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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第二節 「知る心 少女の翼 指し示す道筋は」
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~少年の想い、閃光迸る~

 天を衝く程の業炎が爆心地中心を轟々と燃やし、周囲を漏れなく焼き尽くす。

 余りの威力で、ちゃな自身も弾かれてしまう程に。


 それでも成果としては充分過ぎた。


 殆どの魔者が消し炭と化したのだ。

 それも二百近い軍勢が瞬時にして。

 なまじ集約していたからこそ、爆炎にほぼほぼ飲み込まれて消えたという。


 そんな威力を誇った一撃を前に、勇もちゃなもただ驚くばかりで。

 共に大地へと尻を付きながら、ただただ眺めるばかりだった。


 だがそんな折、業炎の傍から何かが飛び出す。


 それはなんと魔者。

 無事だった者が一人、奇声を上げて走り込んで来たのだ。

 しかもあろう事かちゃなへと向けて。

 仲間の復讐と言わんばかりに殺意を撒き散らしながら。


 しかし今、勇は体勢を崩したままだ。

 加えてちゃなとの距離も大きく離れている。

 光球を避ける為に、離れる様にして飛んでしまったからこそ。


 既にその距離感は、ちゃなと魔者との距離よりもずっと長い。


「うおおーーーッ!! 一匹だけでもォ!!」

「田中さあんッ!!」


 間に合わない。

 届かない。

 今までなら、そう思っていたかもしれない。


 でも今、勇は無我夢中で跳ねていた。 

 咄嗟に、脚に力を篭めていた。


 それはただ必死に。

 ただ守ってあげたくて。

 ただ手を差し伸べたくて。 


 そう思っていたら―――




 もう既に、勇はちゃなの前で立ち塞がっていた。




 信じられない程の力が湧き上がっていたのだ。

 アスファルトを砕き、己の身を瞬時にして運びきる程に。


 気付けば、ちゃなは叫ぶよりも先にその背中を見上げていた。

 大地を削り滑る、逞しく大きなその背中を。


 光り輝く魔剣を握り締めた、勇の雄姿を。


 全ては咄嗟だった。

 そうして構える事も、力を籠めた事も。


 襲い来る魔者に狙いを定める事さえも。


 そして今、光を解き放つ。

 それはただ、己が心に思い流されるがままに。




キュウンッッッ!!!




 その時、一筋の残光が糸を引いた。

 凝視せねば見る事も叶わぬ程の、細く、淡い残光で。

 それでいて、その軌跡は糸の様に大気にしっかり浮かぶという。


 それが魔剣【エブレ】の刻んだ斬撃軌道の残滓。


 気付けば勇は既に―――斬り抜いていたのだ。

 襲い来る魔者を、一閃の下に。


 切り裂かれた魔者は意識を手放し、誰にぶつかる事も無く大地に転げ落ちる。

 真っ赤な鮮血を吹き上げながら。


「うっ、これって―――」


 そこで初めて気付く。

 己の成長と、魔剣と命力の感触に。

 

 昨日は斬るだけでもかなりの抵抗を感じていて。

 しかし今回の一閃は力を込めなくても振り抜けられた。

 これが剣聖の言っていた、「雑魚ならなんとでもなる」という事の正体だったのだろう。


「そうか、これならッ!!」


 そう確信すると目の前を見据える。

 今斬った魔者が全てでは無かったから。

 遅れて二人の魔者が走り込み、決死の攻撃を仕掛けてきていたのだ。


 だがその動きは、もう勇には見えている。

 研ぎ澄まされた感覚が、敵の動きを余す事無く捉えきった事によって。


 恐れと、悲しみと、苦しみを。

 その全てを乗り越えた今の彼を―――もう誰も止める事は叶わない。




キュンッ!! キュンッ!!




 たちまち空気を裂く音が、命の駆ける跡が戦場に刻まれる。

 その動きはまるで水の様にしなやかで。

 しかして風の様に鋭く、石の様に抗じない。


 そして炎の様に、刻んだ者の命を消し飛ばそう。


 その時勇はもう、魔者達の背後に立っていた。

 振り抜いた魔剣を片手に、燃え盛る炎光を身に受けて。


 魔者達が宙を舞う中で。


 それはまるで、宙に描かれた幾曲軌道から弾かれる様にして。

 その一撃の深さ故に、誰しもが白目を剥きながら。




 勇の斬撃はそれ程までに強く、激しく進化していたのである。




「ハァ、ハァ、次は!?」


 ただその代わり消耗も激しかったらしい。

 途端に血液が酸素を求め、呼吸を誘う。

 予想以上の疲労だ。


 ここまで走り込んで来た事による体力の消耗と、続けざまの斬撃行動。

 それがここに来て重なり、著しい疲れを呼び起こさせたのだろう。


 しかし倒れる訳にはいかない。

 その想いの一心で周囲を見渡す。

 膝を折るまいと必死で立ち支えながら。


 だが襲い掛かってくる者は既に居なかった。


 周囲に見えるのは、燃え上がった炎とそれに焼かれる魔者の死骸のみ。

 唯一気になるのは、鼻を突く焦げた臭いくらいだ。

 呼吸を阻害し、息苦しさを呼び込むだけの。


 ただそれでも、今の勇にとっては苦でも何でもない。

 あの大軍団をこうして退けられたのだから。


「よかった、なんとかなったんだな。 はは……」


 その安堵が、酸素を求めるどころか笑いを呼ぶ事に。

 肺の空気を全て抜くかの様な枯れた笑いを。


 さっきまで死ぬかと思っていたのが嘘のよう。

 勝てるとは全く思っていなかったから。

 でも、ちゃなの一発が全てを塗り替えてくれて。

 自分の力も想像を超えて強くなっていて。


 気付いたらこうして、全てを退く事が出来た。


 自分が強いだなんて思った訳じゃない。

 これは全部ちゃながやった事だから。

 ただそれでも、こうして成せた事がどうにも嬉しくて。


 その喜びは、手が感動の余り震える程にまで大きかった様だ。


 もちろんちゃなへの感謝も忘れない。

 本当に凄い威力だと思ったから。


 その気持ちはただひたすら真っ直ぐに。


「これ、ほんと凄かったね―――ッ!?」


 


 でも勇が振り向いた時―――ちゃなは地面へと倒れ込んでいた。




 魔剣さえも離し、微動だにさえしていなくて。

 それはまるで気絶したか、あるいは死んでしまったかの様に。


「たっ、田中さんッ!!?」


 そんな姿に、勇が動揺しないはずも無い。

 突然の事で気を動転させたまま慌てて駆け出していて。

 そうして倒れたちゃなの下へと滑り寄ると、そっと後頭部へ手を回す。


 どうやら大事には至ってないらしい。

 ちゃなの目は薄くだが開いており、特に呼吸も荒い訳でも無く。

 ただ凄く気怠そうに、「とろん」と泳いだ瞳を浮かばせていただけな様だ。


「大丈夫田中さん!?」


「あ、はい……多分。 なんか疲れがどっときて……」


 それも当然か。

 何せあれだけの大きな光球を放ったのだ。

 ならこう脱力してしまうのも仕の方ない事なのかもしれない。


 勇も昨日は一斬りだけで疲労し、膝を突いてしまったから。

 これもきっと命力という力を消耗した結果なのだろう。


「そっか。 もう魔者は君が全部やっつけちゃったし、後は俺がなんとかするよ」


「じゃあ、お願い……しま……」


 ただ、ちゃなは勇と違って我慢強くも無い様で。

 そのまま意識を手放し、「すう、すう」と寝息を立て始める。


 初めての魔剣の使用が必要以上に消耗を呼んだのだろうか。

 元々体力も無いからか、疲れには勝てず眠気を受け入れた様だ。

 そんなちゃなの寝顔を前にして、勇は微笑みを零さずにはいられない。


 落ちていた魔剣を仕舞い、ゆっくりちゃなを背負い込む。

 後はもう帰るだけでいい―――のだが。


「そういえばヴェイリの奴、今魔者の王と戦ってるのかな」


 その最中に視線を向けたのは、王が居るであろう根城の方角で。

 たちまち緩んでいた表情に陰りが生まれる。


 勇達が騙されたという事は何となく察せた。

 ヴェイリはやたらと王に拘っていたからだ。

 そこで〝【ダッゾ族】を倒すという依頼を受けた〟という話も関係して来る。

 となると恐らくは、名声か何かを欲していたに違いない。


 だから消耗せずに戦おうとして、事情の知らない自分達を利用したのだと。


 そう察した以上、もうヴェイリに対して良い印象は残っていない。

 裏切られた手前、もはや敬意を払う気持ちは欠片も無いのだろう。


 とはいえ、やろうとしている事自体は気にならない訳でも無い。


 もし王という奴が残っていたら。

 もしヴェイリが負けたらどうなってしまうのだろう。


 そんな心配事が尽きなかったから。


「少し、様子を見に行ってみよう」


 そう一人呟き、ちゃなを背負ったまま根城へ向けて一歩を踏み出していく。

 今はただ、二人の戦いの末を見届けたいが為に。




 人通りの無い道路が風を呼び、彼等を優しく煽る。

 まるでその抵抗があるかの様に足取りは重い。


 でも、どこか力強かった。




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