~力を手に、少年達は行く~
勇が〝枝〟を携えて部屋へと戻ってくる。
すると剣聖は待ちかねたのか既に大きな手を差し出していて。
それも自慢の剣聖スマイルを「ニッカリ」と見せつけながらに。
「おぉ、それだ、それそれぇ」
どうやらこの〝枝〟が正解だったらしい。
手に掴んだ物を見つけては、指をクイクイと引いて催促していて。
慌てて勇が差し出すや否や、ズバッと奪い取られる事に。
それがそのまま伸びた柄を「スウッ」とちゃなへ向けられる。
ぶっきらぼうに礼一つ無いまま。
「こいつを使え。 おめぇに力を貸してくれらぁ。 使い方はさっき教えた通りだ」
「は、はい……」
でもやっぱり躊躇いはあるのだろう。
ちゃなはすぐに受け取る事も無く、ちょっと指を突いたり撫でたり。
剣聖がそんな仕草に据わった目を向ける中、彼女なりの恐れを見せつけていて。
とうとう業を煮やしたのか、そんな枝先が途端に「ツンツン」と跳ね上がる。
これにはさすがに不味いと気が付いたのだろう。
催促されるまま差し出された〝枝〟をやっと掴み取る。
すると途端、指がその柄に吸い寄せられて。
思わず「あっ」と零す程の驚きを見せる事に。
「魔剣【アメロプテ】だ。 おめぇならすぐに使いこなせるだろぉよぉ」
そうして訪れたのは、とても不思議な高揚感だった。
まるで何でも出来そう―――そう錯覚してしまいそうな力強さがあったから。
魔剣を受け取るや否や、思うがまま自身の前に掲げて見せてしまう程に。
よく見れば、杖先には光が灯っている。
もう既に命力を吸い取っているのだろう。
だからか、シパシパと瞬く様はまるで挨拶している様にも見えて。
そんな魔剣が、期待と―――不安をも呼び込んでならない。
この光が一体どんな力をもたらすのか。
自分に一体何が出来るのか。
まだ何もわからないし、自信も無かったから。
その様に魔剣を掲げて眺めるちゃなを前に、勇も思わず微笑む。
きっと自分が魔剣を受けた時と同じ気持ちなんだろうと思ってならなくて。
ただ、それと同時に疑問も抱いていたが。
その姿は勇の持つ【エブレ】と違って斬ったりする様な物では無さそうで。
細身故に叩いたりする物とは到底思えない。
魔剣と呼ぶにはいささか不釣り合いか。
頭を悩ませる代物に、使い方を教えてもらったちゃなも半信半疑だ。
もしかしたら魔剣という名称は不思議な武器の総称なのかもしれない。
必ずしも剣の様な武器とは限らないという事だ。
どうしてそう呼ばれているのかは全くわからないけれども。
「それと、これを参考にコイツラを探してくれや」
しかしそんな考えを巡らそうにも剣聖が許さない。
今度は勇へと一枚の紙を差し出していて。
ふと見れば、また何かが描いてある。
恐らく勝手に紙を取り出して描いたのだろう。
ちゃなが後ろで必死に頭を下げてる辺り、無理矢理彼女に取らせたに違いない。
紙には仲間であろう二人の人物が描かれていた。
おまけに読めない文字や意味のわからない絵なども一緒に。
文字に関しては読めないが、絵はかろうじて読み取れる。
一人はロングヘアで顎が首より長い。
いや、胸元まで伸びるくらい長くて尖っている。
男―――いやそもそも人間なのだろうか。
大きな弓の様なものを持っているのが特徴的だ。
もう一人は女性だろうか。
胸が丸く書かれているので実にわかり易い。
爆発したようなツンツン頭でどうにも怖そう。
手甲がリアルに描かれてる辺り、それが魔剣なのだろう。
それにしても【アメロプテ】の絵とのギャップが酷い。
魔剣はコンテ絵画の様に描かれていたのに。
人物画と言えば、勇でも数秒で描けそうな程に適当そのものだ。
これが剣聖にとっての魔剣と人間に対する価値観の差なのだろうか。
しかし勇にとっては、剣聖の持つ価値観に疑問を抱かざるを得ない。
その魔剣すらも存外に扱っている事を知っているだけに。
汚れた魔剣より扱いが酷いなど、もう程度もクソも無いだろう。
人であるかすら怪しいと思われる絵に、勇の顔が思わず悩み歪む。
「これは例の仲間の絵ですか?」
「おう」
しかし特徴だけで、名前の様なものは教えてくれないし訊けもしない。
訊いた所で、「絵だけで充分だろうがよぉ」といった一言が返って来るのは明白だ。
質問する事も敵わなければ悩みは大きくなるばかりで。
理不尽を感じた勇の口が窄んで収まらない。
「んじゃ二人に宜しく頼むわぁ」
とはいえ、剣聖にはそんな質問を返す元気は無いかもしれない。
間も無く「フゥー」と溜息を深く吐き、そっとベッドに横たわっていたから。
やはり痛いのを我慢していたのだろう。
それだけ仲間の事を心配していたのかもしれない。
あるいは、勇とちゃなの事を想ってくれていたか。
そう察したのか、勇は静かにちゃなと踵を返す。
壁に掛けてあった肩掛け鞄を手に取って。
二人にはこれからやらなければならない事があるのだから。
二人が玄関前へと降りた時、途端に視線を感じて。
ふとリビングに視線を向けると、先には神妙な面持ちで椅子に座る両親の姿が。
「一応、準備出来たから」
「わかった」
母親も父親から事情を聞いたのだろう。
沈んだ顔は今にも泣きそうな程だ。
父親がすっくと立ち上がり、車のキーを取って勇の下へと歩み寄る。
よく見ればもう片手には水筒が二つぶら下がっていて。
その動きと共に「ガチン」と虚しくぶつかり合う。
「道中何かがあるかわからないからな、一応水分補給だけは欠かさない様にするんだぞ」
「ありがとう」
今日も外は陽射しが強く、とても暑い。
戦いでなくとも倒れてしまえば元も子も無いから。
それが両親に出来る精一杯の協力だったのだ。
父親が水筒を差し出すと、二人が快く受け取る。
持ち歩くのにも容易い、遠足などでよく使われるタンブラーサイズの水筒だ。
「二人とも、ちゃんと生きて戻ってね。 これでお別れなんて嫌なんだからね……」
「心配し過ぎだよ、そこまで無理しないって言ってあっただろ?」
母親の目には二人を心配をする余り、涙が浮かんでいて。
しかし勇はまるでそんな悲しみなど知らないと言わんばかりに「ハハハ」と笑う。
今回の目的が戦う事じゃないからこそ、勇には余裕があったから。
剣聖の勇に向けた自信の正体こそわからないままだ。
例えそれが虚実だとしても、今回は決して危ないと決まった訳じゃない。
危なくとも、避ける事が出来る危険だからこそ。
「それじゃ、行ってきます」
だからか、その口から放たれたのは恥じらいの無いすっきりとした声で。
それは両親が久しく聴いていない、素直な頃と同じ様な声色だった。
勇の家には駐車場もあり、当然の如く藤咲家の所有する車が駐車されている。
銀色に輝くボディを誇る、勇の父親自慢のワンボックス車両だ。
主に彼の車通勤で使われており、普段は停まっていない事の方が多い。
通う職場が駅から離れた場所とあって重宝している代物である。
そんな車の後部座席にちゃなを、勇が助手席に。
三人が乗り込むとゆっくりと発進し始める。
母親が屋内から見守り続ける中で。
向かうは東。
今も渦中となっている変容した地へ。
恩人である剣聖のたっての願いを叶える為に。
空は青く、陽が青の頂に輝く。
今日はスッキリとした晴天だった。
まるで何も心配は要らないよ、と訴えるかの様に……。