表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第二節 「知る心 少女の翼 指し示す道筋は」
30/426

~その記憶、過ぎ去りし過去~

渋谷へ遊びに出ていた主人公 藤咲勇は、世界の変化に巻き込まれ親友統也を失う。

名も知らぬ少女を背に、剣聖という男と出会った勇は統也の仇を取る為に剣を取ったのだが……。


少年と少女の物語は無情にも変わりゆく世界の片隅から始まった。

 今からおおよそ二年と半年ほど前。

 これは俺がまだ中学二年生だった頃の話。




 事の始まりはこんな日だった。


 その日の放課後、もう日没間際で空の青みが深まり始めてて。

 それでも学校のグラウンドにはたくさんの生徒が止まらず走り回ってた。

 皆サッカー部の部員で模擬試合中。

 それなりに規模の大きい部だったから二チームに分かれるのも訳無くてね。

 仲間内でも相対すれば真剣に張り合っててさ。

 誰しもが一生懸命で声を張り上げていたよ。


 そしてそんな中に、俺も居た。


 当時から体を動かす事が好きだったからさ。

 俺は友達に勧められて一緒にサッカー部に入ったんだ。

 沢山の仲間達と共に過ごす毎日が楽しくてしょうがなかったよ。




 でもその成果はと言えば―――




「藤咲ー!! カバー!!」


「あ、ああ!!」


 そんな試合中、サッカーボールが高い空から俺の方に飛んできてさ。

 相手選手のミスキックが誘発したチャンスボールだった。


 後衛の俺がそれを拾い上げ、前衛へと華麗に回して点獲得!


 ―――なんて事が出来ればよかったんだけど。


 ボールには微妙な回転が伴っててさ。

 そういったボールって空中でブレるんだよ。

 〝ボールの気持ち〟っていうのがわからないと、着地地点も読めないんだってさ。


 俺にはそれがわからなくて。


 必死に足を延ばしたけど、ダメだったんだ。

 当てる事は出来たんだけどね。

 当て方がマズかった。


 途端、ボールの軌道が垂直から水平に―――

 つまり意図しない方に飛んで行っちゃった訳だ。


 その結果、ボールは場外へ。

 それどころか校舎に向けて勢いよく跳ねていっちゃってさ。


「あっ!?」


 部員同士での練習試合だから笑い事で済んだけど。

 これが真面目な試合であれば大変な事だったよ。




 けど、そのボールが思い掛けない出会いを導いた。




 その時、ボールを追う俺の視界に一人の生徒が映った。

 長身の男子が本を読みながら俯いて歩いていたんだ。


 あろう事か、ボールは彼の下へ。

 当然、勢いに乗ったままさ。


「あぶない!!」


 でもその時、俺は突然の事に驚いたよ。


 殆ど顔を動かす事も無く、その男子がボールを足で受け止めてさ。

 あっという間に……足裏で押さえつけていたんだ。


 何をしたのかわからないくらいに一瞬の事で、俺はただただ唖然としてて。


「ご、ごめん……」


 気付けばこうやって謝ってた。

 まぁ俺の所為なのは間違いないんだけど。


「別に」


 けれど彼の応えは素っ気ない一言だけで。

 横目でチラリと俺の事を見ると、不機嫌そうにこう教えてくれた。


「藤咲とか言ったよな。 お前、少し足の使い方考えた方がいいよ」


「え……?」


 するといきなり、その長い足でボールを弾いたんだ。

 手に摘まんだ本を離す事も無く、器用に、力強く。

 そうしたら「トーンッ!」っていう音が軽快に鳴り響いて。


 ボールが垂直に跳ね上がっていた。

 見上げるくらいに高く。


 そして地に付く事も無いまま、彼が蹴り上げていて。

 ボールは俺の頭上を通り越して、仲間が待つ方に飛んでいっちゃったよ。


 凄く綺麗な動きだった。

 洗練されて無駄の無い、流れる様なフォームでさ。

 思わず見惚れるくらいに。


 正直、それだけでも凄いと思ってた。


「あ、えっと、ありがとう。 えーっと、司城君だっけ?」


 その時、まだ名前はうろ覚えで。

 思い付いた苗字でお礼を述べたんだけど。

 彼は何の反応を示す事無く、そのまま立ち去ってった。


 それがハッキリ覚えてる中での統也との最初の会話だったと思う。




 じゃあどうして互いに名前を知っていたのか。

 実は……俺と統也はこの以前にもほんの少しだけ面識があったからなんだ。




 元々、統也もサッカー部だったんだよ。

 同学年で一緒に練習に励む仲間の一人―――のはずだったんだけど。


 でも彼は所属してすぐに来なくなった。


 その理由は単純に「つまらなかった」からだそうだ。

 後から聞かされたけど、その時はまぁ理由を何となく察せたかな。


 そのきっかけが、新入部員歓迎のレクリエーション試合。

 一年生チーム VS 先輩チームという、半ば蹂躙にも近いワンサイドゲームでね。

 一年生には有名クラブに所属していた子も居たけど、経験と体格差を埋めるには厳しいマッチングだった。




 けれどその結果は―――驚く事に、先輩達の負け。




 全ては統也が繋いだ結果だった。


 人の使い方が上手い事、そして持ち前の身体能力の高さと駆け引きの強さ。

 それは先輩達の自信を打ち砕くには充分過ぎる程に鮮やかで。

 試合の後半では半数の人間が諦めたかの様に統也の走る姿を眺めてたよ。


 その試合以降、統也は部活に姿を見せなくなったという訳だ。


 あれだけの活躍を見せて来なくなったんだから、一年の間でも騒ぎになってね。

 先輩達から嫌がらせでも受けたとか、そういう噂も立った程さ。

 そこはさすがに先輩達には訊けなかったけども。


 〝天才の考えてる事なんてわからない〟

 〝才能がある奴が羨ましいけどああはなりたくない〟


  ……なんてさ、同学年からも影でこう言われていた。


 それでもあの時のボールを蹴る姿は今でも忘れられない。

 それ程、俺の中では衝撃的とも言える思い出の一つだったから。


 何より、俺の名前を憶えていてくれたのは―――嬉しかったな。











 それから数日後。

 部活動が終わって皆が帰った後の事。


 俺は一人、練習に励んでいた。




 ―――その頃は三年生が引退して、俺達二年生が部を率いててね。

 同学年の殆どがレギュラー入りを果たせる頃合いだ。


 でも俺はベンチに入る事も出来ないくらいの腕前しかなくて。

 後輩とですら見劣りする程だったんだよ。

 もちろんこれは俺自身も認識していた事だけど。


 練習する事は嫌いじゃあない。

 体を動かせば才能だとかそんな事は気にならなくなる。


 けど、仲間達にも冗談交じりにこう言われる事が多くなった。


「藤咲、お前もうちょっと別の事してみたら?」


 努力する事が凄いと言われた事は何度もあった。

 それも身にならなければ何の意味も無いとも言われた。

 結局、努力する方向性が定まらなければただの運動でしかないって。


 ……それは無意味なのだろうか。




 無意味じゃない、ただ楽しければそれで―――




「お前、まだやってんの?」


 そんな時に声を掛けてきたのは、統也だった。


 もう日は暮れていて、校舎も戸締りを始めててもおかしくない時間帯だ。

 でもそんな時に帰宅部の彼がここに居て。

 その時は不思議に思ってたものだよ。


「あ、うん。 少しでも上達したいからさ」


 それでもこうやって話し掛けられた事は嬉しかったから。

 自然とボールを蹴る足は浮足立ってて。


 いや、浮足立ってるのはいつもの事だけど。


 蹴られたボールは当然真っ直ぐ飛ばない。

 それで壁に当たっても、あらぬ方向に跳ね返るばかり。

 そのボールを追って右往左往……。

 これが俺の「下手だ」って言われる理由の一つ。


 統也はそんな姿を見せる俺に、またしても不機嫌そうな顔を向けていた。


「言っただろ、足の使い方考えろって」


 そんな顔の割に、後の動きはキレッキレだったけどね。

 自分の足元に転がって来たボールを蹴り飛ばしてさ。

 それは真っ直ぐに、ブレる事なく。


 そうしたらさ、統也の下に真っ直ぐ帰っていくんだ。

 何度も、何度も。


 まるでボールが吸い込まれている様にすら見えた。

 軌道を変えても、不思議と足元に吸い寄せられていってさ。

 それをまたしても器用に受け止めて、蹴り方を変え変え。


 もしかしたらそれもボールを扱い慣れた人には普通な事かもしれない。

 でもそれが出来ない俺からしてみたら、ただ凄いの一言で。

 気付けばまた、見惚れてた。


 しかもそれだけじゃ済まない。

 いつの間にか―――ボールが地に付かなくなってたんだ。


 ほんの少し動きは大きくなっていたけれど。

 つま先と膝を上手く使って跳ね上げてて。

 その動きは踊っているかの様にリズミカルだった。

 

 その足捌きはまるでプロ選手なんじゃないかってくらいに鮮やかで。


 その時思い知ったよ。

 これが天才なんだなって。


 最後には俺の足元に転がる様に蹴ってみせてて。

 ゆっくりと転がり来るボールを前に、俺は気付けば「わぁ……」って唸ってた。


 これが練習の賜物ならわかるけど、当然練習なんてしていない。

 全部、直感的に身体が動くから出来た事なんだって、後で教えてくれたよ。


「凄い……さすが司城君だね」


「こんなのやり方次第で誰でも出来る」


 相変わらずの素っ気ない態度に加えて、当たり前の様なこの物言い。

 これがきっと、皆に嫌われた原因の一つなんだろうなって今更ながらに思う。


 何せこの時、俺は全く気にならなかったからね。

 むしろ「そんな事が言える司城君はカッコイイ」って思ってたくらいさ。


「お前、球技向いてないんじゃねェの?」


 そんで統也にもハッキリとそう言われちゃったよ。

 もちろんこれは俺自身も充分に理解していた事だけどな。


「そうだね、多分向いてない。 けど、俺は体動かす事が好きだからそれでいいかなってさ」


 そう返すと、統也は「ふーん」と一声だけ上げて。

 そのまま何も返す事無く、その場から立ち去っていった。


 これが詰まる所、アイツなりの優しさの形だったんだ。

 だって普通、用が無いのにこの時間まで学校に残ると思う?

 図書室だってもうとっくに閉まってる時間帯だよ?

 

 普通の人から見ればこう思うかもしれない。

 〝憎まれ口を叩きに来たのかよ〟って。


 でも俺にはアイツの背中がこう言ってる様に聴こえた。

 〝がんばれ、諦めるな〟って。


 もちろんそれは「サッカーを続けろ」って意味じゃなく、ね。




 そんな事があってから、それとなく探し始める事にしたんだ。

 俺には何が合っているのかを。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ