~誘い の 街にて~
翌日、土曜日の昼前。
空には青を遮る白雲の欠片さえ覗きはしない。
お陰で肌を刺す日差しが一直線にアスファルトを照り付けてくる。
まるで大地を覆う別の熱気へ拍車を掛けんばかりに。
そんな熱気漂うこの場所は大都市東京が誇る繁華街の一つ、渋谷。
人という熱気が渦巻く願望のるつぼだ。
駅から一歩踏み出せば、すぐに無数の店の並ぶ巨大なビル群が出迎えてくれて。
更には無数の広告や街頭ディスプレイが街を飾り、多様な意欲を掻き立ててくれる。
それも老若男女、世代や趣向も関係無く。
そして何より、欲しい物がすぐ見つかる。
ほんの少し歩くだけで、あるいは狙って探すだけで。
そんな何でも揃うこの街だからこそ、人はこぞって集まるのである。
一途に自分だけの出会いを求めて。
そんな街に今日、あの二人もが訪れていた。
それというのも今日は授業の無い休日で。
いつもならそれでも剣道の練習に赴いたりもするのだけれど。
今日に限っては統也の提案もあり、折角だからと遊びにやってきていたのだ。
その目的はと言えば―――ただの映画鑑賞。
何でも、統也が親伝いで運良く入場券を入手したとのこと。
しかも期待の最新作【スターボゥズ 最期のジュラァイ】の4DXプレミアチケットを。
こんな誘いがあれば行かないのも損というものだろう。
ちなみに、【スターボゥズ】とは長編シリーズのSF映画作品だ。
二人が生まれる以前より始まり、今なお続編が続く大人気作である。
ざっくりと説明すると、宇宙を守る為に数人の選ばれし坊主が戦うというもの。
なのに何故か宇宙戦争を仕掛けたり、異星人と共闘したりと半ばコメディに近い。
特に、頭から放つ光の剣でアクロバティックな殺陣を見せる所が有名で。
おまけに各作で必ず「ジュラァ~イ!!」と叫ぶシーンがあり、これが何故かヒット。
故に多くのファンに愛され続け、論争さえ絶えない屈指の名作となっている。
もちろんファン以外にも好んで観られる良作である事に変わりはない。
なので二人も熱烈ファンという訳では無いものの、気にはなっていたらしい。
勇もこの人気沸騰の話題作を前にはさすがに首を横に振れなかった様だ。
という訳で早速観賞を終え、二人が上映室から出て来る。
よほど楽しかったのだろう、揃って絶えずニッコニコだ。
その所為か、ゲートから出た後も映画の話題で盛り上がりっきりで。
遂には興奮の余り、揃って顔を歪め―――
「「んん、ジュラァ~~~イ!!」」
こうして恥ずかしげもなく台詞をも叫ぶ。
それも下手に仲が良いので息までピッタリという。
「あッそこでジュラァイはねーよな!!」
「あれは汚い! 絶対笑う! 堪えるの無理だろ!!」
これはファンなら観た後に必ず行う恒例行事の様なもの。
周囲でも他の視聴者達が同様に仲良く叫んでいるので違和感は無い。
でも、そんな中でも二人の姿はやたらと目立っていた。
他の誰よりも大袈裟なくらいに笑い、腹を抱える仕草まで見せていたから。
とうとうそんな笑いも堪えられなくなり、揃って壁に向けてもたれる姿が。
二人して笑うものだからきっと相乗効果もあったに違いない。
だからか、どちらも凄く楽しそう。
ほんの少しネタバレを絡め、面白かった所を共有してしまう程に。
例え騒がしくとも、礼節を欠いていようと関係は無い。
そんな些細な事など気にもならなかったくらいなのだから。
こうして趣味も合えば感性も寄って来る。
ここまで似通っているからおのずと惹かれ合ったのだろう。
才能や努力も所詮はキッカケ。
二人は、この二人だったから親友になれたのかもしれない。
愉快な一時を満喫し、ようやく語る話題も尽きた。
そんな訳で次は昼食でも摂ろうかと、映画館から出る事に。
ただ勇はと言えば、出るや否やにどこか不思議と首を傾げていて。
「でもさ、気になったんだけど……なんで誘ったのが俺なんだ? こういうのに連れて来るのって普通カノジョとかだろ?」
それというのも、統也が何故自分を誘ったのかがわからなかったから。
先程、上映室内を見渡して気付いていたのだ。
客の殆どがカップルばかりだったという事に。
今日は土曜日ともあり、街に訪れる人の数は当然多い。
となればデートスポットに挙げられ易い映画館はカップルに人気となる。
プレミアムだろうが何だろうが違うのは客層くらいで、基本的に大差は無いのだ。
そんな中に紛れる男二人。
これはさすがに少し不自然とも思うだろう。
チケットがあるから会場の選択肢が無いのは仕方ないとしても。
なので少し疑問を感じずにはいられなかったらしい。
「そりゃまァそうだけどさ。 でもアイツこういうの興味ねェし。 なら勇を誘って馬鹿笑いした方がずっと楽しいだろ?」
「そりゃま、そうか……」
統也には彼女が居る。
相思相愛という程では無いが、本音をぶつけられる良い理解者同士として。
勇もその事を知っているし、何なら同級生で同じクラスなので気さくに話だってする。
だからこその疑問だったのだが。
どうやら理解者だからこその判断だったらしい。
勇もこう言われて「あ、確かに」と初めて気付いた様だ。
「少なくとも俺は満足だ。 一緒にジュラァイが出来ただけでも来た甲斐があった。 アイツはゼッテーこんな事しねェからな。 シンの奴もな」
「そこ重要か?」
「当たり前だろ。 【スターボゥズ】っつったらジュラァイだぜ? だとしたら選ばれし坊主はお前しかいねェ」
「その論調で言ったら統也も坊主になるんだが?」
それに選択肢がそもそも少ないという事実もあるけども。
実の所、統也は人当たりこそ良いが友達自体はそこまで多くない。
大体は勇繋がりでの友人ばかりだ。
それというのも、統也が余りにも凄過ぎるから。
なまじ天才という事で一目置かれ、大体の人間はどこか一歩引いてしまう。
その所為で深く話せるのは勇か彼女か、今言った『シン』という人物くらいしか居ない。
その人物も勇繋がりなので、おのずと交友関係は察せよう。
天才なりの悩みの一つである。
ならば勇にこうも依存してしまうだろう。
本音を言い合える唯一の友だからこそ。
そこには決して友情以上の不純な理由がある訳では無い。
もっとも、統也が勇を選んだのには他の目的もあった訳だが。
それこそ別の意味で不純な理由が。
しかし勇はまだその事にはちっとも気付いていない。
その所為でこれからちょっとした騒動が巻き起こるなど、知る由も無かったのだ。