~絆も恋も話せば深まろう~
「―――二翼展開! オーホー!」
ジョゾウの掛け声が荒野に響く。
それと同時に、羽ばたきの音が「バサバサ」と鳴り始めていて。
たちまち巻き起こった風が乾いた大地に砂煙を呼ぶ事に。
ただいま勇達とジョゾウ達の合同訓練の真っ最中。
仮として当初のジョゾウの提案通り、紐吊りでの上昇実験だ。
王やエウリィ達が城壁から見守る中、城壁のすぐ近くでその光景を見せてくれている。
しかし状況はと言えば、とても良好とは言えないが。
浮き上がるまでは良い。
けれど二人が大地から離れるとすぐ紐が揺れてバランスが崩れてしまう。
特にちゃな側は顕著で、浮き上がった途端に紐が引かれて落ちるという。
どちらも単純な、人側の問題だ。
勇もちゃなも宙へと浮く事に慣れてはいない。
その為、足が地から離れると不安を抱いてしまうのだろう。
自分で跳ぶならまだしも、他人の手で飛ぶとなると話は別らしい。
思った以上の難易度に、ジョゾウ達も思わず困り顔を浮かばせてならない。
「ふぅむ。 これは前途多難であるな」
「す、すいません……」
「いや、仕方なかろうて。 しかしこの問題があるとなれば、櫓作戦もある意味で言えば正解かもしれぬ」
そもそもが直接吊っている紐に座らせているから問題な訳で。
櫓の様な別体物を握らせれば何の支障も無い事だ。
となると上昇実験は今のままでは叶わないか。
もっとも、飛んだ時に怖がらない様にしなければ到底戦えそうもないけども。
「自分でぶら下がればまだ何とかなるかなぁ。 田中さん、それは出来そう?」
「え、嫌です……」
ただそれさえも今は厳しそう。
今のちゃなだとうっかり手を離してしまいそうなもので。
本人がそれを一番恐れて、話がどうにも前に進まない。
という訳で結局勇だけで実験再開だ。
「や、やっぱ怖いな」
再びの上昇で、手に汗握る。
やはり怖いものは怖いもので、地上を見下ろす顔は怯え一方である。
「ち、力を入れないで欲しいでありますっ!」
「クアッ! 陣形を乱すなミゴよッ!!」
「うわぁ!? け、喧嘩しないでッ!?」
それと同時に、ジョゾウ達側の不備も見える。
どうやら動物を乗せ慣れないていないらしい。
これでは精鋭と言い放った建前が台無しだ。
「これは、駄目であるな」
「そうだな。 少しやり方を変える事も視野に入れておくとしようか」
遂には空で暴れ、勇が落ちそうになっては紐に掴まって。
そんな情けない光景を見上げ、ジョゾウと杉浦が苦笑する。
これで本当に戦えるのだろうか。
その様な疑念をひしひしと身に感じ取りながら。
そんな訳でこの実証 兼 訓練は夜まで続いた。
お陰である程度は飛べる様になったものの、問題点は数知れず。
大きく挙げるなら三つ。
一つ目は勇の重量が予想を越えて重かった事。
思えば魔剣使いになる前と比べ、体格がかなりガッシリとしていて。
この半年で鍛えた筋力はやはり伊達では無かったらしい。
今となってはその筋肉が仇となっている訳だが。
二つ目はジョゾウ達の息の合わなささ。
精鋭と言えど、個々の自我が強過ぎてなかなか統制が取り難い。
ジョゾウ、ボウジはいいが他がてんで駄目で、組み合わせに難儀するという。
まさかの事態でその二人があんぐりとする程の酷さである。
そして三つ目は、ちゃなの砲撃による衝撃に耐えれない。
持参の魔剣【アメロプテ】で弱い砲撃を実証した所、たちまち総出で×の字だ。
これにより、炎弾以外の攻撃手段も少し考えなければならなくなった。
アージ達との戦いと比べれば猶予があるからまだマシと言えるだろうが。
「ジョゾウさん、これで戦うの割と―――だいぶリスキーじゃありません? 二つ目の問題を解決すれば割と平気そうな気がするんですけども」
「このジョゾウ、返す言葉もありませぬ。 何せ元精鋭の殆どは賢人と共に去った故、この五人は新たに抜擢されたばかりで経験が浅く。 訓練などはこなしておりまするが、何分性格が性格であるからして……」
「せ、性格の問題なんだ」
夕食を摘まみつつ、二人が腹を割って話を交わす。
とはいえ当の五人は全く話を聞いていない状態であるが。
争う様に惣菜を奪い合う五人には、ちゃなもボウジも苦笑いしか浮かばない。
そんな彼等の背後には紙がでかでかと貼られている。
今挙げたもの含めた、解決すべき問題を書き連ねた大紙が。
杉浦に早期解決をと押し付けられた、気合いの覗き見える筆書き文である。
「いっそ杉浦さんが軍隊式訓練で統制取ってくれればいいのに」
「〝このうじむしがー〟とか言うやつですよね」
「田中さん何でそんな言葉遣い知ってるの!? あとご飯の時だからそれ言うの止めようね!?」
そんな文に啓発されて相談しながら夕食を食べている訳だけど。
緩さが戻り、解決案がどうにも見え無さそう。
何も自我が強いのは何も五人だけではない。
ちゃなもそれなりにマイペースな方なので。
紐に掴まって飛べない問題もあるからこそ正直な所は笑えない状況だ。
なお、問題一つ目は筋肉を削ぐ訳にもいかないから解決事項には含まれず。
二つ目と三つ目をどうにかしなければロゴウの襲撃に対抗する事は出来ないだろう。
もし明日襲撃があったならば、勇達は何も出来ずアウトとなる。
神頼みとも言える状況に、さすがの勇もネガティブにならざるを得ない。
「ま、悩んでても仕方ないけどね」
「左様。 最悪の場合は拙僧らだけで戦う所存ゆえ」
ランプだけの明かりともあって室内はとても暗くて。
おまけに冬だから寒気も滲み、厚着しないと耐えられそうにない。
そんな雰囲気が気分をも闇に沈めてしまうかの様だ。
「なれば少し話題を変えると致しましょう。 勇殿達は何故フェノーダラ城にお戻りにならぬのでしょうか?」
その雰囲気に居た堪れなくなったのか、ボウジがそっと話を切り返す。
どうやらこの人はこれまでに見るに比較的マトモな方らしい。
ジョゾウよりも真面目な補佐役と言った所か。
「んーまぁ、皆と一緒に居た方が少しは絆を結べるかなって。 ほら、なんだかんだで皆まだ会ったばかりじゃん? だからこうやって話とかした方が今は大事だと思うし、俺も皆の事知りたいから」
「なるほど、お気遣い感謝致しまする」
今までジョゾウに隠れていて目立たなかったが、きっと敢えてそうしていたのだろう。
長を立てるとはなかなかに出来た人物と言えよう。
他の者より目筋こそ鋭いが、だからこその厳しさも垣間見える。
ジョゾウ達の良いお父さん役という感じだ。
「であれば早速不躾なお話をば。 勇殿とちゃな殿はつがいでありましょうか?」
ただし常識が現代に通じるかどうかと言えば話は別で。
鳩一家のお父さんはどうやら真面目に痴情を知りたいらしい。
これには勇の堪らず咳き込む姿がお隣に。
「え、えぇ!? そ、それはぁ―――」
「いえ、違いますよー」
しかもおまけに、ちゃなの真顔の背面射撃が勇の心を撃つ。
突如とした左右からの挟み撃ちに、むせる事さえ許されない。
「ですよね、勇さんっ?」
「う、うん、そうだね……」
世の中とは非情である。
わかってはいても、いざこうして突き付けられると絶望は免れない。
ハッキリとこう言われてしまうと、勇としてはただただ項垂れるばかりだ。
僅かな期待を抱いていた事もあったが故に。
色恋に敏感な年頃だからこその悩みである。
「でもフェノーダラ王女のエウリィさんとはとっても仲が良いんですよ。 なんたって婚約してるんですから」
「ホホウ、なるほどなるほど。 それで勇殿はこの国を守りたいと。 やはり漢であるな。 戦士たる者、愛せし女の為に戦うに理由など必要無し。 いやはや感服に御座る。 拙僧、未だ独り身故な」
「ボウジよ、達者なお主なら嫁の一人や二人作れよう。 何故に一人に拘るのか」
しかし、勇がガッカリと崩れていようが話は情け容赦無く進む。
果たしてこれで絆が結えるのかどうか。
「それで勇殿、そのエウリィ王女とは如何ほどに進展を?」
「え? いや、進展も何もまだ手を繋いだくらい、かな」
「「「なんと、これは初々しい」」」
いや、実際結べては居るかもしれない。
なんたって、気付けばこんな色恋事に他の五人も聞き耳を立てていたのだから。
人の痴情は蜜の味、この感性は種族が違っても変わらないらしい。
その痴情を全方位で囲い込まれている勇としては堪ったものではないが。
「しかしそのままではいけませぬぞ勇殿! 男児たる者、時には女子を押し倒す事も必要でありましょう!! 他の者に寝盗られる前にィ!!!」
「一人身の其方が言う事かボウジよ」
「ジョゾウは黙っててくれる?」
「ボウジ、地が出とるぞ」
しかも我が強いのは変わらないもので、押しも当然強い。
何を感化されたのやら、真面目だったボウジも今や勇の肩を掴んで揺らす程だ。
きっと過去に、個人的な何かが起きたに違いない。
ジョゾウが渋い顔をしている辺り、何か知っているのかもしれない。
なんだか複雑そうで訊くにも訊けないけども。
というかとても訊ける状況じゃない。
「勇殿はまだ若者ゆえ、女子との接し方にも慣れていないのでありましょうな。 ちなみに御歳は如何ほどか」
「こないだ一七になったばかりかな」
「勇殿ォ!! その御歳までナニをされていたので御座ろうかァ!?」
なので勇はもう半分くらい諦めている。
悟りを拓いた様な真顔のままに。
味の感じなくなったおかずを黙々と噛み締めながら。
絆ってなんだろう?
そんな言葉を脳裏に過らせて。
「そういえば確かミゴも間も無くつがいを結ぶという話であったな」
「ハイ、数年来の付き合いが身を結びまして。 良き夫に恵まれましたと創世の女神様に感謝しておりまする」
「あ、そうなんですね! 素敵ですっ!(女の人だったんだ)」
そんな話も続けばするすると、話題は他の人物へと移っていく。
今さっきまでは暴れていた一人のミゴも、自分の事となると途端にしおらしく。
羽根をいじいじと指でこねくり回す姿は何だかとても可愛らしい。
もしかしたらこれが彼女の本当の姿なのかもしれない。
「であるならば丁度よい、勇殿に手解きをして差し上げればよかろうな。 婚前の練習として」
だがこの時、真なるミゴの姿が顕現する事となる。
うっかりと暴言を宣ってしまったジョゾウへと向けて。
故にジョゾウが宙を舞う。
放った大駒の様にくるくると。
テントを突き破る程に勢いよく。
首を捻じ切れんばかりに捻らさせて。
イケナイ体液を四方へ撒き散らさせながら。
他の者達が脅え震える中で。
直後、皆が振り返るもミゴはいつも通り。
ちょっと頑なな顔付きで正座する姿を見せていて。
「ジョゾウ殿、それはセクハラです」
もう既に届かないであろう一言を添え、礼儀正しく一礼を。
そのままスススと足早に立ち去り、微妙な空気だけを残す事に。
こうなってしまえばもはや色恋話など続く訳も無く。
「セクハラって言葉は向こうにもあるんだな」
唯一冷静に返った勇だけが一人、ただ黙々と冷めたご飯を摘まみ続けていたという。




