~平穏に消え、死に想う~
リビングに戻った勇はテレビを静かに眺めていた。
報道番組から何か新しい情報を得る為にと。
未だテレビは特番がひっきりなしに繰り返され続けている。
とはいえ、もう報道される情報は大して変わらないけれど。
敢えて違う点を挙げるなら、視点が海外にも広がり始めた事か。
日本国内の出来事は既に映像などを挟まず、テロップだけに留まっていて。
マイペースに普通の番組を映しているのは某チャンネルくらいだ。
「あ、勇君今はお風呂ダメだからねー」
「は……?」
そんな時唐突に、台所で洗い物をしていた母親が意味深な発言を飛ばしてくる。
鈍い勇でも簡単に連想出来てしまうほど不自然に。
「なんで田中さんを覗く前提なんだよ」
「あら、興味無かったかしら~?」
「オカンが言うほど貞操概念欠落してねーって事だよ」
そんな妙な気遣いも、今の勇には不愉快以外の何者でもない。
反抗期が未だ抜けていないのと、そもそもの発言が無神経なので。
だからか途端に「ムスッ」とした表情が浮かぶ事に。
もちろん気にならない訳じゃない。
勇も青春真っ盛りの立派な男の子だから。
許されるなら直ぐにでも赴きたいくらいにはお盛んなので。
でも親が思うほど奔放でも無い。
一六~七歳ともなれば理性も倫理観もしっかりと持つ年頃だからこそ。
それでも理解している事を念と押されれば不快とも思えよう。
親心子知らずとは言うが、それは子心親知らずとも言う。
この年頃が子ども扱いを嫌うのは、そんな認識のズレがあるからこそなのだろう。
そんな物思いに苛まれつつも勇がテレビを眺め続ける。
するとキャスターの挙動が僅かな強張りを見せ始めていて。
新しい情報でも入ったのだろうか、テロップが突然として切り替わる事に。
『続報です。 本日夕方より渋谷にて、自衛隊が再度作戦を行う予定だったとの事ですが、特に行動を行わないまま撤収した模様です』
「そりゃ俺達が倒しちゃったしな、大ボス」
そんな番組を前に、勇が机に頬杖を突きながらぼやく。
小言だったからか、親達には聞こえていない様だ。
実の所、勇は昼間の戦いの事を両親には伝えていない。
「危ない事はしない」と言っておきながら戦ってしまった事を知られたくなったから。
無駄な心配を掛けさせたくなかったという事もあったが。
それにちゃなまで巻き込んだのだ。
これがバレてしまえばどれだけ騒がれるかわかったものではないので。
もうこれ以上不快させられるのが面倒だったとも言えるけれども。
『周辺調査の結果、付近一帯に存在していたと思われる謎の生命体の存在は確認されず、今朝の戦闘での情報を便りに現在鋭意調査中―――』
「はぁ? 存在しないって、数匹くらいは逃げてただろ」
しかしそんな想いもこの報道によって掻き消される事に。
また政府お得意の隠蔽かなんかだろうかと疑問が浮かぶ。
しかし王が消えた事は事実で、剣聖すら知らなかった事だ。
そこに何かしらの因果関係があるのかと考えると一概とは言えず。
「ボスが倒れたら子分も消えるって事かなぁ……んな訳ないか」
まるで隅に残る不安を払うかの様に、勇はそんなぼやきを繰り返していた。
ダッゾ王が倒れて消えて、雑兵もいずこかへ消えて。
「もし逃げた魔者が人の生活圏へ逃げていたら」、そんな想いが不安を呼び込む。
たった数匹ならきっと大丈夫などと、そんな楽観にも縋りたくもなるだろう。
何もかもがわからなさ過ぎるから。
疲れで思考回路はもう停止寸前、纏まる事も纏まらない。
「お風呂ありがとうございました」
「あ、はーい。 お礼なんていいのよ」
そんな折に聞こえたちゃなの声がそのトドメを差す。
お陰様で、遂には机に突っ伏して思考を諦めた勇の姿が。
もっとも、別の桃色思考で頭が一杯になっただけだけれども。
ほのかに香るソープの甘い匂いが引き金となった様だ。
なお、結局ちゃなは今日からしばらく藤咲家に泊まる事になった。
実家が実家なだけに仕方がない処置である。
もちろん親には既に事情を説明してある。
なのでちゃなが家に戻れるまでは、という条件での居候だ。
母親が妙にウキウキしているのは、勇には少しうっとおしかったが。
何せまるで事情を知っていたかの様に準備万端だったから。
昼間の間にちゃな用の衣類品を買っていた事には皆揃って驚いたものだ。
やたらと気が回るのか、それとも勘が良いだけか。
「勇君もちゃっちゃとお風呂入っちゃって。 明日学校でしょ」
とはいえ、そんな気回りが時にはこうして役立つ事もある。
そう言われてようやく勇は思い出したらしい。
明日が月曜日だという事に。
世間が平常運転なら、明日は当然登校日となる。
けれど事が事なだけに、今までずっと失念していた様で。
昨日今日と戦ったのに、学校にも行かなければならないという。
幾ら根性に定評のある勇でも、こればかりは休みたいと願わずにはいられない。
「あーくそ、明日休みになってないかな……」
またしても項垂れる中で、僅かな希望を胸にスマートフォンを開く。
学校からの連絡が来ているかもしれないと期待して。
しかし画面を開いた途端、別の理由で驚く。
いつの間にやら何件もの通知が積もり積もっていたのだ。
それも「はぁ!?」という呆れ声をもたらす程に。
それもそのはず。
その通知、全てが同一人物から送られてきたものだったのだから。
なお、発信者は全て、園部 心輝という名前から。
勇の親友の一人である。
どうやら昼過ぎほどからSNSアプリ【RAIN】にメッセージが送られていた様だ。
気付かなかったのも無理は無い。
何せ今までずっと機内モードだったのだ。
敵地に乗り込む為にしっかり対策していた訳だが、解除も忘れていたらしい。
ただ、そんな事など勇にはどうでも良かったのかもしれない。
通知元が元なだけに、不安しか無かったので。
そしてその不安はしっかりと的中していた模様。
『心輝:おーい勇今何してんだ』
『心輝:おいおい、無視か、無視なのか』
『スタンプ(怒り)』
『スタンプ(悲しみ)』
『心輝:マジか、俺スルーされてるのか』
『心輝:なんだか火曜まで学校休校らしい』
『心輝:遊びに行こうぜ』
『心輝:見たら返事くれ』
『心輝:あずーが超絶かわいくて勇君まってる』
見よ、このウザい事この上無いメッセージの数々を。
一つは有用な情報もあるが、大体は面倒臭いだけ。
これが勇を悩ませる心輝という男の所業なのである。
―――最後のは一体なんなんだ―――
故に勇が画面越しに据わった目を向けていたのは言わずもがな。
ちなみにこれが全てではない、むしろたった一部に過ぎないのだ。
とはいえ知りたい事はちゃんと書かれていたので、勇としては充分だが。
「かまってちゃんかよ……いいや、既読無視しとこ」
なお、これはよくある事だから対応も馴れたもので。
敢えて全てを見た上でスルーする。
心輝という男を扱う上で大事なマナー(?)である。
「明日と明後日休校だってさ。 多分今回の事件で何かあったんだと思う」
「あらそう、じゃあちゃなちゃんも家にいるのね」
「多分ね」
何にせよ明日明後日が休みとわかってホッと一安心だ。
これで一先ずはゆっくり出来そうだから。
二日間の休みを無駄にした分はしっかり休もうと心に思う。
もっとも、剣聖が居る以上はそうも言っていられなさそうだけども。
母親にそう伝え、洗面所に向かう。
さすがに疲れた今、浴槽が恋しくなりもしよう。
しかし開いたままの引き戸を覗けば、即席札は「使用中」のままで。
即興で作られた「藤咲家の新ルール」は初日にして誰からも忘れ去られた様だ。
今日も色々あった。
人の死を身近でまた見てしまったり。
例え憎い人間であろうと死ぬのを見るのはとても怖い事だ。
だが先日ほどの胸が締め付けられる様な感覚は無くて。
このまま人が死ぬ事にも慣れたら、あのヴェイリの様になってしまうのだろうか。
それが嫌だからこそ勇は願う。
死ぬ事に慣れても人を守ろうという気持ちはずっと持ち続けようと。
統也が命を賭してそうしてくれた様に。
例え今は守る事が叶わなくとも。
いつかそんな願いの下で力を奮ってみせるという期待を抱いて。
そんな想いが幾度と無く巡り、再び勇に安らぎを送り届ける。
明日はきっといい日になる、そんな期待も抱いたままに。
第二節 完
勇達を畏怖させたダッゾ族との戦いの完結です。
しかし勇達にとってはこれはただの始まりにしか過ぎません。
彼等の戦いの軌跡はこれからもまだまだ刻み続ける事となります。
本話のサブテーマは「信じる心とその一歩」
しかしその信じる心は跡形も無く踏み潰され、彼の人を信じる心に一点の曇りを残します。
彼はその曇った心を解き放つ事は出来るのでしょうか。
次回のサブテーマは「出会いと出発」です。
今は多くを語らず物が時を重ねるまで。