたもの。

 二人を迎えた時と口調は変わらないのだが。

 運転が運転なだけに、更に優しく感じさせたのだろう。


「一体何があったんですか?」


「実は……申し訳ない話なのですが、魔剣を魔者に奪われてしまいまして」


「えっ―――」


 続き福留から勇達へ語られたのは、日中に起きた出来事の経緯であった。


 剣術の師範である和泉に【大地の楔】を手渡した事。

 早速和泉に魔剣を使っての魔者退治を依頼した事。

 そして和泉が返り討ちに遭い、魔剣が奪い取られてしまった事。


 その結末は同伴していた自衛隊員からの報告によるもの。

 「魔剣の効果無し、和泉氏は魔者の手に掛かり死亡」……と。


「折角預かった魔剣を……本当に申し訳ありま―――」

「そんな事はどうでもいいですよ! 魔剣よりもその人が死んだ事の方が大事じゃないですか!」


 人の死に過敏となった勇にとって、福留の告げた事実は余りにも衝撃的で。


 決して魔剣の価値がわからない訳ではない。

 ただ死ぬ事のおぞましさを知った今の勇にとっては、人の命は何よりも重かったからこそ。

 魔剣と人命を天秤に掛けた時、人命の重みで座が沈み傾きを生む程に。


 そんな憤りを露わにする勇に、福留は返す言葉も無く。

 でもきっと想いは同じなのだろう。

 勇がバックミラーをふと覗くと、福留の険しい表情がチラリと見えていて。


「―――すいません福留さん。 俺、サンプルとか言ってたからてっきり魔剣の研究をするのかとか思い込んでました」


 それはフェノーダラ王との対話の時の事だ。

 福留はフェノーダラ側に魔剣を貸して欲しいという要求を提示した。

 その理由として答えた「サンプルに」という一言を、勇はしっかりと聴き取っていたのだ。

 もちろんその話そのものは瓦解した訳であるが。


「使うつもりがあったのなら、使い方も教えておけばよかった……」


 そう、勇は【大地の楔】を手渡しただけで、使い方や条件は伝えていなかったのである。


 命力の事も、「魔剣を使う事で養われるんです」としか説明しておらず。

 当然、福留は魔剣の事を「特殊な能力がある、魔者に有効なただの剣」だと思い込んでいたのだ。

 それ故に特殊な使用方法があるなど思いもしなかったのだろう。


「まさかあの魔剣に条件があるなんて思ってもみませんでしたねぇ……」


 別世界の理によってもたらされた人知を超える事象なのだ、気付かなくても無理は無い。

 だが気付く事が出来なかった結果、和泉の死を招く事となってしまった。


 知人の死は当然福留にとっても辛い事なのだろう。

 さすがの福留も、勇達が見てわかる程に肩を落とす様を見せていて。


 そんな話の中、車が突如停止を果たす。

 勇の家の前に辿り着いたのだ。


「もしもの時の為に万全の状態にしてきて頂けますか?」


「わかりました!」


 ここまできてもはや勇達に戸惑いがある訳も無い。

 迷う事無く車外へ躍り出ると、目の前の実家へと駆け戻っていく。


 勇の両親は共働きという事もあって現在は家におらず。

 いわゆる「鍵っ子」と呼ばれる類の勇にとってはそれもいつもの事で。

 むしろ余計な話をせずに済んだ事に安心しつつ、ちゃなに必要な物を伝えて走らせる。


 勇自身としては大した準備も必要無いと判断した様だ。

 それというのも、【エブレ】は通学用鞄になんとか納まるという事で所持済み。

 服装に関しては制服のままだが、動くにも無理は無いと感じていたのか意識はしていない。


 鞄から魔剣を取り出し、鞘に備えられたベルトを手馴れた様に体へ巻き付ける。

 先日の暇な時間に勇が有り合わせの材料を使って作っておいた簡易式の装着具(ソードホルダー)だ。

 様々な体勢からでも抜き取りながら斬撃が見舞えるよう、右手で掴み易い形に固定するといった物である。


 ちゃなは何かを準備しているのだろうか、まだ降りてくる気配はない。

 そんな時ふと勇が何かを思い付き、リビングへと足を運ぶ。


 勇が次に用意したのは、栄養補給食品である【カロリーフレンズ】だ。

 両親がどうしても帰りが遅くなって夕食が遅くなった時などに重宝する一品である。


 その他にも救急ボックスから消毒液や絆創膏など、思い付く物を片っ端から鞄へ詰め込んでいく。

 一撃でももらえば危ういと言える相手にそんな物が役立つかどうかはさておき。


 すると、ちゃなが準備を終えて階段をゆっくりと降りて来た。

 【ドゥルムエーヴェ】を片手に掴み、狭い屋内にぶつけまいと器用に動かしながら。


 彼女はどうやら着替えた様で、服装が私服へと変わっている。

 【アメロプテ】が入っているであろう鞄は先程同じ様相。

 何故か登校時よりも膨れているが。


 勇がそんなちゃなの傍へと寄っていき、そっと一本のビンを差し出す。

 それは【アポリタンB】と表記された栄養ドリンク。

 普段は父親が服用しているものだが、こんな時くらいはと思った勇が持って来たのだ。

 ちゃなが不思議そうな目を向けるも、有無を言わさず鞄へ忍ばせた。


 二人が準備を済ませて野外へ再びその身を晒すと、車外で立つ福留の姿が視界に映り込み。

 それが催促している様にも見え、空かさず駆け寄っていく。


「ご両親は?」

「今居ないので、後でRAIN使って事情を伝えておきます。 とりあえず出発して平気です」


 そんな会話を交わしつつ、三人揃って車へ乗り込んだ。

 【ドゥルムーエーヴェ】が長すぎるという事もあり、右側の助手席を倒して何とか搭載。

 その所為か後部座席に座る勇とちゃなは若干窮屈そう。

 勇自身はちゃなに身を寄せられて悪い気分では無さそうではあるが。


 車内で勇とちゃなが栄養ドリンクを口にする中、車が再び発進していく。


 次の目的地はフェノーダラ城。

 今回の出来事の弁明と対策の相談を交わす為に。




 一台の高級車が他の追従を許さぬ速度で高速道路を駆け抜ける。

 不思議とその道は彼等が通るには申し分ない程に開いていて。


 その速度は勇達が知る車の速さよりもずっとずっと速かった……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ