~変貌 の 道~
地震の影響は少なからず有った。
例えば明かりを失った事か。
電灯が漏れなく割れてしまい、お陰でフロア一帯が闇の中に。
もしこれが夜間だったらきっと足を踏み出す事も難しかっただろう。
しかし幸いにも今は昼の真っ只中だ。
外からの露光が建屋内に僅かな色彩をもたらしてくれる。
おまけにその光を辿れば外へ出る事も容易い。
だから自然と、人の流れは光の差す下へと向けられていて。
ならばと、その中にはあの二人の姿も。
「これで電車が止まってたら、帰るの大変そうだなぁ」
「あぁ。 けど多分その予想通りだろうなァ。 復旧するのは早くても夕方か夜か」
「家が平気だといいんだけど……」
その二人からはもうこんな相談をし合えるくらいの余裕が見える。
未曽有の災害とも思える大地震を乗り越えたからこそ。
ただやはり不安は拭いきれない。
これだけ規模だったのだ、家の方でもきっと影響は出ているだろうから。
そうも思えば足早にもなるものだ。
少しでも早く安全を確保して、親に無事を伝える為にと。
背負われた少女が肩にギュッとしがみ付こうとも勢いは留まらない。
そんな二人がとうとう建屋の外へと足を踏み出す。
強い逆光に晒される中で。
「うっ……」
今日は真夏日だと言われるくらいに特別陽射しが強かった。
だからか、暗さに馴れた二人の眼には少し刺激的だったらしい。
思わずその目を瞑ってしまうくらいには。
でも逆に、そのお陰で気付く事となる。
彼等の踏み出した外が異様な喧噪で包まれていた事に。
「何なんだこれは!?」
「嘘でしょ……!?」
そんな声が聴こえる中、二人の眼が色彩を取り戻していく。
そしてその中で映り込んだのは、つい絶句してしまう程の異様な光景だった。
なんと、街が緑に包まれていたのである。
まず、巨大なビル群には蔓がびっしりと絡み付いている。
それも周囲に見える建物全てに、だ。
勇達が利用していた建物でさえ例外では無い。
しかもその太さは尋常ではなく、大きな物では人の肩幅ほども。
更には人程の大きさの葉さえも揺らし、瑞々しさを放っている。
まるで今の今までずっとここに生えてましたと言わんばかりに。
「なんだ、これ……」
よく見れば一帯の地面にも大きな変化が。
蔓のみならず、様々な草木もが足首程に生い茂っていて。
どうやら先行の者達に踏み慣らされたお陰ですぐ気付けなかったらしい。
しかしその様相はもはや異様以外の何者でも無かった。
それは決して草木が生えているからという訳では無い。
草木の生え方に問題があったからだ。
草木が地面から生えるなら、普通は割れ目などから伸びているはず。
少なくとも彼等が知る〝植物〟ならば。
しかし今見えているものは明らかに違う。
それらは、なんとアスファルトから直接伸びているのだ。
まるで草木が石肌から溶け出して伸びるかの様にして。
本当に一体化している。
石肌と茎の境では灰色と緑のグラデーションが生まれていて。
とある者が引き抜いてみると、境目がパキリと割れるという。
しかもその異質な状態は草木だけに留まらない。
葉々の合間を覗けば見た事の無い奇妙な虫が這いずり回っていて。
中には藍色の多足虫や、鈍黄の甲殻虫といったものもが。
その一部は半身がアスファルトと一体化し、それでも死なずに節足だけが蠢いている。
明らかに異常だ。
取り巻く全てが。
これ以上無い不気味さを醸し出す程に。
この状況を前に、誰もが唖然とする他無かった。
〝これは夢か幻か〟と、きっと誰しもが思った事だろう。
しかしこれは決して幻想では無い。
現実として今この異様な光景が広がっている。
頬を摘まもうが醒める事の無い〝現想〟が場を覆い尽くしているのだ。
これはまるで皆が映画の中に入り込んだかのよう。
さながら、先程観て来た物語の延長であるかの如く。
「これ、映画の続き、じゃないよな……」
「ああ。 それに東京大震災どころじゃねェな。 意味わからねェ……」
だけどさっきの映画にこんな場面は存在しない。
渋谷も無ければ地震演出だって。
そんな現実との乖離が二人の正気を保たせる。
そうして戦々恐々と観察してみれば、更に気付いた事が。
「気付いたか、勇?」
「うん。 なんか人が少な過ぎる……皆どこ行ったんだ?」
そう、人が居ないのだ。
大通りを歩いていたはずの人達が。
駅自体から離れていても駅前である事に違いはない。
おまけに今はピークタイムとも言える時間帯である。
だからこそ二人がここに訪れた時には沢山の人でごった返していた。
少なくとも移動が困難と思えるくらいには。
そのはずなのに。
今、その姿が一切無い。
見えるのは精々、ビル群から出て来た人達だけで。
それでも充分多かったが、遠くを見れば人の居ない空間が目立つ。
まるでその場に居た人全てが消えてしまったかの如く。
その事実に気付いたからか、汗が流れて止まらない。
日差しと気温もさることながら、緊張が心を支配していたからこそ。
少女を降ろす事さえ忘れ、ただただ状況把握に追われるばかりで。
故に焦りだけが募る。
何もかもが意味わからなさ過ぎて。
「おい、あれは何だ?」
するとそんな時、ふと誰かの声が二人の耳へするりと通る。
そうして気付けば二人のみならず場の皆が視線を寄せていて。
そこで初めて、第三の異質に気付く事となる。
彼等が目にしたのはまるで人の様だった。
だが、明らかに人そのものではない。
人に近い何か―――そう思えるモノが立っていたのである。




