~そして嵐は突如去っていく~
勇と瀬玲が園部兄妹に振り回され、堪らず落胆の姿を見せていた。
そんな中、心輝が形振り構わず二人の横から「ズイッ」と再び姿を現す。
相変わらずのわざとらしい程に不機嫌そうな表情を浮かべたままで。
「勇、俺は知っているんだぜ、土曜に統也と遊びに行ったって事をよぉ」
心輝が勇へと丸い眼をぐるりと向ける。
その時見せたのは……丸く見開かれた目には僅かに潤いを呼び、小刻みに瞬きを呼ぶ様。
垣間見えるのは既読無視をされた事による怒りではない。
それは孤独と嫉妬。
そう、彼は教室で行われていた勇と統也のやりとりを見ていたのだ。
仲の良い三人だからこそ。
「この後きっと自分も誘われる」、そんな期待をしていたのだろう。
しかし結果は言わずもがな。
心輝がこうしてあずーと瀬玲を引き連れてやってきたのは、メッセージの事でも何でもない。
ただただ、統也と二人で遊びに行った事に対して言及する為だったのである。
「お前一体何してたんだ。 俺を除け者にして……何してたんだよォーっ!!」
心輝が感情の赴くままに勇の襟を掴み取り、その体を前後に激しく揺する。
そしてそれに呼応するかの様に、あずーもが勇の裏から腰を左右に振り回す。
当の勇本人はと言えば、呆れの極地でもはやされるがままだ。
白けた眼を向ける瀬玲の前で、勢いのままに頭までもがガクンガクンと揺らされていて。
とはいえ……そのままのはずも無く。
「えぇい、やめろやぁ!!」
余りにも長く揺すられ過ぎで。
おまけにあずーが痛いくらいに頭部を押し付けてきていて。
辛抱堪らず勇が心輝の腕を押し上げる様に振り解き、腰を突き出してあずーを「ぼよよーん」と後ろに跳ね飛ばした。
そして自由となった途端に負けじと心輝へ鋭い眼光を向ける。
地面にコロコロと転がるあずーに目も暮れず。
「シンが思う様な楽しい事なんてしてないっての。 絶対興味の無い事だったし」
心輝は人の恋愛にこそ興味はあっても自身の恋愛感情は自称出来る程に乏しい。
趣味一辺倒であるが故に、興味や相手への配慮に欠ける。
統也もそれを知っていたから敢えて誘わなかったのだ。
「連絡を返さなかったのは悪かったと思ってる。 けど余裕が無かったんだ!」
ただ文字を打てばよかっただけだったのかもしれない。
それだけで心輝は満足したかもしれない。
でも気軽に打つ事も出来ない程に勇の心は複雑だったから。
理由など言えるはずも無い。
この二日間で起きた事はあまりにも現実から掛け離れ過ぎていたから。
伝えたくてもまだ言葉が纏まっていなかったから、事実を伝える事もどこか憚れて。
「その……色々、色々あって大変だったんだよッ!!」
―――気付けばそう口走っていた。
感極まって放たれた声は僅かに甲高く。
肺に溜まった空気を全て吐き出したかの様に力が籠っていて。
「勇、大丈夫?」
少し感情的に成ってしまったのだろう、気付けば瞳に僅かな潤いを纏っていたから。
それに気付いた瀬玲が勇の腕を掴む様にそっと掌を添える。
「あ……いや、ごめん、なんでもないよ」
勇がそんな彼女の気遣いで初めて感情の昂りに気付く。
咄嗟に冷静さを取り戻すと、もう片方の手で彼女の手を解く様に優しく押し退かした。
「そう、ならいいんだけど」
瀬玲は当然、勇が何か隠している事を見抜いている。
しかし必要以上に深入りしないのもまた彼女の優しさの一端だ。
退けられた手を腰の裏に回して視線を明後日の方へと向け、「我関せず」の意を体で示す。
こういった時によく見せる、彼女らしい仕草である。
そんな瀬玲の仕草など気にも留めず、心輝とあずーは相変わらず気を張ったままだ。
とはいえ、勇の感情を乗せた一声に気圧されたのか、先程までの勢いは衰えを見せていて。
「んまあ、俺もちょっとしつこかったよ、すまねぇ。 だが、ならそう言えばいいじゃねぇか!」
「そうだー!!」
果たして彼等は人の話を聴いていたのだろうか。
そう思える程の理不尽な発言に、勇も瀬玲も堪らず目を据わらせる。
だがそれは決して呆れからでは無かった。
「一言でもいいっ!! 『何言ってるんだお前は』的な一言でもっ!!」
「そうだー!!」
大袈裟な程に腕を振り上げ、感情をこれでもかと言う程にわざとらしく。
そんな様からの結末を知っていたからこそ、僅かな笑窪が浮かばせてならない。
「それを待っていたのにッ!! どうしてこうなったあッ!!」
「そうだー!!」
ノリノリのあずーを除いた三人の口元に。
「そう、これは全てあずーが悪いッ!!」
「そうだー!!……え?」
弱い頭では状況を理解出来ず。
途端にあずーの体がガチリと固まる。
「実はよ、昨日送ったメッセの半分、あずーが書いたものなんだよ」
今しがたのテンションは一体どこへ行ったのか。
途端に静かになった心輝が素早くスマートフォンを取り出すと、手馴れた指捌きで画面を開いてメッセージ画面を映し出す。
興味深そうに勇と瀬玲が差し出された画面を覗けば、先日勇に送られた文章がずらりと並んでいて。
それを見た途端、勇と瀬玲の口から大きな溜息が堪らず溢れ出した。
「勇、いつもいつもご苦労様」
彼女の言う通り、こんな事は彼等にとっては日常茶飯事。
今度は瀬玲が同情の視線を向け、励ますかの如く勇の肩にその左手をそっと添える。
彼女の続く気遣いに痛み入り、勇も精一杯の苦笑いで返すばかりだ。
パワフルな兄妹に翻弄される勇と瀬玲。
珍妙な共通点から互いに共感を感じずにはいられない。
そんな中で勇が無言で纏っていたパーカーを脱ぎ、瀬玲にそっと手渡す。
それが今出来る気遣いであり、精一杯の返礼だった。
「ん、サンキュ」
勇の意思を汲んだ瀬玲が受け取ると、素早く羽織りフードを被る。
纏った衣服のサイズは腰下を覆う程に大きく、隠す分には申し分ない。
今の彼女にはこれ以上に無い助けとなるだろう。
そのありがたみが、フードの影から覗く口元に微笑みを呼び込んでいた。
「という訳で俺達は帰るぜ。 また明後日学校でな」
「はぁ!? ちょ、私なんで連れて来られたの!?」
しかし間も無く心輝の理不尽な発言が雰囲気をぶち壊す。
瀬玲の微笑みもたちまち崩れ、感情のままに言葉を刻ませていた。
「勇君これは、これは違うのぉー!! ギャワーーー!!」
あずーはと言えば……心輝に両腕を取られて引きずられ、否応無しに退場だ。
心輝は「じゃあな!」と声だけ張り上げ、瀬玲も勇へと小さく手を振って別れを告げる。
こうして三人は揃ってその場から立ち去っていったのだった。
突如やってきては急に去っていく。
そんな彼等はまるで嵐の様で。
けれどこれはいつも通りの事。
一人取り残された勇は何も変わらぬ仲間達との再会にホッとした気持ちを抱く。
だがその一方で、変化した事実の向こう側に置いて来た感情も思い出していた。
再びフェンス越しの静かな校庭を見つめ、想いを馳せる。
「変わらないからこそ、知らない方が良い事もあるのだろうか」、と。
生々しい現実と、言い表せない事実。
彼等ならきっと信じてくれるだろうが、語るには余りにも非現実的で、残酷過ぎるから。
例え事実をありのままに語らなくとも、統也の事だけはいずれ話さないといけない。
出来るだけ早い内に、心の内が定まったら。
未だ様々な感情が揺れ動く中で、勇が校庭から視線をそっと外す。
胸が苦しくなる程の辛い事実を乗り越えられたから。
心輝達と揃って大笑い出来る日がまた訪れる事を信じて。
勇はそんな想いを胸に深く溜息を付くと、そっとその場を後にしたのだった。




