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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第二節 「知る心 少女の翼 指し示す道筋は」
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~その魔剣に、秘めたる謎よ~

 夜が明け、朝が訪れる。

 とはいえ朝日はまだ街全てを照らしきっていない。

 外気が薄っすらとした寒さを感じさせ、まだ夏に入りきれてない時期だと物語る。


 朝の日差しに照らされて、街角に彩りが浮かび上がり始め。

 そんな中、白く目立つパーカーを纏って走る少年の姿があった。


 勇である。


 心無しか先日までよりも体の調子が良い様に感じていて。

 その足取りはいつもよりも妙に軽い。

 あれだけの夢を見ておきながらもしっかり眠れたのだろうか。


 その感触を確かめる様に、いつもの朝練のつもりで走り込みを始めて。

 気付けばその足で学校前に辿り着いていた。


 いつもであればこのまま登校するのだが、今日は日曜だ。

 当然学校の校門は閉まっていて、人の気配すらありはしない。


 足を止め、校舎をフェンス越しに眺め観る。

 ふと昨日の出来事を思い返しながら。




 統也が死んで。

 たくさんの人も死んで。

 勇とちゃなだけが生き残った。


 逝った彼等はもう帰ってこない。

 統也との楽しい毎日はもう訪れない。


 笑い合った日々も。

 怒り合った日々も。

 悲しみ合った日々も。


 何もかも夢幻に消えて、今日だけが訪れた。




 でももう迷いは払拭した。

 今はただ前を向いて進む事を考えるのだと。


―――きっと統也(アイツ)ならそうすると思うから―――


 その想いと覚悟を胸に、勇は再び駆け出していた。




 学校の前で想いを吐き出し、再び家路に付く。


 気持ちを吐き出したお陰で心が軽くなったのだろうか。

 そこから生まれた余裕が勇の足をも軽くさせる。

 気付けば、足腰が力強さを増していて。


「フッ!!フッ!!」


 身体全体を揺らして走る全速力へと昇華しさせていた。


バササッ


 その走る勢いが、強い風を受けたかの様にパーカーを煽り上げて。

 裾がしきりにバタついて、その度に何度もまくし上がる。


 するとそんな彼の背中から何かがチラリ覗き見えていて。


 それはあの魔剣【エブレ】。

 パーカーで隠して背負っていたのだ。

 ベルトではなく体に縛り付けて。


 しかし何故そんな物を持ち歩いているのだろうか。


 その理由が伝えられたのは先日の事。

 晩餐会(夕食)の際、剣聖から伝えられた事がきっかけだった。

 



――――――

――――

――




 それは剣聖が食卓で大暴れしている最中。

 勇は食欲も無く、机でただ座り佇んでいて。


 そんな時突然、剣聖が菜箸を突き付ける。


「な、なんです!?」


「おう、ちょっと耳貸せや」


 突然の事で戸惑うも、そこに何か意味があるのかと思って。

 菜箸で手招きする様を前に、不思議がりながらもそっと耳を傾ける。


 すると途端、耳を貸す必要も無い程の大きな地声が解き放たれる事に。


「くれてやった【マケン】な! あれは何があろうとずっと持っておけ! いいな!?」


 たちまち鼓膜に響き渡る程の声が勇を襲い、堪らず顔がしかめて歪む。

 遂には歯を食いしばり、首を引かせる姿がそこに。


 その素である剣聖はと言えば―――

 たったそれだけ吐き捨て、勇から奪い取った米をカッ喰らっていたという。




――

――――

――――――




〝【エブレ】をずっと持ち歩け〟

 それが剣聖の忠告に近い進言だった。


 それを信じ、とりあえず肌身離さず持ち歩く事にしたのだ。


 背中に背負えば服の強張りこそあっても抵抗は無い。

 これで誰かに見つかる可能性も薄くなるだろう。

 それも、堂々と持ち歩くにはいささか不便な世の中だからこそ。

 例え木彫り風とはいえ刃物に違いは無いのだから。


 とはいえ、持ち歩く理由はわからないままだ。

 何せ剣聖はそういった理由などを話すのをすごく嫌がるから。


 ただ、嘘も言わないだろう。


〝いずれその意味を知る日が来る〟

 そんな淡い希望を抱くだけで今は充分なのだ。


 そう、()()()




 だが()()()()して、勇はその意味をなんとなく実感する事となる。


 


 最初は昂った感情を誤魔化す為だった。

 気を晴らす為に全速力で走ってみようと思っただけに過ぎない。


 でも不思議と、その時感じていたのだ。

 「どこまでも走れるんじゃないか」、そんな高揚感を。

 沈んだ気持ちとは裏腹の、浮いた様な足の身軽さを。


 今までは統也の家から自宅までの距離を最後まで全力疾走出来た事は無い。

 それも今なら出来る様な気がしてならなくて。




 そして気付けばそのまま、自宅へと辿り着いていた。




「フゥー……」


 僅かに疲労を感じるが、まだ余力はある。

 そう思える程に力に満ち溢れていて。

 統也の両親と話した事で生まれた悲壮感も既に消えていた。


 著しい心身の変化は思わず勇の歩を留めさせる。

 自宅の前で拳を握り、想いを馳せながら。

 これが『マケン』を持ち続けた成果なのだろうか、と。


 そう思える程の変化が起きていた事を実感していたのである。






「さすがに腹減ったなぁ……」


 例え心身の変化を迎えても、さすがに空腹だけは避けられない。

 家へと踏み入れた勇もそこでとうとう限界を迎えた様だ。


 何せ先日の夕食抜きに続いて、朝食を摂らないまま家を出て。

 おまけにこうも激しく動けば当然、体が栄養を求める訳で。

 彼の様に体造りが出来てて代謝が活発ならばなおさらの事だろう。


「ただいま」


 そんな彼をいの一番に迎えたのは朝食の香ばしい香りで。

 母親が既に調理を始めているのか、油の跳ねる音が聴こえてくる。


「おかえりなさーい」


 奥から母親の声が聴こえてくるが、もはや勇の耳には届かない。


 空腹の勇には、その香りから何を作っているかが丸わかりだった。

 さしずめ焼いたソーセージにスクランブルエッグ。

 食パンはきっと焼いていないのだろう。

 米もパンもイケる勇にはどちらにしてもごちそうには変わりない。


 しかしそんな食事よりも気になる光景が、思わず勇の目を惹いた。


 それはダイニングチェアに座っていたちゃなである。

 リビングの奥で相変わらず肩を寄せてじっと座っていて。

 よく見ると長い髪が寝癖で荒ぶり、見るからに酷い有様だ。

 その様子はまるでライオンかエリマキトカゲか。

 いや、女の子として例えるならば顔を寄せられたハムスターか……。

 顔はまだ眠そうで、半目で辛うじて起きているといった所。


 朝に弱いのだろうか。


「田中さんおはよう、髪すごい事になってるよ」


「あ、はい……おはようございます。 だいじょぶです……」


 本人はそう言うが、とても大丈夫とは思えない。

 何せ先日初めて会った時よりももっと酷い状況になっているのだから。

 もしかしたらそういった身なりにあまり気を使わない性格なのかもしれない。


 そう思えば何だかツッコむのも憚れて。

 片笑窪の吊り上がった苦笑を浮かべる勇がここに。


 剣聖もまだソファーの上で寝ている。

 大雑把な性格なだけに、起こしても起きなさそうだ。

 実際の所、母親が料理していて、テレビもしっかり付いている訳で。


 どうして剣聖が寝ている傍でそこまでやろうと思ったのかは定かでは無いが。


「勇君、ちょっとお父さん起こしてきて~。 あの人今日は別の部屋だからって起きてこないのよ」


「日曜くらい寝かしてあげればいいじゃん」


 勇の母親は美容師ともあって日曜は休みではない。

 基本的には日曜も平日と何ら変わらずこうやって早起きだ。

 そしてそれに巻き込まれる様にいつも父親も起こされるのである。


 ちゃなが今こうして起きているのも、きっと彼女が起こしたからなのだろう。

 そうなると、剣聖が起きていないのはさしずめ起こす事を諦めたと言った所か。


「あら勇君、お父さん庇うなんて今日はどんな風の吹き回し?」


()()()()で大変だったんだよ。 寝かしてやろうぜ」


 普段なら言われた通りに起こすのだろうが。


 今日はそうもいかない理由が勇にはある。

 何せ夜まで重労働だったのだ。

 話を聴けば同情するのが人情というもので。


 何よりも、先日相談を聞いてもらった事で迷いを払う事が出来たから。

 それに感謝していたからこそ、今日くらいは父親の味方になりたいと思ったのだろう。


「シャワー浴びるから」


 そんな母親のお願いを一蹴し、勇がリビングを通り過ぎていく。

 食事も待ち遠しいが、汗だくのままでがっつくほどデリカシーに欠いてはいない。

 何より、最高の食事を愉しみたいという気持ちが強くあった訳で。


 空腹の織り成す食事をサッパリとした気持ちで頂く。

 勇の密かな楽しみの一つである。


 しかしそんな意気込みを秘める勇の耳に、母親からの追撃が突き刺さる。


「ラッキースケベには期待しないでねー」


「なんだよそれ」


 言われた勇当人は何の事だかさっぱりで。

 思わず首を傾げながら廊下を行く。


 でもふと洗面所前へと辿り着けば―――


「なんだコレ……」


 入口の引き扉に妙な違和感が映り込み、勇の視線を誘う。


 そこにあったのは、フックに掛けられた紙の札。

 両面に「使用中」/「未使用」と油性ペンで書かれた即席プレートである。


「これ、意味あんの? まぁいいけど」


 きっとちゃなが居るからと母親が配慮したのだろう。

 いつまで居るかわからない相手の為に。


 とはいえ深く考えるのも面倒だった様で。

 勇は「使用中」側に札を差し替えると、意気揚々と洗面所に足を踏み入れたのだった。




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