~提案、それは解決の為に~
大体の事情を知り、勇達はとりあえず目的が果たされた事を理解する。
だからか、思った以上に早く用件が済んだ事に安堵を憶えていた。
敵にも出会わず、ヴェイリという友好的な人物と出会う事が出来たのだ。
むしろ良い収穫とすら思わせてならない。
勇が剣聖の伝言を伝えると、ヴェイリは軽く頷き拝承の意を示す。
「了解した。 君達、私達の為にわざわざありがとう」
丁寧に右手を胸に当て、礼を述べる。
勇達はその紳士的な対応に前して、感心の目を向けずにはいられない。
まさに大人らしいの雰囲気を感じてならなかったから。
ぶっきらぼうで扱い難い剣聖とは全く大違いだ。
とはいえ、もう長居は無用だろう。
勇がちゃなの視線を遮る様に前に立ち、肩をポンと叩きながら踵を返す。
いざという時以外のちゃなは気が弱い。
今の状況はそんな彼女にとって毒だと思ったから。
そんな気持ちを察したか否か。
ちゃなも再び壁へと視線を向ける事無く、勇と共にその身を振り返らせる。
それはさながら「さぁ帰ろう」と言葉を交わしたかの様に。
無言のまま揃って出口へと向けて歩み始めていた。
「すまないが、そこで少し君達に相談があるんだ」
そんな二人の歩みを止めさせたのは、ヴェイリの一声だった。
勇達がその声に誘われるかの様に振り返る。
その時勇達の目に映ったのは、神妙な面持ちで。
先程までの温和な雰囲気は残っていない。
まさしく戦士としてのヴェイリが精悍な姿を見せていたのだ。
「相談って?」
とはいえ、勇もちゃなも進言に否定的とはならない。
ここに至るまでに色んな事を教えてもらったから。
それに今までの紳士的な態度が勇達に誠意を感じさせてならなかったから。
なら恩義で報いたくもなる。
続き二人が見せたのは肯定の頷きで。
その前向きな姿勢がたちまちヴェイリの優しい微笑みを呼び込む事に。
「ありがとう。 では少し聞いて欲しいんだ。 聞いてくれるだけでも構わない」
するとヴェイリは何を思ったのか、近くに見える柱へと向けて歩み寄り始めて。
勇達が付いて歩く中で話の続きを刻む。
「実はね、【ダッゾ族】はこの付近で根城を張っているんだ。 先ほど確認したが、自分達に相応しい住処を見つけた様でね」
なんでも、魔者達は『巣』をこしらえたらしい。
だから変容区域外苑部に一人も居なかったのだろう。
となると朝の戦闘はさしずめ、領域確保の為と言った所か。
人の様な形を持ち、人の様に話し、人の様に衣服を纏う。
彼等にも知性があるならば居場所を見つけるのも当然の事だ。
「彼等の寝床は本来もっと東にあるんだが、どうやらそこは転移してきていない様でね。 どうやら『こちら側』に来たのは一部の集団のみらしい。 とはいえ、厄介な事に〝王〟がその中に含まれている」
「王?」
「ああ。 彼等の代表者であり、ダッゾ族最強の戦士だ」
「最強……」
「その王が最も危険でね。 私達も奴を討ち倒す為にこうやって出て来たんだが、その途端にこれさ」
その語り草に、ちゃなが思わずそう零して唾を飲む。
つまりヴェイリ達は王を追っていた時に運悪く『転移』に巻き込まれたのである。
そしてそして一人になってしまった。
これで剣聖が居るならまだいいが、その当人も今は居ない。
おまけに領域外は知らぬ土地で逃げ場も無いという。
進む事も退く事も出来ない状況できっと追い詰められていたに違いない。
「奴等は数が凄まじくてキリが無くてね、いちいち戦ってても浪費しかしない。 だから二人で地下道を通って密かに接近してたんだが、まさかこうなるとは思っても見なかった。 私も正直ギリギリだったけどね」
そう語るヴェイリの口元に苦笑が浮かぶ。
それも当然か。
ヴェイリにもまた壁に飲み込まれるという可能性があったのだから。
ほんの一秒か二秒遅ければ今頃同様の目に遭っていただろう。
「すまない、話が逸れた。 要するに王を倒せば奴等も大人しくなるだろう。 【クランバラッカェ】というやつだ」
「え? くらばか……?」
「あぁ~……そうだな、『頭領を潰せば雑兵は逃げ出す』という意味さ」
王を倒す事が出来れば司令塔を失う。
つまりそれが戦いの終結を意味する。
逃げた雑兵をどうするかまでは終わってから考えればいいという事か。
そう注視してしまう程、王と呼ばれた存在は恐ろしい存在なのだろう。
そんな時、訪れた柱へとヴェイリの拳が打ち当たる。
途端コンクリートが砕け散り、小さなへこみが生まれていて。
そこに秘めたる思い―――決意を滲ませずにはいられない。
「そこで提案だ。 ダッゾ族の討伐を手伝って貰えないだろうか?」
しかし途端の突拍子も無い相談に、勇達が耳を疑う事に。
勇達が魔剣を手に入れて間も無い事は既に伝えた。
それでも二人が戦えると思っているのだろうか。
勇だけならともかく、今日魔剣を受け取ったばかりのちゃなが戦えるとは到底思えない。
だが狼狽える二人に返されたのは、ヴェイリの優しく包み込む様な声色だった。
「無理にとは言わない。 そして君達を危険に晒すつもりもない」
しかし声色に反して向ける表情は真剣そのもの。
事の重大さと想いが混じり合った、固い決意の視線が勇達の心を打つ。
それはどこか、決心を付けた時の統也の面影と重なって見えてならなくて。
勇が剣聖や父親に決意の瞳を向けられたのは、きっと統也のお陰だったのだろう。
出会ってから幾度と無くそんな姿を勇に見せてきたから。
そんな統也に憧れた勇が真似したいと思う程に、その印象は強く大きかったのだ。
だからそんな瞳を見せたヴェイリを、勇が放っておく訳など無い。
「どういう事か、教えてもらってもいいですか?」
「わかった」
勇の一言はヴェイリにその想いを悟らせた。
熱意、決心―――そんな感情をひしひしと。
その一言を前に、ヴェイリもまた力強い応えを乗せて返す。
「先ずはこれを見てほしい。 昨日から今朝にかけて私が作ったこの周辺の地図だ」
すると白い布切れを取り出し、それを壁に充てて開く。
そこにはざっくりとした周辺の地図が一杯に描かれていて。
パッと見では大通りらしき枠線と、目印のバツ印が浮かんでいる。
赤いバツ印が現在地点、更にそこから北北東には黒いバツ印が。
そして各所に浮かぶのは彼等の文字で。
「今我々がいる場所がこの場所」
赤い印が現在地点だと思ったのは、ヴェイリが真っ先に指し示していたから。
勇が頷き返すと、その指がスルスル地図に沿って動き始める。
「そしてここが……奴等の王が根城にしている場所だ」
続いて指し示された場所が黒い印の位置。
ビルの大きさや比率が正確ならば、勇達が居る場所からはそれ程離れてない。
歩いて二〇分程の距離だろうか。
そんな状況を把握した今、衝撃の事実に勇とちゃなが揃って唾を飲む。
自分達がかなり危険な領域へと踏み入れていた事に気付いたからこそ。
「そこで先程言った通り、奴等の王を討ち取れば我々の勝ちとなるだろう。 奴等雑兵は元々統率が取れていない、恐怖政治で成り立つ【クランバラッカェ】だからな」
左手指で根城を指差すと、途端にその手を握って。
そこから指を一挙に広げ、雑兵が散る様を表現して見せる。
恐怖政治という事は、魔者もただ獣の如く凶暴という訳では無いのだろうか。
「だが王まではそう簡単に辿り着く事も叶わない。 雑兵共が必ず邪魔になるだろう。 仮に辿り着いても仲間を呼ばれれば終わりだ」
「……」
「そこで君の出番という訳だ」
指が「スゥー」と動き、王が居るという場所から少し南西の場所を指差す。
示されたのは十字路、現在地と根城の丁度中間地点だ。
絵柄からして、恐らくはそれなりに大きな交差点なのだろう。
「君にはここまで雑兵共を誘導して貰いたい」
「それって、囮って事ですか?」
「ああ、そういう事になる。 しかしただ連れ回すのではない。 奴等をこの道へ誘導して貰いたいだけでね」
その十字路の南側を指差すと、それに続いてその西側へと指が動く。
逆さ4の字を描くままに。
「君がそのままこの道の南へ逃げ込む。 そして追い掛けて来た奴等が固まってやってくるのを見計らい、西側の通路に待ち構えた私が奴等を一掃する。 視界の悪い場所からこそ出来る作戦だ」
「なるほど。 でもそんな事が出来るんですか?」
その問い掛けに対し、ヴェイリがニッコリと笑みを浮かべる。
まるで余裕だと思わせんばかりに。
「当然だ、私に任せてくれ。 もし少し残るようだとしても、後は君達がなんとか出来る程度のハズさ」
「そういう事なら……!」
剣聖が圧倒的な力を示した様に、もしかしたらヴェイリもまた。
あるいは集団を屠れる様な強力な力が魔剣に秘められているのかもしれない。
だとすればつまり、勇はただ逃げるだけでいいという事だ。
なら恐らくは可能だろう。
体力に自身があるからこそ。
後は追い付かれない様に走れるかどうかだけ。
そこに魔剣の力はきっと関係無い。
それなら役立てるかもしれない。
そんな想いが勇を強く頷かせていた。
「わかりました、それならやってみせます!」
ちゃなも勇の了承に続き頷く。
彼女も走る訳ではなく、ヴェイリと同じ迎撃側で。
それなら体力が少なくてもこなせる。
まさに理に適ってると言えるだろう。
「ありがとう! 雑兵共は囮をする程度ならそこまで苦戦はしないだろうさ。 より沢山の雑兵共を集めて貰いたい」
「任せてください!!」
事情も状況もわかれば、不利な勇達にも光明が差す。
そんな希望を抱ける作戦だからこそ、こう胸を張って返す事が出来たのだ。
「それじゃあ、田中さんは危ないからこの辺りで隠れていてくれないかな?」
勇は壁に当てられたままの地図、合流地点の少し南側を指す。
逃げのびた後、すぐ合流出来る様に。
「はい、わかりました」
ちゃなも同じだったのだ。
目の前のヴェイリという男がとても頼もしく見えて。
「何でも出来そう」、そんな気持ちにさせてならなくて。
例えそれが勘違いでも、心に灯る勇気は嘘では無かったから。
するとヴェイリが拳を勇達へと突き出す。
その顔に浮かぶのは屈託の無い笑顔で。
勇達が了承してくれた事への喜びの証を形にしたものだ。
しかし勇達にはその拳の意味がわからず。
ふとヴェイリがそれ気付き、もう片方の拳で自ら小突いて見せる。
これはきっと彼等にとっての挨拶の様なものなのだろう。
それでやっと理解した勇達は、揃って拳と拳を充てたのだった。
「王は強敵だから、その後少し休んでから挑むとしようか」
そう後に続く彼の言葉が、労わりを感じさせてならない。
これからの戦いへ向けた高揚を抱く程に。
こうして勇達はヴェイリからの急な相談で魔者退治の手伝いを引き受ける事に。
危ない事はしないと両親に言ったにも拘らず。
それでも受けたのは勇に一つの想いがあったからだ。
それはあの魔者達の恐ろしさを実際に垣間見たからこそ。
彼等が外の世界に出ていく事が恐ろしい事だと誰よりも理解している。
それ故に、もしその解決がすぐ図れるのであれば。
ならヴェイリの手伝いをしたい―――そう願ったのだ。
そしてその絶好の機会が訪れたからこそ、ただただ欲したのである。
この街をなんとかしたいという想いを叶える為に。




