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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第三節 「未知の園 交わる願い 少年の道」
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~どうしてそうなった~

 勇達が【フェノーダラ】を見つけて行動している頃。

 魔者の消えた渋谷では、迷彩服を纏った無数の自衛隊員達が自動小銃を担いで走り回る姿があった。


「―――C班からの連絡、異常無し」

「C班は引き続き調査を続行、D班未到達部を回り補助せよ」


 まだこの街に危険が潜んでいるとも限らない。

 誰しもが真剣な面持ちのまま、卓越した動きで駆け巡る。

 いざ五人程の小隊が建物の内部に入れば、交互に銃を構えながら進む無駄の無い攻略行動を展開し。

 建物から出て来る隊員の傍には、時折一般人と思われる人物が随伴する姿も。


 事件に遭った後ずっと隠れていた人間も少なからず居る様だ。

 救助された人々は拠点であろう大通りの中央に設置されたテントへと一時的に集められていた。


 指令部でもあるのだろうそのテントには通信機器が多く並べられ、仲間達へと指示を送る兵隊達の姿が。

 その区画の中央では一際目立つ大柄な体格の指揮官が一人立っていて。

 首元には幾つも勲章が並び、相応な立場の人間である事が伺える。


「現在の調査進捗率は72%。 今の所異常はありません」

「奴らめ、一体どこに隠れたんだ」


 彼等は先日魔者達に煮え湯を飲まされていた軍人達だ。

 魔者達の恐ろしさを目の当たりにし、今度こそと息巻いていた所に消失という報せを受け。

 そして救助行動を兼ねた魔者達の探索を始めたという訳だが、今度は一向に見つからず。


 焦燥感から思わず深々と両腕を組む姿を見せる。


「ふむ。 しかし奇妙なものですねぇ、突然居なくなるとは」

 

 だが、そんな指揮官でさえも霞む程に場違いな人物が一人そこに居た。


 そう呟いたのは……老人。

 既に還暦すら超えていそうな程にシワだらけの顔付き。

 黒よも白髪の方が多い灰色の頭髪はしっかりと後ろに流れる様に整えられ。

 隣に立つ軍人と比べても圧倒的な身長差を感じる程に小柄。

 しかし直立する様はとても堂々としていて、衰えを全く感じない。

 上下に身に纏うシワ一つ無い灰色のスーツが場違い感を助長させるかのよう。


 仮説テントの中でしきりに声が飛び交う中、老人は神妙な面持ちを浮かべて街中を写す画面を見つめていた。


「ええ、先日の敗走が嘘の様です。 あれは夢か幻だったのかと思う位に何も居ませんよ」


 そして相応な立場にも拘らず、指揮官が物腰の低い言葉を返す。

 まるで老人の方が立場が上だという事を示すかの様に。


 奇妙にも、老人のスーツには勲章や襟章といった立場を示す物は一切付いていないのだが。


「では、皆さんは引き続き調査をお願い致します。 私は別の場所で少し対応を求められていますので。 報告、楽しみにしておりますねぇ」


「了解しました。 道中お気を付けて」


 指揮官が綺麗な敬礼を見せる中、老人はニコリと笑顔を返して踵を返す。

 その先に見えるのは自衛隊員達が身に纏う迷彩服と同じ色のヘリコプター。

 着陸出来る様にと整地された大通りの中央で、静かに老人を待っていた。


 彼がヘリコプターへ乗り込むと、間も無くローターが「ヒュンヒュン……」という風を切る激しい音と共に回り始め。

 次第に揚力を得た機体が徐々に舞い上がり、ビルの合間をすり抜ける様にして飛び去って行く。


 渋谷の空を越え、向かう先は―――北。


 それは勇達が向かおうとしている栃木南部の変容区域、【フェノーダラ】が在るであろう方角であった……。






◇◇◇






 時刻は昼頃。

 勇の家の前に聞き慣れた車のエンジン音が響いてくる。

 それと共に、隣家との境目から見慣れた銀色のワンボックスカーが姿を現した。


 車がゆっくりと家の前で止まると、後退しながら一度、二度と切り返して慎重に駐車場へ入っていく。

 以前、駐車中の塀にぶつけて以来、勇の父親が身に付けた癖である。


「お、親父帰ってきたみたいだ」


「ごめんねぇ、私が免許持ってれば良かったんだけど」


 勇の母親は免許を取ろうと教習所へ通っていた頃もあったが、実は免許を持っていない。

 教習所内で実技中に衝突事故を起こして以降、車を運転する事を拒否し続けた結果である。


 勇は父親が帰ってきたのをリビングの窓越しから確認すると、早速一階から剣聖を呼び。

 すると本当に平気なのか、剣聖が床をミシミシと軋ませながら階段の上から姿を現す。


「おう、じゃあ行くとするかぁ」


 その手に持つのはすっかりと気に入ったであろうゲーム機(ジョイステージ)

 ケーブルは筐体にしっかり繋いだまま。


 ただしそのケーブルの先は配線がむき出しで引き千切れている。

 どうやら無理矢理引き抜いた様だ。


「コンセント抜けるのになぁ。 なんでケーブルが切れるんだろう」


「ん? あぁ、これかぁ。 勢いよく紐の方引っ張ったら千切れちまった、済まねぇなぁ」


 そもそも何故持ってきたのかという疑問もあるが。


 とはいえ所詮はもう使っていなかった物。

 勇には別段感慨が沸く事も無く。


「後で電源ケーブルだけ新調してあげるかな」


 勇はそう呟きながら剣聖に先駆けて玄関から足を踏み出した。




 剣聖が狭い玄関を屈んで潜り抜け、巨体を日の下に晒す。


 そこにたまたま自転車に乗って通りかかった小学生程の男の子が。

 剣聖の巨体はやはり相当目立つ様で。

 珍しい物を見るかの様に唖然と見つめながらそのまま去っていった。


「あ、剣聖さん鞄忘れないで下さいね。 それと、なんていうか、自分で持ってください。 俺じゃ無理です……」


「かぁー!! 情けねぇなぁ()()()()も持てないんじゃよぉ!!」


 勇が小さな庭を指し示せば、でかでかと置かれた鞄が置かれていて。

 先日回収した二つの魔剣も当然セットである。


 そんな鞄を、剣聖はあろう事か片手で軽々と持ち上げ。

 おまけに二つの魔剣も纏めて一気に掴み取る。


 骨折していたはずのその足で、百キログラムをゆうに超えている重量物を支えているのである。

 これには勇達もただただ驚くばかりだ。


 途端に床材へまた一つ亀裂を刻んでいて。

 勇はそのインパクトを前にただただ目を泳がす事しか出来ない。

 今更もう後の祭りな訳で。


 勇の父親も彼等を受け入れようと後部扉の前で観ていた訳であるが、途端に扉を閉めて運転席へ。

 さすがに入らないと思ったのだろう。

 たちまち車が再び公道へと乗り上げる。


「ま、普通に入らないしね」


 いくら大型ワンボックスカーであろうとも、剣聖の鞄はそれでも乗るかどうか怪しいレベルの大きさだ。

 公道で停車させては急いで後部ドアを開くが、そんな父親の顔には眉間を寄せた不安たっぷりの表情が浮かび上がる。


 そして剣聖が誘われるままに車へ荷物を押し込めば案の定、面積一杯ギリギリ。

 入らない事は無かったが、乗せた途端に車が「ギシギシ」と音を立てて上下に揺れていて。

 

「全員乗れるかなぁ……」


 家族やその友人が一緒に乗れる様にとチョイスしたこの車。

 一応許容人数は七人と比較的大きな方の車両である。


 それですら不安にさせる剣聖の鞄の秘密とは。

 父親も母親も、ちゃなでさえも、その謎の重量を前に緊張を隠せずにはいられない。


 中身を知っている勇だけは、ただ苦笑を浮かべていた訳であるが。






 勇の父親が心配する中、各々もまた車へと乗り込んでいく。

 何か考えがあるのだろう、剣聖の進言もあってちゃなも同行する事となった。


 ちゃなを助手席に、勇と剣聖が後部座席に乗る。

 しかしおおよそ二百二十センチメートルと規格外な剣聖の体躯は後部座席の体積の大半を占有し、勇を窓際に押し付ける程に余裕は無い。

 右腕を首裏に回す様にして壁際に押し付けられる勇の顔に思わず苦悶の表情が浮かび上がる。


「これはきっついなー」


「お、おめぇはまだマシだろうがよぉ、俺ぁずっとこの格好だぞ……」


 それに対して剣聖当人はと言えば、後部座席内で蹲る様にして横向きで寝そべる状態だ。

 幸いシートを押し倒す事で妙な寝方をせずに済んだが、何分足を延ばせる程のスペースがある訳も無く。

 彼にとっては大型ワンボックスカーですら狭い箱と何ら変わらないのである。

 

「剣聖さんの鞄がでかくなきゃ背もたれ倒せたんだけどね」


「中身ばらしゃいけるだろうが、出すのもめんどくせぇ」


 そう、鞄が場所を占有しすぎているからこそ、そうせざるを得ないのだ。


 剣聖が堪らず屋根を押し上げようと大きな手を付くが、それに気付いた勇が静かに制する。

 「やめて?」と言わんばかりに顔を横に振りながら。

 ちょっと力を入れてしまえば簡単にぶち抜かれてしまいそうだ。


「めんどくせぇな、お前等の世界はよぅ」


 とはいえようやく搭乗完了。

 車内から野太いぼやきが聞こえる中、車が重さを感じながら前進していく。

 お留守番となった母親の見送りに応え、父親が手を振り返しながら。


「それじゃお母さん、ちょっと行ってくるから」


「気を付けてね~」


 最初は全員で行こうという話もあったのだが、もう一人も乗れるスペースは残っておらず。

 渋々母親が一人残る事になったという訳だ。


 勇とちゃなも合わせて車内から手を振ると、それに対し母親も笑顔で応える。

 今日は危ない場所へ行くという感覚が無い為か、その手の動きはとても軽快で。


 母親が見送る中、重さを感じさせながらも車は加速を始め。

 先にある十字路を曲がり、道路の向こうへ走り去っていく。


 向かうは栃木県南部。

 近くとも長い旅路がこうして始まりを迎えたのだった。




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