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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第二節 「知る心 少女の翼 指し示す道筋は」
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~想い深く、友と成れ~

 向上心が無い訳じゃあない。

 必要とされたいという気持ちが無い訳じゃあない。


 もし自分がより活躍出来る事があるのなら、それに打ち込んでみたい。


 そんな想いが日々強くなっていき。

 気付けば毎日何かを探していて。


 でも()()が見つかったのは、そう遠くない先の事だった。






 冬になり掛けたある日の事。

 親が購読している新聞からチラシが一枚はらりと落ちて。

 それを見掛けた俺は、ふとそれを拾い上げて覗き込み。


 ―――そして、赴いてみたくなったんだ。


『剣道練習生募集中 日比野道場』


 いかにも手作りといった簡素な造りのチラシ。

 その中央には大きく、そう書かれていた。

 

 欄下には簡単な地図と住所が書かれていたから、行く事は難しくはない。

 だからその日、チラシを片手にふらりと寄ったんだ。

 すると道から大きな道場が見えてね。

 ここが剣道場だってすぐにわかったよ。


 敷地の中に入って道場に目を向けると、一心不乱に竹刀を振る人達が居た。

 師範と思われる男性と数人の練習生が一緒に掛け声を張り上げて。

 その迫力には凄くビックリしたよ。


 その身を引かせ、竹刀を振り上げて。

 前進と同時に振り下ろす。


 動きは正直言って単調。

 けど、挙動一つ一つへ意思を籠めているかの様に鋭くて。

 振り下ろした竹刀の切っ先がピタリと止まり、揺れる事無く再び持ち上がる。

 機械の様な堅牢さと人間らしい柔らかさを合わせ持った様な、洗練された動作。


 そんな動きを前に、俺はただただ圧倒されてた。


「おや、どうしたんだい?」


 そんな時ふと、師範の人が声を掛けてきて。

 電話も何もしないまま来ちゃったから、慌てて持ってきたチラシを見せつけたんだ。

 するとそれで直ぐ、俺が来た理由を察した様でさ。


「あ、剣道は授業でしかやった事無かったので、どんな感じかなって」


「そうかぁ、なら好きなだけ見学してくれよなぁ。 どうせなら少し竹刀でも振ってみるかい?」


「え、いいんですか!?」


 その進言が、興味を寄せていた俺にはとても魅力的だった。


 


 寒空の元、師範から渡された竹刀の柄はほんのり暖かくて。

 それがじんわりと伝わってきて、何か勇気の様な物を貰った気がしてね。

 気付けば、練習生に混じって夢中で竹刀を振ってたよ。


 それから数日、俺は両親を必死に説得し続けた。

 二人ともどうにも渋って手強くてさ、なかなか許してもらえなくて……。

 塾とかの習い事ならともかく、今まで経験した事が殆ど無い剣道だったからさ。

 でも苦労した甲斐もあって、道場へ通わせてもらえる事になったんだ。

 胴着こそ借り物だけど、いつか自分のが欲しいと思ったりもしたなぁ。


 こんな些細な事ではあったけど。

 これが俺の、剣道との出会い。




 そして全ての始まりの起点(スタートライン)となったんだ。




 ここから俺の取り巻く環境は著しい変化を迎える事になる。


 まずは部活動を休止する事に。

 もちろん顧問の先生にも事情を説明してね。

 中学ではどこかに所属しないといけなかったから、籍だけは置かせてもらったままで。

 仲間達も後押ししてくれたのは嬉しかったなぁ。


 勉強は今まで以上に、とも言われた。

 もうすぐ三年生で受験もあるから疎かに出来ないしね。

 幸い、近場にある白代高校なら偏差値も程ほどだ。

 そこを目指せるくらいには頑張ろうって事で納得してもらったよ。


 それに道場に通うのだってタダじゃない。

 おまけに家は言うほど裕福じゃないからさ。

 その代わりに家事の手伝いを率先してやるという事で交渉成立。

 まぁこれは似た様な家族ルールが元々あったから、それほど苦じゃなかったけどね。


 そんな変化にも負けず、俺は毎日道場に通い続けた。


 ただ一心不乱に竹刀を振るだけの練習。

 それでも、俺には充分過ぎる程に新鮮だった。


 ボールの様にあらぬ方向に飛んで行く訳じゃない。

 でもよく見ると、振り下ろした切っ先は先程の位置よりも僅かにズレていて。

 その違いがハッキリ見えたのが凄く()()()()()


 だってそれがもし全くズレなくなったら、凄いと思わないか?


 そんな想いで補正しながら繰り返す事が堪らなく楽しみでしょうがなかったんだ。






 剣道場に通い始めて一ヵ月程したある日。

 放課後に突入した途端、俺はいつもの様に校舎を飛び出していた。

 何よりも早く練習をしたかったから。


 その姿をとある男に見られている事にも気付かずにね。


 道場に着いてすぐ道着に着替えて。

 ワクワクを抑えられないまま竹刀を奮う。

 師範もそんな俺の姿を見て、いつも「ニコニコ」と笑みを浮かべていたなぁ。


 でもこの日はちょっと違っていた。


「藤咲君、随分上達してきたじゃあないか」


 竹刀を振り抜いて数分って所で、突然師範にそう言われたんだ。

 でも、そう言われた事が堪らなく嬉しくて。

 お陰でその後の稽古はだいぶ身が入ったなぁ。


 師範が言うには「筋力が伴ってきたのだろう」って事らしい。

 その証拠に、最初は筋肉痛で苦しんでいた腕も、今はもうしっかり耐えられてる。

 それどころか、動きが洗練されてムラの無い動きが出来ていたんだ。


 そう言われて初めて気が付いて、自分に驚いたよ。

 切っ先がブレなくなってたんだからさ。


 もちろん、単調な動きの時だけだけどね。


「いえ、全然まだまだですよ。 もっと練習して試合とかもしてみたいなぁ」


「はは、すぐ出来るようになるさぁ」


 サッカー部での時も、トレーニングは欠かしていない。

 地道なランニングや筋トレなど、下半身を徹底して鍛え上げて来た。

 加えて、竹刀を愚直に振り続けた事で上半身の環境が整ったから。


 その二つが合わさって花開いたのだろう、って褒められたんだ。




 俺が竹刀を振り続ける理由は多分、普通の人には理解出来ないかもしれない。

 普通ならそこに目的があって、目標に向かって打ち込むものだろうし。


 試合に出て優秀な成績を残したり。

 とある人物に勝ちたいと思ったり。

 人によって目指すものがあるのだろう。


 でも俺は違う。

 決して褒められる為じゃ無い。

 自分に才能が有ると思ったからでも無い。

 誰かに勝ちたいとか思った訳でもない。

 



 そうしたいから、そうするんだ。




 これがこの時、俺の持っていた理由で理念。

 打ち込む事そのものにウェイトを置いた俺らしい考えだと思うだろう?

 だから飽きる事も無いし、楽しくやる事が出来る。


 これがきっと俺の求めていた「自分に合った答え」なんだってようやく気付けたんだ。




 でもまさかそんなめでたい日に、こんな事が起こるなんて思っても見なかったよ。



 

 その日の練習が終わって、俺は着替えて道場を後にしようとしていた。

 もう本練習を終えて皆帰った後だったから、今は俺と師範しかこの場に居ない。

 ほんの少しだけ、師範を付き合わせた事に申し訳ないなぁとか思ってたっけ。


 そんな事を思いながら敷地から出た時―――目の前に予想もしない人物が立っていたんだ。


 それは統也だった。


「お前、最近サッカーしてないと思ったらこんな事してたんだな」


〝なんで司城君がサッカーをしていない事を知ってるんだ?〟

〝そもそもどうしてこんな所に?〟

 そんな疑問が途端に脳裏を過っていて。


 でもその疑問も一瞬にして消えていた。


 何せ、その時本当に剣道に夢中だったからね。

 そんな興味津々な話題を振られたらさ、普通食い付いちゃうだろ?


「そ、そうなんだ! 剣道、面白くてさあ!!」


 その時の統也は驚いた様な顔を見せていたなぁ。


 これも後から聞いた事だけど、それくらいがっついてる様に見えたんだそうだ。

 サッカーの時の表情とは全く違う笑顔だったぞ、ってさ。


「つっても、お前竹刀振ってるだけじゃねェか……」


「それが楽しいんだよ!! 切っ先がさ、全く同じ所を通る様に振るとかさ!!」


「お、おう……」


 夢中過ぎて俺はもう話す事しか考えてなかったよ。

 統也が何を言ってるのか、その本質に気付く事も無いままね。

 こんな時間まで人が竹刀振り続ける姿を見届ける奴なんて普通居ないだろ?


 全く理解出来ない様な苦笑いを見せた統也だったけど、俺は止まらなかった。

 そんな相槌が返ってくれば調子にも乗っちゃうさ。


「自分の感覚で思い通りに動いてくれるのって楽しいって思ったんだよ!! これも司城君が教えてくれた通りだって事だったんだよな!!」


「え……?」


 いつだか統也は〝使い方を考えろ〟という言葉を伝えてくれた。

 とはいえボールは俺の思った通りには動いてくれなくて、考えようにも俺には難しくて。

 でも道具が竹刀に変わる事で、最も直感的に思考しやすくなったのだと。


 だから今こうして言われた事を実践する事が出来たんだって思えてならなくて。


 そのきっかけをくれたのが他ならない統也だったから。

 惜しげも無くこうやって喜びをぶつける事が出来たんだろう。


 すると突然何を思ったのか、統也が俺の傍に寄ってきて―――


「……ならよ、ちょっと付き合えよ」


「えっ?」


 不意に俺の腕を取って道場へと引き戻したんだ。

 可否も訊かず強引にね。


 そんで師範が不思議そうに見つめる中で、突然驚きの一言を言い放った。


「藤咲、俺と試合しろよ」


「え、ええ!?」


 突然の申し出でさ、一瞬何が何だかわからなかったよ。

 それに試合なんてやった事は無い。

 精々、授業中に遊ぶ程度にしか。

 ましてや相手は何でも出来ると評判の司城統也だ。


 勝てるハズなんて無い。




 ―――けど、もし勝てたら。




 そう心が、揺れ動いて。

 その心が、昂った。


 そして気付いたら答えていたんだ。




「い、いいよ。 やろう、試合……!!」




 何も考えてなかったけど、その提案に乗りたい自分が居て。

 何故かそう提案した統也も乗り気だったから。

 そんなこんなもあって、道場で一度だけ試合をさせてもらえる事になったんだ。


 師範が話のわかる人で助かったよ。

 本当なら無暗な素人との試合は許されないからさ。


 互いが胴着を着込み、相まって礼をする。

 そこは儀礼に則って、授業で教えられた通りに。

 少し不自然だったけど、まぁこれは公式試合じゃないからね。


 けど、俺達は共に真剣だった。

 俺は当然だけど、統也もそうだったって。


 何事にもやるからには真剣に取り組むのがアイツの流儀だから。


 同時に竹刀を構えお互いを見据え。

 「すぅー」と空気を吸い込み、息を止める。


 途端に張り詰めた空気がその場を包み込んで―――




「はじめッ!!」




 その一声を皮切りに、俺達は一歩を踏み出した。


 真っ直ぐ竹刀を構える俺に対し、統也は微妙に切っ先を揺らしていて。

 互いに牽制しながら出方を伺う。


 これが見た事しかなかった真剣勝負。

 目の前に立つのは強敵(統也)




 心が……奮い立つ。




 どちらも隙を伺い、斬り込む瞬間を狙う。

 ジリジリとした焦燥感に苛まれる中、二人はただ回る様に体を動かすだけ。

 時折竹刀の先が軽く当たると、その度に互いが距離を離していく。

 負けたくない、そんな気持ちが互いに滲み出る様な慎重さだった。

 

 でもそんな時、統也の切っ先が途端に動きを止まった気がして。


 その瞬間、俺は機を突くかの如く飛び出していた。

 

「めぇぇぇぇぇぇんッ!!!」


 多分、竹刀の動きを追い続けてきたから動体視力も養えていたんだと思う。

 俺にはその竹刀の動きがハッキリと見えていて。

 今がチャンスって、そう思えたんだ。


 そう―――思わされていたんだ。




 それが統也の布石だって事に気付かないまま。




 大声を張り上げ、一直線に統也の頭目掛けて竹刀を振り下ろす。

 これが当たれば俺の勝ち。


 でもその時、俺の前で信じられない事が起きた。


 まるで統也には何もかもが見えている様だった。

 それ程の紙一重で、かつ素早く―――振り降ろしを避けていたんだ。


 俺には統也が分身している様にしか見えなかったよ。

 それだけ無駄の無い動きだったから。


 けれど統也の動きはそれだけには決して留まらなかった。 


 ずっと睨みつけていたんだ。

 俺の顔を、避けている間もずっと。


 そしてそのまま、俺を睨む顔が目の前で突如大きくなって―――




「どォォォーーーーうッッッ!!!」




パァーーーーーーンッ!!


 その時、俺の胴に大きな衝撃が走った。

 聞いた事が無い程の大きな掛け声と、響く様な破裂音と共に。


「一本、それまでッ!!」


 あっけない幕切れだった。


 均衡していたのは最初だけ。

 でも斬り合いになったらもう、一方的だった。


 当然俺の負けさ。

 自分の技量の無さを改めて痛感したよ。


「やっぱこんなもんだろ」


 そう吐き捨てた統也はガッカリと肩を落としていて。


 それは俺が統也の期待に応えられなかったから。

 求めてやまない何かを引き出す事が出来なかったから。




 けど、そう思っていたのはその時だけだったって……統也は言ってたよ。




「―――す、すごいッ!!」

「は……?」


 俺はこの時、今までに無いくらいに大きな笑い声を上げたんだ。

 「アッハハハ!!」と高笑いするくらいにさ。


 その時の統也の困惑する表情は今でもハッキリ覚えてる。


「司城君、また……また試合してくれよ!! 頼むからさ!!」


「え?」


「凄かったんだ今の、顔がギューンって!! 今のあれ、俺も出来るようになりたい!!」


 今までこうも渇望した事は他に無かったよ。

 それ程に、統也の動きは衝撃的だったんだ。


 こうしてこの日は終わったけれど、俺達の関係は終わらなかった。


 当時、統也が実際に付き合ってくれた事はあんまり無い。

 けど居ない時は練習に一心不乱に打ち込んで。

 自分が成長する為に何が出来るのかを考え始めた。


 時には師範に相談し、時には自分で考察し。

 ただひたすらに身体を鍛え続けたんだ。




 全ては憧れの存在の様になる為に。




 中学三年生になって間も無く、俺は統也と幾度目かの試合を行ってね。

 その結果は言わずもがな、俺の敗北だった。


 でも統也の表情はいつもと違う、余裕のある顔じゃ無かった。


「ハァ、ハァ、お前、なんかこないだより随分上達してねェか?」


「ハァ、ハァ、そう言われると、すげぇ嬉しい」


 以前と違い、息が上がる程の激戦を繰り広げていたんだ。

 それでもまだまだ届かないのは悔しかったけどね。


 喜びの方が大きくて、そんな気持ちはすぐに消えて無くなっていた。


「二人共、今のはいい試合だったなぁ。 先生感動したよぉ」


「イッヒッヒ!」


 師範の言葉につい珍妙な笑い声が思わず零れちゃってたな。

 けど、そんな俺の笑い声を前に、統也は嫌な顔どころか万遍な笑顔を浮かべていたんだ。


「おい()、もう一回だ、もう一回やろうぜ」


「いいね、やろう!!」


 その時、俺は誘ってもらった事がただただ嬉しくて。

 ()()()自体の意味に全く気が付いてなかった。




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