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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第二節 「知る心 少女の翼 指し示す道筋は」
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~可能性に、相応しい力を~

 勇の父親が去り、物々しかった雰囲気が落ち着きを見せる。

 すると一転、今度は剣聖の鋭さを帯びた目がギロリとちゃな一身へと向けられる事に。


「さて、話を戻す前に……嬢ちゃん、本気なんだな? 死ぬかもしれねぇぞ?」


 その言葉、その視線を今度はちゃなの心へ容赦無く突き立てる。

 勇やその父親へした事と同様に。


 これに耐えられなければ戦えないだろう。

 例え資格があったとしても、意思の無い者に戦う事は出来ない。

 もしそんな者に力を与えてしまえば、死の未来は見えたも同然なのだから。


 その可能性(ポテンシャル)を秘めている者を剣聖は決して送り出したりはしない。




 だがその時、勇が、剣聖がその眼を見開かせる事となる。

 なんと、ちゃなが立ち上がったのだ。




 確かに目元や唇は小刻みに震え、肩もそれに準じている。

 それでも彼女は胸元に両手を押し当て、恐怖に耐えて。


 遂には二人の前でその一歩を踏み出していたのである。


 勇にとっても、剣聖にとっても、彼女は弱々しい存在でしかなかった。

 今までたどたどしい態度しか見せてこなかったから。

 とても内向的な少女だと思っていた。

 意思も弱く、ただ答えるしか出来ないだけの。


 でもそれは違っていたのだ。

 ちゃなはこんな時こそ立ち上がる事が出来る。

 苦境を乗り越え、自分の意思を見せる事が出来る。


 そう示さんとばかりに、勇にも負けない強い頷きを見せつけていて。


「は、はい……!」


 その意思の表れに、勇はただただ驚くばかりだった。


 剣聖の瞳もまた、優しさが片隅に残るいつもの目付きへと戻る。

 勇が初めて戦う意思を見せた時と同様の。


「おう、そうかい、ならもう言うこたぁねぇわ」


 ちゃなの向けた意思は間違いなく本物だ。

 威嚇にも足る睨みにも引かず、目を背けなかったのが何よりもの証拠となる。

 それを見届ける事で理解し、汲み取ったのだろう。


 すると剣聖は大きな手でそっと手招いていて。

 それに気付いたちゃなは、恐る恐る足を前へと踏み出していく。 

 

「体付きぁ昨日触ったから大体わかるが、命力はどんなもんか見てなかったからな。 そんな体でどんなもんか……」


 その時彼女の前に差し出されたのは左手。

 よくよく見れば、小柄な彼女の両手が丸ごと乗りきる程に大きく逞しい。


 その手を見つめながら、ちゃなが思い切って小さな両手をそっと添える。


 置いた手はとても柔らかく、優しい感触はまるで赤ん坊の肌のよう。

 しかしそんな事も気に掛ける事も無く、剣聖が集中するかの様に目を細めさせる。




パリッ……パリリッ……




 するとその時、二人の手の平の間に何か電気の様な迸りが弾けて。

 何やら小さな音を打ち鳴らし始めたではないか。




「ッ!! ブッフォ!?」


 その途端、剣聖がその上体を跳ねる様に激しく起こす。


 すると拍子に胸から痛みがぶり返した様で。

 その苦痛が胸元を咄嗟に両手で抑えさせる。


「剣聖さん!?」


「だ、大丈夫だ、なんともねぇ……」


 当人はそうも言うが、今度ばかりはとても大丈夫そうには見えない。

 目をかっ開かせ、小刻みに震え、額から脂汗が幾つも浮かんでいるのだから。

 やはり無理をしていたのだろう。

 どうやらトラック追突の余波は足だけには留まらなかったらしい。


 だが今の驚きは決して痛みが起因なのではないが。


 剣聖が上体をゆっくりとベッドに降ろし、「フゥー」と大きな溜息を洩らす。

 

「おうおめぇ()、ちょっと頼みがあるんだが」


 すると突然、剣聖が勇へ「ズビシ」と人指し指を向け。

 何かを催促するかの様に「クイクイ」と指を寄せて見せる。 


「なんか描くモンあるかぁ?」


「え? はい、ありますけど」


 しかしそうして放たれたのは何の脈絡も無い様な事で。

 勇が疑問で首傾げながらも、部屋片隅にある学習机へと歩み寄っていく。


 さすがの学生の部屋ともあって、描く為の道具なら事欠かない。

 机上には所狭しと教科書やプリントを纏めたバインダーが立て掛けられていて。

 勇は几帳面らしく、全体的に整った様相を見せている。

 所々に旧学年の教科書や漫画もチラリと覗き見えるが、そこはご愛敬だ。


 そんな机から勇が一枚の用紙を取り出す。

 学習用にと買ってもらった、印刷用の徳用プリント用紙だ。


 ノートの様な目盛りは無いが、内包する枚数が多い割に安価で扱い易い。

 こんな所にも節約の知恵である。

 ちなみに学校によっては禁じ手なので実際に扱う時は注意しよう。


 そんないわく付きの用紙にボールペンを添え、剣聖へと手渡す。


 とはいえ、そんな差し出された紙もペンも剣聖にはどうやら物珍しい様で。

 不思議そうに紙をピラピラと煽り、ペンを片手に摘まんで眺める姿がここに。


 何せ異様なまでに薄い紙に妙な棒と、どちらも見た事が無い物だったもので。

 どうやら筆記物だという事さえわからなかったらしい。


「そのペンで描けるんですよ」


「ほぉ、これまた変わったモンが出て来るじゃねぇか、へへっ」


 こうして説明を受けてようやく描く物だと理解した様だ。

 すると何を思ったのか、今度は紙を摘まみ上げ。

 きちんと器用にペンを掴み、スラスラと何かを描き始める。


 ただしその腕の動く速度はと言えば―――驚く程に速い。


 まるで絶え間なく高速で反復動作を行う精密装置の様に。

 下敷きも無く、指だけで支える紙に折る事も破る事も無く絵を描くという。


 そんな指捌き、腕捌きに、勇もちゃなもただ驚くばかりだ。


「俺の鞄の中にこんな形のものがあるからちぃと取ってきてくれや」


 なればものの数秒、一分にも満たない間に描き上がって。

 おもむろに勇へと用紙が差し出される。


 勇が思わず覗き込むと―――


「えっ……」


 その出来栄えに思わず、絶句した。


 そこには小枝の様な三又に分かれた棒の絵が見事にまでに描き出されていたのだ。

 それは大柄な体躯の剣聖が描いたとは思えない程に丁寧かつ繊細。

 それでいて陰影までしっかりと描かれていて。

 本当にボールペン一本で描いたのかと目を疑ってやまない出来栄えが驚きを誘ったのである。


「はよ行けや」


「あ、は、はい、わかりました!」


 しかし感心する暇も無く剣聖の催促が飛ぶという。

 たちまち勇が言われるがままに慌てて部屋を駆け抜けていく。

 ドタドタと足音を掻き鳴らしながら、軒先へと目掛けて跳ぶかの様に。


 その一方で、剣聖もまたちゃなに手招きしていて。


「おめぇ、名前はなんつったか」


「えっ? あ、ちゃな、です」


「そうか、チャナか。 憶えといてやる」


「はぁ……」


 途端に始まった意味深な質問がちゃなをキョトンとさせる。


 既に名前を伝えた後ともあり、先日程の抵抗は無い様だ。

 剣聖の謎の迫力がそんな抵抗を許さなかったのもあるだろうが。


「いいかよく聞けチャナ。 これからおめぇに渡すモンはあいつ()に渡した魔剣とはちぃと毛色が違う。 だが今のおめぇには最も適していると思っている。 だからな―――」

 

 そう語る剣聖の様子は真剣そのもので。

 堪らずちゃなが「ごくり」と唾を飲む程の迫力を醸し出す。


 だがそれも束の間―――




「これからおめぇだけの魔剣の使い方を教えてやる……!」




 その時の剣聖の口元には、「ニヤリ」とした不敵な笑みが浮かび上がっていた。

 





◇◇◇






 勇が向かったのは軒先。

 何とか運び込んだバックパックの下だ。


 しかし今度のミッションは超重量運搬よりずっと楽。

 だからか、鞄を開くその様子は軽快そのものだ。

 内包物に興味を持っていたのもあったのかもしれない。


 だが、どうやら思う様な凄い物は入っていなさそう。


 ぎゅうぎゅうに詰められているのは何て事無さそうな道具の山で。

 その大半は雑な造りの金属食器だったり、石器だったりと統一感は無い。

 よく見れば魔剣の様な物も紛れているのだが、やたら汚れていたりで。

 その大雑把な扱いをされる魔剣の価値に疑問すら憶えそうだ。


 すると、掻き分けた道具の隙間に覗く枝の様な物をふと見つけて。

 周囲の道具(ガラクタ)を崩さぬ様にと、そーっと手を伸ばして掴み取る。


ガラガラ……


 けたたましい金属音を掻き鳴らしながら引き抜くと、それが遂に全体像を現した。


 外面は、指程の太さしかない枝の様な物だった。

 不規則にうねり、質感も【エブレ】と同様で光沢を持つ茶色の表皮で。

 しかし先端側を見れば、枝が三又に別れて僅かに伸びている。

 全長はおおよそ四〇センチメートル程と言った所か。

 各々の先端にはこれまた同様の輝く小さな珠が埋め込まれ、淡い光を放っていて。

 恐らく既に勇の命力を吸い、力を放って見せているのだろう。


「これかな? それにしても絵とそっくりだなコレ」


 再び鞄を覗くも他にそれらしい物は見つからない。

 それに絵と比較してみれば、寸分違い無いと言わんばかりにそっくりだ。

 強いて言うなら尺度(おおきさ)が違うくらいか。




 こうして勇は〝枝〟を握り締め、再び部屋へと戻るのだった。

 改めて、完成度の高い絵に深く感心しながら。




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