~御長寿風来坊さん~
勇達が目指すは栃木県。
東京からだと順調に行けばおおよそ二時間程で辿り着く事が出来る距離だ。
勇達を乗せた車は早速高速道路へと乗り上げ、ナビゲーションの示す経路を順調に進んでいた。
平日ともあって一般車両の通行は比較的少なく、渋滞も無い。
予想以上の順調さに、運転する父親もどこかご機嫌だ。
重量もあって速度こそ遅い訳であるが。
「しっかし、まさか俺をぶっ飛ばした鉄の塊にこうやって乗れるたぁ思わなかったぜ」
「そのうち空飛ぶ鉄の塊にも乗ったり出来るかもしれないですね。 飛行機って言うんですけど」
「ほぉ、そいつぁ面白そうだなぁ」
そんな他愛のない雑談が車内を賑わす。
会話に入る事は殆ど無かったが、助手席に居るちゃなも心無しか楽しそうな笑顔が浮かんでいて。
そんなちゃなを横目にした父親も、思わず朗らかな微笑みを浮かび上がらせる。
「おめぇら側にゃ色々なモンがあって退屈しねぇなぁ。 このゲームとかよ」
そう言うと片手に持ったゲーム機をクイックイッっと指先に摘まんで振り回す。
勇にはもう必要は無いと、剣聖に譲った末にこうして持って来ていた。
幸い充電池もまだ生きていた様で、先程までに充電は済み。
もう少しだけ遊べるという事で剣聖は割とご機嫌だ。
勇にとっては魔剣の返礼の様な物だったから、こうして喜ぶ剣聖にまんざらでもなく。
「他にもなんか突きゃ出てきそうだな。 おう、おめぇそういや本の話とか忘れてねぇよな」
「あぁそういえば、今手持ちには無いんで後で用意しますよ。 この後どうなるかわからないですけどね」
【フェノーダラ】に付いた後、剣聖はどうするつもりなのだろうか。
仮に【フェノーダラ】に居着くのだとしたら、事実上のお別れとも成り兼ねない。
電車でも時間が掛からずに行ける距離ではあるが、おいそれと行ける訳も無く。
そもそも気ままな彼の事だ、退屈凌ぎと色々な場所に出向きかねず。
そうなればますます会う機会は訪れないだろう。
剣聖は曲がり成りにもここまで導いてくれた恩師とも言える存在で。
そんな人物との別れと思うと、勇の心境はどこか複雑だ。
もっと教えて欲しい事があれば、知ってもらいたい事も沢山あったから。
それでも引き留める事も叶わないから、今の時間に出来るだけ彼の事を知ろうと話題を振り撒き続ける。
こうして車に揺られる間だけが勇に残された機会なのだから。
「そう言えば、剣聖さんって家族とか居ないんですか?」
そんな想いの中で、ふと思いついた事を口に出す。
彼程の人間なのだから、帰る場所や所帯、子供が居てもおかしくないだろう。
もしかしたら国だって持っているかもしれない。
そんな予想が勇の脳裏を過る
しかしその答えはと言えば―――
「あぁん? んなの居ねぇよぉ。 抱いた女なら沢山いるけどなぁっはっは!!」
途端に飛び出た剣聖らしい答えに、勇達も苦笑気味である。
詰まる所、剣聖は風来坊という訳だ。
齢三百二十程と言っていた剣聖ではあるが、それでもなお惹かれる女性も多いのだろう。
枯れる所か、底なしに力強い肉体を誇るからこそ。
とはいえ、性格以上に魔剣使いという性質上、所帯を持つ事は叶わないのかもしれない。
いつ死ぬかわからない様な役回りなのだから。
「ははは、剣聖さんはいつまでも元気ですねぇ」
「おうよ、俺ぁまだまだ生きるぜ、やんなきゃいけねぇ事が沢山あるからな」
まだまだ生きるとしたら一体幾つまで生きるつもりなのだろうか。
長生きをしてまで成さねばならぬ事とは一体何なのだろうか。
先日言っていた「魔剣使いを極める」事がそうなのだろうか。
そもそも「魔剣使いを極めた」先にあるものとは何なのだろうか。
勇の脳裏に浮かぶ疑問は後を絶たない。
だが、どうせ訊いても軽くあしらわれるだけだろう。
こんな時こそヴェイリの様に教えてくれれば、などとすら思えてくる。
しかしそれも「剣聖の撒いた布石なのでは」などと思えば、納得はいかなくとも理解は出来るから。
勇は静かにそんな好奇心を肺に詰め込み、溜息として小さく吐き出していた。
「そろそろ栃木県だぞ。 勇、目的地の確認をしておいてくれないか?」
「ああ、もう済んでるよ。 次の出口を下りるんだってさ」
会話や想いを巡らせながらも、しっかりスマートフォンを操って検索済み。
ただし、本格的に調べ始めたのは「まもなく栃木」という看板が見えてからであったが。
色んな話題に華を咲かせていたおかげか、ここに至るまで夢中になっていた様だ。
外の景色を見れば、「栃木県へようこそ」と描かれた看板が風景に混じって流れていった。
すると間も無く一つの看板が父親の目に留まる。
『栃木IC 3km』と描かれた、最寄りの出口を示す案内だ。
「これか? 栃木インターチェンジ」
「そうそう、そこに降りろってさ」
勇が運転席の背後から声だけで伝えると、途端に車内に僅かな揺れを生む。
父親が言われるがままにハンドルを切って車線を切り替え始めたのだ。
車に乗り馴れている父親からすれば、ナビを観なくともそんな一声だけで十分だった。




