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時き継幻想フララジカ 第一部 『界逅編』  作者: ひなうさ
第十節 「狂騒鳥曲 死と願い 少女が為の青空」
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~獅子王よ、今こそ立ち上がらん~

 城内の状況はと言えば、実に慌ただしかった。

 各所で縄を巻き始めたり、何やら大きな網を運んでいたり。

 まるで戦闘前かの様に、皆真剣に動き回っていて。

 そんな道具に不用意と近づこうものなら誰それ構わず怒号が飛ぶという。


 そう、彼等にとっては臨戦態勢なのだ。

 魔者が城に近づく、ただそれだけで奮起する理由となるからこそ。

 彼等にとっての魔者とはそれ程までに脅威なのだろう。


 つまりこれがフェノーダラ王国本来の姿だという事だ。

 今までの緩さはあくまでも平和を享受する仮の姿に過ぎない。

 皆それだけこの国を愛している、という事か。


 しかしこのままでは本当に戦いとなってしまいかねない。

 それだけは日本人代表として見逃す訳にいかない。


 故に勇が走る。

 彼等を動かしている大元の下へと向けて。

 この誤解とも言える状況を一刻も早く解決する為に。


「王様、居ますかッ!?」


 その末に、王の間の扉を勢いのまま押し開く。

 けたたましい打音と擦り音を鳴り響かせて。


 するとたちまち勇の視界に王達の姿が映り込む。

 王の間中心にて木製の机を置き囲む家臣達と共に。


 どうやら作戦会議の真っ最中だったらしい。

 机上には城の内部構造の描かれた靭皮紙が。

 更にその上には駒が幾つか置かれ、逐一訪れる兵士達の声に合わせて配置していく。

 恐らく罠の配置を示す見取り図なのだろう。


「おお、勇殿。 一体これはどういう事かな? 私は言ったはずだ。 ここに魔者を連れて来る事だけは避けて欲しいと」


「確かにそう言われました。 けど彼等は別です! 敵ではなくむしろ味方なんです! だからどうか警戒を解いてください! 彼等はただ王様達と話をしたいだけなんですよッ!!」


 となれば勇も必死となる。

 この罠が動いた時、ジョゾウ達がどの様に被害を被るかも知らないから。

 最悪の場合、外の自衛隊員にまで被害が及ぶかもしれない。

 その事態だけは絶対に避けなければ。


 しかし、王の意思は門番同様にとても固い様だ。

 

「すまないが、そうはいかない。 これは我々にとっての死活問題とも成り得る故な」


「死活問題……?」


 雰囲気こそ、今までの様に僅かな緩さを伴っている。

 話し易いのは相変わらずだし、その声も態度もどこか穏やかなままで。


 でも頑なに首を横に振り、続き見取り図へと指示を送る姿が。


「そう、この臨戦態勢には今この場に居る者達全ての総意が懸かっている。 それを反故としてしまえば結束は崩れるだろう。 それが国というものだ」


「なんでそんな!?」


「そうか、勇殿は知らないのだな。 我等フェノーダラと彼等【カラクラ族】との深い因縁を」


「えっ……」


 止められる訳が無い。

 これが本来の国というものなのだから。


 フェノーダラ王は決して個人の意思でここに居るのではない。

 ただ王座に座るだけの王でも無ければ、権力があってふんぞり返っている訳でも無い。

 共に転移してきた者達全ての意思を汲み、決断を下す存在として立っているのだ。

 その意思決定にもはや私情など介させはしない。


 これが真に言う王である。

 豪華な衣装を纏って奉られた()の王様とは訳が違う。

 纏うべきは国民の総意であるからこそ。


「ならば教えよう。 彼等と何があったのか。 我々がここまで危機感を抱いているのか、その理由を」


 今その総意を以て、視線で突く。

 固唾を飲んで佇む勇を一心に。


 今までにおいて、かつてないほど凄惨な歴史の一幕を語る為にと。


「君はこの国がオーダラという国から発祥したのは知っているかね?」


「それとなく耳にはしてます」


「それは遥か昔の事だが、かつてオーダラ国はこの辺り一帯を制する程の大国だった。 今我々が語る言語の基礎も造り、その文化は魔者にさえ影響を及ぼす程だったという。 ダッゾ族やザサブ族などが共通言語を語っていたのはそれが理由だ」


「そ、そうなんだ」


 そうして始まったのは現フェノーダラ王国の礎の話。

 初めて手に取った魔剣【エブレ】の語源をも生んだ太古の王国の話だ。


 やはり大国となれば文化も発展するのだろう。

 だから言語的な部分も発達し、魔者にも影響を及ぼした。

 言葉を知る事で何を目論んでいるかもわかる、ただそんな理由から。

 それだけオーダラという国は魔者達にとっても脅威だったのだろう。


 もっとも、勇は共通言語を語っていた事に気付いていなかった様だが。


「だがある日、オーダラは突如として滅ぼされた」


「ッ!?」

 

「それは大陸より渡り訪れた魔者達の手によって。 そう、それが【カラクラ族】の祖先だ」


 しかし永劫戦乱の世においては永遠など存在しない。

 オーダラ国もその理に逆らえず、陥落する事となる。

 しかもあろう事か、ジョゾウ達の祖先の手によって。


 これが互いの因縁の始まりだった。


「当時オーダラは【カッデレータ】―――ヴェイリ(第二節参照)が使っていた弓型魔剣の様な武器を持ち得ていなかったらしい。 故に空の相手を前にして成す術も無かったという」


「記録によれば、空より油を撒いて火を放ったとありましたな」


「うむ。 なれば後は燃え広がるのみ。 人や建物を巻き込んでな。 その結果、三日でオーダラ国は陥落した。 終わった後は何もかもが灰になったそうだ。 実に凄惨だったという記録が残されている」


 なんでも、空を飛べる魔者はそこまで多くないという。

 体を相応に鍛えねばならないのと、進化の途上で飛べなくなったから。

 ジョゾウ達が空からではなく電車で訪れたのも、長時間の飛行が不可能だからだろう。


 だからオーダラ国も空への対策を怠っていて。

 その結果、その空からの奇襲攻撃で滅ぼされる事になったという訳だ。

 遥か遠くの地より訪れた、渡り鳥ならぬ渡り魔者によって。


 なおフェノーダラ城が石造りなのはその事件が起因となっているのだそうな。

 燃えにくい石だからこそ、同様の事をされても焼かれる事は無い。

 意味も無く石で出来ているという訳では無かったらしい。


 対空罠も存在する辺り、今では空への備えもしっかりしているのだろう。


「元々オーダラは君達の言う所の『フクシマ』辺りにあったという。 転移こそしていないだろうが、今でも当時の傷跡は現地に残っているよ」


「そんな事があったんですね……」


「ああ。 それ故に我等は【カラクラ族】に対しても強い怨みを抱いている。 ダッゾの勢力が広がった事で動きこそ鈍ったが、転移するまでは常々睨み合っていたものだ。 私も昔、一度だけ賢人と呼ばれる魔剣使いと戦った事がある。 その時は一度刃を交わしただけで分け退いたがな」


 それは単に、【カラクラ族】をこの上ない脅威としているから。

 フェノーダラ王国の始祖を焼き払ったという禍根は今でも続いている。

 なのでダッゾの様に消えなければ安心する事など出来ないという訳だ。


「という訳で、そんな者達を要たる城内に入れる事は出来ない。 入れればたちまち我等が屈服したとみなされるからな。 兵達はきっとその様な状況を認めんよ」


「そう、ですか……そこまで複雑だったんですね」


 となれば和解は不可能に近い。

 個人の恨みならまだ何とかなるが、国としての恨みとなれば。

 元々怨恨が深いという事は勇も知っていたが、まさかここまでとは思ってもみなかったらしい。

 彼等の戦いへの意気込みは決して惰性ではなかったのだと。


 平和も望むが、戦いは捨てられない。

 一つ判断を誤れば国が亡ぶから。

 仲間を、家族を愛するが故に戦う。

 そこには勇の知る戦いとは違う、彼等の人生そのものが詰まっている。


 それを勇に否定出来る訳が無い。

 まだ知らない事だらけの、頭を突っ込んだばかりの立場では。


 きっと「でも、それでも」と言おうとも、フェノーダラ王に言い返されるのがオチだろう。

 積み重なった怨恨は私情で払えるほど軽くは無いのだから。

 その重みを力へと換えられる心を、フェノーダラ王は持ち得ているからこそ。


 人は恨みを忘れない。

 これは生物学的真理である。

 例え生まれた世界が違おうとも、似た生物であるのならば変わらない。




 だが、それと同時に―――人は感謝も忘れはしない。




「とはいえ、我々には勇殿に恩義もある」


「ッ!?」


 そう、フェノーダラ王国は勇にこの上無い義理を抱いている。

 窮地を救い、脅威だった魔者を排し、更には生活の支えまでしてくれた事に。


 その半数は日本政府がやった事には違いない。

 しかしフェノーダラ王国にとって、その日本政府の代表は紛れも無く勇なのだ。


 つまり、勇は日本側の王たる存在だという事で。

 その勇の頼みを蔑ろにする事も、彼等にとっては不本意となる。


「魔者を城に入れる事は叶わぬ。 しかし、そう叶わぬならば―――」


 故に今、フェノーダラ王が奮い立つ。

 勇の想いに応えんとばかりに。


 その力強い肉体を体一杯に張り上げながら。




 今こそ、フェノーダラ王ユハ個人として報いる時が来たのだと。




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