~想い の 空回り~
勇達が利用していたのはデパートと一体型の映画館だ。
故に階下へ足を運べば多種多様の品物を扱う店が軒を連ねていて。
比較的規模も大きいので、少し駅から離れていようが客入りも相応となる。
お陰で、いざ一階へ赴くと人でごった返す様子が。
それも流れ通りに動かないと迷惑になるというくらいの規模で。
だからか、勇の顔には先程よりも一層濃い疑念が浮かんでいる。
それというのも、歩いていたのが食事とは全く縁の無い場所だったからだ。
二人の次目的は昼食だったはず。
この施設の食事処はと言えば、地下のフードコートや上階のレストランフロアで。
勇も〝きっと地下に行くのだろう〟と、統也に付いていったのだけれども。
でも今歩いているのは主に女性向けアパレル商品を扱うフロアで。
となればもはや食事どころか喫茶店さえ見えやしない。
しかも広い中央ホールの端に寄っては立ち止まるという。
「この辺りなら丁度いいかなァ」
更には統也が何を思ったのか周囲を見回し始めていて。
食事に行く様な雰囲気にはとても見えない。
どちらかと言えば、まるで何かを物色しているかの様な。
「何がだよ?」
「いやな、少し思う所があってさ」
もちろん統也に装飾品への拘りも、女装趣味がある訳でも無い。
だからと言って彼女にプレゼントを買っていく様な節でも無く。
というよりむしろ、店より客に視線を向けていると言った方が正しいだろう。
それも主に、同い年かそれに近いくらいの女の子達に。
やはり渋谷となれば訪れる子達の女子レベルは一際高い。
耐性の無い男なら同年代の子でさえ眩しく見えてしまうくらいに。
誰しもが綺麗に着飾っていて、意識すれば目のやり場にさえ困りそう。
それこそ、統也に釣られた勇がすぐ目を背けてしまう程の高嶺の華ばかりだ。
でも何故そんな子達に目を向けていたのだろうか。
恋人が居る身にも拘らず。
「実はな俺、満足はしたけど心残りはあンだ。 これだけは済まさないと明日は迎えられねェっていう想いがよ」
「えっ」
するとそんな時、統也がおもむろに遠い目を向けながらボソリと呟く。
まるで勇に対してその心残りを語らんとせんばかりに。
だがその一言は勇に全てを察させるには充分だった。
勇は遂に気付いてしまったのだ。
統也の意図に、その真の目的に。
これから何を成そうとしているのかという事に。
「ま、まさかお前……」
「そう、そのまさかだ。 もう夏が見えて来ただろ? 夏と言ったらいわゆる青春ライフのど真ん中ってヤツだ。 それを快適に過ごす為には、何よりパートナーが必要不可欠だろう!?」
この時、統也の顔が「ニタァ」とした笑顔に歪む。
勇が察しようがお構いなしに。
いや、もうここまで来てしまったら以上は時既に遅し。
渋谷まで足を運んだが最後、全ては統也の思惑通りなのである。
恋人が居る居ないなど関係無かったのだ。
そもそも統也は自分の為に辺りを見渡していたのではない。
何を隠そう、勇の為の品定めをしていただけに過ぎないのだから。
「だからこそ俺はお前に〝サプライズ〟を贈ろうと思う。 この夏を幸せに過ごすパートナー探しの手伝いをしようってなッ!! つまり、俺が恋活の手伝いをするってェ訳だ!!」
そう、全ては親友の為に。
未だ恋人どころか関係の進展した女子さえ居ない勇の明日の為に。
これは決して悪意や害意などではない。
統也なりの親切心、思いやりの精神である。
友を想う気持ちが、己を突き動かす程の強い原動力となっているのだ。
……とは語ってみたものの、当人はとても愉快そう。
少なくとも、周囲の目など気にしないくらいにはテンションが高い。
きっとこれから起こりうるハプニングに期待でもしているのだろう。
「フフフ、来たるべき夏休み前の下準備って奴だよ勇君。 今年も何も出来ないまま迎えるつもりかね?」
統也の胸元に握られた拳が調子に乗って強く震える。
随分と力の籠ったサムズアップだ。
それも期待が透けて見えんばかりの。
ただ、不純な動機はあっても本気である事に変わりはない。
これは単に〝二兎を追うならばどちらも得よ〟が統也のスタンスである故に。
天才という枠を持つからこその身の振り方と言えよう。
だ が。
対する勇はと言えば、呆れ顔のまま据わり目を明後日へと向ける始末である。
全く気乗りじゃない様子。
それどころか呆れのままに肩も堕とし、「へっ」と鼻での失笑まで見せつけるという。
先程までのテンションが嘘の様な気落ち具合だ。
まるでこの後に起きるであろう事を見抜いているかの如く。
いや、実際に見抜いていると言えよう。
というのも、勇はもう知っているのだ。
統也の期待の正体が何なのかを。
それはこの〝サプライズ〟が初めての事ではないからこそ。
―――それは去年の夏。
高校生初の夏休み前に差し掛かった時の事。
ふと統也が同じ様な事を言い出し、勇に強い期待を抱かせたものだ。
普通の男なら誰しも求める理想のカノジョ、それを得られる機会が訪れたのだと。
だがその結果は散々だった。
浮かれていたのもあったし、怖い物も無かったのだろう。
女子の相手にも手馴れた統也が手伝ってくれるなら尚更に。
だからと勢いよく乗り込み、そして見事に爆死・粉砕したという訳だ。
その原因は他でもない統也自身にあった。
統也は見紛う事無き美男子である。
もう美少年を通り越して大人の色香すら漂わせる程に。
おまけに高身長で目立ち、表情も豊かで声色も甘い。
モデルに誘われた事もあるし、なんならホストとしても生きていけるだろう。
故に街へと一度繰り出せば、女子という女子の後髪を引いて離さない。
そんな男から声が掛かろうものなら興奮収まらないに違いない。
でもその目的が勇のカノジョ作りだと知ったらどうだろうか。
その男子レベルの落差に、きっと落胆は計り知れない事だろう。
何せ勇の顔付きはまさに平均並みと言った所。
むしろ少し丸みを帯びているので童顔とも言え、統也との差は歴然だ。
そんな事もあって健闘も虚しく、声を掛けた女性全員にお断りを貰う事に。
青春初の恋活計画はこうして惨敗のままに幕を閉じたのである―――
そんな事もあってか、今年の勇は実に頑なで。
例えプレミアムな映画観賞券という餌を貰っていようと関係は無い。
颯爽と両腕でバツを描き、統也の〝サプライズ〟を全力で拒否する。
かつての後悔を繰り返さない為にも。
「待て勇!! お前はここ一番での踏み出しが強い男だろ!! なんとでもなるって!! 剣道と同じで勢いが勝利のカギだァ!!」
「それ去年も同じ事言ってたじゃんか!」
「ンゴゴゴ!!」
統也が対抗して押し返そうとも無駄だ。
その体幹は浮ついた心で押す程度では一切怯みもしない。
単純な力だけなら勇の方が上手だからこそ尚の事。
故に、バツ腕が遂には統也の顔へと押し付けられる事に。
壁と勇の腕に挟まれて潰れ、美形の顔はもはや見る影も無い。
「か、可能性を諦めんなって!! お前に見合う子がこの街のどこかに居るはずだァ!!」
「既に可能性が僅かみたいな言い方するんじゃねぇよ!! ウオオオ!!」
それどころか、このままだと壁にさえめり込みそうな勢いである
〝サプライズ〟ならぬ〝ハプナイズ〟の禍根はどうやらそれ程までに重かったらしい。
「ぐあああ!? ギブ!! 待ってェ! ギブだからー!!」
こうなればさすがの万能人間も形無しか。
どうやらここで統也も事の重大さに気付いた様だ。
とうとう勇の腕をバシバシと叩き、降参の意を示し始めていて。
お陰で、浮き掛けていた体がズルズルと降りていく。
「ま、まさかまだ去年の事を引きずってたとはなァ、すまねェ」
「いや、忘れたくても忘れられねーってアレは。 そういうサプライズはもういいからね?」
「今のパワーを壁ドンに集約すれば一人くらいは堕とせるハズだ」
「お前ホンット懲りないな……」
とはいえ、押し付けから解放されても統也のスタンスが変わる事は無い。
きっとまだ心の中では〝勇ならやれる!〟とでも思っているに違いない。
強要する意思こそ消えたが、この妙な自信だけはどうにも止められなさそうだ。
相変わらずの態度に、勇もヤレヤレと更なる呆れを隠せない。
〝ここまで極端じゃなきゃ乗り気も変わるのになぁ〟なんて思いつつも。
もちろんカノジョが欲しくない訳じゃあない。
もし機会があるなら、という欲は常々あるものだ。
けど、どちらかと言えば望むのは普通の清純なお付き合いから。
そんな秘める想いがあったからこそ、統也の暴走に「待った」を突き付けられたのだろう。
だからといって前回の事を怨んでいるという訳でも無い。
統也が善意で行動を起こそうとしてくれていた事は理解しているから。
ただ勇自身が不器用だから、統也の想いに応えきれないだけなのだと。
だからこそ統也の胸板に手甲を軽く打ち当てて手打ちにする。
それだけで解決出来るくらいに分かり合っている二人なのだから。
たったそれだけで、互いに笑い合える親友なのだから。
しかしこの時、ふと勇は気付く事となる。
流れ行く女性達の中で一人、妙に浮いた存在が居た事に。
この些細な発見が彼等の運命をも左右するなど知る由もなく―――