~彼等も人なのだから~
フェノーダラ城の正門が再び大きな音を立てて開かれる。
勇達の退城を成す為に。
その様子は遠くからでもよく見え、包囲する自衛隊員達が間髪入れずに警戒を見せるのも当然の事。
正門が見える場所に陣取っている老人や指揮官も、その動向を逃すまいと注視の視線を向け始めていた。
「―――出てきましたな」
そして彼等の目に正門の影から歩いて出て来る勇達の姿が映り込み。
正門は閉じられる事無く開門を維持し、中からは警戒する兵士達が見える。
それが一体何の意味を成すのか。
「どうやら、我々に話があるみたいですねぇ」
老人だけがその意味に気付いた様だ。
すると老人もまた勇達の下へと歩み始める。
片手を翳して自衛隊員達を制止しながら。
自衛隊員達も気が気でなかっただろう。
老人は言わば彼等にとっての最高司令官。
しかしその身は丸腰で、持っているのは精々双眼鏡くらいだ。
そう、彼はあろう事か護身の武器一つ持たずにたった一人で向かい始めたのだ。
老人が手を翳した意味もよく理解している。
それは「隊員達の行動の一切を停止せよ」の意。
つまり彼等は何も出来ない。
例え老人が襲われたとしても、手を出す事は出来ないのである。
だがそれは所詮、彼等の杞憂でしか無いが。
テントの影から姿を晒した老人の姿は勇達からもハッキリ見えていた。
勇もまた老人が自衛隊員達と比べてどこか異質だと感じていて。
もしかしたら彼は相当な立場の人間ではないか、そう直感していたから。
これは一つの賭けだった。
勇達が自衛隊と和解する事は、勇達にとっても必須な事。
これからの生活を今まで通りに送る為にも、今回の行動に彼等の理解を得る必要があったのだ。
だから勇達は選んだ。
正々堂々と正面から相対する事を。
それが文明社会において最も誠実さを示す方法でもあったのだから。
次第にお互いの間隔が縮まっていき。
そして五メートル程だろうか、声が届きそうな程にまで近づくと、互いに歩みを止める。
「こんにちは、皆さん。 あちらでの御用はお済みですかな?」
初手は老人からだった。
その一言は穏やかさを纏っており、一切の敵意を感じない。
それどころかニコニコとした優しい笑顔を浮かべ、勇達を受け入れんばかりの雰囲気を醸し出す。
そんな老人の前に立ったのは……勇の父親である。
「ええ、済みました。 先程はご迷惑をお掛けして大変申し訳ありません」
父親が頭を深々と下げ、背後に立つ勇とちゃなも後に続く。
相手が別世界の人間ではなく日本人なのであれば普通に言葉が通じるのだ。
だからこそ社会馴れしている父親の出番が訪れたという訳である。
心なしか、その様子はどこか汚名返上と息巻いている様にも見えなくも無い。
「いえいえ、頭を上げてください。 我々としても丁度行き詰まっていた所でしてね、皆さんが来てくれてとっても助かりました」
すると老人もまた上手に出る事の無い低い物腰で感謝の意を述べ。
会釈にも近い傾倒を見せると、空かさず「ははは」と軽快な笑いを上げていて。
「そうおっしゃって頂けるととこちらとしても非常に助かります。 でもこの後いきなりズドンとかありませんよね?」
「はっはっは、さすがにそれはありません。 この国は法治国家ですからねぇ。 先程の銃撃は脅しの様なものでして、皆さんに危害を加えるつもりは無かったのです。 その件に関してはこちらからお詫び申し上げたい」
自衛隊を恐れ過ぎか、それともスパイ映画の見過ぎか。
確かに先程銃撃されたとはいえ、その意図はあくまで停車を促す事。
危険こそあったが殺す意思などありはしない。
そもそもそう至ってしまったのは、指揮官の将校が結論を焦った所為ではあるが。
「ところで、先程の大男の姿がありませんが。 察するに彼は『あちら側』の人間という事でしょうかねぇ?」
老人の言う『あちら側』とは詰まる所の「正門先に居る者達」の意。
勇達も使う言い回し故に紛らわしくはあったが、意味こそ間違ってはいないからこそ。
「はい、そうです」
そういった事情をよく知っていたからこそ、勇が父親よりも先に答えを返していた。
「でも俺達は普通の日本人です」
「ええ、ええ、わかっていますとも」
まるで全てをお見通しのような口ぶりで話す老人を前に、勇達が途端に押し黙る。
例え勇達が語らなくとも理解しているのではないか、そう思える程に堂々とした返事だったのだから。
「そうですねぇ、さしずめ皆さんは彼等とのコンタクトが何かしらの方法で出来るのでしょう。 そして私達と彼等の交渉の橋渡し役を買って出た。 こういった所でしょうか?」
その鋭い観察眼の前に、勇達の開いた口が塞がらない。
唖然とする勇達を前に、言い当てたとわかった老人は胸を張ってどこか誇らしげだ。
「こちらとしても現状のままでは困りますので、良ければ交渉の協力をお願い出来ますか?」
「も、もちろんです!」
思ってもみない素早い展開に勇達が喜びを隠せない。
勇達には不安もあっただろう。
問答無用で拘束されたり、銃撃されたりする可能性も否定は出来なかったのだから。
しかし老人の言う通りこの国は法治国家であり、国民の人権は最低限保証される。
特にこういった事案の場合、特例こそ適用されるだろう。
でも勇達に敵意は無かったからこそ。
そしてこの老人が居たからこそ、大事が起こる心配はどこにも無かったのだ。
「実はフェノーダラの……あぁ、あの城はフェノーダラという国の城でして。 その国の王様も皆さんと話し合いをしたいと申し出たんです。 でも皆脅えているらしくて……」
「なるほど。 つまり我々の警戒は彼等に不安を与えるだけに過ぎなかったという訳ですか。 いやはや、早急な対応が逆手に出ましたねぇ~参りました」
行動が早い事は悪い事はないが、交渉を望む相手からしてみれば包囲網を構築されている様で焦りもしよう。
意外と単純とも言える結果に、老人が堪らず片手を頭裏に充てて失敗の反省を見せる。
でももしかしたらそれも予想の範疇だったのかもしれない。
もっとも、その仕草もどこかわざとらしくて。
「フェノーダラの王様は城での対話を望んでいるのでしょう? だから門を閉めないのですよね」
「ええ」
「ふむ、わかりました。 では私が一人で赴きましょう。 きっと皆さんが居れば安心出来るでしょうから」
「何があっても俺達が貴方を守ってみせますよ」
頼もしい一言が老人の微笑みを呼び、「ウンウン」と頷かせる。
フェノーダラ王にも負けない温和な雰囲気は、勇達にまたしても緩やかな安心を呼び込んでいた。
しかし勇達は気付いてはいない。
老人がそんな笑みを三人に向けながらも、視線は勇だけを見つめていた事に……。




