~何故そこまで他者を信じられるのであろうか~
「―――二翼展開! オーホー!」
「「「エイホォーーー!!」」」
痴話で盛り上がった日より一夜明けて朝。
ミゴの掛け声と共に六翼が同時と飛び上がり、息の合った様を見せつける。
それも真面目に向き合う勇とちゃなを乗せて。
早朝からの特訓も、どうやら早速の成果を示す事が出来た様だ。
そんな様子を地上から眺めていた杉浦も驚きを隠せない。
「一体これは何があったというのだ……!?」
「何、夜に語り合った末、結束が深まっただけの事よ」
その隣で自慢げにこう語るのはジョゾウ。
なおその頭部全体は包帯に包まれており、モゴモゴと喋っているので何を喋っているのか大体わからない。
―――本当に何があった……!?―――
杉浦が驚いているのも基本はジョゾウの方である。
しかし訓練側の方も侮れない。
恐らく先日ミゴが真の姿を見せた事で結果的に結束感を高めたのだろう。
それだけ皆、あの時のジョゾウのブッ飛びっぷりが恐ろしかったに違いない。
まさしく〝雨降って地固まった〟のだと言えよう。
もっとも、ジョゾウの足元だけはベチャベチャなままだけれども。
彼の下が固まるのは果たしていつになる事やら。
「総員滑空! オーホー!」
「エイホォーーー!!」
そうこうしている内に、勇達を乗せて六人が滑空していく。
まだまだ低空飛行とはいえ、先日と比べれば成果は段違いと言えよう。
ただ、まだ油断は禁物だ。
今は所詮息合わせの訓練に過ぎないのだから。
高高度の飛行となると空気が薄くなり、バランスも取り難くなる。
地上付近とは違い、羽ばたく力もずっと多く必要となる事だろう。
「所で今日はどうだ? 少し雲が掛かってはいるが」
「この程度であれば来る事は無かろう。 猶予はあろうな」
でも今日の天気ならロゴウが来る事は無いとのことで。
お陰で訓練に集中する事が出来そうだ。
だからと言ってうかうかと安心する事も出来ないが。
ロゴウが裏を読んで来る可能性も僅かにあるからこそ。
「それはさておき。 先日の櫓と『どろぉん』に関してであるが、進捗はどうであろうか?」
「手配は済んでいる。 早ければ今日中にでも部品が届くだろう。 それが叶えば組み立ては夜中の内にしておこう」
「承知。 出来るだけ早く馴れとう御座る。 出来上がり次第、皆に触れて貰う事に致そう」
とはいえ来ないならばそれに越した事は無い。
その隙に可能な限り準備を進めるだけだ。
自衛隊が出来うる限りの防衛網構築を。
フェノーダラ王国は日本にとっての貴重な協力国である。
しかし、そうであると同時に自衛隊の数少ない成果物でもあるという。
その要因を掴んだのが勇であるとはいえ、形式的には取り組んだ自衛隊の手柄だからだ。
でもその成果が新たな脅威に潰されそうになっている。
これは防衛省としても自衛隊としても決してやらせる訳にはいかない。
特に勇達の台頭で目立った戦果を上げる事が出来ていない現状ならば。
国防を担う組織として、これ以上の信頼失墜は許されないからこそ。
だからこそ今回の一件に掛ける意気込みは相当に強い。
使える物は全て使うという立ち回りを見せる程に。
今でも様々な機器を乗せた車両が向かっているなど、その本気度が伺えよう。
もっとも、その装備が戦いに間に合うかどうかは別の話だが。
「杉浦さん、今の感じどうでしたか?」
そんな装備調達の件などで対応を忙しくしていた時。
滑空訓練を終えて戻って来た勇とちゃなが杉浦の下へとやってくる。
二人とも思った以上の成果にどこか嬉しそうだ。
とはいえ杉浦はそれを大々的に受け入れるほど甘い人間ではない様で。
「それは私が決める事ではない。 君達が調子良いと思えばそうなのだろう。 その感性を大事にしろ。 それがいずれ自信に繋がり君達の大きな力となるハズだ」
「「は、はいッ!」」
視線を向けるどころか何一つ動じる事無く、少し突き放す様な物言いで受け止める。
これは二人を子供ではなく戦士として見ているからこそ。
福留とはまた違った、自衛官らしい厳しさと優しさを伴った語り草だ。
一方の勇もちゃなも杉浦の事を知らなかったから、厳しくされると思っていた所もあったのだろう。
しかし思ってもみなかった柔らかめな助言に、感動すら覚えてならない。
なんだか杉浦という人間の本質が垣間見えた様な気がして。
怖そうな厳つい顔をしていても、本質的には優しい人間なのだとわかったから。
となれば助言を無駄にしたくはないのが心情で。
二人が早速、今の飛行で得た感覚を情報交換で共有し合う。
これが根の真面目な二人だからこその向き合い方だ。
「では代わりに拙僧が飛行訓練へ赴くとしよう。 では御免!」
するとそんな二人と入れ替わる様にジョゾウが飛び立つ。
地盤固―――仲間との息を今よりずっと合わせる為に。
そうして見せた七人揃っての飛行はなかなかに壮観だった。
完璧だ。
勇達という重しが無ければここまで自由に動けるのかと感心してしまう程に。
先日あれ程の事があったとはいえ、やはり芯は志ある兵士なのだろう。
蟠りがあるとは思わせない整った飛びっぷりは、徹底したストイックささえ感じさせてくれる。
勇やちゃなが「うわぁ」と驚き、杉浦が「ほう」と喉を鳴らしてしまう程に。
「最初はこうして飛ぶ所を観た方が良かったかもしれないな」
「そうですね。 なんだかかっこいい」
見た目は可愛くとも、翼を広げればとても雄々しい。
空を舞う姿は鳩というよりも鷹に近いもので。
身長の三倍以上の横幅にもなるので、空が本意の鳥型である事を思い知らされるかのよう。
「これでも空を飛ぶのは苦手な方らしいですよ。 命力ありきで数時間に一回は休憩しないといけないんだとか」
「その辺りはあくまで鳩に近いという事か。 もっとも、鳩は大陸など渡ったりはせんがな」
この見た目だと大陸を渡って来たというのも頷ける。
もっとも、『あちら側』が『こちら側』と同じ地形であるとは思えないが。
もしかしたら日本海ほど大きな隔たりは無いかもしれない。
彼等の話を信じるならば、きっとそうなのだろう。
「ところで、一つ訊きたい事がある」
「なんですか?」
「君達は何故ここまで彼等を信じられる? フェノーダラ王国もそうだ。 言葉が通じるとはいえ、相手がどの様な思考論理を持っているかもわからないハズだ。 それをこうも易々と信じられるのは少し理解が及ばん」
そう、フェノーダラ王達やジョゾウ達の話が信じるに値する事ならば。
人間とは本来、疑り深い生物だ。
思考し、言葉とは別の意思を抱き隠す事が出来るが故に。
生き物としてそれが出来るから、思考理論も準拠してしまう。
〝相手も自分達と同じ様に嘘を付いているのはないか?〟と。
しかもその対象は現代人のみに限らない。
『あちら側』の人間も魔者も、同じ様に思考出来るからこそ疑ってしまう。
杉浦が疑念を抱くのも至極当然の事なのだ。
だが勇達はそれにも拘らず信じきっている。
それが杉浦には理解出来ない。
〝つい先日会ったばかりの相手をこうも信じられるなど、正気の沙汰ではない〟と。
だから今こうして訊いてしまったのだろう。
まともな答えが返ってこなければ、自分がジョゾウ達を警戒しなければならないから。
「まぁそうですよね、普通は疑いますよね」
「ああ。 君達にもそういう認識があるならなおさらだ。 どうしてなのか、理由はあるのか?」
ただその考えは勇達だって実の所変わらない。
初めて出会った魔者に対しては敵意があるかどうかも見て尋ねるし、疑いもする。
意思にそぐわなければ戦うし、疑うままに斬る事だって厭わない。
でもそんな勇達には今、言葉以外にも伝わる第二の意思伝達能力が存在するから。
「うーん、ハッキリとした根拠みたいな理由は無いんですけど……こう、わかるんですよ。 相手が本当の事言ってるんだなぁって」
「ですよね、私もわかります」
「ほう?」
「命力が声に乗ってるからなのかな、相手の話から真意を感じるんですよ。 言葉を覆ってる幕を命力がクリアにしてくれるみたいなイメージですかね」
その能力こそ他でもない、命力だ。
翻訳でも活躍してくれる命力だが、どうやら意思伝達でも力が働いてくれているらしい。
一度話を交わすと、言葉の真偽はともかく真意が見えてくるという。
相手の話から嘘か誠かを判別出来るというのだ。
もちろんその辺りは命力の無い常人でも測る事は出来るだろう。
相手の声質、態度、誠意の示し方からも判別出来るものなので。
命力はその判別能力を先鋭化させてくれているといった感じだ。
つまり、勘が鋭くなるという事である。
これはあくまでも今までから感じた経験則であって、根拠がある訳では無い。
しかしその経験を現代人の中で最も積んでいる二人の話だから、これからの根拠にもなり得る。
命力という力の引き出しの多さを証明し続けている二人だからこそ。
「なるほど。 さしずめ命力とは心の声を届けるテレパシーの様な役割も果たすか。 ならば私の真意も伝わるのかな?」
「何となくですけどね。 少なくとも俺達を嫌と思っていないっていうのはわかります。 杉浦さんって結構裏表無いですよね」
「子供いそうって気はします。 それも私達くらいの歳の」
「……フッ。 全く、ここに来てオカルトが現実化するとは思ってもみなかったよ。 よくわからん世界になってきたな」
しかもこうして自身で証明されてしまえば杉浦も納得せざるを得ない。
どうやら二人の意見に図星だったらしい。
ただ、杉浦にとってはオカルトなこんな能力も勇達にとっては現実的な力だ。
力を得る、という事はここまで認識が変わるものなのだろう。
人が思考力を得る事と同様に。
だからこそ見えるものがある。
アージ達やジョゾウ達からも見えたものがあった。
その感性を信じているからこそ、彼等を信じられると。
故に杉浦の助言など必要無かったのかもしれない。
二人はもう既に、得た力を存分に奮っているのだから。




