~己を知り、無力を知りて~
【ナイーヴァ族】達が消え去った。
戦神と優王という象徴の亡骸と共に。
そして残ったのは悲しみと後悔と、言い得ない程の胸の苦しみで。
余りにも苦しくて、耐え難くて。
勇が堪らず胸を抑えてガクリと膝を突く。
その手から魔剣を転げ落としながら。
それで遂には両腕をも地面に叩き付けていて。
「なんだよそれ、なんでそうなっちゃうんだよ……!! 意味わかんないよ……ッ!!」
辛過ぎる余りに何度も地面を叩いて悔しさをぶつける。
その度に泥を跳ねさせて自身を汚そうとも気にさえしないまま。
そんな勇の下に、ちゃなを抱いたマヴォと心輝達が歩み寄っていく。
皆、満身創痍で、ちゃなもまだ気絶したままだけれど。
それでも今の勇の姿を見て、どうにも居た堪れなかったから。
「勇殿……」
でも、掛ける言葉がこれ以上見つからない。
何故勇がこれだけ悲しんでいたのかわからなくて。
だけど【ナイーヴァ族】の為に泣いている事だけは誰にでもわかる。
だからこそマヴォは心の中で感謝していたのだ。
勇の今の姿を目の当たりに出来たから。
本当に魔者の為でも親身になれるのだとわかって。
すると仲間達が黙って見守る中、勇がゆっくりと起き上がる。
皆が歩み寄ってきた事にようやく気付いたらしい。
その中で鼻を啜り、涙を拭って。
真っ赤になった眼を向けて静かに頷きを見せていて。
そんな勇に応え、皆もそっと微笑みで返す。
これでようやく仲間達も平気だと悟った様だ。
「あのよ、勇……すまねぇ。俺、お前のこと全く助けられなかったわ」
「私も。全然ダメだね、こんなんじゃ」
「うー、もっと練習しなきゃ!」
お陰でこんな弱気な言葉までが漏れる事に。
皆、この戦いで痛感したのだろう。
戦いが如何に辛くて怖いのかと。
簡単に背中を守るなんて言えない事なのだと。
そしてそんな世界で、勇は自分達の為に戦い続けてくれたのだと理解して。
でもこの時、勇は首を横に振っていた。
まるで仲間達の弱音を否定するかの様に。
「いや、それは俺も同じだよ。今戦ってわかったんだ。俺もまだまだ弱いんだって。こんなに凄い魔剣を手に入れたのに、あの人は――サヴィディアはそれでも俺に勝とうとしていた。それは俺自身がまだ未熟だから」
「勇……」
ふと、転がったままの魔剣を拾い上げて。
泥を拭き取り、輝きを取り戻させる。
そうすれば早速と命力珠が淡い輝きをふわりふわりと示し始めていて。
それで改めて思わせる。
これもまた、自分自身の力ではないのだと。
「ダメだよな、こんなんじゃ。これじゃ俺はまだまだ守れやしない。それがわかったから、皆が居てくれて良かったって思う。居なかったら俺、もしかしたら途中で挫けていたかもしれないからさ」
勇には心輝達の存在は決して、無駄でも足手纏いでもなかったのだ。
心の拠り所として、支えてくれる友達として必要だったから。
それに、カプロが【翠星剣】を届けてくれたから。
だから強さ的にも心的にもここまで戦えたのだと。
今やっと、そうだって気付かされた。
「だから、ありがとな。俺、皆を守れるくらいに強くなるから……だから、これからも力を貸してくれよ」
「お、おう、任せとけ」
「ん、わかった。少しでも追い付ける様に頑張るよ」
「何が何でも勇君を守っちゃうんだからーっ!」
お陰で今、勇は心輝達と肩を組み合う事が出来る。
決して先駆者としてではなく、互いを励まし合える仲間達として。
「ったく、良いよなぁ同年代の友ってやつは。俺も欲しいぜ……」
ただし唯一マヴォは何だか入り難くて混ざれてはいない。
やはりこの輪の中に入るには少し気後れを感じた様だ。
それに、自分にはまだやるべき事があると思ったから。
そんな勇達の下へと、空から激音が近づいていく。
先程のヘリコプターが着地しようと降りて来たのだ。
それでようやく地上へ辿り着くや否や、中からカプロが飛び出してきて。
「勇さんっ! やったッスね!!」
「カプロ、お前何でここまできたんだよぉ……本気で焦ったんだぞ?」
「す、すまねッス。どうしてもボクが届けなきゃなんねって思って」
直後に勇からこんな愚痴が漏れる事に。
やはりあの突然の登場は相当に肝を冷やしたから。
一歩間違えれば本当に死にかねなくて。
だけど何をするかと思えば、膨らんだ頬をぐりぐりと揉み解して。
更には伸びた鼻をツンと突いて返してあげる。
これが今の勇に出来る、一つの感謝の形だから。
そうやって勇達が盛り上がっていた時。
一方のマヴォはと言えば。
「貴方がマヴォさんですね? 福留先生より話は伺ってます」
「ああ。でもそんな自己紹介はどうでもいい。すぐに女神ちゃんを病院とやらに連れてかなけりゃなんねぇ。どうやら頭を強く打ったらしい」
「それは深刻ですね、わかりました」
早速とヘリコプターへ駆け寄り、御味と対峙していて。
それで早速とちゃなを機内へと寝かせようとしている。
命力の波が安定しているから命に別状は無いらしい。
ただ、まだ目を覚まさないからこそ油断も出来ない。
なので内心では焦っていた事だろう。
御味もどうやらその焦りに気付いた様だ。
「であればマヴォさんが連れて行ってあげてください。僕より本部に詳しい貴方が。僕は【アゾーネ】との交渉も任せられていますから。なので、ちゃなさんをどうかよろしく!」
「わかった、任せとけ!」
だからこそマヴォに託す。
今一番相応しいと思える人物だったから。
彼等の話を聞いて、頼れる事も知っているから。
それで早速と、操縦士以外の乗組員と共に降りて席を譲る。
少しでも軽くして早く本部へと辿り着かせる為にと。
こうしてマヴォもが乗り込み、ヘリコプターが空へと戻っていく。
大空へ達するまでも無く前進し始めながら。
「あ、御味さん」
「勇君。ちゃなさんは念の為、マヴォさんと先に本部へ帰ってもらう事にしたよ。で、戦いの後で悪いんだけど僕と【アゾーネ】の交渉の間に入って欲しい。出来るかな?」
「わかりました。俺はまだ大丈夫ですから」
そんな浮上による突風の荒れ狂う中、勇が怯まず頷きを返す。
脇腹に傷を負ってはいるが、治癒力を高めれば誤魔化せる程度なので。
なら多少は我慢してでも交渉の場に立つ事を望んでならない。
今回の疑惑が一番詰まった相手との交渉だからこそ。
やはり気になって仕方なかったのだろう。
【ナイーヴァ族】との確執と、今回の騒動の原因が。
「なら、ぜひ他の皆も同伴して欲しい。君達にはもうその権利があるからね」
「わかりました。勉強させてもらいますね」
果たして【アゾーネ】の者達とは如何な人間達なのか。
まずはその真意を確かめなければならない。
故に勇達は歩み始める。
未だそそり立ったままの砦へ、堂々と。
【ナイーヴァ族】を討った者としての責任を果たす為にも。




