~変容と魔剣~
フェノーダラの人々と知り合い、そして日本政府代表として福留と出会った勇達。
また剣聖とも別れ、再び穏やかな日常が彼を待つ。
しかし世界は彼等を逃がそうとはしない。
緩やかに、理不尽な戦いが彼等を待つだろう。
栃木県南部にて出現した、『あちら側』の人間の国である【フェノーダラ王国】。
その存在を知った勇達は急遽赴く事になったのだが……
幸か不幸か、フェノーダラ王に気に入られた勇は日本政府との交渉役に任命される事に。
同時に、勇は現地に展開していた自衛隊を率いる福留という老人とも知り合う事となる。
勇を間に据えた事で、日本政府とフェノーダラ王国の交渉は順調に終わりを遂げ。
勇達は剣聖と別れた後、福留に送られて一旦の帰宅を果たす。
こうしてフェノーダラ王国出現という問題は、日本政府の後ろ盾の下で一時収束を迎えたのだった。
勇達がフェノーダラ王達や福留と出会った日の翌日。
関東中の空を僅かな湿り気を纏った雲が覆い包む。
六月中旬ともなれば梅雨の真っ最中ともあり、そんな天気も珍しくは無い。
ただ先日がまるで勇達を誘ったかの様に偶然晴れ間を覗かせていただけに過ぎなかったのだから。
そんな曇り空の下、東京の中心区。
その一角に、背は低くともひと際目立つ建屋が存在する。
周囲をガラスの壁で覆い、鏡の様に磨かれ外装は空の景色を克明に映し出し。
建物の周囲は堅牢な外壁で囲まれ、常に警官と思しき青の制服を纏う者達が敷地を守る様に辺りを伺っていた。
そんな建屋の中、とある一室―――
「―――以上が、先日分の報告書になります」
格式を感じさせる様相を誇る部屋の中央に、あの福留の姿があった。
物腰こそ低いが語る姿は堂々としたもので。
胸を張って事に挑み、先日にも見せていた笑顔を浮かべ、緩やかながら自信を含んだ迷いの無い口調で言葉を連ねる。
「ご苦労様です、福留さん」
そんな彼の前には、堅牢そうな机を挟んで高価な皮製のワークチェアに腰を降ろす一人の人物の姿が。
体付きは僅かに丸みを帯びるが、節々の動きには独特の機敏さが見られ。
スーツを着こなす様はシワ一つ一つに意識を向けているかのようにしなやか。
それでいて福留にそう返す声は同等の緩やかさを誇り。
体付きと打って変わり、面立ちはシワこそあれど引き締まりを感じさせてならない。
その姿は、テレビなどのメディアを日々賑わせる程に露出を見せる人物そのもの。
彼の名は鷹峰 雄造。
日本国総理大臣の肩書を持つ、この国の代表者たる存在である。
「それで福留さん、実際に現地に赴いてみてどうでしたか?」
「ええ、実に不可解そのものでした。 先ずは渋谷・目黒ですが、その一帯を覆う植物はまず間違いなく現代のそれと全く異なる種です。 主要な個体は形から見て恐らくシダ植物系が進化を遂げた種かと。 専門家ではないのでハッキリとは言い切れませんが」
しかしそう語る口調にも戸惑いは見られない。
そう言い切れたのは確証に近い情報を得ているから故の発言なのだろう。
「既に動物や昆虫類が外部に拡散している様ですので、早急な対策が必要かと思われます。 それと最も際立って不可解な事が一つ……」
鷹峰が「ふぅむ」と鼻を鳴らして机に肘を突く中、福留が手に持った鞄から一枚の資料用紙を取り出してはそっと差し出した。
「これは現地調査時に撮った写真です」
資料に印刷されていたのは電線の切断面。
でもただの電線ではない。
植物と混ざり合い、内部までもが溶けあう様にして一体化した電線である。
「ご覧になればわかると思いますが、電線と植物が見事に融合しています。 しかも送電には一切の影響を及ぼさず、水分もしっかり吸い込みます。 まるで生体電線へと進化したかの様に」
「これはなんと……」
これにはさすがの鷹峰も驚きを隠せない。
目の前に出された資料が余りにも非現実的過ぎて。
創作物の設定資料を出されているのではないか……そうとしか思えぬ程に異様だったのだから。
電気とは、流れやすい性質を持った物質に向けて流れていく特性を有している。
まるで坂道に向けて流した水の様に。
しかし流した水はたちまち坂一杯に広がって勢いは止まってしまうだろう。
それを防ぐ為にはどうするか。
答えは簡単、容器を通して流せばいい。
電線もそれと同じだ。
絶縁体の皮膜チューブ、つまり電気を通さない物質で覆っているのである。
そうする事で電線を通して各施設に多量の電気を送り続ける事が出来るのだ。
だが植物はそれと異なり、非常に電気を通しやすい性質を持っている。
中には通さない植物もあるだろうが、少なくとも福留達が知る範囲では存在していない。
水ともなればもはや言わずとも知れた事だろう。
そういった性質を持ったものに覆われてしまったのにも拘らず、送電は滞るどころかなお続けられ。
しかも漏電する事無く、変容する前と状況はほぼ変わってはいない。
それが明らかに科学的根拠も物理法則をも無視した現象だからこそ、二人はただただ頭を悩ます他無かったのだ。
これは科学者でなければ理解すら不可能な出来事なのだから。
「サンプルは既に研究機関へ搬送、現在調査中との事ですが……恐らくまともな答えは返ってこないでしょうな」
福留の言う〝まとも〟とは詰まる所〝現実的な答え〟の事。
魔者から始まり、フェノーダラ王国や魔剣といった事実を知ったから。
今の彼にはその結果を予期する事など、考える必要も無い程に容易い。
鷹峰も福留の事を信用しているのだろう、深くを訊く事も無く。
目の前に提出された非現実的な資料を前に頭を抱える様を見せる。
「今回の事件は正直に言えば何もかもが非現実的。 ありとあらゆる物理法則を無視した現象が起きたと言わざるを得ません。 これを解決するには現代の科学知識でもどれだけ膨大な時間が掛かるか計り知れないでしょう」
「つまり、変容が起きた地区は当面このままという訳ですか。 いやはや、これは大変な問題ですねぇ」
「ええ。 幸いエネルギーインフラは維持出来ていますので、再利用という形であれば復旧に時間は掛からないかもしれません。 こうポジティブに捉えていくしかないでしょうなぁ」
例え魔者が居なくなろうとも、青々しく茂った渋谷が元の姿に戻る訳でも無く。
むしろ問題は解決には遠く山積み、それらを克明に記載した報告書類も山積み。
国のトップたる鷹峰からしてみれば、非現実的な事象も目の前の現実も、恐ろしい余りに顔を背けたくなる程だ。
しかしそうもいかない立場だからこそ、嫌でも手を付けなければならず。
福留から提出された報告書の一部を手に取り、連なる文字に頭を悩ませていた。
「それと先日手に入れました魔剣の処遇ですが、然るべき研究機関への調査を依頼しました」
「ふむ。 それで何かわかりましたか?」
魔剣の存在は、数多い問題の中に並ぶ数少ない朗報の一つ。
気落ちしていた鷹峰もその事に興味を示し、書類を置いて福留を見上げる。
「それがですね……報告書曰く『刀身の殆どが黄銅で構成され、刃部のみ粗鉄。 外装部も黄銅と一部金が使用されています。 また一部炭素系鉱石を使用。 製造年代不明の古い飾太刀』だそうです。 ちなみに放射線等の観測は見られずという話でした」
福留が報告書のコピーを鞄から取り出し提示すると、それを総理が受け取り興味深く目を通していく。
だが彼の言った通りのデータが羅列するのみで目ぼしい情報は見られず。
思わず鷹峰の口元が「へ」の字を描いていて。
「つまり〝彼等〟が言う程の力を持つ様な武器ではない、そういう事なのかな?」
「そうかもしれません。 ですが、我々には観測出来ないスピリチュアル的な力が掛かっている可能性もありますし、一概にもそうとは言い切れませんがねぇ」
非現実的な世界の人間が持つ武器なのだから、火を吹いたり電撃を放つなどといった特殊な武器などとでも予想していたのだろう。
実際、ちゃなが光球を放った所も証拠映像として残っており、実際にそういう事が出来る武器なのではないかという認識があるからこそ。
しかしその結果は〝ただの飾太刀〟。
報告書の山にまた一つ新しい書類を積むだけとなった残念な結果に、期待を裏切られた鷹峰の落胆は計り知れない。
分析の結果は確かに残念とも言えるだろう。
それでも福留はフェノーダラ王や勇達が嘘を付いているとは欠片も思っていない。
彼等と直接対話を行った事で、信用に足る存在であると認識したからだ。
『あちら側』の人間が『こちら側』の人間と同じ思考パターンを有しているとは限らない。
世界も違えば文化も違い、物事の価値観も大きく異なる。
人生経験を多く積んで来たであろう福留が読み切れぬ程に違うかもしれない。
でも何故あの様に会話を交わし、互いに納得する事が出来たのか。
そこにはきっと文化も考え方も関係は無かったのだろう。
それが言葉の通じないはずの相手と会話が出来る命力という力の成せる業。
勇を通して彼等の心の在り方を知る事が出来たからこそ、福留は自然と信じる事が出来たのだ。
「そこで、サンプルを直接使用して少し試したい事がありまして。 その為の許可を頂きたいのです」
「わかりました。 その件に関しては福留さんに一任しておりますので……どうかよろしくお願いいたします」
総理の丁寧な口調から滲み出るのは、福留に向けられた深い信頼。
まるで馴染みの様な、そんな雰囲気すら漂わせる。
互いが微笑みを向け合う様は、政治仲間というよりはむしろ友人同士と言った方が近いだろう。
福留の抱える鞄にはもう書類は残っていない。
全ての報告を終えた福留が一礼を送り、そっと踵を返す。
するとその時、福留の背後からゆるりとした声が不意に上がった。
「そうだ、今夜一杯如何ですか?」
その声に気付いた福留が振り返ると、そこにはお猪口を持った風の手を口に当てる鷹峰の姿が。
顎を「クイッ」と上げて見せる姿は、期待の返答を希うかのよう。
「いいですねぇ~……ですが今日は孫が会いに来いとしつこいもので。 申し訳ありません」
しかしその期待すらも水泡に帰し。
鷹峰も残念そうに「そうかぁ」と唸り声を上げる。
とはいえこれは予想していた事なのだろう、残念な割には口元の緩みはそのままだ。
「お孫さん、もう随分大きくなられてるでしょう?」
「ええもう、元気ばかり大きくなるものでしてねぇ~……おっと、では失礼いたします」
福留も孫の事となれば話したくもなるのだろう。
圧した時間を取り戻さんと踵を返す姿は何処か寂しげだ。
そんな哀愁漂う背中を鷹峰が見送る。
気苦労を知る者らしく、その頭はゆるりと縦に揺れていた。
二人が話していた場所―――そこは総理官邸。
相応しい要人だけが使う事を許された公人専用のオフィスである。
福留が一人、その建屋から離れ歩く。
スマートフォンを耳元に充て、通話先の相手と会話を交わしながら。
「―――えぇ、彼にアポを取っておいて頂けますか。 後程『福留が直接伺う』と」
たったその一言だけを返し、スマートフォンを懐へと収める。
素っ気の無い応対にも見えるが、これが福留流の通話術。
時間を有効に使う彼らしい一面である。
通話を終えれば目の前には高級感溢れるシルバーのセダン車が。
空かさず車内へ乗り込むと、間も無くスマートなエンジン音を鳴り響かせる。
そのまま軽快な走りで官邸から離れ……次の目的地へと向け、街の中へと消えていったのだった。




