表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第四節 「慢心 先立つ思い 力の拠り所」
89/426

~生死に猛る~

 全体朝礼で告げられた事実は勇達が知る以上の悲劇を語っていた。

 三人という人数は総数から比べれば言う程ではないだろう。

 だが人数が問題なのではない。

 犠牲者が出たという事そのものが、この事件における業なのだから。


 勇達が戻って来たのは、いつもと変わらないはずの教室。

 しかしかつての賑わいは無く、悲しみの余りに一言を語るのも憚れて。


 勇のクラスに犠牲者は居なかったが、統也の死は想像を超えた反響を呼んでいて。

 統也を知る男子は頭を抱え。

 中には泣き崩れる女子の姿も。

 きっと彼女は統也の事が好きだったのだろう。


 間も無く担任教師が教室へ訪れ、ホームルームが始まりを告げる。

 いつもと変わらない、いつも通りの風景のはずだった就学再開日。


 生徒達に纏う悲しみはそれすらをも目新しく思わせる程に深く、心を抉っていた……。






◇◇◇






 二日の遅れを取り戻さんとばかりに、各授業にはスピード感が伴う。

 息を付く暇も無く行われた特別カリキュラムが時間を感じさせる間すら与えない。


 そんな授業をと休憩を繰り返し、気付けば早々と昼休みが訪れていた。




 そんな授業を挟めば無心になれたとあって、生徒達も落ち着きを取り戻していて。

 浮いた話こそ出来はしないが、四日間の空白を埋める様に教室で語り合う姿が。


 しかしその中に勇の姿は無い。

 授業が始まる前、勇は昼休みに担任教師の下へ来る様伝えられていたのだ。


 用件は当然、統也と変容事件に関する事だ。

 統也の両親からの情報は元より、福留の息も掛かっているのだろう。

 勇が事件の遭遇者であるという事は教師達にも伝わっていたのだ。


 なんでも、事件の当事者とはカウンセリングの意味も兼ねて話し合いがなされる事になっているのだそう。

 ちなみにこれは犠牲者の知人や友人も対象となっているのだとか。


 その証拠に、勇が職員室へ辿り着けば既に複数人の関係者と思しき生徒と教師の話す姿がちらほらと見受けられる。


 勇が訪れた事を担任教師も気付いた様で。

 席から立つと手招きし、部屋の端に設けられた談話スペースへと誘った。


 そこは仮設された相談用の空間。

 簡易的であるが故に耳を澄ませば隣の話は聞こえてしまうが、衝立で仕切られているのでプライベートは守られているという訳だ。

 そこで勇と教師が机を挟んで座り、二人だけの談話が始まりを迎える。


「事情は聞いたよ。 司城の事、その、残念だったな」


 教師達の間で勇と統也の事を知らぬ者は居ない。

 何せ無名の剣道部を全国に導く程の腕前を持つ二人なのだから。

 それ故に、今回の出来事は教師達にとってもショックは大きかっただろう。


 しかし、そんな心配を向ける教師を他所に―――勇は至って冷静だった。


「はい―――でも俺、もう大丈夫ですよ。 最初はキツかったですけど、もう今は振りきったんで」


「そうなのか……?」


 人の死などの衝撃的な光景を目にした者が心の病(PTSD)などに侵される事例は少なくない。

 勇達の様な年頃の、精神が成熟しきっていない子供であればそれは特に顕著だと言われる。

 少なくとも今こうして訪れる生徒の数人からはそんな兆候が見られ、それを目の当たりにした教師達の気苦労は絶えない。


 だが、勇の言い放った事は決して嘘では無かった。


 勇が振りきった事は確かだろう。

 とはいえ統也の死を振りきれたのは、決して彼が強いからでも成熟したからでもない。


 言わばこれも魔剣と命力の一端。

 勇は命力の『副産物』を密かに感じ取り、理解しつつあったのだ。


 事件当日、勇は死を思い出し吐き気を催したが、すぐにその気分は晴れていた。

 最初は「そういうものなのだろう」と思っていたものだが。

 その後―――統也の両親との話から始まり、ダッゾ王との戦いや自衛隊キャンプ突破、フェノーダラ王との対話や日本政府とフェノーダラの談話を経た。


 そして気付いたのだ。

 命力の力とは意思の力なのではないか、と。


 明らかに勇の意思は強固なものとなっている。

 基礎こそ勇そのものだが、様々な事柄に対する一歩の踏み出しが今まで無い程に身軽さを伴っていたのだから。


 その起点こそが魔剣、すなわち命力。


 力だけではなく。

 会話能力だけでなく。

 心そのものを成長させる力。


 この力があったから、勇は今堂々とこの場に居る事が出来るのだろう。

 背筋を伸ばし、教師を前にも怖気付く事無く。

 その態度が、その姿勢が、勇の強い意思を担任教師に余す事無く伝えていた。


 そのお陰ともあり、勇と担任教師との談話はものの数分で終わりを告げたのだった。






 勇が意気揚々と職員室から退室し、廊下へと踊り出る。

 教師との話に面倒さを感じていたのだろう、早々の終わりは勇の気持ちを身軽にさせた様だ。

 

「さてメシにすっかな……」


 昼休み一番に呼ばれていたともあり、当然昼食はまだだ。

 ちゃなと共に弁当を渡されていたという事もあり、教室へと向けて歩み始めていて。


 するとそんな勇の視界にとある光景が映り込み、思わず進もうとしていた足を止めさせる。


「ん、あれは……」


 勇が今居るのは校舎二階中央にある職員室の前。

 校舎の中腹は中抜きされた庭となっており、窓ガラスを通して一階や三階の光景を覗き見る事が出来る様になっている。

 見下ろせば中庭を挟んで玄関口が見え、下校時ともなれば帰っていく生徒達の姿を目視する事が可能だ。


 そんな玄関口に見慣れた面影を持つ少女がいた。

 ちゃなである。


 しかし一人ではない。

 他にも三人。

 彼女を囲む様にして外へと歩く少女達の姿が目に留まったのだ。


「田中さん……どこに行くつもりなんだ」


 普通であればそんな疑問など浮かびはしなかっただろう。

 「友達と遊びに行くのかな」と思える程度の雰囲気でしかなかったから。


 だが勇には不思議にも見えていたのだ。

 ちゃなの浮かない表情が。


 それは命力の力なのか、それとも別の何かか。

 妙に研ぎ澄まされた感覚が彼の視界や意識をハッキリとさせ。

 彼女の表情だけでなく、周囲の生徒達の動きまでもが手に取る様に把握出来ていたのである。


 ふと、そんな時脳裏に思い浮かんだのは「気に掛けてあげて」という母親の言葉。


 ちゃなの事が気になる余り、研ぎ澄まされた感覚の事などとうにおざなりで。

 胸騒ぎを憶えた勇が堪らず速足で階段へと向けて駆けていく。

 見失わないよう、後ろ姿を目で追いながら。


 そんな時、偶然心輝が鉢合わせる様にして階段下から姿を現した。


「おぉ勇、何してんだこんなとこで?」


 勇はキョトンとした表情を向ける心輝を前にしても歩みを止める事無く。

 擦れ違いながらも素早く反応を返す。


「あ、ちょっと先生に呼ばれててさ。 それよか、ちょっと田中さんが見えたから行ってくる」

「なんだなんだ、面白そうだな。 俺も行くぜ!」


 勇の得も知れない雰囲気に何かを感じ取ったのだろう、心輝は付いてくる気満々だ。

 彼の事だ、例え断ってもきっとゴネて無理矢理付いてくるだろう。


 勇もそれを悟っていて、断る理由も無く。

 反応を返す事無く歩を刻む。


 二人が揃って玄関へと向けて駆けていく。

 ちゃな達の動きはそれほど早くは無く、勇達が遅れて辿り着いても姿を見失わずに済んだ様だ。

 揃って校舎外を歩く後ろ姿を見つけ、見失わない様にと手早く下履きへと履き替え外へと躍り出た。


 勇達が追っている事になど気付く事無く、四人が校舎角の先へと姿を消す。


 ちゃなが消えた先は、人通りの少ない校舎裏。

 グラウンド側と校舎を挟んでの反対側に位置する場所であり、また体育館や駐輪場によって外からの視界も遮られた死角とも言える空間である。


 勇と心輝がスパイの如く壁に張り付きながら角の先へと頭を覗かせ視線を向け。

 そしてその時彼等の目に映ったのは―――異様な光景だった。


 ちゃながその先にある壁に追い込まれていて。

 困惑の表情を浮かべ、たじろぎの様を見せる。


 その前でちゃなを追い詰める様にして立つのは同伴していた三人。

 伸ばしたつま先でまるで威嚇するかの様に地面を叩き、顎を上げて見下していたのだ。


「ちゃなぁ、アンタまだこの学校に来るつもりあったんだ?」


 煽る様に捲し上げ、しまいには彼女の肩へ手を突き圧して。


「何その髪型、何アピってんの? マジキモ……」


 それは明らかな罵倒。

 嘲笑の声も聴こえ、どうみても仲良くしている様には見えない。


 勇達を背にしているともあって彼女達は聴かれている事に気付いてはいない。

 勇も心輝も思わずその首を引き、壁を背にしながら顔をしかめさせる。


「オイオイ、イジメちゃんかよぉ」


 心輝の届かない程の小言が堪らず呟かれ。

 対して勇は予感の的中に頭を抱える様を見せる。


 ちゃなにはそんな行為を受けていたかもしれないと思われる節が幾つも見受けられていて。

 学校に到着した時は安堵で足が軽くなっていたのは確かだろう。

 しかしその後、校舎へ入る時には僅かに立ち止まったり、靴箱を開く様はどこか畏れ多かったり。

 不自然と思われる姿を目にした勇は「実は学校に来たくない理由があるんじゃ」と予感していたのだ。


 そしてこの様に実際の()が起きた。

 きっとこれが彼女の抵抗の原因なのだろう。


「学校来んなって言ったよね? あんたの事見るだけで皆ジメジメした気持ちになるからさ」


 内気な性格の人物はそんな行為の対象に陥りやすい。

 余りにも理不尽な話ではあるが、現実問題としてそんな事例は数多く存在している。


 ちゃなもまた同様だったからこそ、こうして被る事になってしまった。


「もういっそ()()()()()ば? あんた生きてたって意味ないじゃん、アハハッ!!」


 ちゃなはそんな事を言われても押し黙り、その場でじっと耐えるのみ。

 その顔には悲しみの余りに思い詰めた表情が浮かぶ。

 まるで「この世から消えてしまいたい」と思っていそうな程に沈みきった表情が。


 ちゃなが悲しみ。

 一人の少女が煽り。

 残る二人は止めようともしない。




 そんな状況に誰よりも強い感情の迸りを見せたのは……他の誰でも無い、勇だった。




 それは怒り。

 イジメという行為に対してだけではない。

 少女が言い放った「死ね」という理不尽な一言に対し、これ程までに無い憤りを迸らせていたのだ。


―――「死ね」だと!? 死ぬという事がどんな事なのかわかってるのか!?―――


 変容事件に巻き込まれて、多くの人々が死んだ。

 その光景を、勇もちゃなもその目に焼き付けんばかりに見て来た。

 そんな一言が気軽に発せなくなる程の、凄惨で、残酷で、猟奇的な場面を。

 例え心を立ち直らせても、その想いだけは絶対に変わらない。


 変えたくない。


 勇はそう思える程に「死」という概念が如何に恐ろしい事か知ったから。




 そんな無責任な発言を許す彼女達の前に、迷う事無く姿を現す事が出来る。




「いい加減にしろよお前ら!」


 怒気の混じった一声が、突如としてその場に響き渡る。


 それに驚いた少女達が「ビクリ」と体を震わせる。

 思わず振り返れば、彼女達にとって見知らぬ男が一人立っていて。

 疚しい事をしているという認識はあったのだろう、戸惑いのままに絶句する姿を見せていた。


 ちゃなもまた突然の勇の登場に驚きを隠せない。

 目を丸くしたまま唖然とした顔を向けていて。


 勇が怒りの表情をぶつけながら一歩一歩力強く大地を踏み付ける。

 その一歩が刻まれる度に、少女達は思わずその身を引かせるばかりだ。

 少女の一人が咄嗟にスマートフォンを弄り始めるが、勇はそんな事になど目も暮れない。


「〝気持ちが悪い〟とか〝死ね〟だとか、自分の言ってる事の意味がわかってんのか!? お前らは今朝の朝礼で何を言われたかわかってんのかよ!!」


「は? べ、別にうちらには関係ないし―――」


 その一言は憤りの炎に更なる焚き物を撒く事となる。


 その時勇の心に生まれたのは別の怒り。

 「どうしてこんな事を言える者を守ったのか」という自分自身の行いに対する怒りである。


 少なくとも勇は義憤を感じてダッゾ王の討伐に挑んだ。

 そして命からがら勝利を納め、無事に生きて帰る事が出来た。

 でもそれが無為に消えた、そんな気がしてならなかったのだ。

 「こんな奴らの為に俺は命を張った訳じゃない」という気持ちが渦巻いてならなくて。


 決して勇は何かを望んでいた訳ではない。

 見返りを求めたつもりも無かった。

 けれどこうして何も知らない人間が、守ってくれた人物(ちゃな)に対して〝死ね〟などと言えてしまっている。


 そこに怒らぬ者など居はしない。

 勇もまた事情を知るからこそ、憤りを隠せずには居られなかったのである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ