~友と同じ覚悟、その身に秘めて~
「ヴェイリさんッ、今ですッッッ!!!!!」
勇の必死の叫びがビル街を突き抜ける。
大集団を合流地点まで引き連れる事に成功したのだ。
何も知らぬ魔者達はただただ走り来るのみ。
地響きを立て、例の交差点へと何一つ疑う事無く。
ならば後はもう、一網打尽とするだけだ。
そして遂に、その先頭が十字路へと差し掛かる事に。
だが―――魔者達が蹴散らされる事は無かった。
十字路へと進入するも、今なお勢いは収まる事無く。
とうとう十字路さえ抜け、一直線に勇へと走り込んでくるという。
魔者達を殲滅するはずの攻撃が、何一つとして放たれなかったのである。
「え、ヴェイリさん……?」
予定していた攻撃は一向に訪れない。
なお大集団は近づき続けている。
勇が恐れるあまり足に再び力を籠める程の、凄まじい迫力を放ったままに。
「ヴェ、ヴェイリさんッ!? 何してるんですか早くッ!!」
しかし一度勢いを止めてしまった事が仇となる。
走りこそ即座に全速軌道に乗るが、詰められた距離までは取り返せない。
魔者の集団が勇との距離を一気に詰めきっていたのだ。
なおも十字路に動きは無い。
その時、勇の脳裏に絶望の想いが幾多も走る。
間違いでも無い。
勘違いでも無い。
この場所は先程打ち合わせた場所と相違は無いはず。
ならば、もはや考えられるのは―――ただ一つしかない。
「ま、まさかヴェイリ、あんた俺達を騙したのかあッッッ!!?」
一方その頃。
十字路傍のビル屋上から、逃げる勇の姿を見下ろす者がいた。
ヴェイリである。
「君達に恨みはないが、私も全力で王と戦わなければいけないんでね」
ただその視線は実に冷ややかだった。
先程までの穏やかな表情はもはや微塵も感じられない。
「なんせ、ソードマスター殿が居ないんだ。 この状況なら手柄は私一人の物さ、ハハッ」
そして間も無く浮かばせたのは、引きつらんばかりに吊り上がった笑みで。
そのままビル風で巻き上げられた髪を抑えつつ、別の建物へと飛び移っていく。
その身のこなしは人とは思えぬ程に素早く軽快だ。
勇よりもずっと速く、鋭く見える程に。
当然、進路は王のいる根城へ。
「良かったらそのまま彼等の囮を引き受けてくれ。 精々死なない事を祈っているよ」
そう言い残すも、勇が必死になっている事に目も暮れず。
野望を抱く鋭い眼を先へ向け、そのままその場を後にしたのだった。
そんな事など露知らず、勇が必死に逃げ続ける。
でも何故か不思議と、力が先程より入らない。
だからか、全速力でも引き離す所か縮まっていく一方だ。
徐々に、そして確実に。
「クソォ、なんでッ、こんなッ!!」
確かに勇の方が速いが、持久力は魔者達の方が上だ。
速度維持が叶う分、体力と気力の落ちた勇では覆しきれないのだろう。
力が落ちた事に関してはまた違う要因がありそうだが。
しかし勇は今混乱の真っ最中で、集中しろというのはがだい無理な話だ。
それだけヴェイリへの怒りで染まっていたから。
まさか信じて協力したつもりが騙される事になろうとは。
あの優しい態度が全部虚像だったなど夢にも思わなかっただろう。
幾度も呟いていたのはさしずめ、勇達を如何にして利用するか考えていたからか。
そうも思えば怒りも湧こう。
例えこの様な状況であろうと、悔しさと憤りで拳の震えが止まらない。
次に会った時は一体どうしてくれようか、と。
そんな苦渋の想いを駆け巡らせ、ひたすら足を大地へ突き続ける。
このまま逃げ切るつもりで力の限りに。
そう、作戦が失われたならば逃げ切れればいい。
このまま全速力で走れば振り切れる可能性もあるからこそ。
しかし、そう考えていた勇の視界に予想だにしなかった人物の姿が映り込む。
ちゃなである。
なんと店のショーウインドウを通して勇を眺めていたのだ。
走ってきた事に気付き、つい姿を見せたのだろう。
「ううっ!?」
ちゃながそこに居るという事。
それはすなわち、このまま走り去れば彼女が蹂躙されてしまうという事に他ならない。
しかしちゃなを連れて行くのは到底無理だ。
この勢いは彼女にとって余りにも速過ぎる。
「くぅ……くっそおおーーーーーーッ!!」
その状況が、勇に覚悟を決めさせた。
たちまち叫び声を上げながら地面を踏み締め、アスファルトの上を激しく滑って。
擦り音を激しく掻き鳴らし、大地をも削っては土埃を巻き上げさせる。
ザザザザーッ!!
そうしながらも振り返り、魔剣の切っ先を突き付ける姿が今ここに。
徹底抗戦の構えである。
ちゃなを見捨てるなど勇には出来なかったのだ。
それは男だからだとか、勇気があるとかそんな話ではない。
ただ守らなければならないと思ったから。
統也に「守ってやれ」って言われてからずっと。
理由は無いけど、そうしないといけないという意志が生まれたから。
だから今、勇は覚悟の下に両手で魔剣を掴む。
震え、脅えながらも力の限りに抑え付けて。
全ては、ちゃなを守る為に。
きっとその時の形相が魔者達には恐ろしいものに見えたのだろう。
たちまち魔者の先頭集団が怯えるままに脚を踏ん張り絞めていく。
しかしどうやら後続にその意思は伝わらなかった様で。
遂にはドカドカと激突し始め、次々と転げ重なり積み上がっていくという。
そうして気付けば、なんと壁が出来ていた。
肉の壁だ。
魔者達の呻き声で包まれた悍ましい肉の壁が現れたのである。
ちなみにこれはただの偶然の産物に過ぎない。
魔者達としても意図したものではなく、事故り過ぎた結果で。
なので呻き声もただ敷かれた者が重過ぎて苦しんでいるだけ。
皆姿勢がおかしい状態で固まっているので、悍ましく見えているだけだ。
被害を免れた魔者も、こうもなっては迂闊に壁の外へと顔さえ出せない。
何せ魔剣が怖くて仕方ないもので。
要するに、魔者達は何も出来ない。
何をするにも、物理的に手も足も出ないから。
出来るのは精々、ゆらりゆらりと揺れる切っ先を目を丸くして眺める事だけだ。
実はそんなコミカル的状況なのだが―――勇にとっては脅威以外の何物でもない。
何せ勇達には全て悍ましい怪物にしか見えないから。
おまけにこう積み上がった壁が恐怖を更に煽るかのよう。
出来上がった肉壁は勇が見上げる程に高く、そして不気味で。
更に意図も読めないからこそ、これが何かの作戦だとしか思えなかったのである。
当然、肉壁に秘められた事実など知る由も無く。
勇が無意味と知らずに魔剣を左右に振り、相手を威嚇し続ける。
ただただいつ訪れるかもわからぬ〝来たるべき時〟に恐れ慄きながら。
もしこの魔者達が同時に襲い掛かって来れば、勇はきっと勝てないだろうから。
そんな時、脳裏に先日の事が思い浮かぶ。
自分を守って死んでいった統也の事が。
―――こんなに早く、この時が来るなんて、さ―――
この時、勇はもう覚悟していたのだ。
統也と同じ目に遭うかもしれない、その残酷な運命を。




