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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第四節 「慢心 先立つ思い 力の拠り所」
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~名残に想い~

 そこは東京の外れのとある街中―――。


 シルバーのセダン車が大通りを軽快にひた走る。

 福留が見た目の齢とは思えないハンドル捌きで車体を操りながら。

 法定速度限界ギリギリの速度を維持しつつ、並み居る車両の間を潜り抜けていた。


 そんな車が突如として脇道に逸れ、速度を落として狭い道を突き進む。

 福留の覗き込んだ先に見えるのは、瓦が連なる屋根を持つ大きな建物。


 それは周囲の住宅上からくっきりと見える背丈を有した、格式高い装いを誇る道場であった。


 車が道場を構える敷地内へと乗り入れると、駐車場へと素早く停車を果たし。

 間も無く扉が開かれ、福留がゆっくりとその姿を空の下に晒す。


 その左腕には、先日勇から受け取った箱が抱えられていて。


 向かう先は道場……ではなく、隣接する事務所。

 大きな道場を構えるこの敷地は、事務所だけでなく大きな駐車場や倉庫、小道場すら有している。

 敷地柄からして所有者は相当な金持ちか、この土地の所持を許された有力者か。

 少なくとも福留が普通ではない者を相手にしようとしている事は確かであろう。


 事務所のガラス扉を開けば、途端に心地の良い冷気が福留の肌を優しく撫でる。

 空調もしっかり整っているのだろう、一度中へと足を踏み入れれば夏の湿気を微塵も感じさせない爽やかな空気が周囲を覆い尽くした。

 

「すみません、先程アポを取らさせて頂いた福留と申しますが。 先生は()られますか?」


 そんな声を上げる間にも、事務員の中年女性が福留の下へと駆け寄っていく。


「お話は頂いておりますぅ。 あ、どうぞこちらへ」


 事務員が差し出したスリッパへと履き替え、彼女に誘われるがままに事務所内へと足を踏み入れる。

 そのまま二人が向かうのは、大道場へと続く通用路。

 そこを歩く福留の足取りは堂々としたもので、事務員が進む道程を既に知っているかのよう。

 実際に何度か来た事があるのか、窓から覗き見える景色を前に懐かしさを嗜む表情が顔に浮かぶ。 


 そのまま通用路先の大道場へと辿り着き。

 大きな扉を押し開けば―――


 その先に着物を纏った男が一人、大きな場内の中央へ座する姿が。


「先生、お客様をお連れしました」


「あぁ、ありがとう」


 役目を終えた事務員が一礼を返して踵を返す。

 そんな彼女に目も暮れず、立ち上がった男が福留へと向けて一歩を踏み出していて。


和泉(いずみ)先生、どうもご無沙汰しております」


 そんな彼に向けて福留が会釈を贈る。


 男の名は和泉(いずみ) 陽一郎(よういちろう)

 和泉一心流剣舞術という流派を受け継ぎし剣術の達人であり、本道場の師範と運営を兼務している多忙な人物である。

 歳は五十代と比較的若めながらも、才に溢れ、若くして本道場を先代より受け継いだ。

 その実力は猛者ひしめく日本国内でも屈指であり、彼を慕って足を運ぶ者は後を絶たない。

 渋く引き締まった面立ちと、スポーツ刈りでありながら荒々しさを感じる髪型。

 しかし色黒の肌とは思えぬ清潔感を伴った様相は、彼が武人である以前に紳士であるという事を示すかのよう。


「福留先生に〝先生〟と呼ばれるのはどうにも馴れませんな。 変わらずお元気な様で。 その御年で今も精力的に活動してらっしゃると耳にしましたよ」


「ははは、足腰がもう以前の様に上手く動かないものでしてねぇ、騙し騙しで頑張っていますよ」


 久しき再会は互いに腕を伸ばさせ、握手を交わさせる。

 握り締めた手は共に力強く、そこに二人の絆が覗き見えてならない。


「相変わらず冗談が上手い……それで、そちらが例の?」


「ええそうです。 剣の達人である和泉先生に少し見てもらいたくてねぇ」


 福留が左腕に抱えた箱をユサユサと小刻みに揺らして見せ。

 さすがに持ち続けるには重かったのか、そのままそっと腰を落として箱を降ろす。

 福留に合わせて和泉も腰を降ろし、そのまま床へと胡坐をかいて座り込んだ。


「それと一つお願いがあるのです。 良ければこの魔剣とやらを使ってみて頂きたい」


 和泉に誘われるまま腰を降ろし、箱を互いの前へと手繰り寄せ。

 そのまま蓋を開くと……重厚な輝きを放つ【大地の楔】が二人の目前にその姿を晒す。


 相変わらずの荒々しい表皮は元より、禍々しい気配を発する様は先日と何も変わらない。

 二人には命力が備わっていないからか、それでも嫌悪感を感じる様な素振りは見られないが。


「実は風の噂を耳にしたのですがねぇ。 和泉先生は今、剣術を存分に奮える相手を求めているとか」


 そのまま剣の入った箱を「スッ」と押して差し出し、和泉を誘う。

 しかし話題も話題か。

 剣よりも気を引く福留の語りに、和泉の視線はなお正面へ据えられたままだ。


「……さすが福留先生、耳がお早い」


 そう返す和泉の口元には笑窪が浮かぶ。

 でもその目は決して笑ってはいない。

 まるで獲物を求める猛獣の如く、鋭い目つきを福留へと向けていたのだから。


「実は最近、剣術を極める事の意味を考えてしまいましてね。 何の為に私は剣術を奮うのか、極めた先には何が待っているのか、と」


 ふと和泉の視線が僅かに目下へ傾き、足元に添えられた魔剣へと向けられ。

 その手が刀身へと伸び、表皮の感触を愉しむかの様に指を滑らせ始める。


 魔剣を見つめる虚ろさを纏った瞳は、彼の中に渦巻く虚無感を現しているかのよう。


「一心不乱に鍛えた事で確かに達人と成る事が出来ました。 しかし心はどこか満たされない。 そして思う様になったのです。 身に着けたこの技術を容赦なく奮える相手が欲しい、と」


 例え卓越しても、達人となっても、悩む事はある。

 思考を巡らせる事が出来る人間という生物だからこそ、ふとしたキッカケでそんな呪縛に囚われてしまうのだろう。


 和泉もまた同様だったのだ。

 人生を賭けて得た力で富も名声も手に入れた。

 だが、それを得たからこそわかってしまったのだ。


 ……その価値観を。




 彼にとってそれらの価値は、今までの人生について悩ませる程に虚無だったのである。




「ならば話は早いですね。 今日訪れた理由は他でもない。 和泉先生にこの剣を使って怪物退治をしてもらいたいというお願いしに参ったのですよ」


「怪物……退治……?」


 突拍子の無い話だとでも思ったのだろう。

 さすがにそこまでは知らされていなかった様だ。


 しかしそう語る福留の表情は笑顔ではあるが僅かに強張りを見せていて。

 和泉はそんな顔が何を意味しているのかよく知っていた。


 「彼は本気で言っているのだ」、と。


 そう察した和泉の顔にも強張りが生まれ、笑みが消える。

 魔剣に触れていた手も、気付けば膝上へと移っていて。


「ええ。 先日起きた変容事件の事はご存知でしょう? 実はその際、通常兵器が全く通用しない怪物が出現したのです。 もちろんその事はまだ非公式ですが―――」


 既に魔者は無料投稿動画などでも一部が撮られていたりなど、存在が僅かに露呈を見せ始めている。

 しかし未だ政府はその存在の公表を避けている様だ。


 それは単に、存在の立証が出来ないから。


 その一匹でも捕まえれば存在を明かす事も出来るだろうが現実はそうもいかない。

 勇がダッゾ王を倒してからというものの、ダッゾ族達の姿は見えないまま。

 あれから変容区域の捜索は二度三度と続いているが、まだ何もそれらしい者は影すら見つかっていないのである。


 何より、魔者という存在が余りにも人間の手に余る存在だからこそ……


「ですが彼等と同様にしてこの世界に現れた別世界の人間が『この魔剣ならば怪物を倒す事が出来る』と教えてくれましてね。 怪物相手であれば遠慮も要りませんし、丁度良いかと思いまして」


 今度は福留の手が魔剣へと伸び、刀身を指でトントンと突く。


「なんとも不思議な話でして、原理も仕組みもまだ何も解明出来ていません。 ですが既に実績はあるのです。 それも年端も行かない少年の手によって」


「なんと!?」


「彼も学生ながら剣道を嗜んでいたようでして。 変容事件に巻き込まれた際、偶然手に入れた魔剣で怪物達を倒して見せたのですよ」


 しかもしっかりとした映像記録として。


 先日勇達に見せた動画はその証拠としてはまさにうってつけだった。

 一切飾る事無くありのままを映した防犯カメラの映像は、二人の力をもありのままに映していたのだから。

 この証拠映像を前にすれば、総理大臣である鷹峰もが納得せざるを得ない。


 非現実を現実に昇華させた記録、それが今福留の持つ最大の切り札なのである。


「そこで、和泉先生であれば彼よりも実力は十二分にあるでしょうし、戦うには申し分無いと踏んだ訳です」


「確かにそれなら。 そしてそれは願ってもない話です。 福留先生が宜しいのであれば是非ともお受けしたい!」


「おお、それはありがたい! 良い返事が頂けて安心しました」


 和泉が嬉々とした乗り気を見せる。

 彼程の達人が今更尻込みをする訳も無く。

 そう出来てしまう程、人生に行き詰まっていたのだから。


 福留が持ち込んだ話は和泉の人生観に光明を差さんばかりの希望をもたらしていたのである。




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