~ローリスクノーリターン~
フェノーダラ城へと辿り着いた勇達を、兵士達が迎え入れる。
これから交わされる対話に、心なしか彼等も期待を膨らませている様にも見えた。
そう、これから交わされる対話の如何で彼等の先行きが決まると言っても過言では無かったからだ。
例えフェノーダラが国であろうとも、今は地球の日本という国の土地の一部に現れた客人の様な物。
もしそれが不貞を働いて日本に害を成せば、きっと政府は彼等を排除するだろう。
もちろんそれは極論であり、そうなるという可能性は極めて低いが。
少なくとも勇達という存在が居るからこそ。
兵士の一人に連れられ、再び半筒状の通路を歩き行き。
福留もその姿は堂々としたもので、勇とちゃなに守られつつも背筋を伸ばして続く。
しかしその視線はと言えば周囲へと向けられていて。
どうやら彼も、弱った兵士達の事が気掛かりの様だ。
間も無くして王の間の前へと辿り着くと、閉められていた中扉が開門を果たす。
そして開かれた先には―――厳格な態度で迎えるフェノーダラ王達の姿があった。
「我がこの城の王、フェノーダラ王である」
その姿からは先程までの緩さは一切感じない。
両腕を力強く組み、背筋を伸ばして強張った顔を見せる。
そこに立つのは【フェノーダラ王国】代表としての面立ち。
まさしく王としての威厳を漂わせた立ち振る舞いであった。
二国の対話は広間で行われる。
そう提案したのはフェノーダラ王当人。
その提案もあって、既に広場には大きな長方形のテーブルと幾つもの椅子が用意されていて。
彼等なりの流儀なのだろう、綺麗とは言い難いが年季の入った鮮やかな柄のテーブルクロスが勇達の目を引く。
周囲に立つのは王だけでなく側近と思われる兵士達。
いずれもフェノーダラ王に負けず劣らずの厳つい顔付きと体格。
福留を前にすれば、まさに大人と子供と言わんばかりの体格差が浮き彫りとなる様である。
エウリィは既に広場には居ない。
剣聖は遠くの壁に寄りかかって物見の見物である。
二人共政治の会話には不要と判断されたからだろう。
剣聖が排された時の様子はもはや目に浮かびそうだ。
「まずは掛けよ。 話はそれからだ」
兵士の一人がその一言に合わせて一つの椅子を引き、福留を招く。
それはテーブル長手方向の先端に位置する席。
フェノーダラ王の席と対なす場所である。
言葉はわからずとも座る事を示していた事は明らかで。
福留が誘われるがままに席へと付く。
勇達もまた同様に誘われており、幹部達も含めた各々が定められた場所へと座していった。
福留の左右には勇の父親とちゃなが。
フェノーダラ王の左右には側近達が。
そして王と福留、二人の中間位置に勇が座る。
双方の会話を逐一伝える為に。
「フェノーダラ王、この人が俺達の国の代表者である福留さんです」
「よろしく頼む」
「福留さん、この人がフェノーダラ王です」
「ええ、お噂は伺っております。 どうかよろしくお願い致します」
二人が挨拶を交わし、いよいよもって場が静まり返る。
これは対話が満を辞して遂に始まるという事。
すると……翻訳する勇を気遣うかの如く、互いがゆっくりと話し始めた。
「フェノーダラ王殿、この場に交渉の場を設けて頂きありがとうございます」
「フクトメ殿、我々もまた貴方と同様感謝しております」
福留が机に額を突かんばかりに頭を下げ、フェノーダラ王は両拳を突き合わせて小さく頭を垂らす。
互いがそれぞれの礼儀を尽くし、対話に挑む為に。
例え文化も言葉も違えど、そこに礼儀があるとわかれば仕草の仕方など関係は無いのだろう。
どちらも厳格ではあったが柔らかさを僅かに伴い、敵意を一切感じられないのだから。
「我々としては今の状況をなるべく早く解決したいと望んでいる。 故に早速ではあるが互いの要求を引き出し合い、それを交換条件として場の解決を提案する」
「ええ、こちらとしても願ったりな提案です。 賛同致しましょう」
福留は勇がわかる様に言葉も選んでいるのだろう、柔らかな言動で返事を返す。
同じ日本語でもわからなければ伝わらない事には変わりないのだから。
「提案した以上、我々は後手にさせて頂こう。 まずはフクトメ殿からおっしゃられよ」
「では失礼しまして―――」
福留は僅かに言葉を溜めると、ゆっくりとその口を動かし始めた。
「我々日本政府の要求としましては―――特にございません」
その時一瞬、耳を疑った周囲の者達が身動きをピタリと止める。
翻訳した勇もまた同様に。
「何……?」
フェノーダラ王もまたその一言に疑念の目を向ける。
彼等もまた等価交換という生活の糧を得る為の文化を得ているからこそ、福留が見返り無しを望む理由がわからなかったのだ。
だがこれは、ある意味で言えばもっとも日本的でもあったのかもしれない。
「現在私達は各地において発生しております変容事件の早急な問題解決に尽力を注いでおりまして、状況把握で手一杯という訳です」
これは実際に本当の事なのだろう。
実際世界は人類が今までに遭った事も無い未曽有の事件に遭遇している。
例え地域が限定されていようとも、そこにある問題は深く重い。
今もなお、警察だけでなく多くの分野の人間が危険が無いかどうかの調査活動を行っているのだ。
「ですが彼と遭遇した魔者なる怪物達とは違い、フェノーダラ王国の皆様はこうして対話が出来ます。 それはつまり、今後もこの様にして交渉をする事が出来るという事に他なりません。 だからこそ私達は何も望みません。 こうして対話が成された、それこそがこの状況に置かれた私達にとっての希望であり、明日に繋がる一歩なのですから」
そう語る福留の顔は実に自信満々で。
フェノーダラ王側の者達もが己の顔に拳を向けて深く考える様な仕草を見せていた。
「つまり、『現状』においては要求するものは無いと?」
「左様でございます」
ノーリターンでの交渉―――それが福留の求めた対話。
それが「日本政府は益ではなく解決そのものを望んでいる」というスタンスを如実に表していた。
フェノーダラ王もまた「ふむ」と頷き考えを巡らせる。
福留の表面上の意図が理解出来なくもなかったからこそ。
そう、表面上は……である。
フェノーダラ王はなんとなく予知していた。
福留がノーリターンを求めたその意図を。
そこに秘めた思惑を。
そんな仕草を見せた事で、福留もまたフェノーダラ王が意図に感付いている事を察していて。
だからこそ伏せる事も無く、望むがままにその口を開かせる。
「ですが、私個人としての要求が御座います」
「個人……?」
それはすなわち、彼が日本政府を挟まずに個人でフェノーダラとの交渉を行うという事に他ならない。
だがそれは逆に言えば彼自身への信頼等がなければ成り立つはずも無い事である。
それに相手の条件次第では個人で対応する事は不可能と言えるだろう。
しかしそう語る福留の顔は未だ自信に満ち溢れる表情のまま穏やかさを伴い、声からも動揺は一切感じられない。
そこに福留という存在の未知なる部分が見え隠れする様であった。
「……話を聞こう」
確かに福留の意図は誰にも読めない。
とはいえ、例え彼が正体のわからない人間であろうとも日本という国の代表として訪れている事には変わりない。
もしフェノーダラに不利な行動をすれば、彼等としてもそれを理由として日本政府に要求を突きつける事が出来るだろう。
それにもしこの交渉が成立した場合、福留という人間を味方に引き込む事が出来るかもしれない。
日本政府の代表としての彼を味方に付けられれば、今後のフェノーダラの存続にも明るい兆しが見える。
不安しかない現状だからこそ、その可能性を捨てる訳にはいかない。
故に、話を聞く価値はあると判断したのだ。
いずれに転んでもフェノーダラ側に不利益は無い、そう悟ったのだから。
「ありがとうございます。 ではまず第一に、『情報』です」
福留個人が望む〝情報〟。
それはつまり『あちら側』の世界のあらゆる理、世界情勢などの話の事を指す。
ある程度は勇も知る事だろう。
だが福留が欲したのはそれ以外の、詳細に至るまでの話。
人間と魔者という存在の成り立ちやその意思関係、土地柄や言語や文化。
彼等側だけの一般的な情報を福留は欲したのである。
「なるほど。 それくらいであれば相談に乗る事は容易だろう」
「ありがとうございます」
勇が剣聖と話をしていた時、剣聖は〝本〟という単語を普通に発していた。
それは『あちら側』にも書物という物が存在するという事なのだろう。
つまり彼等にも物事を記録する文化があり、保存するという習慣があるという事に他ならない。
言い伝えや伝説、おとぎ話や小説、そういった物もある意味で言えば文化を伝える為の道具だ。
彼等にとっても国という文化の集合点を守る為に何かしらの記録は残しているはずである。
福留は本の事こそ知らなかったが、文明がある以上は必ずそういった記録は存在するという推測は出来た。
何故なら、ここに至るまでにどの誰もが決まって文化的な行動を見せていたのだから。
文化があるなら知るべき。
それが福留が情報を欲した理由なのである。
「そして第二に……魔剣とやらを貸して頂ければと思います」
二つ目の要求。
それはとてもシンプルなもの。
福留としても魔剣という存在は極めて異質だったのだから。
魔者に攻撃が通用しない事は既に把握済みの事だ。
でも勇達の戦う映像を見た時、福留はきっと驚いた事だろう。
「子供が怪物を倒している」と。
そして実際に勇達の話を聞き、魔剣という存在が重要な要素であるという事を知った。
だから欲したのだ。
転移が渋谷や栃木だけではない事を知っていたから。
現状を打開する為に。
「そちらの方は是非ともサンプルに―――」
「それは承服しかねる」
即答―――
フェノーダラ王は途端に首を横に振り、翻訳する間も与える事無く否定の意思を伝える。
まるで魔剣を貸与する事そのものを否定せんばかりに。
福留がその回答を予想出来なかった訳ではない。
しかし余りにも鮮やかな否定がただならぬ理由を感じさせ。
それがたちまちその脳裏に疑問を呼び込む。
「それは何故でしょうか? 宜しければ理由を教えて頂きたい」
「魔剣とは力であり、象徴とも成り得る物だ。 しかしそれは時として自分達を危険に晒す物にも成り得る」
「つまり……?」
「我々は有望な個人に対して魔剣を与える事はよしとしているが、集団や国家に対する魔剣の譲渡に関しては一切を禁じ手としているのだ。 全ては我々の国を守る為にね」
それは一体どういう事か。
例えば、仮にこの日本で個人へ銃を渡したとしよう。
その銃を受け取った個人がもし犯罪を犯そうとしても、警官の様な同じ武器を持つ者が多数居れば抵抗も虚しく捕まってしまう事請け合いである。
だがもしその銃を持つ者が数十人と居たらどうなるだろうか。
仮に戦いが起きた場合、警官も、銃を得た者達にも多くの犠牲が出るだろう。
最悪の場合、無関係な人間までをも巻き込む惨事が起きてしまうかもしれない。
つまり、彼等にとっての魔剣とは、例えに出た銃と何ら変わりはしないという事だ。
もし集団に与えてしまえば、その時は即座に自分達と同等の力を得た集団が出来上がってしまう事に繋がる。
そしてそれは現代でも言える事である。
一つの国家が強大な兵器を持つという事は、柄もが刃である諸刃の剣を手に持つという事に他ならない。
一度武器を持ってしまえば、それに対抗する為に周囲の国も相応の武器を備えなければならなくなってしまうからだ。
抑止力という名の力を。
だから彼等はそれを禁じた。
全ては抑止力、自分達以上の敵を必要以上に作らない為の。
それが福留個人の要求であろうと、彼が日本という国を担っている以上は譲る事が出来ないのだ。
それ程までに魔剣は彼等にとって重要な〝兵器〟だという事なのだろう。
「なるほど、わかりました。 その件に関しては後ほど改めて議論を求めたい」
「議論程度であれば構いませぬ。 しかし譲渡に関しては望み薄と思って頂きたい」
「はは、その意思が好転する事を祈りたいですねぇ。 さて、我々日本政府としては以上となります」
潔く手を引く辺り、福留もこうなる事は予感していたのかもしれない。
その引き際こそ鮮やかで、思わぬ手早い収束にフェノーダラ側も「これで終わりなのか?」などという声が漏れ始めていて。
まるで「手早く終わらせたい」と望んだ事を忘れてしまったかと思える程に、王を中心として小声で相談を交わすフェノーダラ陣営の姿があった。




