~混ざり合う、その悲劇~
「ヴェイリさん、ちょっと訊いていいですか?」
どこへ行こうというのかわからぬまま、歩くヴェイリの後に続く勇とちゃな。
そんな時、勇はまた一つ疑問に感じた事を投げ掛けていた。
ヴェイリなら率直に答えてくれる。
そんな安心とも思える雰囲気が彼にあったからだ。
そしてその期待に沿えるかの様に、ヴェイリが振り向き笑顔を見せる。
「なんだい?」
「えっと……俺達の居場所、どうしてわかったのかなって」
それは些細な事だが、何か重要にも感じられて。
何せ勇達があの店内に居たのをピンポイントで見つけてやって来たのだから。
そこに何かカラクリがあるのではないか、そう思わずにはいられなかったのだ。
「ふむ、そうだね。 なら魔剣使いになって間も無い君達にだから教えてあげよう。 実は魔剣使いというのは、卓越すれば人の命力を遠くから感じ取る事が出来るんだ」
「ええっ!?」
そんな事は剣聖も教えてくれなかった。
もちろん訊く機会も何も無かったし、存在自体知らなかった訳だけれども。
「はは、ソードマスター殿はそこまで教えてはくれなかったか。 まぁ私も仕組みまではわからないんだけどね、そう感じてしまうのさ。 それで君達の命力、気配の様な物を感じたって訳だ。 とはいえ、この力は人間か魔者かまでは判別出来ないんだけどね」
「へぇ~……」
これには勇達も感心せざるを得ない。
ヴェイリはその力を使って勇達を見つけていたのだ。
ただ人か魔者か、それを見極める為に接触してきたのである。
そのお陰でこうして出会えた事は全くもって幸運だったと言えるだろう。
「君達もいずれ備わる日が来るさ。 そう、いずれ、ね……」
その「いずれ」がいつになるかはわからない。
それでも期待せずにはいられなくて、勇達の頬に笑窪が浮かぶ。
魔剣使いという存在の特殊性はまだまだ奥が深そうだ。
「ほら、見えたよ、あそこだ」
ここまでに一〇分ほど歩いただろうか。
するとヴェイリが右手に見えた一つのビルを指し示す。
そのビルは変容度合いが少なく、他の建物と比べて比較的原形を留めていて。
入口もしっかり見えるし、なんなら地下までの入り口も丸見えだ。
そんな場所へと歩を向け、「付いてきてくれ」と一言を残して歩き行く。
勇達も置いて行かれまいとそのすぐ後ろに付く中で。
ヴェイリが踏み入ったのはその地下に続くスロープ路。
壁には見慣れた有料駐車場のロゴが浮かび、地下がそうである事を示している。
しかし今は当然車の一台も通る訳も無く、閑散としたもので。
地下一階に辿り着くと、何の変化ももたらされていないコンクリートで覆われた空間が一面に姿を現した。
どうやら変容は建物内部にはそれ程大きな影響を及ぼさない様だ。
開放的な間だからか、僅かに植物の様相が見える部分もあるが。
昨日の勇達も建物の中だったから消えずに済んだのだろう。
今の光景を前に、改めてそう思い知らされる。
あの時建物に入ろうとしなければ、きっと勇達は大通りの人間達と共に消えていたかもしれない。
この様な思考がふと過り、思わずその身を「ブルリ」と震わせる勇がここに。
そんな中ふとヴェイリが立ち止まり、その右腕をゆるりと持ち上げて。
腕の先、掌から指を一本だけ伸ばして水平に指し示す。
何だろうか?
そんな疑問の抱きつつ、勇とちゃなが指に誘われる様に視線を運ぶ。
そしてその先へと向けた時、二人の視界に映ったのは灰色の壁。
ずっと先にある、コンクリートの灰色で覆われた駐車場の壁面だった。
「アレだ」
たったその一言。
それだけを残し、ヴェイリがその口を紡ぐ。
先程までの優顔に陰りを、僅かな強張りを纏うままに。
勇達には遠くて何がどうなのかはわからない。
だがその先に何かがある。
まるでそれを求めるが如く、勇達は揃って再び前に踏み出していた。
一歩一歩距離を詰めるごとに、壁の様相が露わと成っていく。
普通の壁、ただの塗り固められたコンクリートの壁が。
そう、思い込んでいた。
でも近づく度に、目を凝らす度に。
その光景に違和感が浮かぶ。
壁が迫る度に、輪郭が彩る度に。
その違和感が異質を呼び込む。
そしてそれに気付いた時、勇達はただただ―――驚嘆の声を上げる。
「こ、これってッ!?」
二人は目を疑う。
その壁には、なんと人型が浮かび上がっていたのだ。
そして歪んだ壁の一部から何かが突出している。
それは人の腕。
腕甲の様な物を備えた腕が壁から生えていたのである。
「ヴェイリさん、これッ!?」
驚きながらの問い掛けに、ヴェイリはその目を閉じながらゆっくりと答えた。
「これが彼女だ」
ビルの地下にある壁に浮かぶ人型の模様。
その正体こそが、勇達が探すもう一人の魔剣使い。
答えの真意に気付いたちゃなが途端に「ヒッ!?」と声を漏らし、後ずさる。
「恐らく、この世界に『転移』した際に『そちら側』の建物と同化してしまったのだろう。 運が無かったんだろうな」
「『転移』って……」
そう語る彼は何か知っているのだろうか?
含みのある言葉は暗に勇達へとそう伝えていて。
「私も詳しい事情はわからないが、考えるに『こちら側』と『そちら側』の世界が何かしらの力で混ざり合ったのだと思われる」
「あ……」
それでいてわかり易い言葉を使ってくれるからこそわかる。
今起きている事が如何に異常なのかが。
こうなるに至った原理こそわからない。
だが勇達の世界と剣聖達の世界が〝混ざった〟事でこの様な現象が起きた。
そう考えると大体辻褄が合うのだ。
人が居なくなったのも、もしかしたら地表部だけが〝混ざった〟事で消えてしまったのかもしれない。
そう、目の前の魔剣使いの様に。
当然、消えた人々がどこに行ったかなどわかりはしない。
そもそもこういった現象が何なのかもわかる訳も無い。
剣聖が言った通り、考えようが答えなど出る訳も無いのだから。
もちろん他にもわからない事は多い。
例えば言葉が通じる事だ。
こうやって今も互いが意思疎通を出来ている訳だが。
その会話の中でも互いが知らない名称などは、キーワードのどこかで不思議と聞こえ辛かったり、わからなかったりした。
そういった原因もまた世界が混ざった事と同様、彼等すら知らない謎の力が影響しているのかもしれない。
それこそ、二つの世界を混ぜるという神がかり的な力が。
もちろんこれはヴェイリの予測でしかない。
彼もまたこの事象に関して知る事が無いからこそ。
だからこそ抱いている不安は勇達と一緒なのだろう。
少なくとも慎重に動いている辺り、文明の違いがある事も理解していそうだ。
その点、彼等は思うよりずっと賢いのかもしれない。
「故に我々へ【ダッゾ族】の討伐を命じた【フェノーダラ】も現存しているかどうか」
「だっぞ……あの魔者の名前ですね」
「うむ」
なので無駄な戦いも避けているといった所か。
雇い主である【フェノーダラ】という国が存在しているかわからない今だから。
もっとも、勇達『こちら側』の人間としては困る訳だが。




