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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第一節 「全て始まり 地に還れ 命を手に」
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~恐怖 の 足音~

 最初は誰しも、()()が人だと思っていたのだろう。

 皆が皆、必死に建物から出て来たから。

 周囲に気を取られ過ぎて、人と同じく驚いていた()()にも注視しなくて。


 でも今やっと気付いた。

 気付いてしまった。


 その最たる異質とも言える歪な存在に。


 ()()は人と同じく二足で立っている。

 しかしその肌は淀んだ燻緑で、背丈も二メートルを越えてそうなくらいに高い。

 加えて腕の比率が常人と異なり、少し太く長いという。


 そしてその頭部はまさに異質の元凶と言えよう。

 口元はまるで裂けているかの様に広く、耳も異様に長い。

 眼も常人より大きい様で、遠くからでも目立って見える程だ。

 輪郭も明らかに人と異なり、角張った骨格が形から垣間見える。

 まさに異形と言わんばかりの出で立ちである。


 ただし知能もあるのか衣服を纏ってはいるが。

 とはいえ、布を切って縫っただけという粗雑な造りに過ぎないけれど。


 その様相を例えるなら〝ファンタジー作品に登場する亜人種〟と言った所か。

 それが見えるだけで三人ほど。


「何あれ……人? 怪物?」


 でもその正体を誰がわかる訳もなく。

 こんな呟きが周囲から漏れ、戸惑いが再び場を賑わせていて。


 異形もまたそんな人々を見つめ返している。

 時折、釣られて周囲をも見渡しながらも。

 彼等も皆と同様、今の異様な状況に驚いているのだろうか。

 

「あーわかったー!! これってフラッシュモブ(とうとつなえんしゅつ)かなんかっしょ!?」


「マジ~!? じゃあこれ作りモン? 着ぐるみかなんかってコトぉ?」


 するとそんな時、喧噪を切り裂く高声が場に響く。

 若い女子が両手を挙げて喜びを見せていたのだ。

 見た感じでは統也や勇と同年代の、着飾った女子二人組である。


 きっと今の状況をサプライズか何かと思ったのだろう。

 何を考えてか、その女子二人が嬉しそうに一歩を踏み出していく。

 それもあろう事か異形へと歩み寄る為に。

 どうやら、サプライズと思えば怖い物など無いらしい。


 遂には「ケラケラ」と笑いながら一人の異形の目前へと。

 前まで辿り着くや否や、じろじろと緑の体を間近で眺め始めていて。

 挙句の果てにはスマートフォンで撮影まで始める始末だ。


 それも恐れる所か、状況を楽しみながら。


「あーっ! これマジ作り物っぽくね?」

「やべーッて! 懲り過ぎー! 中の人おっさん? ねぇねぇ?」


 女子達の勢いは留まる所を知らない。

 相手を加えての自撮りをも構え始め、気分は最高潮に。

 誰もが声を殺す中でマイペースを貫き続けるという。


 異形が見下ろしていた事になど気付かぬままに。


 これが単にサプライズだったらどれだけ良かったか。

 何もかもが人々を驚かせる為だけの仕掛けなら。

 彼女達がゲスト出演者ならばきっと「微笑ましい」の一言で済んだだろう。


 だが、現実はそんな希望を裏返した。




ボギュッ!!




 途端、鈍い音が響く。

 静観していた人々の耳へ届く程に大きく。


 そしてそれと同時に、現実がその眼へと焼き付く事となる。


 女子の頭()()が舞っていたのだ。

 自撮りが叶う事も無いままに。

 ボールの様に軽々しく、その画面から刎ね飛び消えていたのである。


 その間も無く、首から先を失った身体は崩れ落ちる事となる。

 まるで糸を切られた操り人形の様にだらり、べしゃりと。

 

「あ、え……?」


 その相方は唖然とするばかりだった。

 近過ぎたが故に、何が起きたのかわかっていなくて。

 起きた惨劇を前に、現実さえ認識出来なくて。


 故に、友人の頭部が彼方に落ちるのをただ眺めるだけで。

 異形の視線が自分へと移っていた事にさえ気付けはしない。


 でも観衆は皆、何が起こっていたのかを知っている。

 全てを一部始終目の当たりにしていたからこそ。


 そして、異形がもう一人にも同じ事をしようとしているのも。


 では一体何が起きたのだろうか。

 その答えは実に簡素(チープ)だ。


 ただその腕を持ち上げて、頭目掛けて力一杯に薙ぎっただけ。


 たったそれだけである。

 たったそれだけで、一人目の女子は体と()()()してしまったのだ。


 そして今、二人目にもまたその殺意が向けられる事に。

 なれば事が済むのはもう早かった。


ゴシャッ!!


 直後、またしても小さな塊が青空へと刎ね飛んでいく。

 鈍い音が周囲に響く中、赤黒い液体をも撒き散らしながら。




 それはただ、いとも容易く。




「カッカカカカッ……!」


 すると途端、異形の口元が震える様に動いて怪声を成す。

 作り物とさえ思えていた広い口がカタカタと。


 それはまるで笑っている様だった。

 それでいて、まるで動物の特性動作であるかの様に。

 

 具体的に例えるならば〝狼が仲間を呼ぶ為の遠吠え〟の如く。


 殺意に塗れた異形が不気味に笑う。

 静観していた別の二人も同様にして。

 大勢の群衆に囲まれる中であろうと恐れる事無く、一歩を踏みしめながら。


 その不気味さ故に、観衆はただ後ずさるしか無い。

 徐々に近づこうとする異形から離れる様に。


 中には堪らず背を向けて逃げる者も。




 でも、きっとそう逃げる事こそが正解だったのかもしれない。




「カカァーーーッ!! 楽ナ獲物ガ狩リタイ放題ダァーーーッ!!」




 その叫びと共に、遂に異形が観衆へと向けて駆け始める。

 それも腕を振り回しながら前のめりに。


 速い。

 驚異的な足の速さだ。

 太く強靭な足腰が凄まじい加速力を与えたのだろう。


 加えて、異形達は明らかに日本語を発している。

 聴き取り辛くはあったが、わかる言葉で高らかと叫びを上げたのだ。

 それもこれ以上無い殺意を撒き散らしながら。


 その事実が、不気味さが、観衆を恐怖へと突き落とす事となる。


「ひ、ひぃぃぃ!?」

「イヤァァァー!!」


 こうなればもはやパニック状態で。

 たちまち観衆が蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ始める事に。

 人を軽く殺す異形が襲い掛かってきたのだから当然だ。


「やべェ!! 逃げるぞ!!」

「うわああああああ!!」


 もちろん統也も勇も例外ではない。

 迫り来る脅威を前に、ただ逃げるしか道は無かったのだ。


 だが観衆の大半はもう既に手遅れだった。


 近い者は軽く追い付かれた途端に叩き殺されて。

 足が遅い者もすぐ捕まっては蹂躙されて。

 太い腕を容赦なく振り降ろされ、一撃の名の下に粉砕されていく。

 どこに潜んでいたのか、異形達がその数を増やし続ける中で。


 殺す相手に容姿・性別・年齢など拘りは無い。

 全ての人間が異形達の獲物であるが故に。




 これはもはや情け容赦の無い殺戮である。

 それも、一瞬にして周囲を血飛沫の赤で染め上げてしまう程に凄惨な。




 こうして、街は突如として惨劇に包まれた。

 日本語を理解していようが会話に応じる者など居はしない。

 ここではもう法も秩序も、理性さえも通用しないのだから。


 どの異形もが本能の赴くまま一方的な残虐性を見せつけ、蹂躙し、破壊する。

 目に付く人間を片っ端から追い掛け、捕まえ、引き千切り、叩き潰して。


 こうなった以上、渋谷はもはや街などではない。

 今まさに、彼等異形にとっての―――〝狩場〟へと成り果てたのである。




挿絵(By みてみん)




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