~戦士達の邂逅、その姿~
ちょっとした身の上話を交わし、一〇分ほど過ぎた頃だろうか。
当初は疲れて蒼白だったちゃなの顔色ももう普段の顔付きへと戻っていた。
そもそもが真っ白な訳ではあるのだが。
「そろそろ行こうと思うけど、どう?」
「はい、大丈夫です」
お互いに体力も戻った様子を見せ、準備は万端。
続くであろう捜索を前に、二人がそっと立ち上がる。
コツンッ……
しかしその時、突如として店の外で何か物音が鳴り。
途端に二人の顔へと緊張が走る。
すると勇が咄嗟に、下げた魔剣へと手を当てていて。
「田中さんはそのままゆっくり俺の後ろに」
身構えつつ小声で伝えると、ちゃなが足音を立てぬ様に恐る恐る回り込む。
たちまち二人の視線が店の外へ。
勇が僅かに腰を落とし、低く姿勢を取る。
体の筋力を生かして何時でも相手に飛び込めるように。
ザッザッ……
ひと気の無い静寂は足音すら目立たせる。
砂が所せましと覗く道を覆っていたから。
変容で出現した物体が道路を割って削り、風に巻き上げられて落ちたものだ。
聴こえて来たのはまさに、そういった細かい物を擦り滑らせた様な足音だった。
音は確実に、明らかに勇達の下へ近づいて来ている。
まるで二人に気が付いているかの様に。
その事実から生まれた緊張が、二人の心を支配する。
間も無くの交戦を察させる程に。
ザッザッ……
そして遂に足音の主が壁影から姿を現した時―――
「どうやら、まだ人が居た様だな」
低さと高さを交えた中性的な声色がその場に響いた。
流調な言葉を発するその足音の主は、人並みの様な背丈の―――人型で。
間も無くゆっくりと店内へ足を踏み入れたその者を、照明の光が露わとさせる。
それは紛れも無く、人だった。
「君達、ここは危険だ。 今すぐにここから離れるんだ」
先の予想に反し、現れた人物の語り節はとても丁寧な物腰で。
しかしそれよりも何よりも、勇達はその姿に気を取られてならない。
何故ならぼんやりとしたイメージだが、その姿をどこか知っていたから。
そう、目の前に立っていたのは大きな弓を担ぐ長身の男だったのだ。
面長の顔にはどこかの部族を彷彿とさせる紋様が描かれていて。
それを覆う長い髪が外からの風を受けてサラリと靡く。
加えて細身とも感じさせる体格なのだが、妙な〝強み〟を感じさせてならない。
目の前の男は間違いなく屈強な戦士なのだと。
そう彷彿とさせる事も容易い程に精悍だったのである。
彼が剣聖の描いた人物の一人なのだろう。
というよりも、そうとしか思えない。
顎は決して絵ほど長くはないが。
「あ、貴方は?」
「うん? 私はそうだな、掃除屋といった所か」
その男が顎にそっと手を充て、考えた挙句の一言を放つ。
しかしその一言は明らかに、男にとっての事情を知らぬ者へ語る言い草で。
となれば当然、勇達が魔剣使いである事も知らないのだろう。
「掃除屋……つまり魔者の掃除って事ですか?」
その事にふと気付いた勇は、彼が知るであろうワードを含めて返す。
それは自分達が少なくとも敵ではないという事を示す為でもあったからこそ。
すると男は目を細め、強張らせていた顔をそっと緩めていて。
「どうやら君は『こちら側』の人間って事かな。 その身なりをする理由はわからないが」
彼の言う『こちら側』とは恐らく剣聖の様な、現代人ならざる者を指すのだろう。
そう直感した勇は首をそっと横へと振って見せていて。
「いえ、厳密には違いますが、大体の事情は剣聖さんから伺っています」
「えっ、ソードマスター殿から!?」
その名を聴いた途端、男がたちまち直立を崩して慌てた様に両手を広げさせる。
きっと彼にとってもその名の影響力は多大なのだという事か。
先日の魔者達と同様に。
反応から察するに、この人物が剣聖の仲間の一人なのは間違いないだろう。
その一言が出るや否や、勇達は揃って力を抜いて構えを解く。
今回の目的である探し人であり人間で、もはや警戒する必要は無いのだから。
「そうだったか。 それであの方は?」
「剣聖さんは今、俺の家に居て―――あ、結構遠くなんで、代わりに俺達が来たんです」
「そうか、それであの方の気配を感じなかったんだな。 てっきり私は―――あ、いや、どうしようかと悩んでいたんだ。 しかし何故君達が代理に?」
「あ、剣聖さんがちょっと大怪我しちゃって」
「ソードマスター殿が大怪我を!? まさかあの方がそんな事に……ふむ」
ならばとようやく事情が語られる事に。
するとそんな話を聴いた途端、男が再び顎を取りながら考え事を始める。
小声で何やら「ブツブツ」と独り言を呟いているが、勇達には何を言っているかは聞き取れない。
自分の世界に入り込んでしまったのだろうか。
「あ、あの……」
「おっと、失礼した。 私の名前はヴェイリ、【フェノーダラ】の魔剣使いだ」
それも勇の声が男の意識をたちまち現実へと引き戻し。
空かさず背負っていた魔剣を取り出しては翳して示す。
彼の持つ魔剣―――それは絵にもある様な弓。
薄い青色を有する、人の背丈程の長さを持った魔剣だった。
勇やちゃなが持つ魔剣とは大きく異なり、その形は仰々しく大きい。
加えて、筐体は明らかに金属で仕立てられていて重厚な輝きを放っている。
細かい装飾が施され、見栄えだけで見れば美しいの一言だ。
持ち手の上に備えられた珠も、【エブレ】や【アメロプテ】のそれと比べると明らかに大きい。
「【フェノーダラ】……それがその魔剣の名前ですか?」
「いや、国の名前さ。 ここから北東に位置する場所にある―――いや、あるかもしれない、か」
にしてもやたらと話し易い。
少なくとも、いちいち癇癪を起こす剣聖と違って。
訊いた事に対して率直に説明してくれるのが何より大助かりだ。
勇もその事に安堵を憶えてならない様で。
彼の語りに「へぇ~」と小刻みに頷く様を見せる。
「そう言えば君達は?」
「俺達もこれです」
もちろん紹介されたならば返さずには居られない。
ヴェイリにそれぞれの魔剣を提示すると共に自分達の名を伝える。
同様にして返したのは勇達なりの敬意だ。
すると、それを見聞きしたヴェイリがその目を開かせて「ほう」と呟き頷く。
「成程、その魔剣はソードマスター殿に賜ったという訳か」
「はい」
そう訊くや否や、またしても「ふむ、それならば」と、また独り言だ。
しかしその顔に浮かぶのは先には無かった険しい表情で。
とはいえ時折勇達へ視線を向ける辺り、先程と違って没入はしていないのだろう。
「所で、もう一人の魔剣使いさんは一体どこへ?」
そんな中、勇がふと疑問に思った事を口にしていた。
そう、剣聖が示したのは二人。
でもこの場に居るのはヴェイリだけだ。
あと一人居るはず、そう思った末の疑問である。
対してヴェイリも語る事はまんざらではなさそう。
ただその表情はと言えば、妙に渋いが。
「彼女の事は……実際に見て貰った方が説明がし易いかもしれない。 この近くまで付き合えるかい?」
「え? あ、はい」
何か思う事があるのだろう。
突然の話に驚くも何かを察し、勇とちゃなが頷き続く。
そう、二人は何となく不穏な雰囲気を感じていたのだ。
ヴェイリの何気無い一言を耳にして。
きっと「逢って」ならどうとも思わなかっただろう。
だが放たれたのは「見てもらう」の一言だ。
その意味深な一言が二人の心に引っかかっていて。
まるで物を扱うかの様な言い草に、何処か言い得ない不安さえもが漂う。
それはちゃなも同様で、眉を細めた表情を浮かべていた。
しかしその最中にもヴェイリは店の外へと歩き始ていて。
勇達は不思議と思いながらも、彼の後を付いて行ったのだった。




