~全てを貫く、閃光陣~
ヴェイリとダッゾ王が戦い始めた頃、勇達はコンサートホールの裏手に訪れていた。
表から入ればヴェイリやダッゾ王に見つかる可能性があったからだ。
彼等がどの様な戦いをするのか、どれ程の強さなのか。
それがわからないからこそ面と向かって相対するのは危険だと感じての判断だった。
「関係者以外立ち入り禁止」の扉を開き、慎重に裏手から建屋へと侵入を果たす。
入る前に周囲を見渡し、入った後も内外を注視しながら。
音が鳴らない様にそっと扉も閉めて。
もし劇場内外に残党が居て、うっかり鉢合わせてしまえば戦いになってしまう。
ちゃなを背負っている今、迂闊に戦いを繰り広げれば不利は免れないだろう。
だから慎重を喫しなければならない。
出来る限り戦わないようにと。
「ふぅ、下手なホラー映画より怖いよ」
見つかったら即終了。
そんな現状に堪らず弱音が漏れる。
しかし驚異が無いとわかれば落ち着いたもので。
自然と足取りは気軽さを見せたものだ。
どうやらコンサートホール内には残党は居ないらしい。
建物が揺れる音は聴こえるが、それ以外の音は皆無だったから。
この建物自体が王の家になっているからだろうか。
それとも、身近へ兵を置かないほど力に自信があるのか。
もっとも、雑兵が居たら居たでヴェイリが処理していそうだが。
何にせよ、勇にとっては好都合に違いはない。
そうとわかれば早速次の行動へ。
周囲を再び見回し、目的の物を探す。
地図である。
まずは構内構造を知る為にも地図が必要だと思ったらしい。
ただこれは比較的すぐに見つかった。
関係者も迷わぬ様にと、出入り口の近くに備えられていたから。
ではなぜそんな物を探したのか。
―――勇はこう予想したのだ。
王ならきっと一番大きな場所を陣取るはず、と。
だからこそ勇はその予想を元に、そことは少し違うとある場所を探し始めたのである。
「あった!!」
勇が探していたのは大ホールの舞台裏。
ステージ演出用スペースへの道だ。
「よし、ここなら見つからずに済むかもしれない」
演劇などといった見世物を行う際、ホールからは舞台裏は極力見えない様になっている。
構造上あるいは演出上、顧客に見せないよう工夫がこなされているからだ。
なら戦いを覗き見るには最も適した場所と言えよう。
目的地までの道程を頭に叩き込み、再び足を踏み出す。
とはいえ大きな劇場ともあって、その距離は果てしなく長い。
加えて時折に建物自体が「ズズンッ!!」と揺れ、勇もどこか戦々恐々の様子。
ただその歩み自体は止まらない。
どうやら肝はもう相応に据わっているらしい。
そしてとうとう彼の前に大きな両開き扉が姿を現した。
大ホール舞台裏の入口である。
恐る恐る重厚な扉を開けて入ると、そこには一面暗い空間が広がっていて。
照明も殆ど付いておらず、暗所でも見える様な蛍光質の壁や床が二人を迎える事に。
更には今開いた扉が防音扉でもあったのだろう、開けた途端に戦闘音が鳴り響いてくるという。
「やっぱり戦闘中だったか」
それにも怯まず扉をそっと閉め、付近の壁際へと眠ったままのちゃなを降ろす。
さすがに背負ったままでは見学も何もあったものではないので。
とはいえこのままにするのも危険だろう。
という訳で、すぐ見つからない様にと周囲の黒カーテンで覆い隠す事も忘れない。
そのまま次に向かうのは、ステージ上部に構える演出スペースだ。
劇中に小物を降ろしたりなどの裏方作業を行う場所である。
この場所を選んだのは勇の経験則から。
人の構造上、頭上が死角であるという事は剣道を通じてよく理解出来ていた。
魔者までがそうであるとは限らないが、人型であるならば恐らくは通じるだろう。
ならばと危険が最も少ない上から眺める事を選んだのだ。
―――上からなら多分見つからないハズ……多分―――
そんな期待と不安を胸に、小さな階段を登っていく。
するとその時、思わず勇がその身を固めさせる事に。
ふと見えてしまったのだ。
ヴェイリとダッゾ王の繰り広げる熾烈な戦いが。
閃光と暴力が迸り、地響き揺らす激しい攻防が。
「こ、これが魔剣使いと魔者の戦いなのか……」
その真の戦いを前に勇が驚愕を隠せない。
今まで自分が戦ってきたのは何だったのかと思う程の激しさだったから。
お互いが致命傷を避けながら傷を負いあって戦う姿を前に、ただただ絶句するばかりで。
でもこのまま立ち止まってしまえば見つかりかねない。
だからこそ隙を縫う様に階段を昇りきり、ホールが微かに見える場所でそっと腰を落とす。
床に密着するまで伏せると、カーテンと壁の隙間から覗き見える戦いを静かに見守るのだった。
一方のヴェイリ達はと言えば―――
勇に全く気付く事も無いまま、戦いの熾烈さをますます加速させていた。
その惨状はと言えば、勇が驚くのも無理無い程に凄まじい。
ホールの至る箇所に無数の光矢が突き刺さっていて。
しかし今なお輝きを放ち、その虚しさを引き立たせているかのよう。
なお、矢が輝く場所はダッゾ王自身も例外とはならない。
最初の一発は元より、もう一本の矢が左腕に突き立っているという。
更には右手首に一本、腰に一本と突き刺さって鮮血を滴らせている。
だがそんな傷を負いながらもダッゾ王の勢いは止まる事が無い。
更に荒々しい姿を見せつけながらヴェイリを追う姿が。
対してヴェイリは―――逃げつつも、焦燥感に苛まれている。
これだけの矢弾を撃ち込んだ。
四発も当てて見せたのだ。
雑兵ならば一撃で堕ちる矢を。
にも拘らずダッゾ王は倒れるどころかなお動き続けている。
それも躱し、受け止め、いなし続けながら。
その結果がホールを埋め尽くさんばかりの矢という訳だ。
だからだろうか。
ヴェイリの顔色も勇と会った時と異なり、血色が引いていて。
息を荒げ、肩で呼吸する有様を見せている。
もう隠す程の余裕さえ無いのだろう。
「この化け物め……!」
それでもなお諦めず、再びの一矢がダッゾ王へと射られる事に。
ただそれも左腕によって虚しく遮られる事になるが。
「グフフ……!」
「クソッ!」
これは明らかな故意だ。
敢えて左腕で受け止めたのだろう。
矢がそれ程の威力を誇っていないと気付いたが故に。
雑兵は倒せても王ほどの巨躯には通用しない。
何せ腕一本が雑兵並みに大きいのだから。
突き刺さってもその胆力で痛みを抑えきれてしまう。
だからこそダッゾ王はニタリと笑っていた。
その左腕の影から吊り上げた笑窪を覗かせていたのだ。
しかもそれを皮切りに力一杯に踏み込む。
周囲に転がる椅子を纏めて炸裂四散させる程の脚力で。
床をも破砕する程の衝撃を以て。
そうして生まれた跳躍力がダッゾ王をヴェイリの下へと一直線に迫らせる。
それも瞬く間に、その左腕を盾に、その右腕を矛として。
殺意のままに体をも捻り、右腕に破壊の力を存分に篭めさせながら。
「潮時だなァ!! 覚悟するがいいッ!!」
ダッゾ王は知っていたのだ。
もうヴェイリには矢弾を放つ力が殆ど残っていないのだと。
最後に放たれた矢の力が最初よりもずっと弱かったから。
そう、ヴェイリの持つ命力が尽きようとしていたのだ。
勇が初めて【エブレ】を奮った後と同じ様に。
ちゃなが初めて【アメロプテ】で火球を放った後と同じ様に。
その力は有限であり、そして簡単には戻らない。
体力と同じ様に消耗した力を取り戻すには時間が必要なのである。
それが尽きそうな今、ヴェイリに残された手は少ない。
ヴェイリが堪らず足を引く。
しかし間も無くその背が壁を叩き、下がる意思を否定した。
ヴェイリは追い詰められていたのだ。
心も、体も、戦術さえも。
その顔に焦りと疲労から大粒の冷や汗が滲む。
ならば慄き怯えの引きつった表情を浮かべ、ダッゾ王の進撃をただただ許すしかない。
「弱者よ!! ただの肉塊と成って逝くがいい!!」
ダッゾ王の叫びが大ホールを貫きヴェイリを襲う。
その目に輝く眼光を一身にぶつけながら。
視界に映るは目前の敵のみ。
怯え惑う弱き者のみ。
だがその巨木が如き腕が振り上げられた時、ダッゾ王の身が僅かに硬直する。
何故ならば―――その瞳に、ヴェイリの不敵な笑みが映っていたのだから。
「そうだなッ!! ただし貴様がなあッ!!」
その瞬間、ヴェイリの右手が激しく輝く。
力が残って無かったはずにも拘らず。
そしてその右手を力の限りに突き上げた時、それは起きた。
突如として大ホール一面が光に包まれたのだ。
突き立っていた無数の矢達が一斉に輝き始めたのである。
「弾けて消えろおッッ!!!」
「何ッ!? ウ、ウォォォオッ!?」
その輝きの正体は無数の閃光筋。
無数の矢から放たれた光筋がダッゾ王へと向けて収束していくという。
キュオォォォォォォ――――――!!!!
するとたちまち大ホールを白光が覆い尽くす事に。
全てが命力の光、貫穿の強い意思を示さんが如く。
そう、これこそがヴェイリの刻んだ知略の結晶だ。
全てを欺き成し得た輝きだ。
その全てが繋がった今、遂に無数の命力光が領域内を撃ち貫く。
幾閃光はダッゾ王を余す事無く穿ち、強靭な肉体をも焼き焦がす程だった。
それも、遠くの勇でさえも思わず腕で遮ってしまう程の光量を以て。
「グゥアアアーーーーーーッッッ!!!!」
その様相はまるで稲妻に焼かれているかのよう。
それ程までに激しく光が迸り、燐光を弾き飛ばしていたのだから。
あの巨大なダッゾ王を瞬時にして焼き尽くしてしまう程に。
―――ゥゥゥン……
光が収まっていく。
稲妻の落ちた様な輝きが。
するとどうだろう。
ヴェイリの目前に迫っていたダッゾ王の体が―――ぐらりと堕ちた。
煙を放ちながら、力の無いまま重力に引かれて。
ズズゥーン!!
そして大ホール全体に地響きを与える事となる。
力尽きたその身をとうとう床へと激しく叩き付けた事によって。
あの強靭無比なるダッゾ王が遂にその動きを止めたのである。




